一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/12/05 No.446不可能になった232条による自動車輸入規制

滝井光夫
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
桜美林大学 名誉教授

10月7日に署名された日米貿易協定は、その後の日本の国会審議で、米国が日本車に対して1962年通商拡大法232条(いわゆる国防条項、以下、232条)による追加関税を課さないと約束したか否かが、大きな焦点となった。日本政府は、米国が追加関税を課さないとの約束をトランプ大統領から取り付けたと説明している。しかし、11月の米国国際貿易裁判所(U.S. Court of International Trade、以下、CIT)の鉄鋼製品輸入に対する判決によって、米国では、トランプ大統領は自動車・同部品に輸入規制措置を課すことが不可能になったという通商法の専門家の見方が報じられている。

1.11月のCIT裁判

11月に行われたCITの裁判は、トルコから輸入した鉄鋼製品に対する追加関税の引き上げの是非を争ったもので、その経緯は次のとおりである。

トランプ大統領は2018年3月8日、232条に基づき、大統領布告9705を発出し、国家安全保障を理由に全輸入相手国からの鉄鋼製品輸入に25%の追加関税を賦課した。その後、アルゼンチンなどが免除されたりしたが、トルコからの鉄鋼製品輸入に限定して同年8月10日、大統領布告9772によりこの追加関税が25%から倍の50%に引き上げられた。

50%への追加関税引き上げに反対して、トルコなどから鉄鋼製品を輸入しているTranspacific Steel LLC (以下、TS社)は、大統領布告9772を違法とし、CITに提訴した。CITは2019年11月15日、大統領の措置は、米国憲法修正5条および232条に違反していると判定し、TS社の訴えを認め、同社が納付した関税の還付が認められるなど、被告の米政府は全面的に敗訴した(注1)。

2.政府敗訴の理由

CITの判決(注2)は、主に二つの理由から大統領布告9772によって、トルコから輸入された鉄鋼製品に対する追加関税を50%に引き上げることは違法であるとしている。

第1の理由は、米国憲法修正5条違反。

CITが大統領布告9772を憲法修正5条の「適正な法手続」(due process)に違反すると判断した理由は、次の3点である。①米政府はトルコからの輸入のみに限定したことを正当化する理由を説明していない。②米政府はトルコからの鉄鋼製品輸入が相対的に多いと主張するが、商務省報告によれば、トルコ以上に輸入が多い国が5か国ある。③トルコからの鉄鋼輸入に14件のアンチダンピング税および相殺関税が課されていることは、トルコの対米輸出が米国の脅威となっていることを示すと米政府は主張している。しかし、アンチダンピングと相殺関税の件数は中国、インドおよび日本の方がトルコ以上に多い(注3)。

第2の理由は、大統領に課している232条の期限違反。

232条(19USC1862)は大統領が取る行動にそれぞれ期限を定めている。232条の手続き順にみた期限のすべてとプロセスを示すと、次のとおりである。

(1)大統領は当該品目に関する調査報告書を商務長官から受理してから90日以内に、①報告書に同意するか否か決定し、②同意する場合は取るべき行動の実施内容と実施期間を決定する〔19USC1862の(c)(1)(A) 〕、決定後15日以内に大統領は決定した措置を実施する〔(c)(1)(B)〕 。(c)(1)の決定後30日以内に大統領は議会に文書で報告する〔(c)(2)〕。

(2)大統領が(c)(1)で、米国の輸入または米国への輸出を規制する貿易相手国との協定交渉を選択した場合は〔(c)(3)(A)(i)〕、大統領は(c)(1)(A)で決定した日から180日以内に協定が締結されない場合〔(c)(3)(ii)(Ⅰ)〕 、または締結された協定が実施されない場合、または協定が当該品目の輸入による国家安全保障への脅威を排除する効果を発揮しない場合〔(c)(3)(ii)(Ⅱ)〕、大統領は国家安全保障を損なう恐れがないように、当該品目の輸入を調整するために必要なその他の措置を取る。大統領は官報(Federal Register)に大統領が取った追加措置を公表する〔(c)(3)(ii)〕。

(3)大統領が協定交渉を選択し、180日以内に協定が締結されない場合、締結された協定が実施されない場合、および効果を発揮しない場合〔(c)(3)(B)(i)〕、および大統領が追加措置を採用しないと決定した場合〔(c)(3)(B)(ii)〕、大統領は官報にその決定の内容と理由を公表する〔(c)(3)(B)〕。

50%の追加関税賦課に関係する232条の期限とは、上記(1)の90日以内である。トランプ大統領は商務長官の232条報告書を2018年1月11日に受け取り、その日から90日以内(4月11日まで)の3月8日に大統領布告9705を発出し、全輸入国からの鉄鋼製品に25%の追加関税を賦課した。この結果、この場合では大統領が決定した行動が232条の規定した90 日間の期限内に実施された。しかし、大統領がトルコからの輸入だけを対象にした50%の追加関税賦課命令(大統領布告9772)を発出したのは、2018年8月10日で、90日以内という4月11日の期限から4か月も経過した後で、大統領は232条の定めた期限を守っていないことになる。

この点について、CITは判決で次のように書いている。①232条について大統領権限を拡大解釈するトランプ大統領の考え方は誤っている。②232条措置に関する大統領の裁量権は広範だが、大統領の措置は国家安全保障に対する脅威を排除するために取られるべきものである。③それぞれの期限は単にロードマップの行動を示したものではなく、大統領の権限を抑制するためのものでもある。

