2018/09/06 No.385ミャンマーの国境貿易~ITIミャンマー研究会現地出張報告(1)~
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
ITIミャンマー研究会は、2018年8月13日~30日にかけて、タイ国境のミャワディを起点にして、パーン、ヤンゴン、マンダレー、モンユワ、インド国境のタムまで陸路で走破する現地調査を行った。ヤンゴン、マンダレー、モンユワでは、日系企業、地場企業を訪問してミャンマーにおける企業の事業展開と課題について伺うことができた。以下では、ITIミャンマー研究会のメンバーによる現地出張調査の一端を紹介する。第1回は、ミャンマーの国境貿易について報告する。なお、現地調査の実施に当たっては公益財団法人JKAからの補助を受けた。
1.ミャンマーの国境貿易
ミャンマーは、周囲を中国、インド、バングラデシュ、タイ、ラオスの5か国と国境を接している。これらの諸国との国境貿易は、2016年度のミャンマーの貿易総額に占める割合で26.5%、2011年度の18.5%から拡大傾向にある。2016年度の国境貿易のうち、中国が62億4,400万ドル(構成比80.9%)と8割を超えるシェアを占めている。次に、タイの13億7,400万ドル(17.8%)である。バングラデシュ、インドは、伸び率は高いが、貿易規模は小さい(表1)。
中国との国境貿易の中心は、ムセである。ムセを通関した貿易額は、輸出で37億ドル、輸入では16億ドルと中国との国境貿易に占める割合は輸出が8割、輸入では9割となっている。タイとの国境貿易は、輸出はメイッ(Myeik)、輸入ではミャワディの規模が大きい。
ミャンマー南部タニンタリー管区のメイッの主要産業は水産加工業である。タニンタリー管区における魚・エビ類の生産高(2015年度)は10億6,663万ビス(1ビス:約1.6キロ、約17億700万キロ)に上り、全国の約31.1%を占め、エヤワディー管区に次ぐ2位である。そこに、タイから多くのバイヤーが魚介類の買い付けに来る。買い付け後すぐに18時間かけて水路でタイのラノーン港へ運び、陸路で消費地バンコクに運ぶ。一部はタイで加工されて第三国にも輸出されている(注1)。
他方、ミャワディの国境貿易は、タイからミャンマーに運ばれる貨物の9割超が片荷でタイに戻されている。タイ側の統計では、メソット・ミャワディ経由の輸出は2016年で約800億バーツ、輸出品目は砂糖、スマホ、栄養ドリンク、燃料、ビール、農業機械、綿織物、輸送機器(オートバイ、貨物自動車など)など多岐にわたる(注2)が、圧倒的に金額が多いのはその他である(注3)。ミャワディにおける輸出入割合をみても、輸出6.5%に対し、輸入93.5%と、輸入が圧倒的に多い。
表1 ミャンマーの国境貿易による貿易額(100万ドル)の推移と平均伸び率(%)
ミャンマーの対中国、タイ、バングラデシュ、インドの4か国との貿易は、ミャンマーの輸出(2016年)の68.8%、輸入では53.4%を占めている(表2)。2012年と比較すると、ミャンマーの輸出に占める対インド輸出の比率が2012年の30.2%から2016年に8.9%に激減している。代わりに、中国が15.1%から40.7%に拡大している。輸出は、インドから中国にシフトしている。
輸入は、中国の比率が2012年の31.2%、2016年が33.9%とミャンマーにとって中国が最大の輸入先であることに変わりない。タイからの輸入は、拡大傾向にある。ミャンマーの輸入に占めるタイの割合は、2012年の9.8%から2016年に12.5%へと上昇している。
ミャンマーにとって、中国とタイが重要な貿易相手国であるが、これは、国境貿易が果たしている役割が大きい。ミャンマーの対中国に占める国境貿易の割合は、2012年で輸出が137.2%、輸入で21.3%、2016年では輸出が93.8%、輸入が32.8%とミャンマーの輸出で国境貿易の比率が高い(表2)。
一方、タイとの貿易では、ミャンマーの対タイに占める国境貿易の割合は、2012年で輸出が9.4%、輸入で25.2%、2016年では輸出が14.1%、輸入が53.2%とミャンマーの輸入で国境貿易の比率が高い。
表2 ミャンマーの対中国、タイ、バングラデシュ、インド貿易と国境貿易の割合(単位:100万ドル、%)
2.非正規貿易の推計
国境貿易は、通関手続きを行う正規ルートの貿易と通関手続きを省略する非正規ルートの貿易がつきものである。図1は、ミャンマーとタイ及び中国との貿易を、双方の輸出・輸入額で照らし合わせたものである。
ミャンマーの対タイ輸出とタイの対ミャンマー輸入を比較すると、2012,2013年を除いて、ほぼ貿易額は一致している。しかし、タイの対ミャンマー輸出とミャンマーの対タイ輸入では乖離が生じている。2017年でタイはミャンマーに24億ドルの輸出をしているが、ミャンマーの輸入では19億ドルと5億ドルの乖離がる。乖離が生じるのは、国境貿易における非正規貿易の存在であろう。乖離は2000年代後半から始まっている。2015年以降には、乖離幅は横這いで推移している(図1-①)。
