一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2020/12/23 No.478新型コロナウイルス危機下のEU・中国関係-強権主義的中国に高まる警戒感、欧州の対中認識も悪化-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

中国「マスク外交」は空転、EU「戦狼外交」に反発

世界中を敵に回すような中国外交の強硬姿勢、いわゆる「戦狼外交」は、新型コロナウイルス感染症拡大を機に一段と鮮明になった(注1)。習近平政権は、国家・共産党を挙げての武漢市街封鎖を含む徹底した新型コロナウイルス感染症封じ込めに成功したかにみえるが、中国の新型コロナウイルス感染症の初期対応が後手に回ったことや、情報隠蔽や情報統制などから、欧米諸国において中国に対する認識が悪化している。

中国は新型コロナウイルス感染症制圧に成功したと喧伝する一方、マスクや医療用防護服などの医療物資の提供や医師団派遣などの医療支援、いわゆる「マスク外交」を大々的に展開し、対外イメージの回復に躍起になっている。戦狼外交の先頭に立つ中国外交官らが攻撃は最大の防御とばかり、中国に対する欧州諸国からの厳しい批判を政治的圧力で抑えつけ、欧州の新型コロナウイルス防疫対策を「稚拙」と非難したり、中国の医療支援への感謝を強制したりする強権主義的外交活動を繰り返している。

例えば、ポーランドでは、アンジェイ・ドゥダ大統領に対して習主席に電話で中国からの支援に感謝の意を表明するよう圧力を強めたり、ドイツでは独政府や独大企業に対して、中国からの支援や努力に対して感謝状を贈るよう求められたと報じられている(2020年5月3日付ニューヨーク・タイムズ紙)。フランスでは、在仏中国大使館ウェブサイトで「欧米は中国で感染が分かってから2か月間、何をしていたのか」、「フランスの高齢者介護施設では職員が職場放棄し、高齢者が適切な介護も食事も与えられずに死んでいる」といった不正確な情報を流したことに対して、ジャン=ミシェル・ル・ドリアン仏外相や仏議会から強い反発が出た。

「マスク外交」の一環として、世界各地に輸出したマスクや検査キットの多くが品質管理システムの欠陥によって適切な基準を満たしていない欠陥品だったため、中国に送り返されるなど、かえって容赦のない批判を浴びることになった。欧州委員会のジョセップ・ボレル外交・安全保障政策担当上級代表は、「中国のマスク外交は地政学的な野心を隠すための策略だ」と述べ、中国への懐疑的な見方をあらわにした(注2)。ただ、EU側も一枚岩ではない。ギリシャやイタリアなど経済的に厳しい南欧諸国やハンガリーなど東欧諸国は中国による医療支援を評価するなどEUの足並みが乱れている。

以上のように、中国の「戦狼外交」や「マスク外交」プロパガンダは欧州では、今のところ功を奏しているとは到底考えられない。

香港国家安全法施行、ウイグル族人権抑圧へ高まる批判

新型コロナウイルス危機の渦中に中国政府がとった強権主義的な行動は、とりわけ香港での国家安全維持法の施行や新疆ウイグル自治区でのイスラム教少数民族への弾圧、あるいは台湾領空侵犯、南シナ海における人工島の軍事拠点化などによって、中国の国際的な評価に深刻なダメージを与える結果となった。

米中対立が激化する中、中国は欧州との蜜月関係の維持に腐心していた。2020年8月末から9月初旬、楊潔篪共産党政治局員(外交担当)、王毅外相の外交2トップが相次いで訪欧、つなぎ留めに懸命な外交努力を重ねたが、香港や新疆ウイグル自治区の現状に関して、欧州が重視する人権問題が壁になって、成功したとは考えられない。

EUや各国は、香港国家安全維持法は「一国二制度」の大原則を踏みにじるものだと強く反発した。EUレベルでみると、ボレル外交・安全保障政策担当上級代表は5月29日、初めて香港国家安全維持法に関する声明を発出して以降、繰り返し中国に厳しい見解を表明してきた。5月29日の声明では、「中国が自身の国際的公約(1984年中英共同宣言)と香港基本法で整合性のない措置を取ったことに対して、深刻な懸念を表明する。これは、『一国二制度』の原則と、香港特別行政区の行動の自治を大きく弱体化させかねないとし、中国が国際的公約を守る意思に疑問を生じさせると警告、中国との対話でこの問題を取り上げる」と述べている(注3)。

欧州議会は6月19日、中国の香港への国家安全維持法導入を巡り、EUや加盟国に対して、中国政府をオランダにある国際司法裁判所に提訴することを検討するよう求める決議を採択するなど、EUでも中国への批判が強まっている。

新疆ウイグル自治区の少数民族に対する人権問題について、英国のドミニク・ラーブ外相は2022年の北京冬季五輪のボイコットを示唆、また、エマニュエル・マクロン仏大統領は9月の国連総会で、新疆ウイグル自治区への国連調査団の派遣を求めた(注4)。ただ、G7で初めて「一帯一路」構想に参加したイタリアは2020年6月、中国が香港国家安全維持法の制定を強行した際には唯一、反対の意思表明をしなかった。

