一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2022/02/22 No.505米国バイデン政権の気候変動対策に課題山積

木村誠
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

1.ウクライナ情勢も受け原油価格・ガソリン価格が急騰

米国の世論調査機関リアル・クリア・ポリティクスによると、2022年2月中旬にジョー・バイデン大統領の支持率は40%、不支持率は54%と、2021年8月下旬に支持と不支持が逆転して以降、支持率低下に歯止めがかからない。その最大の要因は、経済政策の行き詰まりである。消費者物価指数は2022年1月に前年同月比7.5%増と1982年以来40年ぶりの高い伸びとなった。

原油に対する世界的な需要増加、産油国の増産余力の限界、ウクライナをめぐる国際情勢不安定化などを受けて原油価格が高騰している。米国の原油価格指標であるニューヨーク商品市場(NYMEX) の原油先物価格 (WTI)は、今年2月14日終値で95.46ドルと1年前の59ドル台と比べて約6割上昇している。このためレギュラー・ガソリンの小売価格は今年2月15日時点で全米平均が1ガロン3.50ドル、カリフォルニア州は4.71ドルに達している( AAA Gas Prices)。米国は、国土が広大で、多くの地域で公共交通機関が少ないことなどから、自動車大国であり世界最大のガソリン消費国となっている。Global Petrol Pricesによると、米国の消費者は1人当たり1日約1.2ガロン(4.5リットル)と欧州諸国の10倍のガソリンを消費している。このため米国民はガソリン価格の上昇に敏感に反応する。平均的なドライバーは、2021年で年間570ガロン(2,157リットル)、金額にして約2,000ドルのガソリンを消費している。原油価格が1バレル当たり10ドル変動すると、ガソリン価格が1ガロン25~30セント変動し、ガソリン価格が1セント上昇するごとに、米国の消費者全体に年間10億ドル以上の負担増をもたらすといわれている。

ブッシュ(子)政権時エネルギー担当大統領補佐官だったボブ・マクナリー氏は、Wall Street Journalの取材に対し、「米国の大統領にとって、燃料価格の高騰ほど怖いものはない」と語っている。同氏によると、ガソリン価格高騰による「政治的危機ライン」は1ガロン3ドル前後から始まり、1ガロン4ドルを超えると、大統領は再選をあきらめるか、国民の関心を対外的なものにそらす誘惑にかられると言う。バイデン氏は今年秋の中間選挙を乗り切り、2年後2024年の大統領選挙で再選を果たすため、経済政策、とりわけエネルギー政策をどう立て直すのか問われている。

バイデン大統領は、2030年の米国の温室効果ガス(GHG)削減目標を05年比で50~52%とし、自ら副大統領として仕えたオバマ政権時代(2009年1月~2017年1月)の目標値をほぼ倍の水準へ引き上げ、さらに2050年までにGHG排出ネットゼロを実現すると表明している。このため政権発足後これまでの1年間、パリ協定への復帰、キーストーンXL石油パイプライン建設承認の取り消し、連邦公有地およびオフショアでの石油ガス新規採掘リースの一時停止、化石燃料業界への補助金・税制優遇措置の見直し、自動車排ガス規制再強化など、化石燃料消費縮小による脱炭素化政策を強力に進めてきた。

しかし、エネルギー消費大国の米国にあって、歴代政権が標榜してきたエネルギーの安全保障を脱炭素化でどう維持していくのか、化石燃料への規制強化による石油・ガス業界の経営破綻、失業増大、地域経済への悪影響にどう対処していくのか、再生エネルギー社会移行に伴う電力料金の上昇に生活を脅かされる「エネルギー弱者」をどう救済していくのかなど、バイデン政権の課題は山積している。

