2018/10/15 No.404首脳は、貿易問題をいかに論じたか2018年国連演説で浮き彫りになる各国の立ち位置
安部憲明
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
外務省 経済局政策課企画官
1.なぜ国連演説か
2018年秋の第73回国連総会の一般討論演説(General Debate)で、各国首脳は、現下の貿易問題をどう論じ、何を訴えたか。本稿では、当面の貿易問題を巡る国際社会の動向を見通すべく、国連演説を題材に各国の基本的立場を立ち止まって検証することとし、米国、フランス、中国、日本及び英国の5ヵ国の演説を比較対照する。
欧米のバカンス明けの毎年9月、加盟国首脳は国連本部に一堂に会し、現下の国際社会が直面する課題についての各々の原則的立場を発信する(注1)。各国の外交全体の座標軸における国連の位相や政策の重点、演説の長短は様々であるが、現下の国際情勢に関し、個別案件に関する政策を導く基本方針を表明する絶好の機会である。また、演説合戦のかたわらで、各国とも、二国間会談や安保理特別会合などの首脳外交を精力的に展開する。さらに、持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動などをテーマに、市民社会の幅広いステークホルダーが参加する各種セミナーも開催される。「国連ハイレベル・ウィーク」と呼ばれるこの1週間は、毎年、要人警護の交通規制や逼迫する宿舎事情もあり、マンハッタンは、疾風怒涛の昼夜を過ごすことになる。
国連は森羅万象を包含するものの、世界貿易機関(WTO)等の専門機関は別に存在することから、一般討論演説の内容は、国際の平和と安全を脅かす地域情勢や軍縮不拡散、環境や開発といった地球規模のテーマが太宗を占めることが一般的である。全体として言えば、本年も決してその例外ではない。
同時に、本年ほど、貿易問題に焦点が集まった年もないだろう。米トランプ政権の抜本的な現状見直しに端を発し、米国を当事者とする既存の協定の改訂やWTO改革が焦眉の急となっているからだ。折しも、関税措置の応酬による米中貿易摩擦の激化、NAFTA改訂交渉の妥結、日米協議の通過点としての物品貿易協定交渉の開始など、演説で表明された各国の意思と政策実行とが表裏一体で進行していた点に照らし合わせても、今後の全体の流れや個別の論点を巡る展開を見極める上で、主要国の国連演説のポイントを検証することは有意義である。
2.5か国の基本的構図
最初に、これら各国演説で表明された立場の特徴を、端的に描けば、次のとおりである。
米国は、国内向けの色彩が濃く、米国第一主義、不公正な貿易の張本人として中国を名指しで批判、国際ルールを守ってきた米国が一方的に損をしてきた状況を是正するとし、多国間協調に真っ向から異を唱えた。フランスは、内政上の改革アジェンダの延伸上で、グローバル化の弊害である経済社会の様々な格差を克服するために、WTO改革はじめ多国間協調のテコ入れを訴えた。中国は、改革開放の40年間で、最大の途上国が断行した自由化や経済発展が世界全体の経済成長に寄与したと自負し、グローバリズムの盟主まで標榜したが、当面の貢献は「一帯一路」等に帰着するという、「わが道を往く」立ち位置を維持した。日本は、演説冒頭に、貿易立国の経験に基づく「自由貿易の旗手」たる資格と役割を強調、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定や日EU経済連携協定、進行中の対米協議の実績を示しつつ、当面の東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉、WTO改革で自由貿易体制を牽引する用意をバランス良く表明した。米欧の調整役を自他ともに任じる英国は、難航するEU離脱交渉に手一杯で、現下の混沌を正常軌道に戻す主導権を発揮する余裕はないはずだが、それでも、現下の貿易を巡る情勢に絡め、国内の民主的要請と国際協調は両立可能だ、と多国間主義に背を向ける風潮に警鐘を鳴らした。なお、国際経済秩序で主要な役割を果たすその他の先進主要7か国(G7)について、本年議長国を務めたカナダは、2021年からの任期に向けた安保理非常任理事国選挙を控える中、持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動、国連平和維持活動(PKO)、シリア情勢やロヒンギャ問題などに万遍なく言及したが、貿易問題には触れなかった。ドイツも、同様に、イラン、中東和平及びウクライナなど地域情勢、安保理改革などの課題をオーソドックスに総攬したが、経済問題には立ち入らなかった。イタリアは、シリア情勢、移民など地中海的視点からの世界情勢の概観に留まった。EUは、政治・安全保障問題、気候変動と海洋保全に終始した。
