2016/09/01 No.289東アジアの投資関連協定とRCEP投資交渉への期待
石川幸一
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
亜細亜大学 教授
1.投資関連協定
(1)投資協定とFTA投資章
WTOには、投資に関連した協定として、サービス貿易協定(GATS)がサービス分野の海外投資である第3モード(海外拠点)について規定し、貿易関連投資措置協定(TRIMS)がパフォーマンス要求の禁止を規定しているが、サービス分野以外の投資の自由化や投資全般に関するルールを規定した協定はない(注1)。そのため、投資自由化や保護については投資協定(国際投資協定IIT、二国間投資協定BIT)あるいは投資章を含む自由貿易協定(FTA)を締結して規定している。投資協定は2014年末時点で世界で2,926締結されており、日本は26締結している(注2)。FTAはASEAN物品貿易協定(ATIGA)、ASEAN中国FTA(ACFTA)など投資を対象としない協定もあるが、日本の締結している二国間EPA、TPPなど投資を対象とし投資章を含む協定が増えている。
投資協定は投資保護を目的として締結されていたが、1990年代以降自由化についても規定する協定が増えている(注3)。自由化を含む投資協定とFTAの投資章の主な規定は、①投資保護、②投資自由化に関するもので、途上国との協定では③投資促進に関する規定を含むこともある。
投資保護についての規定は、設立後の内国民待遇、設立後の最恵国待遇、公正衡平待遇、代位、裁判所の裁判を受ける権利、収用と補償、争乱からの保護、資金の移転、代位、義務遵守、投資家と国家の紛争処理などである。投資自由化についての規定は、設立前(あるいは設立段階)の内国民待遇、設立前(設立段階)の最恵国待遇、パフォーマンス要求(特定措置の履行要求)の禁止である。自由化については、自由化分野を示す約束表(ポジティブリスト)および自由化の例外分野を示す留保表(ネガティブリスト)の2つの方式があり、付属書で提示される。
(2)投資に関する主要な規定
重要な規定について簡単に説明しておく。内国民待遇は、協定の相手国の投資家(投資企業)と投資財産に対して自国の投資家と投資財産よりも不利でない待遇(同等の待遇)を与えるという規定である。自国の企業は投資が可能だが外国企業の投資を禁止あるいは規制する分野(産業)が設けられることが多いが、設立前(設立段階)での内国民待遇が規定されれば外国企業も自国企業と同様に投資が可能になるため投資自由化措置となる。最恵国待遇は、相手国の投資家と投資財産に対して第三国の投資家と投資財産に与えた待遇と同等の待遇を与えるという規定である。最恵国待遇が規定されていれば、協定締結後に相手国が他の国と投資家により有利な待遇を与える協定を締結した場合、有利な待遇が適用される。パフォーマンス要求は投資受入国が投資企業に対して課す義務で、ローカルコンテントといわれる国内産品の購入使用義務、輸出入均衡義務、役員の国籍要求などが代表的なものである。
公正かつ衡平な待遇は、加盟国に適正な法的手続きの原則に従い法的あるいは行政的な手続きにおいて公正を否認しないことを要求することである。収用と補償は投資協定の投資保護に関する基本的な規定であり、公共目的、無差別、迅速、適切かつ効果的な補償の支払い、正当な法手続きに従う場合を除き、収用もしくは国有化と同等の措置を通じて収用を行ってはならないと規定している。収用もしくは国有化と同等の措置は、投資資産を実体上損なうような措置を指し、間接収用と呼ばれている(注4)。代位は、国またはその指定する機関に対して、投資家の権利または請求権を譲渡し、国または機関がその権利、請求権を行使できるようにするための規定であり、海外投資に公的機関が保険を付保し、損害が生じ保険金が支払われた場合にその機関が投資家の権利あるいは請求権を行使できるようにする規定である。
投資家対国の紛争処理(ISDS)は、投資企業と投資先国で投資に関連した紛争が起きた場合、企業が投資協定に基づき世界銀行傘下の投資紛争解決国際センター(ICSID)、国連国際商取引委員会(UNCITRAL)など国際仲裁機関に投資国を訴えることができるという規定である。ISDSは日本のEPAを含め、多くのFTA投資章、投資協定に盛り込まれている規定である。
