一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2016/01/26 No.264国際リニアコライダー(ILC)誘致の環境整備大詰めに

山崎恭平
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

今年の年賀状は、日本郵政の年賀郵便はがきに「国際リニアコライダーを日本に!!」との呼び掛けやILCのロゴ・マークが印刷されているものを使用した。このはがきは建設の候補地を抱える岩手県ILC推進協議会等関係団体が広報用に作成したもので、賀状を出す機会に友人や知り合いにILCについてもっと知ってもらいたいと考えたからである。年頭の挨拶に加えて東北の東日本大震災からの復興と将来の東北地方創生、そして日本の再生に期待がかかる日本初の国際プロジェクトとコメントしたこともあり、賀状の相手方には大きな関心を持ってもらえたと感じた。例えば、今時千載一遇ともいえるILC誘致の機会がどうして日本国内や首都圏でほとんど話題になっていないのかと、率直な疑問を投げかけてきた友人が少なからずいた。横文字で国政の身近な課題には遠く、選挙の票に直接結びつかないプロジェクトだから、中央政界の話題では優先度が低く、全国紙やTV等マスコミの関心も薄い。従って、建設候補地の地域マスコミ報道や東北の人々には周知のILCは、全国的に国民に広く認知されるには至っていないように思う。

東北地方の復興と創生、日本再生戦略にILC誘致

この国際プロジェクトについては、建設候補地となっている北上山地南部をカバーするローカル紙が特設の枠を設けて随時関連ニュースの報道を続けている。岩手県の「岩手日報」紙は、『ILC誘致』との標語の特別枠を設け関連報道に力を入れている。また、週一回の同紙ジュニア・ウイークリー版では、『ILCって何に?』とのコラムを設け出前授業等で学ぶ中高生の期待や夢を伝えている。宮城県の「河北新報」紙も、『ILCを東北に』と銘打った特設欄を設けて、関連報道を続けてきた。行政の分野では、岩手・宮城両県や候補地を抱える自治体の奥州市、一関市、気仙沼市は、それぞれのホーム・ページにILCのバナーを張って住民向けの広報活動を行っている。政府機関の東北経済産業局や経済界の東北経済連合会、地域の商工会議所等も、ウェブやセミナー等を通じた教宣活動を続けている。そして、今年の年頭挨拶でも、大震災からの復興とILC誘致に触れる首長が多かった(注1)。

これらからは、地域住民向けにプロジェクトの内容や誘致の意義が動画を含めて分かり易く、かつ情報が逐一更新され発信されている。年賀状を通じた広報活動は岩手県の関連経済界が一昨年から行ってきた。このプロジェクトは東日本大震災からの復旧復興過程で具体的に話題となり、筆者は、東北ILC推進協議会(事務局:東北経済連合会)が2012年に公表した報告書『東日本大震災からの復興に向けて~ILCを核とした東北の将来ビジョン~』関連のセミナーに出席してから、大きな関心を寄せるようになった。その結果をITI季報NO.95に『被災地東北に巨大国際プロジェクトを誘致~21世紀の科学を切り拓き世界と東北を繋ぐ~』と題する研究ノートで報告した。以降被災地から大震災からの復旧復興状況をつぶさに見聞しながら、プロジェクト誘致の動静を注視している。

詳細は上記の関連機関のニュースやホーム・ページ、あるいは弊報告に譲るとして、今年はILC誘致の気運を盛り上げ、環境整備や枠組み作りで重要な年となることに触れたい。

この国際プロジェクトは建設費が1兆円を超え(注2)誘致には大きな資金負担を伴うことから、政府は財政事情が厳しい中で誘致決定には慎重な姿勢を取っている。文部科学省は有識者会議で検討を続け、昨年の中間報告でスイスにあるCERN(欧州合同原子核研究所)の円形加速器LHCの性能強化の実験結果を見てから政府の最終的な判断を2017~18年度に行うとしており、そのためには来2016年度に予算措置が検討されるタイミングになろう。東日本大震災の被災地の東北地方は、2016年度から15年度までの集中復興期を終え『新たな産業育成を通じて東北を地方創生のモデルにする』(前竹下亘復興相)後期復興・創生期間が始まる。さらに、2020年のオリンピック招致や昨年末に基本合意したTPP対策で大きな財政支出が見込まれる中で、政府は地方創生や成長戦略、そして「科学技術立国」に向けて第5次科学技術基本計画を具体化する。財政的に厳しさが増す時期ではあるが、建設候補地の東北地方ではILC誘致の広報活動が強化され、まちづくりの準備が始まっている。12月には盛岡市で国際会議も予定され、超党派のILC国際研究所推進国会議員連盟(注3)は米国と資金分担を中心に国際的な枠組み作りを話し合う運びである。折しも昨年のノーベル物理学賞受賞は、ILC誘致には追い風になった。

