一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/02/13 No.416近づく自動車232条調査結果の発表

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

トランプ大統領は昨年の3月8日、鉄鋼とアルミ輸入に対して1962年通商拡大法232条、いわゆる国防条項を発動し、世界に大きな衝撃を与えた。それからほぼ1年が経ち、自動車の232条調査の発表が近付いている。

対象となるのはスポーツ用多目的車(SUV)、バンおよびライトトラックを含む自動車とその部品で、232条が発動されれば、その影響は極めて大きく、世界貿易に鉄鋼とアルミ以上の混乱を引き起こす。改めて米国歴代大統領の232条発動の経緯を回顧し、トランプ政策の問題点を検討してみよう。

1.2月17日までに調査を終え発表へ

昨年5月23日にロス商務長官が開始した自動車の232条調査は、同条の規定により調査開始から270日以内、つまり遅くとも2月17日までに調査を終了し、トランプ大統領に報告書が提出され、公表される。調査結果を受けて、トランプ大統領は遅くとも5月末までに関税引き上げなどの輸入制限措置を発動することになるが、昨年から25%の関税賦課を頻繁に吹聴しているだけに、輸入制限措置の発動を早めることも十分にありうる。

さらに現在、トランプ政権として4番目の232条調査がウラン鉱石および同製品について進められている。

2.トランプ大統領以前の232条発動事例

このようにトランプ政権は政権発足2年間に4件の232条調査を実施し、すでに鉄鋼とアルミの2件について輸入制限措置を発動した。トランプ大統領の232条調査および発動件数は、歴代大統領の誰よりも多い。これは、トランプ政権が如何に232条を貿易政策の戦術として重視しているかを如実に示すものである。

1962年通商拡大法232条が制定された1962年からトランプ大統領が就任する前年の2016年までの54年間に、米国大統領は第35代ケネディから第44代オバマまで10人いる。これら10人の大統領のうちオバマ大統領を除く9人の大統領が、25件の232条調査を実施した。25件のうち、当該品目の輸入が米国の国家安全保障に脅威を与えているとして、大統領がクロの判定を下したのは9件、他の16件は国家安全保障の脅威となっていないと判定した。

しかし、クロ判定された9件のうち、大統領が232条に基づく輸入制限措置を発動したのは僅かに3件だけである。3件は、1973年の石油に対する免許料金制(license fee)(注1)の実施、1979年のイラン産石油の禁輸、および1982年のリビア産石油の禁輸である(表1参照)。

その他の6件は、輸入制限措置を発動しなかったか、輸入制限措置が発動後撤回された。内訳は、①輸入制限措置を発動しなかったのが3件、②発動後撤回されたのが2件、③232条によらずに別の手段で輸入制限が行われたのが1件である。その詳細は次のとおりである。

①の輸入制限措置を発動しなかった3件は、すべて原油および石油である(調査開始年は1987年、1994年、1999年、表1の19、24、25)。発動しなかった理由は、輸入を規制すれば石油製品のコストが上昇し、長期的には米国の安全保障を阻害すると判断されたためであった。

②輸入制限措置が発動されたが、その後撤回されたのは2件である(1975年、1978年、表1の9、11)。1975年の石油は、フォード大統領が免許料金に追加料金(supplemental fee)を賦課したが、後に追加料金を廃止した。1978年の石油は、カーター大統領が232条措置として石油輸入に資源保護料(conservation fee)を賦課したが、連邦地裁はこれを違法として撤回した(注2)。

③232条ではなく、別の手段で輸入制限が行われたのが、1983年の金属切断・整形工作機械(表1の17、以下「工作機械」とする)である。当時のボールドリッジ商務長官は1984年2月、232条調査の結果、クロと判定し、レーガン大統領に工作機械18品目の輸入制限を勧告した。しかし、国家安全保障会議(NSC)が新たな国防・経済計画ガイドラインを出したことから、レーガン大統領は同年4月、同ガイドラインに基づく勧告の見直しを商務長官に指示した。一方、全米工作機械工業会などによる度重なる提訴に対応して、レーガン大統領は1986年5月、日本、西独、台湾およびスイスとの対米輸出自主規制(VER)交渉の開始を決定した。この結果、日米間では1987年1月から5年間のVERが合意された。その後米国の要請で2年間延長され、VERは1993年末まで続いた。このVERは232条の枠外で結ばれたと理解されている(通商摩擦問題研究会1989など)。

232条は、ある商品が米国に輸入され、これによって米国の国家安全保障が脅威にさらされている場合には、商務長官の認定を経て大統領は当該製品の輸入を制限することができる。この場合、申立人は当該輸入によって国内産業に損害が発生していることを証明する必要はなく、専ら当該輸入によって国家安全が脅威にさらされている、または、そのおそれがあることのみが232条発動の根拠とされている(松下2001、198頁)。

さらに、1962年通商拡大法232条は、外国製品の輸入によって米国の国家安全保障に脅威が生じるか否かの判断基準を示してはいるものの(注3)、その発動要件が厳密に規定されていないこともあり、大統領の決定は高度に政治的なものとなる可能性が高い。それにもかかわらず、前述のとおり、トランプ大統領以前の54年間に232条による輸入制限措置が実行されたのは、僅かに3件にとどまったことは、歴代政権が232条の発動に極めて慎重であったことを意味している。

