2016/12/15 No.312踊り場のメコン経済…現状と展望(9)生産委託先として信頼性を高めているカンボジアのアパレル産業~課題は賃金高騰に見合った生産性の上昇~
増田耕太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
カンボジアの主力輸出商品は衣類(アパレル)である。輸出先は米市場である。米国が輸入するカンボジア製品の約9割はアパレルが占め、米国のアパレル輸入先では第6位につけている。カンボジアのアパレルが輸出産業にまで発展した背景に、米国等からの一般特恵制度(GSP)、途上国に対する優遇制度(GSP-LDC)と、それを利用する外国企業の進出がある。有名アパレルブランド品等の生産の委託を香港、中国、台湾等の外資系企業が担っているのである。また、ILOの労働基準等の順守が義務づけられていることも輸出拡大に結び付いてきた。
順調に拡大してきたカンボジアのアパレル輸出にも懸念材料がある。近年の大幅な最低賃金の引き上げにより、低賃金労働の魅力がうすれていることである。カンボジアのアパレル輸出について増田耕太郎ITI客員研究員に聞いた。(聞き手 大木博巳ITI事務局長兼研究主幹)
Q. 欧米のアパレル市場向けにカンボジアの輸出が好調のようですが。
‐カンボジアの輸出額は117億ドル(2015年)。そのうち、アパレル輸出額は約80億ドルで全体の約7割を占めています。少し前までは9割を超えていました。アパレルの主な輸出先は米国と、EUです。最大の輸出先である米国の輸入をみると、カンボジアからの輸入額の約9割がアパレルです。世界のアパレル貿易の約1.6%を占めるに過ぎませんが、米国輸入の順位では「ニット製衣類」が6番目、「布帛製衣類」が9番目と上位にあります。金額が大きく数量シェアが高いのはニット製衣類、婦人用・ベビー服です。なお、日本でもンボジアからの輸入のうちアパレルが輸入総額の66%を占めています。
Q.カンボジアのアパレルは中国製品の価格と比べてどの程度割安ですか
‐カンボジア製衣類は中国製よりも4割近い低い価格で輸入される低価格品です。セレクトショップやブランド店で見つけることはできなくても、量販店の低価格品売り場では容易に“made in Cambodia”のラベルがついた衣類を見つけることができます。特に、『ベビー服』『婦人・女児用ナイトウエア』の輸入数量シェアが大きいので、売り場では目立っています。
Q.生地はどこの国から調達しているのでしょうか
‐縫製に必要な生地の輸入先は中国が最大で、他ではタイなどです。中国からニット生地、綿織物などで、中国からカンボジア向け輸出の約5割(47.3%)を占めます。タイのカンボジア向けニット生地輸出はベトナムに次いで2番目に大きいです。
ボタン、ファスナーなどアパレル生産に欠かせない附属品の輸入先も中国やタイが多いです。アパレル生産の下流に相当する縫製加工に特化しているので、生地等の織物だけでなく縫製に必要な附属品も輸入に依存した生産構造です。
Q.カンボジアのアパレル輸出が拡大している要因としてGSPの存在があります。
‐カンボジアは国連の後発開発途上国(「途上国」)として扱われ、日本、米国、EUなどの先進諸国からカンボジア製品の輸入に対し関税がかからないか低い税率の適用を受けられています。こうした配慮がカンボジアのアパレル輸出を牽引する力になっています。
歴史的にみると、カンボジアは過激な共産主義思想の政権、10年におよぶ内戦を経て、1991年に和平が成立し、国連等に支援のもとで総選挙による民主化、市場経済への移行を進め90年代後半に政治的に安定しました。
アパレル輸出が本格化するのは1997年以降です。カンボジア支援のための経済援助に加え、カンボジア製品が輸出しやすいように輸入市場を開放する政策を採りました。米国を例にとると1994年の米・カンボジア貿易協定(UCTA)で最恵国待遇(MFN)を与え、先進国は一般特恵制度(GSP)による関税免除ないし低関税の適用をうけました。EUも同様です。
カンボジアがWTOに加盟(2004年)する以前から優遇措置を講じることが、アパレル縫製業の発展に役立ちました。WTOの繊維協定(MFA)が失効した後も、発展途上国(LDC)に扱われ、多くの商品の関税が免除ないし引下げ対象になっています。2006年の米・カンボジア貿易投資枠組協定では、貿易・投資の拡大のための二国間協議や、カンボジアがWTO加盟により遵守すべき事項のモニタリングや支援を行うことを規定しました。
Q. ILOの労働基準等の順守が義務づけられていることも輸出拡大に結び付いてきたということですが。
‐アパレルの輸出に関連したものでは、1999年の「米国・カンボジア繊維協定(UCBTA)」があります。カンボジアに中核的労働条件(Core Labor Standard)を順守することを条件に繊維製品を特別関税で米国向けに輸出できる輸出割当(EQ)を行う制度です。UCBTAでは、低賃金労働、児童労働などの悪い労働環境での生産を禁止しILOの労働条件を順守することを求めています。カンボジア政府は労働法の改正、労働組合の結成の容認、縫製企業が輸出ライセンスを得るためのILO(国際労働機構)による労働条件の監査・査察を受け入れました。このことは、生産を委託する先進国企業の発注元にとってCSR(企業の社会的責任)順守のうえで、有利な投資環境になっています。