2.揺らぐエネルギー安全保障

2021年2月、100年に一度といわれる大寒波「Uri」が米国南部に襲来し、各地で暖房・電力需要が急増する一方、ガス田の凍結により天然ガスの生産が急減し、ベースロード電源のガス火力発電所が一時発電停止に追い込まれた。テキサス州は州内の電力需要の47%をガス火力発電に、20%を風力発電に頼っている。全米最大の風力発電量を誇るテキサス州では大寒波で風力発電タービンの半数が凍結し、電力需要の急増をカバーすることができなかった。このためテキサス州では全世帯の1/3にあたる450万世帯に大規模な計画停電(rolling outages)を数日間実施した。 

さらに2021年5月に、テキサス州やルイジアナ州など30か所の製油所とペンシルバニア州やニュージャージー州などを結ぶコロニアル・パイプラインが、サイバー攻撃を受け操業が一時停止した。同パイプラインは日量250万バレル(以下、B/D)の石油製品を米国東海岸へ供給し、東部諸州のガソリンやディーゼル需要の45%を賄っている。こうした地域でガソリンやディーゼル燃料、ジェット燃料の供給が減少し、ガソリンスタンドではパニック買いも起き、 このため米国は急遽中東や欧州諸国からのガソリンの緊急調達に追われた。  

米国は、国内で消費される化石燃料を過去長期にわたり 中東や中南米などの産油国・産ガス国からの輸入に大きく依存してきた。このため歴代政権は海外からの不安定な輸入に依存しない「エネルギー自給」の達成を目指してきた。1973年ニクソン政権の「 Project Independence 」、1977年カーター政権の「国家エネルギー計画」、1990年ブッシュ(父)政権の「国家エネルギー政策法」、2005年ブッシュ(子)政権の「包括エネルギー政策法」など、いずれも国内でエネルギーの生産を増やすことで、輸入依存度を引き下げようと目指してきた。しかしその後も米国では石油を中心にエネルギー消費の増大は続き、2005年には エネルギー自給率は69%まで、とりわけ石油の自給率は34%まで低下した。

2009年に発足したオバマ政権は、中東はじめ政治的に不安定な国へのエネルギー依存や石油価格の上昇は、国民生活と経済活動に多大な負荷を及ぼすとし、米国が国内で保有する化石燃料や原子力をはじめ「あらゆるエネルギー」を組み合わせることで、エネルギー自給と安全保障を目指すという「 All-of-the-Above Energy Strategy 」を展開した。

期せずして2000 年代から始まったシェール革命により、米国内の原油・天然ガスは増産が続き、原油生産量は2018年に過去最高の1,095 万B/Dと、10 年間で 2.2 倍に増加し、米国はサウジアラビア、ロシアを抜き世界最大の産油国となった。また天然ガスもシェールガスの生産拡大、原油生産に随伴して生産される油井ガス(oil-well gas) の増加、メキシコ湾でのオフショア・ガス田開発により、2012年に米国はロシアを抜いて 世界最大の産ガス国となった。

トランプ政権時代(2017~2020年)は規制緩和で米国内での原油・天然ガス開発がさらに進み、2019年にはエネルギーの国内生産が消費を上回り、米国は1957年以降初めて「エネルギーの自立(energy independence)」を達成した。これにより エネルギー確保の観点からも中東地域に過度に介入してきた米国の外交政策も徐々に変化していく。 

トランプ政権は、歴代の政権が目標としてきた「エネルギーの自立」をさらに進め、米国のエネルギーを世界に輸出することにより、国内に雇用を創出していくと共に、米国の友好国、パートナー国、同盟国のエネルギー安全保障にも貢献していくとした。2019年には原油・石油関連製品で輸出量が輸入量を上回り、米国は石油の「純輸出国」となった。天然ガスの輸出も2016年2月から本格化し、2020年の輸出先は日本も含め40か国にまで拡大した(注1)。

