2015/06/02 No.235インドネシアによるJIEPA(日インドネシア経済連携協定)合意の不履行について~日本からの輸入が多い乗用車で影響大
吉岡武臣
(一財)国際貿易投資研究所 主任研究員
日本とインドネシアの間で結ばれている「日インドネシア経済連携協定」(JIEPA)において、自動車の一部に対し合意した税率より高い関税が課せられている。宮沢経済産業大臣は5月26日の閣僚会議後の記者会見においてこの問題を明らかにした上で、現在インドネシア側に合意した関税を守るように求めている(日本経済新聞電子版5月26日付)。
問題となっているのは関税分類のHSコードで「8703.23」に該当する、排気量が1500ccから3000ccまでの乗用車のうち、救急車など特殊な用途のものを除いた完成車(CBU)である。JIEPAの協定の附属書に掲載されているインドネシア側の譲許表では、これらの乗用車の関税引き下げスケジュールは、セダン及びステーションワゴンは「P13」(協定の発効日から60%に引き下げ、2010年に20%、2016年に5%またはAKFTA(韓国・アセアン包括的経済協力協定)の関税率の低い方)、それら以外の乗用車は「P14」(協定の発効日から45%に引き下げ、2010年に20%、2016年に5%またはAKFTAの関税率の低い方)とされていた。
表1 JIEPAのインドネシア側の譲許表:乗用車(HS8703.23)
しかし、JIEPAが発効した2008年のインドネシア財務大臣規定第95号(95/PMK.011/2008)で2008年7月から2012年までのJIEPAの税率を確認すると、セダン及びステーションワゴンは2008年7月に税率が60%に引き下げられているが、20%への引き下げは2012年に入ってからと「P13」の合意とは異なっていた。さらに、「P14」に該当するセダン及びステーションワゴン以外の乗用車はそもそもJIEPAの税率引き下げ税率が記載されておらず、こちらも合意された内容に沿っていなかったことが分かる。
なお、JIEPAを使わずに輸入する際にかかるMFN(最恵国)税率は、2012年時点でセダン及びステーションワゴンとそれら以外の乗用車はいずれも40%であった。従って、JIEPAの関税引き下げの効果は、セダン及びステーションワゴンの輸入において協定発効後から4年後の2012年になってようやくMFN税率との税率差20%分が得られたことになる。
表2 JIEPAのインドネシア側の輸入税率(2008年7月~2012年)
2013年以降のJIEPA税率については、2012年のインドネシア財務大臣規定第209号(209/PMK.011/2012)に記載されている。この規定によれば、譲許表の「P13」に該当するセダン及びステーションワゴンのJIEPA税率は、合意通りに2016年に5%に引き下げられる予定である。一方、表2に記載の無かったセダン及びステーションワゴン以外の乗用車は、税率が記載されているものの、2013年に税率28.1%、2014年に25.3%と協定の「P14」とは全く異なっている。
実はこの税率はJIEPA協定の「B15」(協定の発効から15年、16回の段階的引き下げによる撤廃)が適用された税率であり、「P14」では税率が5%に引き下げられるのは2016年となっていたが、「B15」では2021年に5.6%と関税の削減は大幅に遅れることになる。
表3 JIEPAのインドネシア側の輸入税率(2013年~2018年)
インドネシアの乗用車(HS8703)の輸入額は、ASEANの自動車大国であるタイからの輸入が2014年で7.2億ドルと最も多く、日本からの3.8億ドルの約2倍に達する(表4)。だが、排気量が1500ccから3000ccまでの乗用車(HS8703.23)については、2014年の日本からの輸入額は3.4億ドルと、タイ(1.1億ドル)を大きく上回る。さらに、日本からの輸入の3.4億ドルのうち、最も輸入額が多いのは「セダン及びステーションワゴンを除いた排気量2000cc~2500ccの2輪駆動の乗用車(完成車)」(HS8703.23.63.91)の1.8億ドルであり、日本からの輸入がインドネシア全体の輸入の90%以上と非常に大きなウェイトを占めている。この品目はJIEPAの譲許表で「P14」に該当しており、JIEPAの合意通りに税率が引き下げられていない品目の一つである。
セダン及びステーションワゴン以外の乗用車は、2014年の税率はMFNが40%、JIEPAが25.3%なので、仮に上記の「2000cc~2500ccの2輪駆動の乗用車」が全てJIEPAを適用してインドネシアに輸入されたとすれば約2,600万ドルがJIEPAによる関税の節約額、すなわち輸入業者のコストダウンになる。しかし、もしJIEPAの合意が守られ「P14」に準拠して20%に税率が引き下げられていた場合、得べかりし節約額は約3,700万ドルに増加する。
来年、2016年にはさらに影響が大きくなる。2016年のJIEPA税率は19.7%だが、本来の合意通りに税率が引き下げられた場合は5%と、約15%もの差が生じる。日本からの輸入額が2014年と同じ1.8億ドルと仮定すると、インドネシア側が合意通りに引き下げるか否かで関税の節約額に約2,700万ドルもの差が生じてしまうことになる。
表4 インドネシアの乗用車の輸入額(単位:100万ドル)
インドネシアは工業製品分野で対日貿易赤字が増加しており、JIEPAをその一因として不満を抱いている。工業省のアグス総局長は「JIEPAは継続すべきだが、見直しが行われないなら破棄する可能性もある」と述べている(じゃかるた新聞2015年1月23日)。
インドネシア側は合意通りに乗用車の税率を引き下げる代わり、バナナやマグロといった農水産品の関税引き下げを要求する意図も伝えられている。ただし、バナナのJIEPAの日本側の輸入税率は関税割当枠内が無税、枠外が10%または20%(季節で異なる)だが、インドネシアからの輸入実績は無い。マグロはJIEPAの関税引き下げ対象外でインドネシアからの輸入規模は1億ドル程度(2014年)だが、MFN税率は高いもので3.5%と関税引き下げのメリットは少ない。
この問題に関する宮沢経済産業大臣とインドネシア側との協議は5月27、28日の2日間の日程で行われたものの、特に進展は無かった(読売新聞5月29日付)。上述したように日本からの乗用車の輸出にとって影響は決して小さいものではなく、今後の協議の行方が注目される。
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