一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/04/15 No.424EUの中国戦略(その1)−習近平国家主席の訪欧と「一帯一路」攻勢−

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

習主席の訪欧、欧州は一帯一路で足並みに乱れ

中国の習近平国家主席は本年3月21日から27日までイタリア、フランス、モナコの3か国を訪問したが、昨年11月のポルトガル、スペイン歴訪に継ぐもので、欧州との関係を重視する姿勢を鮮明にした。今回の歴訪の最大の目的はイタリアと中国主導の広域経済圏構想「一帯一路」の協力に関する覚書に署名することであった。先進7か国(G7)参加国との覚書の締結は初めてのことであり、その他のG7参加国、とりわけ、中国への警戒感を強めているフランス、ドイツ、対中関係が緊張している米国が不快感をあらわにした。

EU諸国の中ですでに覚書を締結しているのは15か国で、イタリアは16番目になるが、問題は、これを機に一帯一路が再び勢いづきかねないことである。一帯一路は、相手国の返済能力を超えた過剰債務を生んでいるとの批判(「債務のわな」)が世界中で相次いでいる。EUでも債務危機に陥ったギリシャが投資マネーを求めて中国と一帯一路の覚書を交わし、国内最大のピレウス港湾の経営権が中国企業に譲渡されたが、軍事利用されかねないとの警戒感が強い。

一帯一路構想と欧州を繋ぐ主要な枠組みとしては、中・東欧16か国が中国との定例首脳会議「16プラス1」(CEECs)(注1)やアジアインフラ投資銀行(AIIB)があり(表1)、「16プラス1」が最大の受け皿機関とみることができる。現状では、EUとして統一的な中国などからのインフラ投資や企業買収などの規制措置をとっておらず、一帯一路構想への協力は加盟国政府の権限に委ねられている。

したがって、イタリアや中・東欧諸国は、財政規律や強権政治を巡り、EUを主導する独仏との対立を深めていることもEUの結束を乱しているといえよう。港湾や空港などの重要インフラ施設で中国企業による買収が進めば、周辺国も含め、安全保障に影響が及びかねない。次世代通信規格(5G)通信網構築についても、中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)などの中国企業の製品を政府調達から全面排除するかを巡って、EU加盟国の対応で足並みがそろわず、欧州委員会はファーウェイ製品の採択を加盟国の判断に委ねることにしている。

習主席のイタリア訪問の直前に開催された欧州理事会(EU首脳会議)で、EUとしての統一的な中国戦略の課題と見直しが議論された。終了後の記者会見でフランスのエマニュエル・マクロン大統領はEUの中核国イタリアを一帯一路構想に繋ぎ止め、切り崩しを図る中国への警戒感を露わにし、EUの結束を呼びかけた。

習主席訪欧後、ブリュッセルでの定例のEU中国首脳会談に出席していた李克強首相は4月12日、クロアチアのドブロブニクで開かれた「16プラス1」会議で協力推進を確認する共同声明を発表した。また、ギリシャも2020年から正式メンバーになることが決まったことで、中国は一帯一路で中東欧やバルカン半島で存在感をさらに高め、足場固めを図った形である。EUの足並みの乱れが中国に入り込む隙を与えているのである。

表1 一帯一路構想とEU加盟国を繋ぐ主要枠組み

参加国一帯一路アジアインフラ投資銀行(AIIB)16プラス1
ブルガリア
チェコ
エストニア
ギリシャ
クロアチア
イタリア
ラトビア
リトアニア
ハンガリー
マルタ
オーストリア
ポーランド
ポルトガル
ルーマニア
スロベニア
スロバキア
参加国数16か国8か国(注1)11か国(注2)
(注1)その他のEU加盟国として、ベルギー、デンマーク、ドイツ、アイルランド、スペイン、フランス、ルクセンブルク、オランダ、フィンランド、スウェーデン、英国の11か国が参加している。
(注2)その参加国は、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビアのEU加盟候補国5か国である。
(出所)執筆者作成による。

一帯一路なびく伊、連立政権内で軋み

習主席は3月23日、欧州歴訪で最初にイタリアを訪問、ジュゼッペ・コンテ首相とローマで会談し、一帯一路構想の協力に関する覚書に署名した。伊ANSA通信によると、企業や政府機関の間で29の項目で合意した。港湾開発などのほか、伊炭化水素公社(ENI)と中国国有・中国銀行との提携など全体で約200億ユーロに上るとみられる(注2)。中国にはイタリアを欧州における拠点にして本格進出を図る狙いがある。対米関係で苦境に立つ中国には大きな外交的成果である。

昨年6月、2つのポピュリズム(大衆迎合主義)政党「5つ星」(極左)と「同盟」(極右)による連立政権が誕生したイタリアは、仏独の主導するEUに反発する姿勢が強い。対中国政策でもEUとの溝が深まっている。イタリアはEUの中核国の一つで、かつG7初の一帯一路に加われば、EUの結束を乱す恐れが強いことは前述したとおりである。欧州委員会は「全加盟国はEUの結束を尊重する責任がある」とクギを刺す。

イタリアが一帯一路構想になびくのは、中国マネーを呼び込み、イタリア経済再建の起爆剤にする考えからである。ただ、このところ、仏伊間の高速鉄道のトンネル建設計画、アフリカからの(地中海経由)の難民・移民の受け入れ、南米ベネズエラ政権支持を巡って連立政権内で軋轢が生じていて、一帯一路の覚書の署名についても、「5つ星運動」党首ルイジ・ディ・マイオ経済開発・副首相が署名に積極姿勢を示す一方、「同盟」党首マッテオ・サルビーニ内相・副首相は対中接近に懐疑的な立場を示すなど足並みがそろわない。政権与党2党は、5月23〜26日の欧州議会選挙での勢力拡大を目指して、自党の主義主張に固執する。これが軋みの原因である。

