2015/09/18 No.250ギリシャは30年続いた政治経済体制を変革できるか第3次支援策は開始されたが、困難な構造改革
新井俊三
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
2015年1月末に実施されたギリシャの総選挙により、急進左派連合(SYRIZA) が勝利し、同党が中心となり連立政権が誕生した。それ以来ギリシャ新政権は債権者側との間で支援策の見直しを協議してきた。6ヵ月後の2015年7月に妥協が成立し、新たに第3次支援策として開始された。
資金繰りに窮したギリシャ
急進左派連合政権誕生以来、ギリシャの新政権は債権団(ユーロ圏、ECB、IMF)と、第2次支援策でギリシャ側への未払いとなっていた72億ユーロの融資の支払い、緊縮策の見直し、債務削減をめぐり交渉をしてきた。双方の主張が対立する中、ギリシャの国庫にはユーロの現金が不足し、公務員への給与、年金の支払いも綱渡りとなった。また、ギリシャの銀行もユーロ残高が大幅に減少したため、資本規制を導入、IMFへの債務返済も一時的とはいえ遅延した。
資金繰りに窮したギリシャは債権者側の要求を部分的に受け入れて、第3次支援策に関し、交渉を本格化させ、一部では妥結直前まで進んでいたともいわれる。しかし、チプラス首相は、6月27日、ユーロ圏の支援策を受け入れに関し国民投票を実施すると突然発表した。ブリュッセルで交渉に臨んでいたギリシャ代表団にも事前の通告がなかったといわれており、これにはユーロ圏側も態度を硬化させた。
国民投票はユーロ圏の支援策を受け入れるかどうかで実施されることとなったが、支援策受け入れ拒否の場合は、ギリシャのデフォルト、ユーロ圏離脱と解釈されたため、世界的に株価が下落する場面もあった。7月5日に行われた国民投票では緊縮策への反対票が60%を上回った。ユーロ圏残留の意見も多数を占めることから、賛否が拮抗するとの予想もあったが、国民の緊縮策への根強い反対が改めて明らかになった結果であった。
ユーロ圏の態度は硬く、ギリシャは緊縮策受入れ
チプラス首相は、国民の支持が得られたとして支援策の条件交渉に臨んだが、ユーロ圏の一致した反対に遭遇し、逆にさらに厳しい条件での支援策を飲まざるを得ない立場に追い込まれていった。新聞報道によると、財政規律を重視し、ギリシャに強い姿勢を示す国が、ドイツ、北欧、東欧などの15カ国、ギリシャに理解を示す国がフランス、イタリア、マルタの3カ国であった(注1)。バルト3国は厳しい緊縮財政を続け、ユーロ加盟条件を満たした国々である。スペイン、ポルトガル、アイルランドも債務危機に見舞われながら緊縮策で危機を出しつつある国々であり、いずれも緊縮策により財政健全化の方向を歩みつつある。一方、フランス、イタリアは来年度の財政赤字3%未満の達成が危ぶまれており、緊縮策緩和は自国にとっても望ましい政策である。
フランスについては別の思惑もあると指摘されている。フランスとしてはEUの統合を指導してきた国であり、統合の歩みを逆転させかねないギリシャのユーロ圏離脱は避けたいところである。また、ギリシャがユーロ圏を離脱すると、その後のユーロ圏、EUは財政規律重視のドイツが中心となって運営されてしまう。フランスとしては指導力の低下が免れないという恐れもあったといわれる(注2)。7月上旬のEU首脳会議の前には、ギリシャ側の緊縮案に関しフランスが助言を与えていたと報じられている。
ドイツについては、交渉の過程でショイブレ財務相がギリシャのユーロからの一次離脱を提案し、その強硬ぶりに批判が集まった。ドイツでは、ミュンヘンにあるIFO経済研究所ジィン所長のように、ギリシャがユーロ圏を離脱しドラクマを再導入、そこに支援を行ったほうが、ユーロ圏に留まり続けるギリシャを支援するよりも、支援総額が少なく、望ましいという意見もあり、この考えが影響を与えたとも考えられる。
債権団は厳しい構造改革を要求
