一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2019/02/01 No.4152038年までに石炭・褐炭発電に終止符

伊﨑捷治
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

ドイツの成長・構造変化・雇用委員会、いわゆる石炭委員会は1月26日、気候目標の達成を目的に石炭・褐炭発電を遅くとも2038年までにすべて停止することで合意した。停止時期は2032年時点の状況によっては2035年に繰り上げることができる。そのために、2022年までに3ギガワット相当の褐炭発電所および4ギガワット相当の石炭発電所を閉鎖することとし、2030年までに褐炭発電6ギガワット、石炭発電7ギガワットを閉鎖することとした。

これに対して、採掘発電の停止となる産炭地域には今後20年間に400億ユーロの構造改善資金を支給するとともに、電力会社には早期閉鎖に伴う補償を行うことなども決定された。

ドイツは2011年の脱原発決定以降スケジュールに沿って原子力発電を停止しており、現在発電の12%近くを占めている原子力発電が2022年にはすべて停止する。今回の決定はそれに加えて、現在35%余りを占める石炭・褐炭発電を20年間ですべて廃止しようとするもので、原子力と合わせると47%を占める電力源が閉鎖されることになる。これに代わって再生可能エネルギーの一層の推進を図ることになるが、その過程では送電網の拡充、天然ガス発電の拡充や効率化による電力などエネルギー消費の削減を加速化させ、「環境にやさしく、確実で、負担可能な価格のエネルギー供給」を目指して、脱原発に続く大規模なネネルギー需給構造の転換に取り組むことになる。

脱石炭の背景

こうした大きな事業に取り組むに至った背景はCO2の削減が計画どおり進まず、目標達成が難しくなったためである。

ドイツは2010年に策定したエネルギー政策基本計画(エネルギー・コンセプト)で、再生可能エネルギーの利用拡大を加速させ、温室効果ガスの排出量を1990年比で2020年までに40%以上、2030年までに55%以上、2040年までに70%以上、2050年までに80~95%削減する目標を設定した。

この目標に沿って風力や太陽光による電力の固定価格買い取り制などを実施してきた結果、電力消費に占める再生可能エネルギーの割合は2018年に38.1%にまで上昇し、すでに2020年の目標を越えている。しかし、エネルギー消費はこの数年増加傾向をたどっており、それに伴ってCO2の排出量も2013年以来横ばいを続け、2016年時点で1990年比27.6%減にとどまり、2020年の目標達成が困難な情勢となった。

このため、現政権は2018年初めの連立交渉に際して、「成長・構造変化・雇用委員会」を設置して、①2020年までのCO2削減目標(1990年比マイナス40%)をできる限り達成するための措置、②エネルギー部門について2030年までの目標を確実に達成するための措置とそれによる各分野に対する影響の予測、③石炭・褐炭発電の段階的削減と終了とその時期およびそのために必要な法律、経済、社会・構造改善の面の措置、④産炭地域について必要となる構造変化に対する財政からの補償および連邦の資金による構造対策基金の4項目についてとりまとめを行わせることとした。

交通・運輸部門などでCO2の削減が遅れる中で、最大の排出源のひとつである石炭・褐炭発電を削減するとともに、最終的には具体的日程を定めて脱石炭に取り組むことを決定したわけである。

環境への影響が大きい褐炭

今回の決定は石炭および褐炭発電を対象とするものであるが、国内で産出される石炭はコスト面で競争力を失い、補助金の削減と産炭の縮小が続けられてきたが、2018年12月に国内最後の炭鉱が閉鎖された。したがって、発電用の石炭はすべて輸入に依存するようになって久しい。