3.各国演説のポイント
以下、5か国の演説の要旨を紹介する。
(1) 米国(注2)
トランプ大統領は、じっと息を潜めて耳を傾けた聴衆を前に、「私の政権は、2年未満の間に米国史上ほとんどいかなる政権よりも多くを成し遂げた」と真顔で切り出した。会場の失笑を買った映像は、この場面だ。もちろん、11月上旬の中間選挙を控え、演台の向こうには国民、特に、斜陽産業を抱え中間選挙での苦戦が予想される選挙区の有権者がいる。貿易に関する主張の冒頭で、「貿易は公正かつ相互的(fair and reciprocal)」でなければならないという原則的立場を宣明した上で、米国は、数十年にわたり経済を開放してきたが、それの見返りに(in return)公正かつ相互的な市場アクセスを与えてこなかった国もあれば、不当廉売や補助金、為替操作などで不公正な利得を得てきた国もある、その結果、米国の貿易赤字は年間8千億ドル近くに膨らんだとの現状認識を述べた。それゆえに、米国は、約束が破られた悪い貿易取引(broken and bad trade deals)をシステマティックに再交渉しているのだ、と主張する。政府主導の産業政策や国有企業、強制技術移転や知的財産の窃取などに関与し、WTOが基盤とする原則を破る怪しからん国もいる、とした上で、中国を名指しし、中国のWTO加盟後、米国は製造業における3百万人の雇用、鉄鋼業関連の4分の1の職が奪われたと指摘した。このような悪用はもう許さない、アメリカは国民を守ることにかけては誰に対しても謝罪しない、中国が市場を歪曲し取引してきたやり方は許されないと激しい非難に躊躇しなかった。なお、トランプ大統領が「グローバリズムに異議を唱えた」とされた部分は、実は、貿易から話題が転じた直後に、国際刑事裁判所について、米国は民主的に選ばれず、責任を追わない組織を認めないし、米国の主権はこのグローバルな官僚機構に服さないと批判する中で、「グローバリズムのイデオロギーを拒否し、愛国主義の教義を信ずる」とした発言に対応する。移民政策・国境管理の文脈で孤立主義の代名詞であるモンロー大統領にも言及し、「グローバル・ガバナンスは主権に対する脅威」とまで述べた。
(2)フランス(注3)
これに対し、フランスは、ウェストファリア体制の危機という圧倒的に長い視座から現状認識を披歴した。人類の歴史を想起し、理念を重んじ、シンボリズムに訴える論法は健在だ。すなわち、国連が国際連盟のように無力の象徴にならぬよう、国際的かつ地域的な協力を進める困難な道を選ぶべきである、貿易不均衡は、公正な競争と共通のルールによって解消されるべきで、二国間取引や保護主義では解決できないと論じた。グローバル化は、数々の恩恵の反面で経済社会上の格差という弊害を生んでいるとした上で、来年、自身が議長を務めるG7首脳会議の主要課題を、格差問題とする旨を初めて明らかにした。WTO改革については、反独占、知的財産や技術移転等について公平な競争条件を実現するためのルールを見直す必要性を強調し、本年11月末のG20首脳会議(アルゼンチン)で、WTO改革の行程表を示すよう呼びかけた。最後に、ナショナリズムは必ず敗退した、普遍的原則を擁護する勇気がなければ、国際秩序は脆弱となり二度の世界大戦を招いたと述べ、11月11日の休戦記念日に仏が主催する国際会議を、多国間協調への責務を確認する象徴的な機会としようと結んだ。同月にフランスが主催する予定のWTO改革に関する米中日EUの4極会合は、本年5月にマクロン大統領が議長を務めたOECD閣僚理事会で表明したものだ。なお、その理事会は、全会一致を目指した閣僚声明が、貿易や気候変動への特定の国による反対のために、議長の権限と責任で出す議長声明となった。今後、来年夏のG7首脳会合に続く外交政策の組み立ての中で、この憂き目を晴らすべく、国際協調の刷新・強化に向けた取組を牽引する考えだ。
(3)中国(注4)
王毅外交部長は、貿易問題に関し、現下の米中摩擦や対中批判を念頭に、改革開放40年の成果、特に、中国が足掛け15年の交渉の末に、相当の対価を払ってWTOに加盟し、構造改革と自由化に取組み、自らの発展とともに国際協調を通じて世界経済の成長に寄与してきた自画像を「マルチラテラリズムの盟主(奉行多辺主義)」と形容した。国連を核とする国際体制、WTOを中心とする多国間貿易体制を支えるべく協力することが重要であるとの伝統的立場を表明し、経済のグローバル化は、「南北」格差是正の観点からも、開放的・包摂的でバランスのとれた「ウィン・ウィン」のプロセスであるべきだと述べた。