一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2016/05/12 No.277米財務省、外国為替政策報告書を発表―新設した「監視リスト」

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

1.2015年法による初めての報告書

米財務省は4月29日、「米国主要貿易相手国の外国為替政策報告書」を議会に提出し、公表した。この報告書は、その冒頭に書かれているとおり、1988年包括貿易競争力法(Omnibus Trade and Competitiveness Act of 1988, U.S.C. §5305、以下1988年法)および今年2月末に制定された2015年貿易円滑化・貿易執行法、第701条(Section 701 of the Trade Facilitation and Trade Enforcement Act of 2015, 19 U.S.C. §4421、以下2015年法)に基づいている。

財務省はこれまで1988年法に基づき4月と10月の年2回、外国の為替政策報告書(Report to Congress on International Economic and Exchange Rate Policies)を発表してきた。今回の報告書(Report to Congress, Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States)は1988年法による報告書を2015年法に基づく報告書に合体させたものである。

1988年法と2015年法の最大の違いは、1988年法が為替操作国に為替政策の是正を求めるだけにとどめているのに対して、2015年法は為替政策を是正しない国に対して制裁措置を取ることを可能にしたことである。2015年法成立の背景、概要、制裁措置などについては、フラッシュ269「為替操作国に是正・対抗措置-ベネット・ハッチ・カーパー修正条項」の制定を参照されたい。

下記の表1は2015年法をわかりやすくまとめたものである。なお、フラッシュ269 の記事中、「2015年貿易円滑化・貿易履行強制法」を「2015年貿易円滑化・貿易執行法」に訳語を改めた。

表1 2015年貿易円滑化・貿易執行法

第701条

 1.財務長官は本法制定後180日以内に次の報告書を上院財政委員および下院歳入委員会に提出する(2回目以降の報告書は前回報告書提出から180日以内)。
 ①米国の主要貿易相手国については、対米貿易収支、過去3年間の経常収支のGDP比、外貨準備の短期債務額比およびGDP比を含む報告書。
 ②大幅な対米貿易黒字および実質的な経常黒字を持ち、持続的かつ一方的な為替市場介入を行った米国の主要貿易相手国については、マクロ経済および為替政策に関する高度な分析を含む報告書。高度な分析には、当該国の詳細な為替市場介入の推移、為替市場の展開、実質有効為替レートの変化、通貨の過小評価の度合、資本・貿易規制の推移、および外貨準備高の傾向を含むものとする。

 2.財務長官は本法制定後90日以内に、高度な分析を行うために使用する諸評価要素を公表する。

 3.大統領は財務長官を通して、高度な分析の対象国との間で高度な二国間取り極めを開始する。この取り極めは、①当該国通貨の過小評価、大幅な対米貿易黒字および実質的な経常黒字の要因に対処する政策の実行を促し、②通貨の過小評価と貿易・経常黒字がもたらす悪影響に対する米国の懸念を表明し、③適切な政策を実行しなかった場合に大統領が取り得る行動を当該国に忠告し、④通貨の過小評価と貿易・経常黒字に対処するための行動計画を策定する、ために行われる。

 4.高度な二国間取り極めを開始した日から1年後に、当該国が通貨の過小評価、大幅な対米黒字の是正に失敗したと財務長官が決定した場合は、大統領は次の一つ以上の行動を取らなければならない。①海外民間投資公社(OPIC)による新規融資等の禁止、②連邦政府の当該国からの財・サービスの調達・契約締結の禁止、③当該国のマクロ経済および為替政策の厳格な監視および公式協議の要求、④当該国との二国間または地域間の貿易協定の締結または交渉参加の是非の検討。

 5.上記3.高度な二国間取り極めおよび4.大統領の行動は、米経済に不利益または米国の安全保障に深刻な被害をもたらす場合は実施しない。

第702条

 1.財務長官に対する政策諮問等のため、「国際為替レート政策に関する諮問委員会」を設置する。
 2.諮問委員会は9名の委員で構成し、上院仮議長、下院議長および大統領がそれぞれ3名を任命する。任期は2年(更新可能)とする。
注:第7編(ベネット・ハッチ・カーパー修正条項)のタイトルは Engagement on Currency Exchange Rate and Economic Policies、「高度な分析」および「高度な二国間取り極め」の原文はそれぞれ次のとおり。enhanced analysis 、enhanced bilateral engagement 、貿易黒字は財の貿易黒字のみで、サービス貿易は対象としない。

2.中国、日本、ドイツ、韓国、台湾を監視対象に指定

今回発表された報告書では、中国、日本、韓国、台湾およびドイツ(同報告書順)の5ヵ国・地域を「監視リスト」(Monitoring List)に入れたが、「高度な分析」の対象国がなかったため制裁措置の対象となった国はなかった。

