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2017/04/11 No.333日本の対米通商戦略に死角はないか−日米経済対話の落とし穴−

馬田啓一
(一財)国際貿易投資研究所 理事・客員研究員
杏林大学名誉 教授

1.日米経済対話は同床異夢

いよいよ日米経済対話が4月18日に開催される。日米経済対話の新設は、今年2月の日米首脳会談で決まったものだ。為替操作や自動車貿易で対日批判を強めるトランプ新政権に対して、日米間の経済問題について幅広く議論する場を日本側から提案し実現した。

だが、日米の思惑には大きなズレがある。日米の二国間交渉の場だと手ぐすねを引いて待ち構えている米国に対して、日本はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を視野にあくまでも貿易ルールの再構築に向けた日米協力の場にしたいと考えている。トランプ新政権が主張する2国間交渉に持ち込まれると、農業などで厳しい要求を突き付けられる恐れがあるためだ。

日米経済対話は果たしてどのような方向に進むのか。日米経済対話は、日本側は麻生副総理兼財務大臣、米国側がペンス副大統領の二人のナンバー2が仕切る予定だが、通商代表部(USTR)代表となるライトハイザーの議会承認が遅れるなど、米国側の陣容がまだ完全に整っていないこともあって、具体的な議論の進め方はまだ決まっていない。

「日米経済対話」の枠組みについては、①財政、金融、構造改革などマクロ経済政策、②インフラ開発、エネルギー、人工知能など日米経済協力、③新たな貿易・投資に関するルールづくり(日米FTA、TPP)の3分野について、今後議論が深められていくことになっている(図表1)。日本の思惑通りに協議が進む保証は全くなく、今後の「日米経済対話」の着地点は見通せない。「すべて勝負はこれから」というのが、日本政府の考え方だ。

図表1  日米共同声明(2017年2月10日):日米経済対話の重要論点

■財政、金融及び構造政策
国内及び世界の経済需要を強化するために相互補完的な財政、金融及び構造政策という3本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメントを再確認。

■貿易・投資に関するルール
両国間の貿易・投資関係双方の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長及び高い基準の促進に向けた両国の継続的努力の重要性を再確認。米国がTPPから離脱した点に留意し、①二国間の枠組みに関して議論を行うこと、②日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進することを含め、これらの共有された目的を達成するための最善の方法を探求する。

■日米経済協力
日本及び米国の相互の経済的利益を促進する様々な分野にわたる協力を探求していく。

(注)下線は筆者による。
(資料)経済産業省の資料より筆者作成。

2.バイとマルチの交渉をめぐる日米の攻防

トランプ新政権が大統領選挙の公約通りに早々とTPPを離脱し、二国間交渉に持ち込もうとする狙いは何か。言うまでもなく、米製造業の生産と雇用創出だ。二国間交渉なら米国有利に進められるという思惑がある。

だが、トランプのやり方がラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれるアパラチア山脈に近い地域のプアホワイト(白人貧困者)の雇用や生活向上につながる可能性は低い。関税を引き上げ、企業の国外への投資を牽制する保護主義的な政策は、サプライチェーンのグローバル化が進んだ米国経済にとって決してプラスとはならないのは明らかだ。

トランプは「アメリカの不動産王」と呼ばれても、所詮、狭い不動産業界のことしか知らぬ不動産屋のオヤジである。不動産ビジネスはバイの相対取引が主で、マルチの取引などはほとんどない。米国の通商政策におけるマルチの重要性を理解していないと言ってよいだろう。

そこで、危ないトランプを棚上げして、ナンバー2以下の周りの閣僚たちで、プロレスのようにトランプを羽交い絞めにさせる戦術を日本がとろうとしているのが、「日米経済対話」という新たな枠組みである。

何でも経済問題の取引材料にするトランプ流交渉術を、日本は警戒している。日本にとって分の悪い二国間交渉については、とりあえず、日米の経済対話に一旦持ち込み、安全保障を切り離し、傷口を大きくしないようにするというのが日本の作戦である。

そのため、第1に、米国が重視する雇用創出に関しては、インフラ開発やエネルギー、人工知能などの日米経済協力によって米国の成長と雇用につなげる、第2に、バイのFTAの協議だけでなく、むしろそれを回避するため、アジア太平洋の新秩序を視野に、マルチのTPP(修正版含む)なども併せて再検討することで焦点をぼかし、対中包囲網の重要性を訴え、最終的に日米が主導する「新装TPP」への道筋に引っ張り込む戦術を取ろうとしているのが日本政府の考えだ。

3.「攻める米国、守る日本」の構図の再現?