第3次支援に関する基本的な合意がなされる前提となったのはギリシャでの関連法案の国会での議決であった。ギリシャの緊縮策の実施に不信感を抱いていた債権者側が要求していた。改革案のポイントは、①付加価値税システムの統一、②総合的な年金改革を通じた年金制度、③ギリシャ統計局の法的な独立性確保、④「経済通貨同盟の安定・協調・ガバナンスに関する条約」の条項の完全な履行、⑤新たな「民事訴訟法」の採用、⑥欧州委の支援の下、EUの「銀行再生・破綻処理指令(BRRD)」である(注3、4)。さらに今後実施すべき、あるいは見直しされるべき政策について、債権者側とギリシャとの間で覚書(MOU)が締結された(注5)。
覚書では、改革アジェンダの実施は持続的な経済回復をもたらすであろうという前提で、実施すべき政策を4本にまとめた。第1は「財政の持続可能性への復帰」であり、第2の柱は「金融の安定性の保証」、第3は「成長、競争力、投資」であり、第4の柱は「近代国家と行政」である。
第1の財政に持続可能性に関しては、プライマリー・バランスの目標を今年は△1.5%、2016年が1.75%、2017年および2018年で3.5%としている。また、農業者向けディーゼル油優遇税の段階的廃止、海運業者への増税などを求めているほか、徴税の強化、脱税対策、公共調達の改善、年金改革などに言及している。
第2の金融の安定性については、銀行の流動性の確保と不良債権処理に関する改革案が示されている。
第3の成長、競争力等では、労働市場改革、商品市場での自由化、エネルギー・交通・水道事業の開放および民営化が課題とされている。民営化については、7月12日のEU首脳会談の声明にあるように、ギリシャの国有資産を独立の基金に移し、そこが管理、売却することを求めている。
第4の近代国家と行政については、まず行政に関し、行政機構の再編、行政手続きの合理化、人材の適正配置、行政の透明性・説明責任の強化などがあげられているほか、司法改革、汚職対策などについてもふれている。
総選挙で政治の不安定化の恐れも
第3次支援は、ギリシャ議会で承認され、ユーロ圏財務相会議でも認められ、国会での議決が必要な国の承認も得られた。早速860億ユーロのうち第1回の260億ユーロが支払われた。しかし、問題はまだ残っている。今回の支援融資はすべて欧州安定メカニズム(ESM)からの支出で、IMFの参加が現段階では決定されていない。IMFとしては、ギリシャの改革が進み、融資の返済が見込まれる場合にのみ参加するとしているが、そのためには債務削減が不可欠という立場である。ドイツは、IMFの参加は不可欠であるが、債務削減はリスボン条約にも抵触する恐れもあるということで反対であり、両者の考えの違いは大きい。
第3次支援策が開始されたとはいえ、果たしてギリシャが改革を実施し、債務を一定レベルまで削減できるかどうかは疑問視する向きも多い。ギリシャが抱える様々な問題、つまり脱税、汚職、非効率な行政機関、縁故主義、既得権益の強さ、維持困難な年金制度、ばらまき福祉などを改革し、近代国家を建設することは容易ではない。第1次、2次支援の5年間では、それ以前30年続いた政治経済体制を変革できなかった。それを3年で実施するという困難な課題が待っている。
チプラス政権は、党内反対派の左派を排除し、政権を安定させるため9月20日に総選挙を実施することを発表した。左派は独自の政党を立ち上げた。当初、世論調査の結果でリードしていた急進左派連合であるが、最近の調査では新民主主義党(ND)との差はほとんどなくなっている。過半数を獲得できそうな政党がない中、急進左派連合は連立政権には否定的、新民主主義党は連立も考慮と、選挙後の連立協議も難航しそうである。総選挙の結果、改革に意欲的な、安定的な政権が誕生するかどうかが注目される。
注1:Financial Timesウェブ版2015年7月15日
注2:Financial Timesウェブ版2015年7月13日
注3:Euro Summit Statement Brussels, 12 July 2015
注4:「通商弘報」2015年7月14日
注5:Memorandum of Understanding between the European Commission acting on Behalf of the European Stability Mechanism and the Hellenic Republic and the Bank of Greece
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