2014/12/24 No.216アフリカ消費市場展望(10)低所得層市場を創出するネスレのPPP戦略
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
アフリカ市場の成長機会を生かす条件は、現地の市場に適した商品を適した価格で提供することである。単純かつ明快であるが、難易度が高い課題に挑戦している企業の一つが大手食品会社ネスレである。
ネスレは新興国・途上国の貧困層市場を対象とした事業戦略を打ち出している。ネスレはこれをPPP(Properly Positioned Products:(手ごろな価格で高品質で栄養的価値のある、消費者ニーズを満たした包装サイズの製品を低所得消費者に販売))と呼んでいる。一言でいえば、消費者にネスレの高品質商品を一番適した形で提供することである。PPPで定義する商品コンセプトは、①“安物製品”を提供するのではない。②価格競争力をつけるためではなく、新しいビジネスチャンスを開拓する。③単に買いやすいパッケージに詰め替えるということではない。③栄養価の高い成分が補強されている等である。
ネスレのPPP商品
アフリカにおけるネスレのPPP製品の代表事例は、南アフリカで開発されたコーヒー風味のカフェイン含有飲料「リコフィー」(Ricoffy)である。チコリの根が配合されたコーヒー代用品で、南アフリカに限らず周辺諸国でも飲用されている。
マギーブイヨンとして知られているマギーキューブ(Maggi cube)は、西アフリカでは1日に1億個(3個で約5円)売れるというお化け商品である。マギーキューブには鉄分が加味されて、アフリカのBOP層の人達に多い鉄やヨウ素の養分欠乏にも対処している。BOP商品として完成度が高い商品となっている。面白いことに東アフリカでは、マギーでなくクノール(ユニリーバ)ブランドが強い。
FT紙(2014年10月1日付)で、コンゴ民主共和国で、マギーの拡販に取り組んでいるネスレ社員の奮闘記が掲載されていた。年間の販売量を2年間で年30トンから月に100トンに拡大させた。マギーの味付けを現地の嗜好に適合するように変えたこと、販売チャネルを卸売業者のみに一本化したことが拡大につながったようである。
Nestlé Pure Life。ネスレの水ビジネスで、唯一、自社の名前をつけたブランドである。2005年に南アフリカの旧黒人居住区、アレクサンドラとソウェトで販売活動を始めた。初めは、ガソリンスタンド、カフェ、売店、小規模な店舗に冷却装置を設置してそこで水を販売していたが、それでは不十分と判断して、ソウェトに新たな販売チャンネルを創設した。コンテナである。最適用地に25台のコンテナ(小型の金属製物置)を設置して販売拠点とした。Nestlé Pure Lifeは、新興市場のボリュームゾーン向けに開発されたオリジナル・ブランドである。
Nestlé Pure Life のコンセプトは、世界のどの地域で生産しても輸送コストや生産コストを割安に抑えるよう作られた製品(multi-site brand)で、ローカル製品と競争しても十分に競争力を持っている。
Nestlé Pure Lifeは1998年にパキスタン市場で最初に投入された。パキスタンが選ばれた理由は、①ペットボトルの市場規模が小さく、将来性が見込めたこと。カラチ、ラホールの大都市で安心・安全な水に対する需要が高まっているにもかからず、水の供給体制が整っておらず、需要を満たす手ごろな価格の水が不在であった。②原料水として地下水を利用できたこと。Pure Lifeは地下水を浄化してミネラルを添加している。③乳製品事業で築き上げた販売ネットワークを活用できたことなどが指摘されている。
ネスレの水ビジネスは、これまで先進国市場が中心で新興国市場は手薄であったが、Nestlé Pure Lifeの成功でパキスタン、トルコ、エジプトの市場でリーダーブランドに成長し、サブサハラアフリカ市場が次のターゲットになっている。
販売チャネルの刷新
ネスレのPPP戦略は、“新興消費者”の潜在顧客としての可能性を開発することにあるが、ニーズにあった適切な商品、パッケージの刷新だけではない。流通経路、消費者コミュニケーションなどをも包括した考え方である。とりわけ、ネスレは流通チャネルの開拓に定評がある。