これに対して、褐炭はすべて国内で産出されている。ドイツは世界最大の褐炭産出国で、大規模な露天掘りで採掘される年間1億7,000万トンもの褐炭のほとんどは採掘現場に隣接した大型の発電所へベルトコンベアーで運ばれ、乾燥。粉塵化などのプロセスを経て、強力な火力となって電力に転換されている。褐炭発電は効率が高く、電力市場でも強い競争力を持っている。旧東独では石炭は産出せず、ソ連からのエネルギー供給にも期待できなかったことから、褐炭は最も重要なエネルギー源であった。そうしたかつての東独の効率の悪い褐炭発電所の多くは東西ドイツ統一後に閉鎖されたり最新鋭の設備に置き換えられたりした。しかし、褐炭自体のCO2排出量が多く、ドイツのCO2排出量全体の約37%を占める電力の約半分が褐炭発電によるものとされている。

また、褐炭は露天掘りで採掘されるが、巨大な掘削機を用いて数キロの幅で土地を掘り起こしながら進められる。そのために、集落や村が丸ごと立ち退きを迫られたり、森が失われたりしてきた。掘削は深いところでは400メートルにも達するため、地下水脈への影響も少なくない。

このため、すでに2015年にも政府と褐炭業界の間で古い設備を中心に発電能力の削減が合意され、2020年までに全体の約13%に当たる2.7ギガワット相当を順次閉鎖していくことになっている。

脱褐炭は幅広い国民の合意

温室効果ガスの排出量を2050年までに80~95%削減するというドイツの目標を達成するためには褐炭発電の終了はいずれ避けて通れないものである。それに対して、国民の大多数が再生可能エネルギーの拡大によるエネルギー転換の推進を支持している。ライン・ヴェストファーレン経済研究所(RWI)および転換持続可能性研究所(IASS)の調査によると、国民の88%が再生可能エネルギーへの転換を支持するとしており、75%は自分を含めて国民のだれもが役割を果たすべき共同の課題であるとしている。ほかにも、再生可能エネルギー・エージェンシーが世論調査機関を通じて実施した調査では再生可能エネルギーの拡大が重要ないしは極めて重要と回答したのは95%に達している。

また、ナトゥアシュトローム社が世論調査機関YouGovを通じて昨年11月に行った調査では、古い褐炭発電所12カ所を2022年までに閉鎖することに国民の75%が賛成した。

褐炭発電の停止はこのように国民の多くが支持しているが、問題は炭鉱および発電所の閉鎖に伴う雇用の問題だ。とくに東部、中でもポーランド国境に近い産炭地域っであるラウジッツ地方はほかに有力な産業がなく、閉鎖に伴って大きな社会問題につながる懸念がある。

こうしたこともあって、脱褐炭についても、各界を代表する専門委員会を設け、その時期や方法、対応策について検討し、決定することになった。成長・構造変化・雇用委員会(石炭委員会)を構成するのは産炭地域、環境調査機関、学術・研究機関学、グリーンピースなど環境団体、ドイツ産業連盟、雇用主団体連合会、手工業連盟、エネルギー・水道連盟、ドイツ労働組合連合会、鉱山・化学・エネルギー産業労働組合などの代表28名で、産業界、電力業界、労働組合、環境団体などを網羅しており、その合意は国民的合意といえよう。

連邦政府は今後石炭委員会が決定した石炭発電の閉鎖の対象、スケジュール、補償などについて関係企業等との協議に入り、構造改善資金の準備を行っていくことになる。これによって、国民の負担も増えるが、国民がエネルギー転換には幅広い支持を示していることは上述のとおりである。発電業界もすでに今回のような決定を見越して、すでに準備を開始していると伝えられる。

ドイツのエネルギー源別発電割合の推移

ドイツのエネルギー源別発電割合(2018年)

注)*国内総発電量(輸出分を含む)に占める各エネルギーの割合。2018年は推定値を含む暫定値。*2003年以降は陸上風力の自家消費分を含む。

出所:Arbeitsgemeinschaft Energiebilanzen e.V ”Bruttostromerzeugung in Deutschland ab 1990 nach Energieträgern” (2018.12.14)

フラッシュ一覧に戻る