しかし、バイデン政権下で米国は、一気にエネルギーの純輸入国に転じた。背景にあるのは、化石燃料業界への逆風である。バイデン政権は、脱炭素化の観点で化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を目指しているが、米国の一次エネルギー消費に占める化石燃料(石油、天然ガス、石炭)の比率は、2020年で79%と圧倒的に高く、再生エネルギーの比率は12%、原子力は9%にすぎない。とりわけエネルギー需要の35%を占める輸送部門では、その94%が化石燃料に依存しており、再生エネルギーは5%に過ぎない。またエネルギー需要の36%を占める産業部門では、74%が化石燃料に依存し、再生エネルギーは9%にとどまっている。さらに発電部門については、化石燃料による発電が60%を占めており、再生エネルギー発電、原子力発電はそれぞれ20%にとどまっている。

全米で再エネへの取り組みが最も進んでいるといわれるカリフォルニア州でも、電源構成に占める天然ガス発電の比率は2019年に43%と高く、再エネ発電比率は32%にとどまっている。さらに州の電力消費に占める州内での発電比率(すなわち電力自給率)は75%で、使用する電力の25%(7,080万メガワットアワー)を州外からの供給に頼っている。カリフォルニア州は、ジェット燃料やガソリンの消費量は全米最大であるが、州内の石油精製能力は全米3位で、必要となる原油の半分を州内での生産、残りをサウジアラビア、イラクなどの産油国からの輸入に依存している。

米国における根強い化石燃料依存は、いうまでもなく豊富かつ安価な化石燃料が国内で入手できるからである。こうした状態で、化石燃料の国内生産を一方的に規制し縮小させる政策に転じる場合、エネルギーの供給は海外からの化石燃料の輸入に代替されるだけとなる。異常気象やサイバー攻撃などで露呈したエネルギー供給の脆弱性も踏まえると、エネルギー安全保障体制の再構築が改めて急務であるといえよう。

3.バイデン政権は米国の雇用や地域経済を守れるのか

①連邦公有地リースを巡る対立

米国の石油・天然ガス業界は、直接、間接に雇用される労働者が1,130万人で米国の雇用全体の5.6%、付加価値額では1兆6,876億ドルと米国全体の7.9%を占める(注2)。石油・天然ガス産業の雇用者数や付加価値額を州別にみると、テキサス、オクラホマ、ルイジアナ、コロラド、カンザス州などが上位を占めているが、スイングステートのコロラド州以外はいずれも共和党優位のレッドステートである。このためバイデン政権による脱化石燃料政策は、共和党の地盤であるレッドステートの企業や雇用を直撃している。

バイデン大統領は、2021年1月27日の大統領令(EO14008)で、連邦政府公有地・オフショアでの原油・天然ガス開発のための掘削許認可の60日間停止、および新規の連邦リースそのものの停止という2つの措置に踏み切った。連邦の公有地では米国の石油生産の22%、天然ガス生産の12%は、連邦のオフショアでは石油生産の72%、天然ガス生産の25%が生産されている。このうち連邦公有地のリース面積は2020年2,660万エーカーで、州別にはワイオミング、ニューメキシコ、ユタ、アラスカ、コロラドの上位5州で8割を占めている。これらリースからのロイヤリティと手数料は連邦や州政府の主要な収入源で、内務省の天然資源歳入局によると、2020 年に連邦、州政府に約 76 億ドルの収入をもたらしている。このため、関係する16州が今回のリース停止措置に一斉に反発し、連邦政府を提訴した。

米国における石油・天然ガス生産の95%はフラッキング(水圧破砕法)で行われ、石油採掘の25%、天然ガス採掘の14%は石油ガス開発企業にリースされた連邦公有地で行われている。米国石油協会API(American Petroleum Institute)は、公有地および私有地でのリースとフラッキングの禁止が行われた場合、2022年だけで最大750万人の雇用が失われ、2030年までに累積7兆1千億ドルの付加価値額(GDP)が損失し、世帯所得が年間5,400ドル減少、世帯エネルギーコストが年間600ドル以上増加するとしている。さらにエネルギーコスト上昇により農家の小麦栽培のコストは64%、トウモロコシ栽培のコストは54%、大豆栽培のコストは48%上昇することになると警告している。また石油と石油製品の純輸出国になったばかりの米国が、一転して輸入に依存するようになり、2030年までに国内需要量の40%以上を輸入するようになる。また米国は天然ガスも純輸出国から転落し、2030年までに国内需要の30%近くを輸入するようになるとみる(注3)。