特に、貿易問題については、中国は、対等な立場での対話と協議を通じたルールとコンセンサスに基づく適切な解決を支持する、中国は脅しを受けないし、圧力に屈することもない、世界経済の回復や各国共通の利益のために自由貿易体制と国際ルール秩序を堅持すべく行動していくと主張し、これまでの成長の実績の上に、他国に貿易機会や一層良好な投資環境を提供し、市場障壁を新たに設けず、中国市場へのアクセスを拡充すると述べた。その上で、11月に主催する上海輸入博覧会、既に130か国や国際機関が協力文書に署名したとする「一帯一路」の第2回国際フォーラム会合(来年)への参加を促した。国連重視、途上国の代表性(いわゆる「グローバル・サウス」)の再確認、国際協力を通じた相互互恵を謳う従来のレトリックは、米国の露骨な批判に直接反駁しなかった点とあわせ、平等な主権国家が集う国際場裏において、「道徳的高み」で陣形を整える手法を踏襲したものと言えよう。ここには、米国の姿勢に反発よりも諦観するしかない国際世論に、中国の「大人の振るまい」への同調を誘う狙いも見て取れる。他方、強制的な技術移転やデジタル保護主義的措置などに対する各国の懸念に対する責任ある回答はなかった。演説が自画自賛のレトリックに終始し、WTOという国際公共財の改善に貢献する意欲ではなく、結局のところ「一帯一路」という自国のイニシアチブの訴求に逢着した点とあわせ、却って国際協調に受動的な姿勢を印象づけた。
(4)日本(注5)
本年で連続6度目となる安倍総理の演説は、冒頭に、「自由貿易の旗手」として立つ十分な根拠を、日本の戦後の歩みと目下の取組に照らして描いた。国際システムの恩恵を受けた貿易立国として、その保全と強化のために負う責任と使命を認識し、TPP11や日EU経済連携協定の実績、WTOへの関与とRCEPへの意欲を明言した。米国との新貿易協議(FFR)を重んじるとした上で、対米投資が85万6千人の雇用を生み、対米自動車輸出174万台に対し、米国内生産が倍以上の377万台である厳然たる事実を絶妙に指摘した。火中の栗を拾う覚悟で貿易問題から演説を始める主要国がない中、ほぼ唯一、演説の冒頭で正面からこれを取り上げ、簡にして要を得た、各方面に対して均整の取れたメッセージを発信した。その背景には、過去の対米通商摩擦を、その無理難題を含め、二国間取決め及び多国間合意に基づく構造改革と自由化で克服してきた実績、安定した国内政治基盤、日米首脳間の厚い信頼関係と両国間の緊密な意思疎通、WTOを始めとする国際協調に対する確固不動のコミットメント、これらに対する国際社会からの信頼等がある。
(5)英国(注6)
本年、英国はEU離脱交渉で疲弊し、「死に体」の弁明口調で登壇するかとも思われたが、やはり違った。メイ首相は、多大な成果を上げてきた開放的経済や自由民主主義というシステムに対する信頼喪失が最大の問題だとの現状認識を示した上で、その解決策として、愛国主義は健全な社会の基盤だが、攻撃的なナショナリズムにつけ込まれるならば、対立を助長し、ルールを破り、制度を損なう元凶となると警告し、自国民のために結果を出すことは、国際協力、規範や理念を犠牲にするものではなく、協力と競争は排他的ではない、合意されたルールに基づく協調によってのみ、競争は公正となり、保護主義に陥ることもないのだ、と説いた。WTO改革については、紛争解決手続の改善を念頭に機能の効率化、貿易実態や技術の変容に伴う新たな分野でのルール作りを訴えた。なお、EU離脱の文脈で、英国民の選択は多国間主義の拒否ではない、国民の民主的要請と国際協調を同時に実現していくことが指導層の役割であると述べた。メイ首相の語り口は、目前の話題であっても、常に類似の主題を示唆し、誰かほかの名宛人を諭すような口調であるが、トランプ大統領はじめ各国首脳にはどう響いただろうか。
4.今後の見通し
言葉には、行動が伴う。
ニューヨークで1週間繰り広げられた首脳演説の余韻を残し、秋以降は、国内政治が、すっかり国際関係を取り仕切る様相を呈することが予想される。トランプ政権は、中間選挙に向け、北朝鮮との交渉や中国への関税措置を含め公約実現の実績を超短期の尺度で追求し、劇場型で強調する局面が続く。実際、10月4日、ペンス副大統領は、翌月のASEAN及びAPEC首脳会議の代理出席を前にした、現政権の対中政策と銘打った政策スピーチで、中国の不公正貿易、知財窃取や強制技術移転、軍事増強・海洋進出、途上国の債務漬け、米国内選挙への干渉、周到な世論工作など、中国政府が全面的に関与しているとする懸念すべき行為を、包括的かつ激しく批判した(注7)。フランスは、内相など最側近の辞任を受け、格差対策を含む選挙公約の国内改革の断行を、EU・外交政策と連動させ、英独を尻目に欧州統合・多国間協調に主導力を発揮することで、低迷した国内支持率の回復を図るであろう。日本も、来年に参議院選挙を控える中で、交渉の結果を求められる局面となる。英国は、EU離脱の軟着陸に失敗すれば、国内の不協和音、市場の信頼失墜と混乱、欧州政治力学の中での漂流など多難な時期が始まりを告げる。いずれにせよ、国内動向への洞察が不可欠である。