アフリカ市場の流通形態は大きく分けて、「近代的商業」と「伝統的商業」のカテゴリーに分けている。「近代的商業」は大型スーパーマーケット、「伝統的商業」は小規模店舗、露店などである。南アフリカ市場では、ネスレの売上高の70~80%は「近代的商業」を通じたものとなっているが、他のアフリカ諸国では、ネスレの売上高の85~90%は「伝統的商業」を通じたものである。ただし、南アフリカの黒人居住区では「伝統的商業」(スパザショップ)が重要な役割を担っている。南アフリカでは2つの異なる流通システムと、それを利用する人々の異なる購買行動に対応することが必要である。
ネスレは「伝統的商業」に対応するため、アフリカに流通業者のネットワークを持つ。これらの流通業者は販売員を雇用し、これらの販売員が零細店舗に売る仕組みになっている。ネスレは、販売業者を組織化し、販売員を雇用し必要な倉庫を持つ援助をしている。また、露店マーケットでは、「マミーズ(Mamis) 」と呼ばれる人々のネットワークがあり、彼らは流通業者や卸売業者から商品を購入し、他の小さい店舗に販売している。ニジェールなどのイスラム教国では、この人々は男性のこともあり、「パピーズ(Papies)」と呼ばれる。
『ローコスト・ビジネスモデル』
PPPをビジネスとして成功させるためには、低価格でも利益を出せる『ローコスト・ビジネスモデル』を構築することが欠かせない。コストダウンは、サプライチェーン全体で行われている。販売チャネルではローカルの流通業者や卸売業者の活用、小量入りの小袋は通常サイズに比べてインプットコストがかかるが、生産量拡大や生産工程の効率化、原材料の現地調達などによりコストダウンを実現しなければならない。
サブサハラでの課題は、原材料の現地調達である。ネスレは農家に農業技術アドバイスを行っており、生産を増やす支援をしている。現地の農家を支援して原材料が現地で調達できるようになれば、輸入するよりも生産コストを抑えることができ、その結果価格も低く設定することができ、需要増加を促進することができるからである。マギーブイヨンの原料となるキャッサバの供給網を構築するため、西アフリカの数カ国の数千の農家と協業している。
さらに、研究開発にも熱心に取り組んでいる。コートジボアールの首都アビジャンには、研究開発センターを設置して、農業プロセスに関する基本的な研究を行っており、将来的に生産に使用できるような植物や穀物の新しい育て方を研究している。
アフリカの生産拠点、南アフリカ
ネスレは南アフリカをアフリカの生産拠点としている。南アフリカ市場では、ネスレは保健、健康、栄養食品の製造、販売ではマーケットをリードする企業の一つである。
ネスレが南アフリカに最初の工場を建設したのは1927年にさかのぼることができる。今では、国内全体で12カ所の製造施設と4カ所の物流センターを運営する。
2012年には、南アフリカでマギーブランドの麺類、Milo(乳製品)、Cheerioのシリアルの現地生産を始めた。また、2013年に南アフリカのClover社と提携してClover Water社を立ち上げ、水ビジネスを本格化させた。Clover Waterは、 ネスレのPure Life、Valvita等の水ブランドのミネラルウォーターに加えNesteaブランドのアイスティーの製造、流通、マーケティング、販売権とライセンスを保有する。CloverのJohan Voster最高経営責任者(CEO)は「シナジー効果によって効率が向上し、資源をさらに有効活動できる見通しだ。さらに、Cloverの広範な販売網を活用することでNestlé Pure Life、Nestea製品の販売ルートが改善し、これらのブランドの市場普及が進む…加えて事業統合とCloverの広範な販売網活用によって、ミネラルウォーターとアイスティーブランドを国内全域にさらに定着させるための重要なスケールメリットを実現できる。」と述べている。
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