2019/06/25 No.430EUの中国戦略(その3)―中国攻勢に黄信号灯す、EUは戦略見直し急ぐ―
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
対内審査を強化、中国などの企業買収を警戒
中国の経済力や政治的影響力の膨張や浸透から、EUでは中国に対する警戒感が急速に高まっている。以下では、最近の2つの動きを取り上げる。
ひとつは、EU域外資本による欧州企業の買収に対する審査を強化する動きである。欧州委員会によると、中国、ロシア、アラブ首長国連邦(UAE)などの国有企業による対EU直接投資が過去10年で3倍強と急増している。また、石油精製、医薬品、電子・光学機器、電気機器などの主要な戦略産業分野で外資の占めるシェアが高いことも指摘している(注1)。
こうした中、EUは本年3月、EUレベルでの対内直接投資(FDI)の審査の仕組みを導入することを決めた。この制度によって、戦略的に重要な産業分野へのEU域外からの投資に監視の目を光らせ、重要技術などの流出を防止することを目指す。対内FDI審査制度(スクリーニング:Framework for screening foreign direct investment)は本年3月5日、閣僚理事会で正式に決定された(注2)。欧州委員会が2017年9月に提案していたもので、欧州議会は本年2月14日に法案を承認済みである。審査制度に関する規則は本年4月に発効し、適用開始は18か月後の2020年9月頃となる。
EUでは近年、仏独などを中心に、中国国有企業などによるEU企業買収を通じた先端技術の流出への警戒感が強まっていたことが背景にある。特に、2016年8月の中国家電大手のミディア・グループ(美的集団)によるドイツの産業ロボット大手クーカ社の公開株式買付け(TOB)には、同社がドイツの進める製造業の核心プロジェクト「インダストリー・4.0」を主導していたこともあり、先端技術の流出などへの懸念が高まった。ドイツでは安全保障上の懸念などから議会、産業界、世論などから中国企業などによるドイツ企業の買収の規制強化を求める声が強まった。ドイツ政府は2017年7月、対外経済規制を改正し、外資がドイツ企業の25%以上の議決権を取得する場合、審査対象とした。さらに、2018年12月、従来は25% 以上を10%以上の議決権案件へ審査対象を拡大した(注3)。
EUレベル初の審査制度、許認可権は加盟国に
これまではEU加盟国ごとに審査制度を設けていたが、EUは域外からの対内投資に対して原則として特別な規制を課してこなかった。しかし、外資によるEU企業の買収が増え、独仏を中心に欧州委員会へのEUレベルの対応強化を求める声が広がっていた。新たな対内FDI審査制度の枠組みは表1のとおりである。
EUにとって戦略的に重要な産業分野に対する域外から投資(買収)について、国家安全保障や公的秩序への視点から精査することになるとしている。ここでは、「考慮される基準(国家安全保障および公的秩序への影響)」として、大まかに「重要なインフラ」など5つの基準が明示されている。審査の対象には、第三国政府と関係する国有企業による不透明な投資(中国を想定していることは明らか)や、FDIに影響するEUのプログラムや事業として、衛星測位システム「ガリレオ(Galileo)」、研究助成計画「ホライズン2020」(Horizon2020)、汎欧州ネットワーク(Trans-European Networks), 欧州防衛産業開発計画(European Defence Industrial Development Programme)が含まれるとしている。
戦略的に重要な産業や技術としては、エネルギー、運輸、通信、データ、航空・宇宙、金融、先端技術(半導体、人工知能、ロボティクス)が厳格な審査対象として挙げられていたが、欧州議会の審議を通じて、水資源、医療・健康、防衛、メディア、バイオテクノロジー、食品安全などの分野が加えられた(注4)。
今回の審査手法は、欧州委員会とEU加盟国との連携を強化し、EUと加盟国との当該FDIに関する情報共有などの協力体制の構築に主眼を置いたものである。欧州委員会は必要に応じて、関係国に「意見」を発出するが、当該FDIに関する最終的な許認可権限はEU加盟国に残される。また、加盟国は今回の審査制度を導入することは義務付けられておらず、現行制度のままか、審査制度を導入しないという選択肢も認められている。欧州委員会によると、EU加盟国レベルで、何らかの対内FDI審査制度を導入している国は、現時点で14か国(オーストリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、ラトビア、リトアニア、オランダ、ポーランド、ポルトガル、スペイン、英国)である。