連邦公有地リース停止に反発し提訴した州のひとつであるニューメキシコ州には、シェールオイルが産出されるパーミアン堆積盆地があり、連邦公有地での掘削による収入は、過去 10 年間で 85% 増加し、2020 年には 州の歳入の約 1 割 にあたる7 億 700 万ドルとなった。州内の学校教育の費用はこのリース収入から支出されており、 同州選出のマーチン・ハインリッヒ上院議員(民主党)は、連邦公有地でのリース停止措置は教育現場を直撃すると批判した。

こうしたなかで、2021年6月ルイジアナ州連邦地裁は各州政府から出されていた訴えを認め、連邦政府による公有地リース停止措置を仮差し止めた。バイデン政権の措置は鉱物リース法や外縁大陸棚法に抵触しており、ホワイトハウスは連邦議会の同意なしに、公有地リースの差し止めはできないという裁判所の判断である。しかし、連邦公有地のリースを管轄する内務省は2021年11月、公有地採掘リース料の引き上げ、エネルギー企業が新たな油田を掘削する前に、将来の浄化のために積み立てなければならない保証金の引き上げなどを内容とする方針を打ち出すなど、規制強化の手を緩めていない。

②化石燃料企業の優遇税制の廃止

バイデン大統領は2021年3月31日インフラを 中心に幅広い分野に総額 2.3 兆ドルに上る大規模な投資を行う「米国雇用プラン(The American Jobs Plan)」を発表したが、必要となる財源確保の一つとして化石燃料企業への優遇税制の廃止、環境汚染企業に対する環境改善コストの負担を掲げている。財務省は2021年4月に発表した「Made In America Tax Plan」の中で、これらの優遇税制の恩恵は「一握りの大企業内」に集中してきたと指摘している。

政権の意図は、化石燃料企業が受けているとされる「暗黙の補助金(implicit subsidies)」の撤廃にある。暗黙の補助金とは、企業が間接的に受ける金銭的利益を指す。化石燃料企業は外部化したコスト、すなわち「環境被害、公衆衛生への影響、輸送関連コスト」を支払っておらず、これらのコストは国民がガソリンのコストに加えて、健康、気候、環境の悪化というかたちで実質的に負担しているとみる。そのため、「米国雇用プラン」では、化石燃料への税制優遇措置廃止と、環境汚染産業による環境浄化費用の支払いの確実な履行を求めている(注4)。

環境保護団体のオイル・チェンジ・インターナショナルによると、石油・ガス産業への政府の補助は、無形掘削費の税控除、後入先出法(Last In First Out:LIFO)会計、マスターリミテッドパートナーシップ(MLP)企業への税控除など、税制上の優遇措置が中心で、政府による直接補助金ではない。しかも、この優遇措置はオバマ政権時代も行なわれていたものである。すなわち、バイデン政権はオバマ政権時代の環境・エネルギー政策への回帰というよりも、化石燃料の終結を目指している点で、民主党の政策がより左傾化している点が注目される。これに対してAPIは税制上、化石燃料産業を狙い撃ちすることは経済復興と雇用を蝕むことになる、全ての産業部門にとって公平な税制度とすべきと主張している。

バイデン大統領の気候変動対策に対して、民主党内からも懸念がでている。産炭州・産ガス州であるウェストバージニア州選出のジョー・マンチン上院議員(民主党、上院エネルギー委員会委員長)は、バイデン大統領が進めるクリーンエネルギー政策への転換により、石炭、石油、ガス産業の労働者が職を失うリスクがあると訴えている。マンチン議員は、「化石燃料業界の労働者は、置き去りにされていると感じている。エネルギー転換は技術革新によって達成されるべきで、雇用削減につなげるべきでない」と訴えている。