対中貿易でも同様のことが言える(図1-②)ミャンマーの対中国輸出と中国の対ミャンマー輸入を比較すると、2014年を除いて、ほぼ貿易額は一致している。しかし、中国の対ミャンマー輸出とミャンマーの対中国輸入では、中国の対輸入がミャンマーの対中国輸出を大きく上回っている。乖離が生じたのは、2000年代後半からであるが、リーマンショック後に乖離幅が拡大し、2014年には43億ドルも中国の対ミャンマーがミャンマーの対中国輸入を下回っている。
タイと中国の対ミャンマー輸出を正規ルートによる貿易とみなせば、2017年のミャンマーの対中輸入の37.3%、対タイ輸入の54.3%が非正規ルートの貿易比率の一つの目安(下限)とみなすことができよう。ミャンマーの対中輸入、対タイ輸入に占める非正規ルートの貿易比率は、対中輸入では、2009年から2013年までは50%を超えていたが、2015年からは30%台に低下している。また対タイ輸入では、2010年から2013年までは70%を超えていたが、2015年からは50%台に低下している。
非正規貿易の比率が高まった時期は、ミャンマーの民主化と経済改革が始まった時期とだぶっている。2010年11月に、新憲法にもとづく総選挙が実施され、2011年3月にテイン・セイン大統領の新政府が発足し、ミャンマーは民政移管を果たした。それまで軍事政権を担っていた国家平和開発評議会(SPDC)が解散し,新政府主導による民主化,国民和解(少数民族との和平交渉,停戦合意の推進)、そして経済改革に向けた前向きな取組が次々に打ち出された。民政移管に伴う混乱が、貿易にもあらわれたものと思われる。
しかし、ミャンマーの貿易が依然として周辺国との国境貿易に大きく依存しており、それに伴い非正規貿易ルートも依然として大きな役割を果たしているものと思われる。
3.日本の対ミャンマー輸出を上回るミャンマーの対日輸入
他方、ミャンマーと日本の貿易をみると、タイ、中国と逆の傾向が出てくる。ミャンマーの対日輸出と日本の対ミャンマー輸入を比較すると、日本の対ミャンマー輸入がミャンマーの対日輸出を上回り乖離が生じている(図1-③)。日本はミャンマーが日本に輸出している以上の品物を輸入している。2012年以降(2013年を除いて)、約3億ドル前後の金額が日本の対ミャンマー輸入額がミャンマーの対日輸出額を上回っている。
この一因として、大手流通業が、衣料品や雑貨などのミャンマー製品を、直接日本に輸出されるのではなく、一端、第3国にある集荷所に運び、そこから日本向けに輸出しているためと思われる。日本に輸入する際には「ミャンマー原産品」として扱われているものが含まれていることを示している。
日本の対ミャンマー輸出とミャンマーの対日輸入では2012年から乖離が生じている。これは2012年から生じている現象で、2014,2015年では乖離額は10億ドル以上にも達していた。ミャンマーの対日輸入は、日本の対ミャンマー輸出を2017年で3億ドル上回っている。ただし、乖離幅は縮小傾向にある。日本から輸出している金額以上のものをミャンマーは日本から輸入している。ミャンマーに、周辺国からも日本製品の流入があったものと考えられるが、おそらく、日本の中古自動車の影響と思われる。
ミャンマーは2011年秋に中古車の輸入を解禁した。それ以降、2012年は120,836台、2013年は134,681台、2014年は160,437台と日本の中古車の最大の輸出先となった。2015年は141,066台、2016年は124,212台と第2位に後退した。ミャンマーは、日本からの中古車輸出全体の10~12%を占める巨大マーケットに成長したが、2017年は100,322台で3位に後退した(注4)。
因みに、日本の対ミャンマー中古乗用車輸出額は、2011年の1.4億ドルから2012年に6.4億ドルに急拡大した。2013年は3.9億ドル、2014年は4.3億ドル、2015,2016年は2.0億ドル台と鈍化し、2017年は1.6億ドルに落ち込んでいる。ミャンマー政府は、2018年からは右ハンドル車の輸入を禁止しており、日本の対ミャンマー中古乗用車輸出は難しい状況にある。
図1ミャンマーとタイ、中国、日本の貿易
① タイ
② 中国
③ 日本
図2 ミャンマーの主要国境貿易地点
注
1. ジェトロ通商弘報「近海の新鮮な魚介類は大半がタイへ-ミャンマー南部の漁業の町メイッ-」2017年8月22日
2. ジェトロ通商弘報「タイからの輸入拠点ミャワディ、税関手続きに課題-ミャンマーの国境貿易の最新事情(3)-」2017年12月18日
3. ジェトロバンコク資料
4. http://planetcars.jp/index.php/en/market-myanmar
フラッシュ一覧に戻る