表1 対内直接投資(FDI)審査(スクリーニング)の枠組み
EUレベルのFDI審査
〈通常の審査手続きの流れ〉 | |
域外からのFDI受け入れ加盟国 | ①要請あり次第、当該FDIに関する情報提供しなければならない ②国内審査を実施する事例を通報しなければならない ③コメント・意見を求めることができる |
他の加盟国 | ④追加的情報を求めることができる ⑤コメントを述べることができる |
欧州委員会 | ④追加的情報を求めることができる ⑤「意見」を発出できる(他の加盟国のコメント表明後) |
域外からのFDI受け入れ加盟国 | ⑥受け取ったコメント・意見を考慮しなければならない ⑦FDI受け入れの可否について最終判断をする |
〈通常の審査手続き期間〉 | 35日 |
〈情報交換される内容〉 | ●投資家名(投資企業名)および投資対象企業名 ●投資対象分野および対象地域 ●投資金額および出資先 ●投資時期 |
〈EUの利益となるプロジェクト・プログラム〉 | ●安全保障および公共秩序(EU規則にはEU出資のプロジェクトおよびプログラムをリストアップ) ●衛星測位システム「ガリレオ(Galileo)」、研究助成計画「ホライズン2020」(Horizon2020)、汎欧州ネットワーク(Trans-European Networks), 欧州防衛産業開発計画(European Defence Industrial Development Programme)が含まれている。このリストは必要に応じて見直される |
〈考慮される基準(安全保障および公共秩序への影響)〉 | ●重要なインフラ ●重要な技術 ●エネルギー・原材料などの重要な投入財の供給 ●センシティブな情報へのアクセス、情報管理の能力 ●メディアの自由・多様性 |
〈その他の基準〉 | ●第三国政府の支配の有無 ●安全保障・公共秩序に関わる活動の有無 ●犯罪行為・不正行為のリスクの有無 |
加盟国レベルのFDI審査
〈FDI審査制度の主要要件〉 | ●規則および手続きの透明性 ●外国投資家に対する無差別性 ●交換される情報の秘匿性 ●審査決定に対する請求の可能性 ●外国投資家による法・規制逃れの認定と防止手段 |
〈その他〉 | 加盟国は投資審査制度の導入を義務付けられない。加盟国は現行制度の維持、新制度の導入、無制度のいずれも可能である。 |
〈FDI審査制度導入国〉 | オーストリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、ラトビア、リトアニア、オランダ、ポーランド、ポルトガル、スペイン、英国(14か国) |
対中戦略を再定義、行動計画を決定
もう一つの動きは、中国戦略の見直しである。これまでの2回の報告(注5)の中で、中国の一帯一路攻勢にEUは翻弄され、揺れ動いたこと、仏独とイタリアや中・東欧諸国との分断が深まることの危うさを指摘した。また、EUの結束を強化するべく亀裂の修復は急務であること、そのためにも後手になっている中国戦略の早急な見直しと実行が必要であることにも言及した。
こうした中、欧州委員会は本年3月12日、中国を貿易や先端技術の主導権を巡る「競争相手」と位置付け、対中関係の課題と見直しのための「10の行動計画」(政策文書)を提案し(表2)、習近平国家主席訪欧の直前の3月21~22日開催されたEU首脳会議で承認された(注6)。
表2 中国関係見直し「10項目の行動計画」
項目 | 概要 |
1.協力強化の主要テーマ | 「人権」「平和・安全保障」「(持続可能な)開発」などで中国との協力強化を図る |
2.温暖化ガス抑制 | 効果的な気候変動対策のため、パリ条約に則った温暖化ガス排出抑制を中国に要請する |
3.イラン核合意 | イラン核合意(共同包括行動計画:JCPOA)の堅持で中国と積極的関係を構築する |
4.アジアとの連携強化 | 「欧州とアジアの連携強化のための包括的戦略」実現のため中国と協働する |
5.WTO改革 | WTO改革(国家補助や技術移転強制などの問題)などの約束履行を中国に要求する |