2015年法では、米国の「主要貿易相手国」のうち、「大幅な対米貿易黒字」、「実質的な経常黒字」、および「持続的かつ一方的な為替市場介入」の3要素をすべて満たした国が「高度な分析」の対象国となる(表1の第701条の1.②)。今回の報告では、上記の3要素のすべてを満たす国はなかったが、3要素のうち2要素を満たす国が5ヵ国・地域あり、これらを新たに定めた「監視リスト」に入れた。「監視リスト」という用語は、2015年法にも1988年法にも存在しない新しい概念である。監視リストの対象国・地域については、財務省は今後「経済状況および外国為替政策を綿密に監視する(monitor)」としている。

監視リストに入った5ヵ国・地域のうち、「大幅な対米貿易黒字」と「実質的な経常黒字」の2要素が規定値(後述)を超えたのが中国、日本、ドイツおよび韓国の4ヵ国。台湾地域は「実質的な経常黒字」と「持続的かつ一方的な為替介入」の2要素が規定値を超えた。台湾は対米貿易黒字を計上しているが、2015年の黒字額は150億ドル以下で規定値には達しなかった。

為替市場介入の状況について、報告書は次のように述べている。中国は2015年夏の突然の外為政策変更後、人民元の売り圧力に対抗し、2015年8月~2016年3月、米財務省推計で4,800億米ドルのドル売り、元買いを行った。日本は過去4年以上為替市場に介入していない。韓国は過去数年のウォン売りとは逆に、2015年後半~2016年3月、ウォン安防止に努め、ウォン買いは260億ドルに達した。欧州中銀は2011年以降、為替市場に介入していない。台湾地域は2015年の大半を為替市場に介入し、ドルを買い越した。結局、報告書は2015年に通貨安政策を採用したのは台湾地域だけで、新興国の多くは外貨流出による自国通貨安の進行を抑えるため自国通貨を買い支えたと報告している。

表2 為替政策の評価基準と2015年の実績

経常収支為替介入
対米財貿易黒字
億ドル
GDP比(%)3年間の変化純為替介入額
GDP比(%)
持続的かつ
一方的介入
中国3,6573.10.5▲3.9*実施せず
ドイツ7428.51.5実施せず
日本6863.32.30実施せず
メキシコ584▲2.8▲1.4▲1.8実施せず
韓国2837.73.50.2*実施せず
イタリア2782.22.6実施せず
インド232▲1.13.81.8実施せず
フランス176▲0.21実施せず
カナダ149▲3.30.30実施せず
台湾14914.652.4*介入実施
英国15▲5.2▲1.90実施せず
ブラジル▲43▲3.3▲0.30.1実施せず
ユーロ地域1,3023.21.90実施せず
(注) 太字は3つの要素のうち各要素を満たすことを示す。* は米財務省の推計。
(出所)Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the U.S., April 29, 2016.

3.3つの評価要素

2015年法に基づく報告書は、表1で示したように、2015年法の制定後180日以内に提出され、高度な分析を行うために使用する評価要素は90日以内に公表されることになっていた。しかし、報告書の提出は、1988年法の発表に合わせたためか、全体的にかなり前倒しされた。評価要素(assessment factors)の発表も90日後の今月末になると考えていたが、1ヵ月早くなった。財務省が今回規定した各評価要素の数値基準、定義は次のとおりである。

大幅な対米貿易黒字:過去15年間における2国間の貿易黒字を分析した結果に基づき、年間の財の対米貿易黒字が約200億ドル超となった場合を「大幅な」(significant)とする。200億ドルは米国のGDPの約0.1%に相当し、大幅な対米貿易黒字の合計は対米貿易黒字総額の約8割を占める。

実質的な経常黒字:すべての国の2000年以降の経常収支と経常収支の影響に関する文献を検証した結果、GDPの3%超を「実質的な」とする。GDPの3%超の経常黒字額の合計は2014年の世界の経常黒字総額の過半を占める。

持続的かつ一方的な為替介入:「持続的かつ一方的」の基準を、6月または12月に終わる12ヵ月間に繰り返されたネットの外貨買い介入額がGDPの少なくとも2%超となった場合とする。この量的基準は、2000年以降の重要な新興国による為替介入の大部分に当てはまる。例えば、過去15年間のうち中国と台湾は12年、韓国はそのかなりの年にこの基準が合致する。

4.日本に対する評価

今回の報告で、日本は過去4年以上、為替市場に介入していないことが改めて明らかにされた。最近の大統領選挙戦やTPP批准に絡んだ議論で、日本がいまも盛んに為替市場に介入して円安を図っているといった批判が頻繁に聞かれたが、そうした間違った認識がこの報告で是正されることを期待したい。なお、この報告書でも明言されているように、問題になるのは、「持続的かつ一方的な市場介入」であって、突発的な為替変動に対処することを問題としているわけではない。

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