2020年9月のEU・中国首脳会談では、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長、シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長、EU議長国のアンゲラ・メルケル独首相からは香港国家安全維持法や新疆ウイグル自治区の人権問題で「深い懸念」が表明された。また、EU側は中国が南シナ海で進める人工島の軍事拠点化の自制も求めた。これに対して、習主席からは「香港と新疆ウイグルの問題は本質的に中国の国家主権と安全、統一の確保に関わるものである」として、他国の介入は「内政干渉」だと強く反発した。

強権的中国の姿勢、欧州市民の対中イメージが悪化

欧州では、このような中国の居丈高な姿勢に対する懐疑・不信が広く形成され、警戒心が一気に高まった。在ブリュッセル・シンクタンク欧州外交評議会(European Council on Foreign Relations)が2020年7月に実施した世論調査によると、調査対象国9か国のうち8か国で、新型コロナ危機中に対中イメージは著しく悪化、対中関係は新たなステージに入ったと見ている。調査によると48%の欧州市民の中国に対する印象が悪化している。デンマーク市民とフランス市民が各62%と最上位で、スウェーデン市民52%、ドイツ市民48%、スペイン市民46%などとなっている。爆発的な感染拡大期に中国から医療支援を受けたイタリア市民でさえ、37%が否定的な認識を示している。唯一ブルガリアが変わらなかったとしている(注5)。

欧州は中国こそルールに基づく貿易のグローバル化からの最大の受益国だとみなしていたことから、グローバルな経済秩序に関心があると信じていたが、新型コロナ危機のさなかに中国がとった強権的行動から、欧州の対中認識が大きく変わろうとしている。この変化は新型コロナ感染症拡大前から始まっていたが、ここへきて加速している。欧州委員会は2019年3月、「中国は(経済・貿易・先端技術などの分野で)競争相手」と再定義し、対中戦略を軌道修正した。その少し前までは、欧州が中国を「体制上の競争相手」と位置付けることなど想像できなかったと述べる欧州の中国専門家もいる(注6)。

新型コロナ危機下の欧州市民の対中イメージの変容

悪化した改善した変わらない・わからない
9か国全体48%12%40%
デンマーク62%5%33%
フランス62%6%32%
スウェーデン52%6%42%
ドイツ48%7%45%
ポルトガル46%16%38%
スペイン46%17%37%
ポーランド43%14%44%
イタリア37%21%42%
ブルガリア22%22%56%
(出所)欧州外交評議会

ドイツの新たなアジア外交戦略、中国依存を転換

ドイツのメルケル政権は2020年9月2日、これまでの中国一辺倒のアジア政策を転換し、新たな外交戦略「インド・太平洋指針」(ガイドライン)をとりまとめて閣議決定した。人権、法の支配、海洋法重視などの価値を共有する国々として、日本、韓国、オーストラリア、インド、インドネシアなどとの関係強化を打ち出した(注7)。外交政策の指針となる戦略文書に初めて「インド・太平洋」地域を盛り込んだドイツの方針転換は、強権主義的な中国に対する欧州の警戒感の高まりを反映している。欧州では、フランスが2018年に「法の支配」を重視するインド・太平洋地域との関係強化を打ちだしており、ドイツも追随した形だ。

メルケル首相は、中国が国家安全維持法により香港への統治を強めていることや新型コロナウイルス感染症拡大初期の情報開示への不満に対して、英国やEUが重大な懸念を表明する中、中国との対話を模索することの重要性を強調していた。このような中国への配慮した発言を中国に対し弱腰だとして、ドイツの対中強硬派の議員たちから批判されている。メルケル首相は在任期間中、毎年のように中国の首脳と会談し、緊密な関係を築いてきた。中国訪問回数は12回と欧州の首脳では最多であり、突出している。ドイツは今回の指針をもとにフランスなどと協力し欧州全体でのインド・太平洋戦略策定を協議する模様である(注8)。ただ、この文書は、「ドイツと欧州の新たなアジア政策の方向性に関する議論のきっかけとなるものと理解することが重要で、過大評価するべきでない」(ベルリン自由大学ベッティーナ・グランソウ教授)といった見方もある(注9)。

ドイツは近年、経済面を中心に中国との関係を深めてきた。ドイツにとって中国は2016年以降最大の貿易相手国となっている。自動車、生産機械を中心に多くの独企業が中国へ進出し、自動車最大手のフォルクスワーゲンの総乗用車販売台数の約40%、ダイムラーとBMWは約30%が中国市場と、同市場への依存が大きい。

「ここ2,3年でドイツの中国に対する姿勢は根本的に変わった。ドイツは経済関係を進化させれば中国が西側モデルに収斂していくという考えをあきらめた。中国経済も競争力を高め、西側モデルはもはや魅力的でなくなった」(独デュイスブルク・エッセン大学マルクス・タウベ教授)との認識が強まっている。ただ、新型コロナウイルス感染禍で深手を負った欧州経済にとって、中国依存度はむしろ強まっており、輸出依存型の経済大国ドイツにとって当面中国経済は死活的に重要である。経済(実利)か人権(価値観)か、ドイツはディレンマに陥っている(注10)。