3.トランプ大統領の232条発動の特徴と問題点

こうした歴代大統領の対応と比較すると、トランプ政権の対応は大きく異なる。

第1に、歴代大統領と違って232条の発動に慎重さや柔軟な対応がみられない。鉄鋼・アルミにしても自動車にしても、調査結果が出るかなり前から、追加関税の賦課を吹聴し、相手国から譲歩を導き出す脅迫材料として使っている。米韓FTAの再交渉では、鉄鋼に対する25%の追加関税賦課を免除する代わりに、韓国に鉄鋼の対米輸出数量規制を受け入れさせ、自動車市場アクセスを米国に有利に改定した。232条の発動は、トランプ政権が「通商法制の厳格な運用」を通商政策の重要な柱に掲げていることによるが、これは「厳格な運用」の趣旨に反する。米国第一主義を貫く232条戦略は、米国の同盟国を分断し、世界の貿易秩序を破壊する。

第2に、トランプ大統領は、GATT21条が規定する国家安全保障のための例外を濫用し、GATTルールを無視している。GATT21条は、自国の安全保障上の重大な利益を保護するため、3件の例外を設けているが、自国の特定産業を温存するために競合する製品の輸入を制限する明白な文言は見当たらない(松下2001、191頁)。

また、軍事的に重要な国内産業を維持するために、輸入制限を行うことはGATTの根幹をなすGATT1条(無差別原則)の例外とはなりえない(同193頁)。さらに、232条によって特定製品の関税を引き上げることは、米国が約束した上限税率(譲許税率)を超えるものであり、GATT2条(譲許表)違反でもある。

さらに鉄鋼では、追加関税を免除する代わりに、対米輸出数量規制を認めさせたが、これもGATT11条の数量制限の禁止に違反する。自動車についても、鉄鋼、アルミと同様な措置を発動する可能性が高いが、これはWTO体制上看過しえないものである。川瀬上智大学法学部教授は、232条発動は「多国間通商システムにおける法の支配の根本を揺るがす」と批判している(川瀬2018)。

4.輸出国の対米報復とWTO提訴

2018年3月23日、米国が232条措置として鉄鋼・アルミ輸入に追加関税の賦課を開始すると、4月2日、中国が対抗措置として128品目に30億ドル相当の追加関税の賦課を決定した。

また、当初課税免除となったカナダ、メキシコ、EUが2018年6月1日、免除から外れて課税対象国となると(最終的な免除国は、鉄鋼が韓国、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリアの4か国、アルミはアルゼンチン、オーストリアの2か国)(注4)、メキシコ、トルコ、EU、カナダ、インド、ロシアも対抗措置を実施した。対抗措置は、EUのようにハーレーダビッドソンの二輪車(注5)やバーボンウイスキー、ジーンズなど米国の特産品が対象にされている(表2)。これら各国は対抗措置をとった後、米国に二国間協議を求め、紛争解決のためのパネルが設置された(表3)。

しかし、232条発動に対抗する正当な手段は、WTOの紛争解決手続きを経た後に行うべきであり、個々のWTO加盟国が一方的な対抗措置を発動することは、WTOの紛争解決了解(DSU)の23条で禁止されている。

それにもかかわらず各国が米国に対する対抗措置をとったのは、米国の232条措置をGATT19条に基づくセーフガード措置と位置付け、リバランスと呼ばれる対抗措置を取り得るとしているからである(注5)。これに対して前述の川瀬教授は、①関係国が一方的に米国の232条措置をセーフガード措置と解釈し、対抗措置をとることは、報復の連鎖となるおそれがあり、②米国が上級委員会の委員の補充を阻止し、WTOの紛争解決手続きが機能不全に陥っていることを承知しながら、こうした事態をもたらしている米国の責任は極めて重いと指摘している(川瀬2018)。

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〔注〕

1.免許料金制などの表記はCRS(2018a)に従った。

2.トランプ大統領が行った鉄鋼に対する232条発動でも、米国の鉄鋼輸入団体は232条による関税引き上げは大統領権限を超えるものだとして提訴し、現在、米国際貿易裁判所で審理が進んでいる(Trump’s Use of National Security to Impose Tariffs Faces Court Test, New York Times, December 19, 2018)。

3.松下(2001)200頁、232条の当該部分の原文は19 U.S. Code§1862, (d)。

4.Section 232 Tariffs on Aluminum and Steel, U.S. Customs and Border Protection.
https://www.cbp.gov/trade/programs-administration/entry-summary/232-tariffs-aluminum-and-steel

5. ハーレーダビッドソンンはEUの対抗措置が実施されると大幅な価格引き上げが必要なため、EUへの輸出拠点を米国から海外に移すと発表し、トランプ大統領を激怒させた。

6. リバランスが成功した近年の事例は、日本など8ヵ国がWTOに提訴し、G.W. ブッシュ大統領が2002年に実行した鉄鋼14品目に対するセーフガード措置を撤廃させたことである。

〔参考資料:掲載順〕

松下満雄(2001)『国際経済法-国際通商・投資の規制』第3版、有斐閣。

通商摩擦問題研究会(1989)『米国の88年包括通商・競争力法―その内容と日本企業への影響』日本貿易振興会。

川瀬剛志(2018)「鉄鋼・アルミニウム輸入に対する米国1962年通商拡大法の発動―WTO体制による法の支配を揺るがす安全保障例外の濫用と報復の応酬―」RIETI、独立行政法人経済産業研究所、3月29日。
https://www.rieti.go.jp/jp/special/special_report/095.html

滝井光夫(2018)「第3章 トランプ政権の貿易政策と貿易紛争」大木博已・滝井光夫・国際貿易投資研究所『米国通商政策リスクと対米投資・貿易』文眞堂。

CRS (2018a), Section 232 Investigations: Overview and Issues for Congress, Updated November 21.
https://crsreports.congress.gov R45249

CRS (2018b), The “National Security Exception” and the World Trade Organization, November 28.
www.crs.gov LSB10223

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