ノーベル物理学賞受賞で誘致気運高まる

昨年のノーベル賞は、日本人研究者が医学・生理学賞と物理学賞に輝き、政治や経済の不透明感の漂う中で、日本中が沸いた。ダブル受賞に加えて、前者は自然界の微生物の活用、後者が湯川秀樹博士以来世界的な研究水準を誇る素粒子物理学の分野であり、日本が得意とする、いわば「お家芸」から生まれたとして注目された。東日本大震災から4年半を経過し復旧の遅れが目立つ東北地方にとっては、ILC誘致計画が物理学賞の受賞と同じ分野だけに、まだ見通しがつかない同計画を推進して行く上で明るいニュースとなった。

今回のノーベル物理学賞は、東大宇宙線研究所長の梶原隆章教授とカナダのクイーンズ大アーサー・マクドナルド名誉教授に与えられ、素粒子の一種のニュートリノ振動でニュートリノに質量があることを観測で実証した研究が対象となった。ニュートリノをとらえた功績に対しては、梶原教授と師弟関係にある小柴昌俊博士が2008年にノーベル物理学賞を受賞しており、岐阜県飛騨市の神尾鉱山の地下廃坑に建設された「カミオンデ」と「スーパーオンデ」の観測施設で観測されたものである。

また、昨年つくば市のKEK(高エネルギー加速器研究機構)機構長から岩手県立大学学長に就任した鈴木厚人氏は素粒子ニュートリノ研究が評価され、ノーベル賞に匹敵するともいわれる米国のブレークスル―賞を受賞した。同氏は就任会見で、ILC誘致が日本の特色を生かした新たな国際地域の創出になるとし、南極大陸や国際宇宙ステイションのように各国が研究に集う「ILCグローバル科学圏」として国民の理解や政府への働きかけを行いたいと抱負を述べている。

ILCは同じ素粒子物理学分野の実験装置の線形加速器で、スイスにある円形加速器LHCの後続で、より高性能の次世代型のものとされる。2012年に日米欧の研究者約2,000人が技術設計報告をまとめ、この中ではLHCに協力し素粒子物理学や加速器産業に強い日本に建設される期待が大きい。LHCには日本製機材や機器が多く使われ、日本人研究者も現地で活躍しており(注4)、2013年のノーベル物理学賞の受賞対象となったヒッグス粒子の発見に貢献してきた。ILCは日本では北上山地が建設候補地に選ばれており、地下100メートルに31~50キロメートルの線形加速器を置く実験設備や研究施設等から成る巨大プロジェクトである。1兆円を上回ると見られる建設コストは、欧米諸国と分担しつつも日本はほぼ半分のコストを賄うことが期待されており、日本は資金の確保と政府ベースの国際的な資金分担の話し合いが待たれている。

問われる国政の戦略的イニシアティブ

ILCは経済的に大きな効果が期待される国際プロジェクトで、誘致が実現して2020年代後半に完成、稼働すれば、建設候補地の東北地方には東日本大震災からの復興だけでなく未来の東北地方の創生、そして日本再生に資すると期待されている。ILC誘致の生産誘発額は建設から20年間で4兆4,600 億円を上り、人口減少が進む東北に25万5,000人の雇用創出が予定される。また、最先端の加速器産業が集積し、ガン治療や新薬開発等の医学分野や新素材開発への技術的な貢献が予測されている。さらに、日本人のみならず外国人研究者や技術者が集まり、家族を含めると1万人近い人々が働く日本初の国際科学研究都市が生まれる見込で、住環境を含めて新しい街づくりが想定されている。国際的な交流が深まり、研究者の往来で科学ツーリズムへの期待もあり、外国人が英語でコミュニケーションを図れる医療機関や子弟が通うインターナショナル・スクールの便宜供与も必要になる。