2.RCEP参加国の投資関連協定の締結状況
(1)RCEP16カ国間の投資関連協定
RCEPに参加している16カ国の投資関連協定の締結状況はどうなっているのだろうか。まず、ASEAN10ヶ国はASEAN包括的投資協定(ACIA)を締結している。2012年に発効したACIAは投資自由化、投資保護、円滑化と促進を目的とし、投資前の内国民待遇、パフォーマンス要求の禁止、ISDSを含む全49条の文字通り包括的な投資協定である。最低限の規制を残して自由化を行なうとして最低限の規制は留保表(ネガティブリスト)で示されている(注5)。
TPPには投資章が含まれている。RCEPとともにTPPに参加しているのは、シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド(NZ)、ベトナム、マレーシア、豪州、日本の7カ国である。TPPは発効していないが、大筋合意後、フィリピン、インドネシア、タイ、韓国、台湾が関心を表明している。TPPは、設立段階の内国民待遇と最恵国待遇、投資財産に関する公平待遇と十分な保護、広範なパフォーマンス要求の禁止、ネガティブリストによる自由化、ISDS、地方政府の投資関連措置に関する国家間協議メカニズムなど高いレベルの投資自由化と保護を規定している。また、ISDSについては、濫訴抑制のための規定が設けられている(注6)。
ASEAN+1については、中国、インドとは投資協定が締結され、韓国、豪州・ニュージーランド(NZ)とは投資章を含むFTAが締結されている。日本とは投資章とサービス貿易章を含まない形でAJCEPが2008年に締結され、投資章については2013年に実質合意している。また、日本が締結したASEAN6カ国とのEPAには投資章が含まれており、その他の4カ国(ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)とは投資協定が締結されている。日中韓印豪NZの6カ国間では、インドとニュージーランド間(投資章を含むFTA交渉中)を除き、投資章を含むFTAあるいは投資協定が結ばれている。
表1 RCEP参加国の投資関連協定
ACIA | ASEAN10ヶ国 |
TPP | シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、ベトナム、豪州、マレーシア、日本 |
ASEAN+1 | FTAの投資章:ASEAN韓国FTA、ASEAN豪州NZFTA 投資協定:ASEAN中国投資協定、ASEANインド投資協定 |
二国間および多国間協定 | FTAの投資章:日本とASEAN6カ国の二国間FTA、日印FTA、中豪FTA、中NZFTA、中韓FTA、韓印FTA、韓豪FTA、韓NZFTA、豪NZFTA投資議定書 投資協定:日本ベトナム投資協定、日本カンボジア投資協定、日ラオス投資協定、日ミャンマー投資協定、日韓投資協定、日中韓投資協定、中印投資協定、豪印投資協定 |
交渉中 | AJCEP(日ASEANFTA)の投資章は実質合意、印NZFTA、豪印FTA |
(出所)執筆者が作成。
(2)主要投資関連協定の概要
1)ASEAN+1協定
AKFTA(ASEAN韓国FTA)の投資章は包括的な規定であり、設立前の内国民待遇と最恵国待遇、パフォーマンス要求の禁止(TRIMSを準用)、ISDSが規定されており、留保表を発効後5年以内の議論完了を規定している。AANZFTA(ASEAN豪州NZFTA)の投資章は包括的な規定となっている。設立段階の内国民待遇は規定されているが、留保表が施行されてから適用と規定している。最恵国待遇は作業計画(16条)で議論を行なうと規定している。留保表も同様に議論を行なうとしている。ASEAN中国の投資協定は「投資保護型」の協定であり、設立前の内国民待遇、パフォーマンス要求の禁止の規定がなく、留保表も付されていない。ASEANインドの投資協定は、設立段階の内国民待遇はあるが、最恵国待遇およびパフォーマンス要求の禁止の規定がない。ISDSは規定されている。
表2 ASEAN+1FTAおよび投資協定(BIT)の規定