習主席は「伊中双方の核心的利益を尊重する」と強調するが、中国企業によって整備されるジェノバ港などが軍事利用される可能性があるとの指摘もあって、「第2のギリシャ」になるとの懸念が強い。

表2 中伊両国の主要合意事項

合意項目合意内容
一帯一路交通・インフラ整備、投資促進などでの協力
ジェノバ港中国企業が港湾整備に協力
トリエステ港中国企業がターミナルや周辺の鉄道整備に協力
業務提携伊炭化水素公社(ENI)と中国国有・中国銀行との提携
建設協力アゼルバイジャンでの製鉄所の建設協力

(出所)日本経済新聞(2019/03/23)、読売新聞(2019/03/24)などから作成。

仏大統領、「欧州がナイーブな時代終結」と中国けん制

マクロン仏大統領は3月22日のEU首脳会議後の記者会見で「EUが中国に甘い認識でいられる時代は終わった」「中国は欧州の分断に付け込んでいる」と語った。欧州が中国の投資マネーに切り崩されている現状に、強い危機感を抱いているのだろう。厳しい言葉を発したのは、イタリアが中国との一帯一路に協力する覚書の締結を翌日に控えていたからである。ハンガリーなどの反EU機運が強い中・東欧諸国が「16プラス1」の枠組みを作り、早々と中国との結びつきを深めてきたことは、前述のとおりである。イタリアのように経済が停滞する国が中国に傾斜する流れが強まれば、EUの求心力が一段と弱まることにもつながりかねない。マクロン大統領は対中国政策を軌道修正し、これまでのようにEU加盟国が各国ベースで中国と交渉するのではなく、EU共通の戦略が必要だと強調する。EU改革を主導するマクロン大統領にしてみれば、このところ英国のEU離脱問題で翻弄される事態が続いていて、本来の改革の取り組みが妨げられることに我慢ならない。

もっとも、フランスも中国マネーを自国経済に深く組み込んでいることも事実である。マクロン氏は3月25日の習主席との会談で「EUの結束を尊重するよう望む」と中国をけん制しつつも、原子力、クリーンエネルギーンなどに関する10数件の合意文書に調印、総額400億ユーロ超に上る。このうち、中国は欧州エアバスから航空機300機を発注することなどが決まった。発注の内訳は、小型機A320型290機、中型機A350型10機で、購入価格は約300億ユーロと試算している(注3)。

マクロン大統領のEU結束の訴えは、建前として首肯されるとしても、今回の一帯一路覚書調印で批判の対象となっているイタリアからは強い反発が出るだろう。

習主席、中EU4者会談で市場開放を強調

習主席は3月25日、フランス大統領府(エリゼ宮)で、マクロン大統領、アンゲラ・メルケル独首相、欧州委員会ジャン=クロード・ユンケル委員長との4者会談を行った。4者会談は、習主席の訪欧開始後にマクロン大統領の呼びかけで急遽開催されたものである。会談後の記者会見で習主席は「立場の相違や競争は当然あるが、前向きな競争だ」「われわれは共に前に進んでいる。不信感に導かれて後ろを見てばかり入れはいけない」と述べ、中国の欧州進出拡大に対する懸念の払拭を試みた。習主席としては、米国との対立が続くなか、EUとの連携を強化したい思惑が透けて見える。

一方、マクロン大統領は「われわれは中国を尊重し、対話し、協力することを決意している」と述べる一方、「EUの統一を尊重する」と指摘し、一帯一路で、イタリアなど一部の加盟国を取り込む動きにくぎを刺した。メルケル首相とユンケル委員長は中国による欧州企業の買収が一方的に進んでいることから、貿易・投資分野での「互恵性」という点を問題視し、中国側に対して、中国市場と中国資金による海外プロジェクトで、欧州企業により多くのビジネスチャンスを与えるよう求めた(注4)。

EU,亀裂の修復急務、中国戦略の見直しへ

中国の一帯一路攻勢にEUは翻弄され、揺れ動いた。仏独とイタリアや中・東欧諸国との分断が深まるようで危い。EUの結束を強化するべく亀裂の修復は急務である。そのためにも後手になっている対中国戦略の早急な見直しと実行が必要である。

欧州委員会は3月12日、中国を貿易や先端技術の主導権を巡る「競争相手」と位置付け、対中国関係の課題と見直しのための「10の行動計画」を提案し、習主席訪欧の直前の3月21〜22日開催されたEU首脳会議で承認された(注5)。また、ロボットや人工知能(AI),エネルギーなどの戦略的に重要な産業で、EU域内企業の買収に対する事前審査を強化する。その後4月9日ブリュッセルで開催されたEU中国首脳会談は、EU側からは欧州理事会ドナルド・トゥスク常任議長(EU大統領)、欧州委員会ユンケル委員長、中国側から李克強首相が出席し、対内投資や産業補助などが議論された(注6)。対中国関係の課題と見直しやEU中国首脳会談の結果などの詳細については、次回以降の報告で明らかにする。

注・参考資料:

1.16プラス1会議:CEECsは現在、欧州における一帯一路構想の最大の受け皿機関とみることができる。現在の参加国はEU加盟国のブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニア、の11か国、EU加盟候補国のアルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア5か国の合計16か国と中国である。2012年以降毎年開催されている。

2.日本経済新聞(2019/03/23)(電子版)

3.AFP(2019/03/26)

4.AFP(2019/03/27)

5.European Commission- Press release, Commission reviews relations with China ,proposes 10 actions(Brussels,12 mars 2019,IP/19/1605)

6. European Commission-Press release, EU-China Summit: Rebalancing the strategic partnership(Brussels, 9 April 2019,IP/19/2055)

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