中国は欧州重視、EUは非対称的関係に不満

EU・中国首脳会談が2020年9月14日、テレビ会議形式で開催された。EU側からはフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長、ミシェル欧州理事会常任議長、EU理事会議長国ドイツのメルケル首相、中国側からは習国家主席が参加した。

習主席は「コロナ時代の中国と欧州の関係をより高い水準にしていきたい」として、「平和共存・開放的協力・多国間主義・対話と協議の4つを堅持する必要がある」と述べた。これに対して、ミシェル氏は「われわれもっと公平で、よりバランスの取れた関係を望んでいる。それは互恵関係と公平な競争関係を意味する」と述べた。同氏の主張は、中国の「一帯一路」攻勢や経済・政治的な影響力の拡大で翻弄されるEUが、2019年3月の対中戦略の見直しの中で、経済・貿易・技術開発などの分野で「中国は体制的競争相手」と再定義し、互恵性と公平性(level playing field)を強く求めていたものである。

フォン・デア・ライエン氏も、2020年内の妥結を目指していた投資協定交渉について「中国のさらなる熱意が必要だ」と不満を示した。また、中国政府による補助金や国有企業の優遇、中国に進出した欧州企業などに対する技術移転の強制など、EUが改善を求めている問題に進展が見られないことへの苛立ちも伺える(注11)。

事実、在中国EU商工会議所(EUCCC,会員企業数1,600社)は、中国ビジネス環境改善を一貫して求めているという。特に、立法過程の透明性を高めることや、制度変更の場合の準備・猶予期間の確保など、ビジネス環境にかかわる予見可能性を重視する考えを示した。また、50%近くの会員企業が「今後5年間に規制障壁が増える」、「公平な競争条件や外国企業に対する差別的待遇など中国の競争環境の改善に今後5年を要する」と予想、20%の企業が「中国に対する技術移転を強制されたと感じている」と回答している(注12)。

また、欧州産業連盟(Business Europe)は2020年1月、中国に対して当国の構造問題や市場歪曲的慣行の改善を求める意見書(The EU and China: Addressing the Systemic Challenge)を公表した。その中で、中国の国家主導経済は中国内外での市場歪曲を引き起こしていると指摘、欧州産業界として、①中国とEU間の公平な競争条件の確保、②中国政府主導の市場歪曲の影響緩和、③EU 自身の競争力強化、④第三国市場における公正な競争と協力の担保をEUに要望すると共に、中国との経済関係を再考すべきだとしている(注13)。

習主席が主導する「一帯一路」攻勢でEUは結束を乱された。さらに、新型コロナウイルス感染が拡大する中、中国の「戦狼外交」は欧州側を大いに困惑させ、警戒心を掻き立てた。強権主義的な一党支配体制への自信を深める中国は、政治、外交、経済、軍事面で示した強硬路線では一歩も譲らないだろう。そうであれば、中国は当分変わらないということを前提に、EUはどう行動するべきか再検討する必要があろう。中国の台頭と「米国第一主義」を背景に、EUで「戦略的自立」という用語が生み出されたが、経済面だけでみても、第5世代(5G)移動通信システムや人工知能(AI)、電気自動車(EV)など戦略分野で中国に大きく遅れを取っている。どの分野で最も有効な戦略をEU独自で展開できるのか、見極めなければならないだろう。

注・参考資料:

注1 2015年と2017年にシリーズで公開された中国のアクション映画「ウルフ・オブ・ウオー」になぞらえた過激な外交官による中国の好戦的な外交手法をいう。「戦狼Wolf Warrior」とは中国人民解放軍特殊部隊の名称。

注2 Newsweek(日本版)(2020/06/26)

注3 香港に関するEUの声明(ブリュッセル、2020/05/29)
中国全人代の香港国家安全維持法採択を受けた、ボレル上級代表の声明(2020/07/01)、EU理事会、国家安全維持法の香港への適用について深刻な懸念を表明(2020/07/28)、香港国家安全維持法に基づく最近の逮捕や捜査を受けたEU報道官の声明(2020/08/10)、香港で複数の民主派政治家が逮捕されたことを受けたEU報道官の声明(2020/11/02)

注4 産経新聞(2020/10/07)Reuters(2020/09/23)

注5 European Council on Foreign Relations, China, Europe, and Covid-19 headwinds(20th July 2020)

注6 日本経済新聞(2020/09/15)

注7  Foreign Minister Maas on the adoption of the German Government policy guidelines on the Indo-Pacific region(2020/09/01)

注8 日本経済新聞(電子版)(2020/08/28)

注9 毎日新聞(2020/11/20)

注10 読売新聞(2020/09/26)

注11 読売新聞(2020/09/15)、Reuters(2020/09/15), European Commission(Press releases, Brussels,14/09/2020)

注12 ジェトロビジネス短信(EU,米国、中国)(2019/05/26)

注13 ジェトロビジネス短信(EU,中国)(2020/01/17)、Business Europe, The EU and China: Addressing the Systemic Challenge, A comprehensive EU strategy to rebalance the relationship with China(January 2020)

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