ACIA | AKFTA | AANZFTA | ASEAN中国BIT | ASEANインドBIT | ||
内国民待遇 | 設立段階 | ○ | ○(1) | △(1) | × | ○ |
設立後 | ○ | ○(1) | ○ | ○ | ○ | |
最恵国待遇 | 設立段階 | ○ | ○(1) | ×(3) | △(4) | × |
設立後 | ○ | ○(1) | ×(3) | △(4) | × | |
パフォーマンス要求禁止 | ○ | ○(1) | ○ | × | × | |
ISDS | ○ | △(2) | △(2) | △(2) | ○ |
〈出所〉経済産業省〈2016〉「不公正貿易白書2016年版」768ページおよび各協定により作成。
2)二国間協定
日中韓投資協定は、設立段階を含め最恵国待遇、パフォーマンス要求の禁止(輸出制限、原材料調達要求、物品サービスの現地調達要求、輸出入均衡要求、輸出要求)、ISDSを規定しているが、設立段階の内国民待遇を規定していない。中印投資協定は、設立段階の内国民待遇と最恵国待遇、パフォーマンス要求の禁止が規定されておらず、保護型の投資協定である。中豪FTAでは、設立段階の内国民待遇と最恵国待遇を豪州側は認めているが中国側は認めていない片務的な規定である。パフォーマンス要求の禁止は含まれていないが、ISDSは規定されている。豪州NZFTAの投資議定書では、設立段階の内国民待遇と最恵国待遇、広範なパフォーマンス要求の禁止を規定しているが、ISDSは含まれていない。
中国がFTAの投資章および投資協定ともに設立段階の内国民待遇を認めず、自由化レベルが低いのが目立っている。中国NZのFTAの投資章でも設立段階の内国民待遇は規定されていない。RCEPの物品貿易交渉では極めて低い自由化レベルを提案していると報じられているインドは、FTAの投資章あるいは投資協定では設立前の内国民待遇、パフォーマンス要求の禁止、高い自由化レベルを受け入れている。1999年締結の豪州インドの投資協定は保護型であり、投資段階の内国民待遇、最恵国待遇、パフォーマンス要求禁止の規定はない。豪州インド間では投資章を含むFTA(包括的経済協力協定)が交渉中である。
表3 二国間FTA投資章および投資協定(BIT)の規定
日中韓BIT | 中印BIT | 中豪FTA | 豪NZFTA | 日タイFTA | ||
内国民待遇 | 設立段階 | × | × | △(2) | ○ | ○ |
設立後 | △(1) | ○ | ○ | ○ | ○ | |
最恵国待遇 | 設立段階 | ○ | × | △(2) | ○ | ○ |
設立後 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | |
パフォーマンス要求禁止 | ○ | × | ○ | ○ | ○ | |
ISDS | ○ | △ | △ | × | ○ |
〈出所〉経済産業省〈2016〉「不公正貿易白書2016年版」768ページおよび各協定により作成。
3.RCEPの投資交渉
RCEPは、「既存のASEAN+1FTAよりも相当改善し、より広く深い約束」を目指すとしている。投資については、促進、保護、自由化、円滑化の4つの柱を含むことが示されている。第3節でみたように、RCEP参加国間は、インドとニュージーランド間を除き、投資章を含むFTAあるいは投資協定が結ばれているが、その内容、自由化と保護の水準は様々である。
RCEPの投資章は、4つの柱を含むとしており、包括的な内容になると思われる。自由化では、設立段階の内国民待遇と最恵国待遇、TRIMS協定を超えるパフォーマンス要求の禁止、ネガティブリストの採用、保護では、公正衡平待遇、収用と補償など投資関連協定で通常含まれる規定に加え、ISDSが規定される。また、途上国については「特別のかつ異なる待遇」を与えることが方針となっている。
RCEP交渉は極めて簡単な発表が行なわれるだけで内容は明らかにされていないため、投資章についてどのような交渉が行われているかは判らない。ニュージーランド政府の発表によると、2016年6月の第13回交渉では、ネガティブリスト方式で自由化交渉を行っており、留保表(ネガティブリスト)のイニシャルオファーを行なっている。海外での報道によると、投資章の協定文案(2015年10月16日時点)がリークされている(注7)。真偽のほどは不明だが、リークされた案文によると、包括的な内容となっている(表4)。