4.追いつめられるエネルギー弱者

米国エネルギー情報局(以下、EIA)によると、2021年11月の小売電力料金は全米平均で14.12セント( kWh 当たり)と、前年20年11月の13.31セントから7.3%も上昇している。2011年の11.72ドルと比較すると2割の上昇となっている。2021年11月の小売電力料金を州別にみると、最も高い州はハワイの33.97セント(前年同月28.78セント)、もっとも安い州はノースダコタ州の 10.91セント(同10.22セント) とその差はほぼ3倍となっている。ハワイ州の電力料金が高いのは、電源の多くが石油火力発電で、離島がゆえに原料である石油を国内外からの調達に頼っているという特殊事情による。そして再生エネルギー発電の導入が進んでいるカリフォルニア州は23.76セント(同22.20セント)と米国本土のなかでは最も割高である。米国海洋大気庁(NOAA)の予測によると、2021~22年にかけての冬は例年より気温が低くなると予想されており、またエネルギー価格が世界的に高騰していることを受けて電力料金も高止まりの状態が続いていくとみられる。

EIAによると、米国の世帯のほぼ3分の1、とりわけ人種的マイノリティであるアフリカ系黒人やヒスパニック系の貧困家庭が照明、調理、洗濯、冷暖房など日々の生活にかかわる光熱費の支払いに困窮しているという。そして、約5世帯に1世帯が光熱費の支払いのために食品や医薬品など生活必需品の支出を切り詰め、14%が支払い不能から電気やガスの供給停止を受けたという。電力料金が割高なカリフォルニア州では、一般家庭が約19億ドル、ニューヨーク州では13億ドル、マサチューセッツ州では6億3千万ドルの光熱費を延滞している。

エネルギー政策の視点からは、中長期的に安価でクリーンな電力をいかに確保していくかが課題となる。EIAは毎年「年次エネルギー見通し(以下、AEO)」で電源別の均等化発電コストを算出している。均等化発電コストは対象となる年に稼働予定の発電所について、運転期間中に必要となる総費用を、総発電量で割ることで得られる発電コストを示す。2021年2月発表の最新のAEO2021によると、2026年に稼働予定の発電所の均等化総発電コストは、天然ガス火力発電が34.51ドル(1,000キロワットアワー当たり)に対して、陸上風力発電は31.45ドル(同)、太陽光発電は31.30ドル(同)と遜色ない(注5)。しかし、火力発電は燃料費が変動費コストとして大きな比重を占めているのに対して、風力発電や太陽光発電は変動コストがそもそもゼロであること、さらに風力発電や太陽光発電は天候による発電量の変動が大きく、実際の稼働に当たってはバックアップのために火力発電を確保する必要があるため、両者の発電コストを単純比較することはできない。むしろ、天然ガス火力発電はベースロード電源として、再生エネルギーを補完していくとみるべきであろう。

5.見通せないエネルギー転換へのプロセス

2050年のネットゼロ社会実現を目標に、米国が競争力と雇用を維持しながら、エネルギー転換をどのように進めていくのか、バイデン政権ではそのビジョンが見えてこない。気候変動対策や人的投資などを盛り込んだ2兆ドル規模のビルド・バック・ベター法案(BBB法案)は、与党である民主党上院議員の反対もあり2022年2月時点で成立していない。

バイデン大統領は足元のガソリン価格高騰を受けて、OPECプラスに対しては原油増産を呼び掛けているが、他方米国内では化石燃料業界へさらなる圧力をかけている。「石油・ガス会社は結託して価格操作を行い、このためガソリン価格が7年ぶりの高値となった疑いがある」として、大統領は2021年11月連邦取引委員会(FTC)に石油・ガス産業における反競争的行為の可能性を調査するよう要請した。ガソリンの小売価格は、燃料コスト、精製コスト、小売り・流通コスト、税金などから構成される。これまでは原油価格上昇のガソリン価格への転嫁が遅れ、精製や小売りマージンが圧迫され、結果として全米のガソリンスタンドは趨勢的に減少してきた。さらに政府によるバイオ燃料義務化などで精製コストは上昇し、また人件費の高騰、ドライバー不足などで小売・流通コストも増大している。