Q.カンボジアのアパレル輸出を担っている外資系企業の最近の動きは。
‐カンボジアのアパレル産業は外資系企業が中心です。アパレル等の分野での外国からの投資は、中国、台湾、韓国、香港が目立ちます。マレーシア、タイからの進出もあります。カンボジア政府の認可をもとにすると、アパレルの生産工場は投資額が小さくても投資件数が多く、件数では約6割を占めます。
それらの企業は、米国や欧州のファーストファッション、SPA(製造小売業)、大型量販店からの生産を請け負うのが主で、自社ブランド用衣類を生産しているわけではありません。
日本企業はタイや中国に進出している企業が、新たな進出先としてカンボジアを選んでいます。中国に進出しているアパレル、スポーツ用具他の軽工業製造業分野での『チャイナ+1』型進出と、タイに生産拠点を持つ機械関連事業会社が生産拠点を持つ『タイ+1』型進出が目立ちます。レストラン、スーパーマーケット等の進出も盛んです。
Q.アパレル産業の賃金が高騰しています。外資の流入に影響が出ていますか。
‐賃金上昇のスピードは速いです。アパレル産業には最低賃金制度が導入されており、労働組合は賃上げに熱心で労働争議が絶えません。2000年当時の月当たりの最低賃金は45米ドルでした。それが2010年は60米ドル、2016年は140米ドルに引き上げられ、2017年は153米ドルに決まりました。政府は2018年までに160米ドルまで引き上げる予定です。
急激な賃金上昇は、より賃金が安い国に工場が移転するのではないか等の懸念がありますが、進出する企業が増えています。その背景に、カンボジアだけでなく、他の競合国も賃金上昇があり相対的な有利さに深刻な打撃を与えていないためです。
むしろ、最低賃金制度、合法化した労働組合制度、競合国に比べILOや国際的なNGOによる『労働』『環境』面等の査察があることがプラスに働いています。CSR順守、CSR調達を社是としている欧米系アパレル製造小売業(SPA)や量販店にとって、生産委託先として『発注しやすい』状況といえます。
Q.賃金を比較するとバングラデシュやミャンマーでの生産した方が、優位性があると指摘されています。
‐近隣諸国の競合国の最低賃金水準と比べると、ミャンマーの60~80ドル、ラオス、バングラデシュの100ドルは、賃金水準だけみれば、カンボジアよりも魅力的にうつります。このため、カンボジアにとって大切なのは、競合国との競争に勝つために生産性を高める、より付加価値の高い商品の生産を拡大できるかどうかにかかっています。それには、外国企業が進出しやすくするための課題があります。政策面では『賄賂』などの悪い慣行を減らす、輸送コストを引き下げるためのインフラを整備する、電力供給を増やし電気代を引き下げる等の取り組みが重要だと思われます。このことは、他の業種・企業にとっても無縁ではありません。
Q.TPPが成立するとベトナムでの生産が、カンボジアよりは対米輸出では断然有利と見られていました。トランプ次期大統領は、TPP合意の反故を掲げていますので、カンボジアにとって歓迎ということでしょうか。
‐カンボジアがベトナムに比べ有利な点があります。第1は賃金コストが低いこと。アパレル縫製や履物の生産拠点は、低賃金国に立地するので、賃金コストが低いのは有利です。米ドル建てに換算した月額最低賃金はカンボジアが140ドルに対し、ベトナムは最も高い第1地域で154ドルと差があります。第2は、カンボジアは特恵税率が適用対象国で、米国、EU、日本などにはカンボジア製品の輸入に対する優遇措置があります。例えば、日本の場合は素材を国外から持ち込んでもニット、布帛製品とも縫製1工程で関税を免除しています。
一方、ベトナムは産業基盤が大きく、“チャイナ+1“の国としてカンボジアより優位にあります。さらに、ベトナムはEUと自由貿易協定を締結しました(2015年12月)。カンボジア製品と競合するアパレル、履物等の猶予期間後(最長7年)は関税が撤廃され、ベトナムの方が優位です。
ただし、ベトナムの労働コストの上昇によって、カンボジアの労働力確保の制約がない限り相対的にコストが低いカンボジアへのシフトが進むと思われます。カンボジアにとって、ますますベトナムとの良好な結びつきが重要です。
Q.輸出がアパレル一辺倒では、将来不安があります。輸出の多様化をどう進めたらよいか。
‐アパレル縫製に特化する限り、輸出先は米国、EU、日本などの先進諸国に集中せざるを得ないので、輸出先の多様化は厳しいです。多様化を図るには、タイとベトナムに挟まれている地理的なよさを生かし“タイ+1”、“チャイナ+1”の進出先として、機械工業等の分野の企業進出が重要になります。既に、タイに立地した日系企業の一部はカンボジアに進出しています。
タイの分工場としてカンボジアの工場で製造したものがタイ他に輸出する例も生まれています。さらに、APPLE Inc.の主要調達先100社のうちの日本電産のカンボジア事業所が中国のAPPLE製品の組立工場に納入しています。日系企業が生産した自動車用ワイヤーハーネスが日本向けに出荷するなど、徐々に輸出品目の多様化が進んでいます。
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