対象とする投資は、製造業、農業、水産業、林業、鉱業でサービス業は含まれていない。ただし、投資保護に関する規定とISDSはサービス貿易の第3モードに適用される。注目すべきは設立段階の内国民待遇が認められていることである。前節で見たように中国がRCEP参加国と締結した投資協定およびFTAの投資章には設立段階の内国民待遇の規定はない。中豪FTAの投資章のように片務的な内容にならなければRCEPにより中国は初めて設立段階の内国民待遇を認めることになり、大きな意義を持つ。
パフォーマンス要求の禁止については、TRIMS協定およびASEAN+1を超える内容となっている。
表4 リークされたRCEP投資章案文の構成
1 | 適用範囲 | 9 | 移転/移転についての付属書 |
2 | 定義 | 10 | 特別な「手続き、情報の開示 |
3 | 内国民待遇 | 11 | 争乱の場合の補償/武力紛争あるいは内乱の場合の待遇 |
4 | 最恵国待遇 | 12 | 代位 |
5 | 投資の待遇/待遇の最低基準 | 13 | 収用と補償 |
6 | パフォーマンス要求の禁止 | 収用についての付属書 | |
7 | 経営幹部と取締役、人員の入国 | 税制と収用についての付属書 | |
8 | 留保/非適用措置 | 14 | 投資家と国家の紛争解決(ISDS) |
(出所)Knowledge Ecology International(KEI)情報により作成。
おわりに
東アジアでは日本企業は多くの国に海外拠点を設け、複数国を跨ぐサプライチェーンを構築しており、サプライチェーンの効率化が競争力強化の課題となっている。サプライチェーンの効率化を制度的に支えるのが包括的でレベルの高い投資章を含む広域FTAである。中国、インドを含む東アジアが統合された一つの協定により高いレベルの投資の自由化と保護を行うことが望ましい。RCEP投資交渉の目的は、多様で一部にレベルの低い協定を含む東アジアの投資関連協定の統合・高度化である。
RCEPの物品貿易交渉では、インドが高いレベルに抵抗していると報じられているが、投資交渉では中国の対応が焦点となる。中国が締結している投資関連協定は自由化水準が低いためである。包括的で自由化レベルの高いRCEP投資規定ができれば、①中国での投資自由化が進展することが期待できる、②パフォーマンス要求の禁止の範囲がASEAN+1協定のレベルから拡大する、③ISDSの対象となる国、分野が拡大する、など日本企業を含め企業へのメリットが大きい。日本は、韓国、ASEAN、豪州、ニュージーランドとともに自由化レベルが高く、十分な保護の枠組みを持つ投資規定の実現に向けてRCEP交渉をリードすることが期待される。
注
1. 2002年に開始されたWTOのドーハ・ラウンドでは、シンガポール・イシューの一つとして投資が入っていたが、途上国の反対により2003年に交渉議題から除外されている。
2. 経済産業省(2016)「不公正貿易報告書2016年版」751ページ、753ページ。
3. 投資協定については、小寺彰(2010)「投資協定の現代的意義」小寺彰編『国際投資協定 仲裁による法的保護』三省堂、3-9ページ。
4. 渡邊頼純監修、外務省経済局EPA交渉チーム編(2007)「解説 FTA・EPA交渉」231頁。
5. ACIAについては、石川幸一(2016)「投資の自由化」、石川幸一・清水一史・助川成也『ASEAN経済共同体の創設と日本』文眞堂(近刊)を参照。
6. TPP投資章については、内閣官房TPP対策本部(2015)「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要」、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要」を参照。
7. Deccan Herald. August 3,2016 ‘RCEP meet: focus on investor-state dispute’(2016年8月アクセス)