6.政府調達市場開放 | 中国の政府調達市場の開放、互恵主義推進のため、国際調達に関する措置を採択する |
7.政府調達市場参加要件 | EU政府調達市場(入札)の「価格至上主義」防止のため、外国企業の参加要件を策定する |
8.国営企業・市場歪曲 | 国営企業や国家補助のEU域内への市場歪曲による悪影響排除するため、EU法を見直す |
9.5Gネットワーク | 次世代移動通信規格「5G」セキュリティー・リスク対応のための共通政策を勧告する |
10.対内投資審査強化 | 戦略産業・技術分野のEUへの外国直接投資審査に関する法令の迅速・効果的実施を図る |
同政策文書は提案されている行動計画には、以下の3つの目的があるとしている。すなわち、
- 明確に定義された利益と原則に基づいて、中国との共通の利益を世界レベルで促進するため、中国との関与を深める
- EUは両者間の経済関係を統治する、より均衡のとれたより互恵的な条件を強く求める
- 長期にわたってその繁栄、価値、社会モデルを堅持するため、分野によっては、EU自身が変化する経済的現実に適応し、EUの域内政策と産業基盤を強化する必要がある
欧州委員会のユルキ・カタイネン副委員長(雇用・成長・投資・競争担当)は「EUと中国は戦略的経済パートナーであり競争相手でもある。両者の間に、公正な競争、互恵的な貿易・投資関係があれば、双方にかなりの経済的恩恵をもたらすだろう。今回の行動計画はEUがどのように競争力を強化し、互恵性と公平性(level playing field)を保障し、起こりうる市場の歪曲からEUを守ることができるか示している」と述べた。
中国の「一帯一路」攻勢や経済・政治的な影響力の拡大に翻弄されるEUが、経済・貿易・技術開発などの分野で「中国は競争相手」と再定義し、互恵性と公平性を強く求めたものである。中国関係の強化をうたった2016年6月の戦略方針(注7)を見直し、貿易や次世代テクノロジーの主導権争いでは中国への警戒感を前面に押し出し、「黄信号」のシグナルを中国側に送ったかたちになる。
ここで、EUの結束を呼びかけたエマニュエル・マクロン仏大統領の厳しい言葉を記しておきたい。「EUが中国に甘い認識でいられる時代は終わった」「中国は欧州の分断に付け込んでいる」(本年3月のEU首脳会議後の記者会見)。
注・参考資料:
1.European Commission, Foreign direct investment report: continuous rise of foreign ownership of European companies in key sectors(Press release,Brussels,13 March 2019)
2.European Commission, Foreign Investment Screening: new European framework to enter into force in April 2019(Press release,Brussels,5 March 2019)
3.田中信世「中国のドイツ企業買収とドイツの対応」(『季刊国際貿易と投資』No.116,2019年6月、ITI)が詳しい。
4.ジェトロ・ビジネス短信(EU)(2019年02/15)(2019/03/06)
5.田中友義「EUの中国戦略」(その1)-習近平国家主席の訪欧と「一帯一路」攻勢-(ITIフラッシュ424,2019年4月15日)、(その2)-欧州の中国傾斜、期待感と警戒感とが交錯-(ITIフラッシュ428、2019年5月17日)
6. European Commission, Commission reviews relations with China , proposes 10 actions(Press release Brussels,12 March 2019,IP/19/1605)7.European Commission, Joint communication to the European Parliament and the Council ,Elements for a new EU strategy on China(Brussels,22.6.2016 JOIN(2016)30 final)
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