過去オバマ大統領もハリケーン・カトリーナの後のガソリン価格高騰への非難を受け、FTCに同様の調査を要請している。当時FTCは、製油所、パイプラインの所有者およびオペレータ、ターミナル所有者、石油販売業者などに対して、FTC法第5条に基づき、139件の民事調査要求(CID)を行い、さらに小売業者に対してFTC法第6条(b)に基づき99件の調査要請を行った。1年以上にわたる調査の後、委員会は2006年5月、結局、通常の市場動向で価格上昇は説明できると結論づけた。

米国の石油業界からはこうしたバイデン政権の姿勢に反発の声が上がっている。2021年12月ヒューストンで開催された世界石油会議で、独立系の石油開発企業パイオニア・ナチュラル・リソーシズのスコット・シェフィールドCEOは、バイデン政権はOPECプラスに増産要請する一方で、パーミアン最大の石油生産者である我々には増産要請してこないと非難している(注6)。またAPIは、「石油価格、ガソリン価格の上昇は、パンデミックから経済が回復するにつれて需要が戻り、供給を上回っているためである。市場に混乱をもたらしているのは、国民のエネルギーへのアクセスを制限し、パイプラインなど重要なインフラプロジェクトを中止に追い込む政権の不用意な決定である。政府はOPECプラスに増産要請するのではなく。米国産の石油や天然ガスが安全に、責任をもって開発できるように奨励すべきだ」と表明している(注7)。

2022年2月発表のEIAの「短期エネルギー見通し(SEO)」(注8)によると、原油や天然ガス価格の上昇を受けて、米国内では石炭火力発電の利用が増加し、石炭消費量は2021年に5億4,500万ショートトン(約4億9,440トン)と前年から14%も増加した。石油や天然ガス生産への規制が、発電所の石炭需要を増大させ、CO2の排出量を増やす結果となっている。

バイデン大統領は、2021年11月、米国が保有している石油戦略備蓄(以下、SPR)から最大5,000万バレルを市場に放出することを決定した。直後ガソリン価格は、一時的に下落したが、その要因はSPR放出によるものではなく、オミクロン株によるパンデミック急拡大による需要の減少によるものといわれている。SPRとして備蓄されている原油の多くはサワー原油のため硫黄含有量が高く、これを除去するために追加の精製処理コストが必要となるため、SPR放出による石油製品価格引き下げの直接的な効果はほとんどないといわれている。

米国の石油消費量は、2021年12月10日の週に2,319万1,000B/Dとなり、過去最高を記録した。石油・ガスの需要は世界中で非常に根強く、現在の供給量を上回り、EU、中国などの他の主要消費地域でもエネルギー不足と価格高騰が顕在化している。市場におけるこの需給不一致の理由のひとつは、化石燃料部門での投資不足にある。原油や天然ガス価格が高騰すると、通常であればエネルギー企業は増産や新規投資に踏み切り、供給が増え、価格は下落していくはずである。しかしバイデン政権の脱炭素化政策、環境アクティビストからの攻撃を受けて、多くの投資家が化石燃料部門への投資に及び腰になっており、一部中小独立系エネルギー企業では資金調達が困難になっている。北米の石油ガス生産企業の倒産状況をモニターしているヘインズ・アンド・ブーン法律事務所(注9)によると、連邦破産法11条の適用申請件数は、2021年に20件、負債総額は21億ドルを記録した。とりわけ独立系の石油ガス探査・生産(E&P)企業がキャッシュフロー繰りで行き詰まり、倒産に追い込まれるケースが相次いでいる。