こうした見通しの下に、建設候補地を抱える岩手県や宮城県では、誘致活動を強化するとともに国際的な街づくりや医療・教育サービスの検討が始まり(注5)、ALT(外国人の外国語補助教員)を中心に外国向けの情報発信が始まっている。また、機材関係の企業向けセミナーに加えて、地域住民、中高生向けの出前講座や勉強会が頻繁に開かれるようになり、地域一体となったILC誘致の意識高揚(注6)と準備が既に始まっている。ILC計画を推進する国際研究者組織のLCC(Linear Collider Collaboration)は建設候補地の視察や日本政府へ働きかけで頻繁に訪日しているが、今年12月上旬には盛岡市で「リニアコライダー国際会議2016」を開催する予定で、約20カ国から研究者ら200~250人の参加が見込まれている。この会議は、日本政府の誘致判断に影響を及ぼす重要な機会になると見られている。

東日本大震災の復旧・復興にはまだ大きな政府資金が必要な上に、2020年のオリンピック招致が決まりかなりの資金投入が求められている。また、商品券や観光券のバラマキ的な支援が多いといわれる政府の地方創生戦略も始まり、TPPの基本合意を受け今後は影響を受ける農業支援への支出増が予想される。これらは政治的に票に結び付き実現され易いと見られるが、ILC誘致は政治的には優先度が低く財政的に極めて厳しい。しかし、東北地方の誘致熱意や夢はかなり高まっており、住民中心の未来志向の地道な活動が行われている。

ILC誘致の意義や日本が期待されている千載一遇の機会を実現するには、国政レベルの高度な政治的イニシアティブが求められよう。昨年末の衆院議員選挙では、東北地方選出の国会議員は全員ILC誘致の意義を認め理解しつつもその優先度は低く、国政の政策に結びつける政治力に期待が持てないといわれた(注7)。では、東北地方で盛り上がっているILC誘致の熱意をいわば国家百年の計に位置付けるにはどうしたらよいのか、まさにトップレベルの政治的な英断が求められているといえよう。早期に日本誘致の決断ができず先延ばしされれば、国際的な期待には応えられないことになり、この分野でも関心を示している中国が誘致に向かう可能性が強くなっているといわれる(注8)。

注:

1. 例えば、岩手県の達増知事は新春インタビューに「高エネルギー加速器研究機構の元機構長鈴木厚人氏が15年、県立大の学長に就任し、情報収集や戦略的な取り組みがしっかりできるようになった。今年12月には本県でリニアコライダー国際会議が開かれる。その準備や宣伝を通じて県民はもちろん、国民にもILCへの認識を深めてもらいたい。日本に建設が必要だとの気運を盛り上げたい」と抱負を述べている(岩手日報紙2016年1月3日付)。

2. ILCに関する文部科学省の有識者会議技術設計報告書検証作業部会の中間報告(2015年6月25日)によると、加速器施設設計費は本体建設費が労務費を含め9,907億円、測定器関係が1,005億円で合わせて1兆1,000億円程度、年間運転経費が491億円とみている。これには用地取得費やアクセス鉄道等の経費はまだ含まれず、また国際協力によるコストシェアリングが行われるとされている。

3. 会長は河村建夫衆議院議員で、160人を超える超党派国会議員が加盟している。河村会長は、米国議会と「日米科学・技術協力推進議員連盟」の創設のため2月にも議連の幹事長が訪米し米国議会に訴えたいとし、欧州や中国などアジア各国との協力も大切にしたいと述べている(岩手日報紙2016年1月1日付)。

4. スイスのLHCには、加速器本体で古川電工の超電導線材、東芝の超電導磁石、IHIの冷却装置等が使われ、素粒子の検出装置では浜松ホトニクス、フジクラの光ファイバー、川崎重工の低温真空管等が使われている。また、LHCのヒッグス粒子の発見を支えた実験とデータ解析には約40人の常駐日本人研究者が携わったとされる。

5. 2015年度には、岩手、宮城両県と奥州、一関、気仙沼の3市が「ILCまちづくり検討会」を立ち上げ、広域連携による検討が始まっている。

6. 岩手日報紙が昨年11~12月に実施した県政世論調査によると、県民の61%がILC誘致計画に関心ありと答えており、誘致の効果としては雇用や新産業創出、地域の国際化や異文化交流、人口減や過疎化に対する歯止めを上位に挙げている。

7. 岩手日報紙2015年12月7日付。

8. 中国は、河北省秦皇市に2020年後半に運転見込みのCEPCと同30年以降のSppCという二つの円形巨大加速器を国家の威信をかけて建設計画中で(朝日新聞2015年8月22日付)、ILC構想にも関心を持っているといわれる。

フラッシュ一覧に戻る