一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2002/02/15 No.23ブッシュ作曲「対日交響曲」の文法(その2)
—ブッシュ訪日の言葉と沈黙—

木内惠
国際貿易投資研究所 研究主幹

秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず

(世阿弥「花伝書」)

 前回報告(フラッシュ21)では「友情に基づく日米関係」というベーカー駐日米大使が最近多用するフレーズを、同時多発テロへの日米の対応という文脈の中に置いて米側の対日期待の旋律の響きに耳を傾けた。そこからあたかも交響曲の通奏低音のように響いてきたのは「米英関係をモデルとした日米関係」など、ブッシュ政権の対日姿勢を象徴する最近の各種キーワードのもつ調べであった。
それでは、真近に迫ったブッシュ大統領の訪日での隠された主題は何か。

「期待」は「要請」、要請は「圧力」

秘すれば花

 ブッシュ訪日時のテーマは大きく分けて、安全保障と経済問題。前者では、テロ対策やアフガニスタン復興に向けての日米協力が謳われることになろう。問題は、後者、とりわけ日本経済回復に対する米側の言及、とりわけそのトーンだ。中長期的な構造改革と当面の景気対策をどう位置づけるかという観点から、不良債権の処理、金融システムの安定化など、日本経済が直面する課題は多い。過去にも米大統領の訪日は何度もあったが、そのいずれの時と比べても、日本経済それ自体が直面する課題という意味では、今回ほど問題が山積した時はなかったような気がする。

 ただ、日本の経済運営に対し、米側が直接、指図あるいは説教したり、特定の政策を採用するように圧力をかけたりする可能性は小さいと思われる。いわゆるタイソン・レポートにもあるように、対日経済・通商協議のあり方については、全体として日米経済関係の基調を「対立」から「協力」へ転換する、というのがブッシュ政権の基本方針とみられるからだ。

 しかしながら、日本経済の回復に対する米側の「期待」が表明されることは間違いあるまい。タイソン・レポートが提示する基本認識の一つは「日本経済の活性化が米国益に合致する」とう点にあり、同レポートは、そうした認識に立って日本の経済構造改革への期待を表明していたことを銘記すべきだ。

 だが、現在の日米関係のコンテクストからは「期待」は文字通り期待にはとどまらない。米側の対日期待は対日「要請」に等しい。少なくとも、日本側には期待を要請として、場合によっては「外圧」としてこれを受け止める土壌すらあるように思われる。逆にいえば、米側にも、こうした日本の受け止め方を見越した上で、日本経済の回復への期待を口にする、といった若干屈折した心理劇が展開されるような気がしてならないのだ。

全米商業会議所会頭の呼びかけ

 ここで思い出すのは今から3ヶ月ほど前、同時多発テロ勃発から2ヶ月後のタイミングで1人の米財界人を招いて開かれたセミナーの中身である。昨年11月9日、日本外国特派員協会(有楽町)にて開催されたランチョン・セミナーのスピーカーは全米商業会議所Steve Van Andel会頭であった。

 「通商はゼロ・サム・ゲームではない。通商は創造力を刺激し、創造力は企業心を呼び起こす」、「テロリズムと経済の混乱が蔓延する今日ほど、競争ではなく協力、偏狭ではなく協調が求められる時はない」、「日本のビジネス界とも協調関係の強化を模索し、現状改革に向けて共に力を合わせる所存」、「日本の起業家精神の回復に期待する」——ポスト9.11における産業界レベルでの日米協力を呼びかけた会頭のスピーチ内容は簡潔だが、力強い。

語らずに訴えたもの

 だが、特に私の興味を引いたたのは、こうした格調高い呼びかけに比べると若干下世話なエピソードである。当初私当てに送られてきたセミナーの案内状に掲載されて、スピーチでは言及しなかった(回避した?)部分があったことだ。

 案内状には会頭スピーチの演題も「A New Push for “Gentle” Gaiatsu」(やさしい外圧)と記載されていた。「在日米国商業会議所とも協力して、日本の政策変化の継続に向けて『柔らかく圧力』(gently push)を加えていく」のくだりもあった。ここでこの個所はいわばスピーチのメッセージの核心部分となるはずだったからこそタイトルにも使われたと思われる。

 にもかかわらず、私が聴衆として聞いた限りでは、セミナーでは「日本の政策変化の継続に向けて『柔らかく』圧力を加えていく」のくだりは言及されなかった。何故か。

考え得る理由は:①失念した、②意図的に言及を避けた——のうち、いずれかだ。失念は考えにくい。とすれば意図的回避と思われるが、然らば、何故に言及を避けたか。

 ブッシュ政権の対日アプローチ姿勢と歩調を合わせたのではないか。実際、対日姿勢に関する限り、ブッシュ政権の真骨頂は従来のいわば、説教型アプローチからの脱却にある。この点が前政権との最大の違いであり、これが典型的に現れているのが上記タイソン・レポートの中身だ。

何を語ったかよりも、何を語らなかったかの方が時に事の本質を垣間見せてくれることもある。会頭スピーチも「外圧」の語を削除することにより、逆に日本への期待の大きさを図らずも露呈した、そうみるのはうがちすぎだろうか。

 「秘すれば花なり」——世阿弥の「美意識のシンボル」とされるこの言葉は、 通常は最も大切なものを秘してこそ、事物の本質的な美が見えてくるという日本の美学のエッセンスを言い当てた言葉と解してよいだろう。花は見せる事ではなく、秘されることによって、美しさを増す、ということだ。

 ブッシュの対日「要請」が対日「期待」の語に隠されたとしても、いずれがブッシュ政権の本音か、ここで、その答えをいうのは野暮に堕する。

 ブッシュ訪日は明後日に迫った。

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