一方、「災い転じて」の側面では、WTO改革の機運を維持し、先ずは、日米EUなどの力量がある国・地域が、中国等を関与させながら、実現可能性のある具体的提案を練り上げる必要がある。9月18日、欧州委員会は、6月の欧州理事会の指示に基づき、公平な競争条件(レベル・プレーイング・フィールド)や市場歪曲的措置への対応といったルールの形成、通報義務の履行強化や市場アクセス改善のための方策、紛争解決の向上というWTO現代化案を公表した(注8)。また、国連演説の袖で行われた日米EU三極貿易大臣第4回会合(9月25日)では、補助金ルール、強制技術移転及び市場志向の条件の3分野における作業の進捗状況の報告と今後の進め方を議論し、特に、WTO改革については、着手可能な論点から有志国で議論を開始していくこととし、第一歩として、WTOに通報改革・通常委員会について三極で共同提案していくことで合意した(注9)。10月下旬には、カナダが少数の関心国(米国や中国を含まない13か国・地域)の閣僚会合を計画する。11月中旬には、上述の仏主催の会合が予定されている。日本は、以上すべての会合に参加し、実質的に議論に貢献していく。
(本稿で述べられた意見や見解はすべて筆者個人によるものであり、筆者が所属する組織の立場を示すものではない。)
注:
1. 一般討論演説については、国連総会の手続規則には記載はなく、国連事務局の口上書による通知又は慣例により、国連事務総長、総会議長(毎年交替)、ブラジル、米国、それ以降は各国の希望日及び地域バランスを考慮しながら、原則として、国家元首→行政府の長→閣僚級→その他(常駐代表等)の順に発言する。発言時間は、通知及び慣行により各国15分以内にとどめるべきとされ、答弁権(right of reply)行使の対象となるが、国家元首による演説に対しては、儀礼的な観点を含め慣例により、口頭は認められず、書面でのみ行使が認められる。
2. アメリカ合衆国大統領府「ドナルド・トランプ大統領演説(原文)」、2018年9月25日。
https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-72nd-session-united-nations-general-assembly/
3. フランス共和国大統領府「エマニュエル・マクロン大統領演説(原文)」、2018年9月25日。
http://www.elysee.fr/declarations/article/verbatim-du-discours-du-president-de-la-republique-a-la-73e-assemblee-generale-des-nations-unies/
4. 中華人民共和国国務院外交部「王毅外交部長演説『堅持多辺主義、共謀和平発展』(原文)」、2018年9月28日。https://www.fmprc.gov.cn/web/wjbzhd/t1600726.shtml
5. 日本国総理大臣官邸「安倍晋三総理大臣演説」、2018年9月25日。
http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0925enzetsu.html
6. 英連邦首相府「テレサ・メイ首相演説(原文)」、2018年9月26日。
https://www.gov.uk/government/speeches/theresa-mays-speech-to-the-un-general-assembly
7. 米ハドソン研究所「マイク・ペンス副大統領の現政権の対中政策に関するスピーチ(原文)」、2018年10月4日。
https://www.hudson.org/events/1610-vice-president-mike-pence-s-remarks-on-the-administration-s-policy-towards-china102018
8. 欧州委員会「WTO現代化に関するコンセプト・ペーパー」、2018年9月18日。
http://trade.ec.europa.eu/doclib/docs/2018/september/tradoc_157331.pdf
9. 経済産業省「日米EU三極貿易大臣会合共同声明(仮訳)」、2018年9月25日。
http://www.meti.go.jp/press/2018/09/20180925004/20180925004-1.pdf