3.CIT判決と自動車輸入規制

CITの判決は、232条による自動車・同部品の輸入規制とも密接に関係している。焦点となるのは、この場合も232条が規定している期限の問題だが、自動車・同部品の場合の期限は、前述の(1)ではなく、(2)の協定締結交渉期間の180日以内である。具体的な経緯は次のとおり。

2019年2月17日、トランプ大統領は商務長官から自動車・同部品の国家安全保障に関する報告書を受理し、その日から90日以内(5月18日まで)の5月17日に大統領布告9888を発出した。この布告は、トランプ大統領がライトハイザー米通商代表に対して、EU、日本および通商代表が適切と判断した国との輸入制限協定交渉の開始を指示したものである。協定は前述の規定の(2)のとおり、大統領布告の日から180日以内、つまり11月13日までに締結しなければならない。しかし、11月13日およびそれ以降、現在まで、トランプ大統領は輸入制限協定が締結されたとも、締結されなかったとも発表していない。また、官報にも掲載されていない。このように、協定交渉の開始については232条の期限が守られたが、協定締結の期限は守らなかった。

米政府が、180日以内に輸入規制協定をEU、日本などと締結していない、つまり、米政府が協定の締結期限を守らなかったということは、上述のトルコからの鉄鋼製品輸入に関するCITの判決を援用すれば、232条の期限に違反し、トランプ大統領は協定を締結する根拠を喪失したことになる。しかも、(2)の協定締結交渉の道は、(1)の関税賦課などの行動を放棄した上で選択されたわけであるから、協定を締結できなかったことによって、232条に基づくすべての輸入規制は不可能になったということになる。

なお、上記の大統領布告9888は、大統領布告の日から180日以内に通商代表は大統領に協定交渉の進捗状況を「報告する」よう指示し、232条の条文のように協定を「締結する」とは書かれていない。布告の文言を優先すれば、通商代表は180日以内に協定を締結する必要はないと読める。しかし基本は232条にあるのだから、こうした解釈は間違いであろう。

4.米政府の認識

CIT判決の解釈は、冒頭に示した通商法の専門家だけのものではない。米国政府もこのCIT判決を深刻に受け止めている。米国の政治専門のインターネット新聞「ポリティコ」の貿易専門ニュースPOLITICO’s Morning Tradeは、11月22日(金曜日)付で “TRUMP MULLING NEW TRADE ACTION AGAINST EU” (トランプ、EUに対する新たな貿易行動を熟慮中)と題して、次のように報じている。

CITの判決が出たことから、232条による自動車・同部品の輸入規制を実施すれば、法的挑戦を受けやすいとの認識が高まっている。ホワイトハウスは戦略転換を急ぎ、EUによる対米自動車輸出に圧力を掛け続けるための手段をあわただしく探し求めている。関係者によると、232条に代わる手段として、232条よりも包括的な対応が可能な1974年通商法301条を援用することが検討されている。

また、ジェニファー・ヒルマン・ジョージタウン大学法学部教授(米国通商代表部の元法律顧問、WTO紛争解決機関の元上級委員会委員、現在は外交評議会シニア・フェロー)も、「大統領が232条で関税を賦課すれば、明らかに法的挑戦を受けることは必至で、挑戦を受ければ負けるリスクがある」と述べている。

トランプ政権が提起した自動車・同部品に対する232条規制は、自動車業界も議会も強く反対している。そのためにトランプ政権は追加関税の賦課ではなく、EUや日本など主要対米輸出国との輸出入規制協定を締結することを選択したのではないかと考えられる。しかし、公表が強く求められている商務省作成の調査報告書も公開を拒否し続け、今回の協定交渉の結果も公表しなければ、トランプ政権の通商政策に対する信頼はますます失われる。CITが11月に下した判決は、今後の政府の232条運用に大きな影響を及ぼすとみられているだけに、今後、トランプ政権が自動車・同部品の輸入に対してどのような政策を打ち出してくるのか、注視していかねばならない。

〔注〕

1. CITは、ニューヨークにある通商問題専門の連邦第一審裁判所である。このため今後米政府が控訴することもありえよう。なお、CITは判決文の末尾で12月9日(月曜日)までに原告(TS社)と被告(米政府)は協議を行い、両者の意見および今後の日程について a joint status report を提出するよう命じている。

2. 判決文は全文で17ページ。https://www.cit.uscourts.gov/sites/cit/files/19-142.pdf。判決の解説として Sandler, Travis & Rosenberg, P.A.の(Section 232 Tariff Authority Limited, Court Says, https://www.strtrade.com/news-publications-232-steel-tariff-Turkey-court-CIT-112119.html)、Akin Gumpの(AG Trade Law, 18 Nov. 2019, https://www.akingump.com/en/experience/practices/international-trade/ag-trade-law/u-s-court-of-international-trade-confirms-limits-to-section-232.html)などがインターネットから検索できる。本論では主に前者の解説を基にした。またInside U.S. Trade, November 22, 2019 は“CIT calls Trump’s ‘expansive view ’ of 232 power misguided”と題して判決内容を解説している。

3. 大統領布告9772はトルコだけを特定した理由として、追加関税の引き上げが米国の鉄鋼製品の一層の輸入削減と米国国内の設備稼働率の引き上げに寄与するとの2点だけを挙げている。トランプ大統領は追加関税引き上げの理由として、トルコ・リラの急落、トルコによる米国人牧師の逮捕、米国によるトルコ政府閣僚の在米資産凍結など両国関係の悪化を挙げているが、こうしたことは大統領布告には書かれていない。

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