とは言いながら、日本が日米経済対話で不安視されている分野は3つ。第1は、農業である。日本にとっては最大の弱みとなっている。TPPベース以上のものを米国が要求してくると日本は警戒している。農水省や農業関係者は内心、TPPの方がまだましだと思っているだろう。農産物の自由化率が81%とTPP参加12カ国の中でダントツに低い数字は、間違いなく米国に突かれる。聖域5分野について、牛肉・豚肉や乳製品はTPP並み、コメは段階的な撤廃を迫られるだろう。TPPベースを死守できるか、日本の対米交渉力が試されようとしている。

第2に、日本政府は、対米貿易黒字の7割を占める自動車分野が標的になることを警戒している。日米経済対話の場で、自動車が持ち出されれば、貿易摩擦に発展しかねない。米国は自動車の関税はゼロでも非関税障壁を問題視している。TPP交渉と同時に進められた日米並行協議で日本の譲歩を十分引き出せなかった自動車の安全基準や環境基準についてまた蒸し返してくるのは間違いない。結果重視アプローチで、数値目標型の輸入自主拡大を再び要求してくる可能性を日本側は恐れている。日本側の反論は、日本市場で売れている欧米車と売れない米国車の比較分析を示し、布団をかぶって寝ているような米国メーカーの怠慢を突けばよい。

第3に、日米経済対話では、金融、財政、構造改革のマクロ経済問題を議題としているが、金融の分野で円安絡みの為替操作が取り上げられる見通しだ。しかし、この問題は日本側に理がある。日本の財務省は、円安誘導のための為替市場介入は近年行っておらず、デフレ脱却と景気拡大のためのアベノミクスの第1の矢、異次元の金融緩和の結果であり、目的ではないときっぱり反論している。リーマンショック後に米FRBも金融緩和を実施してドル安を招き、新興国から激しく非難されたこともあったわけで、「目糞鼻糞を笑う」と言ってよかろう。

要するに、まともなバイの交渉は避けて、マルチの方向に話をそらし、トランプ政権の勢いが衰えるのを待つ戦法を取るつもりだ。「待てば海路の日和あり」と言われるが、のらりくらりと日米経済対話を続け、そのうちにトランプの嵐が止むのを待つのも一つの手である。

4.なりふり構わぬ米国の暴走を止められるか

日米経済対話の初会合に、米国のロス商務長官が出席することになった。ロスは対日貿易赤字の是正を最重要課題だとしている。日本は、厳しい対日要求が出されるのではないかと警戒を強めている。

貿易赤字の削減を主張するトランプ大統領が3月末、中国や日本、ドイツなど対米黒字国を対象にその要因分析を命じる大統領令に署名した。これをテコに、通商交渉を有利に進めるつもりだ。日本政府は、トランプ政権の保護主義的な通商政策に警戒を強めている。

米商務省によれば、2016年における米国の貿易赤字は7343億ドル、そのうち、中国3470億ドル、日本689億ドル、ドイツ649億ドル、メキシコ632億ドル。大統領令は対米黒字国に重い圧力となりそうだ。

トランプ政権は、医療保険制度改革法(オバマケア)代替案、イスラム圏からの入国制限措置などの看板公約が相次いで頓挫するなど、内政で失態が続いた。このため、通商政策で名誉挽回を狙い、対外圧力を強めてくるだろう。

商務省とUSTRは3か月後に分析結果をトランプ大統領に報告する。NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉や日本などとの2国間交渉で圧力を強め、アンチダンピング税や相殺関税、301条発動など、不公正貿易に対する対抗措置を正当化する狙いがあるとみられる。

トランプ政権は強硬な制裁措置を辞さない構えだ。USTRは3月初旬、「WTO(世界貿易機関)のルールに必ずしも従うことはない」と明記した通商政策に関する報告書を公表した(図表2)。輸出補助金やダンピングなどの不公正貿易があれば、米国が独自に貿易相手国に制裁措置を科すとしている。しかし、トランプ政権が実際にWTOルールに抵触するような制裁措置を濫用すれば、相手国の報復措置を招き、世界貿易は縮小均衡に向かうだろう。トランプ政権は戦前の過ちを再び繰り返すのか。

3月中旬にドイツで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議では、通商問題で紛糾した。米国が「保護主義に対抗する」との決まり文句を共同声明から削除するように求めたからだ。トランプ政権が国際ルールを逸脱して「米国第一主義」に猪突猛進すれば、国際的に孤立しかねない。米国が誤った方向に進めば、そのとばっちりを日本も受けることになる。トランプ新政権が通商政策で「墓穴を掘る」ことにならぬように軌道修正させていくのも、「日米経済対話」の大きな役割であろう。

図表2  トランプ政権の通商政策の特徴

■基本方針
・自由で公正な方法で、貿易を拡大。
・経済成長を伸ばし、雇用創出を推進するため、多国間の交渉ではなく、二国間の交渉に焦点を当てる。米国の目標が達成されない場合、貿易協定を再交渉及び修正する。

■最優先事項
●貿易政策よりも優先して国家主権を守る
・WTOが米国に反する判断をしたとしても、米国の法律や慣習を自動的に変えることに繋がらない。米国法に従って、トランプ政権は貿易政策に関する事項に優先して、米国の主権を守っていく。

●米国通商関連法の厳格な実施
・外国政府による不公正な貿易慣行を許容しない。アンチダンピングや相殺関税措置法、通商法201条及び301条など全ての米国通商法を厳格かつ効果的に実施する。

●外国市場の開放のためのレバレッジの使用
・公正かつ相互的な市場アクセスを与えることを慫慂するため、全ての可能なレバレッジを使用する。

●より良い貿易協定の交渉
・貿易協定へのアプローチを大きく見直す。二国間貿易協定に焦点を当て、貿易相手国をさらに高い公正な基準を守らせ、不公正貿易に対して全ての可能な法的措置をとる。

(資料)「2017年USTR通商政策課題」より抜粋。

参考文献

外務省「日米共同声明(2017年2月10日)」

外務省「2017年USTR通商政策課題(2017trade policy Agenda)」

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