隣国カナダは、米国同様に石油・天然ガスの一大生産国であり、連邦政府は連邦炭素税を導入するなど気候変動対策を進めている。しかし、連邦政府は国内の産業の多様性を尊重して、具体的なエネルギー政策は各州政府に大きな権限を与えている。またEV化率が7割を超える環境先進国ノルウェーでは、昨年10月に首相に就任したストーレ氏が、同国の石油・ガス産業を廃業に追い込めば、結局は再生エネルギーなどグリーン産業への転換が止まってしまうと強調し、石油・ガス産業を擁護している。ノルウェーはロシアに次いでヨーロッパへのガスの最大供給国であり、政府は石炭に代わるクリーンな代替エネルギーとして、ガス産業を引き続き支援している。

さらにEUは、今年2月2日、環境に配慮した経済活動かを認定する基準となる「EUタクソノミー」に、一定の条件で天然ガスおよび原子力による発電などの経済活動を含めることを発表した。米国環境保護庁(EPA)は、化石燃料と原子力は「グリーン電力」ではなく「従来型電力」に該当するとしてきたが、EUは原子力発電と同様に、「カーボンニュートラル」を達成するために十分な炭素回収・貯留(CCS)技術を導入していれば、従来の天然ガス発電事業も「グリーン」であるとみなすとした。

6.「脱炭素」の実現を急ぐリスク

エネルギー研究で著名なライス大学ベーカー研究所が今年1月発表した報告書(注10)によると、木材から石炭、石炭から石油といった過去のエネルギー転換は、実現までに数十年を要したが、それはエネルギー密度の低い資源からよりエネルギー密度の高い燃料への移行であった。しかし、現在の化石燃料から再生エネルギーへの転換は、高密度のエネルギー源から低密度のエネルギー源への移行であり、政府や投資家がエネルギー転換を急ぐあまり、化石燃料が、再生エネルギーやEVの製造、流通、運用に直接果たしている役割を十分に考慮していないと指摘している。

例えば「風力タービンは石油由来のグラスファイバーや熱硬化性プラスチックなしでは存在し得ない。太陽光発電パネルもプレキシガラスなしではありえない。現在、世界で最も売れているフルサイズEVであるテスラ・モデル3には、軽量化のため多くのプラスチック、ゴム、繊維が使われており、そのほぼすべてが石油由来のものである」と指摘し、このことはエネルギー転換を推進する人々が常々宣伝している「化石燃料の排除と再生エネルギーへの置き換え」とは程遠いものであるという。

脱炭素化を積極的に進めてきた欧州諸国はロシア産天然ガスへの依存度が高く、2021年6月時点でロシア産天然ガス輸出の4割が欧州向けとなっている。ロシアは、バルト海経由ドイツ向けの「ノルドストリーム」に加えて、トルコ経由イタリア・オーストリア向けの「トルコストリーム」を中心に欧州各国へ天然ガスを供給している。そうしたなかでウクライナ情勢をめぐる緊張で、ドイツをはじめ欧州諸国がエネルギー危機に直面している。

化石燃料は世界で最も取引されているエネルギーのひとつである。原油の約75%、天然ガスの25%、石炭の21%が国際的に取引されている。化石燃料の国際間取引が盛んなのは、燃料の保管と出荷が容易なためである。 対照的に、再生エネルギーの場合、風力や太陽光などで発電した電気の3%が国境を越えているに過ぎない。エネルギー危機が起きた場合、再生エネルギーではこれを救済できない。米国は日本にも呼びかけ、欧州向けLNG輸出支援に乗り出しているが、この局面で欧州主要国がこれまで進めてきた再生エネルギーは、化石燃料の代替機能を果たすことができていない。

平時においても、また天候異変時においても、さらに国際的緊張が高まる時においても、国民のエネルギー需要を満たすために、石油と天然ガスが引き続き重要な役割を果たすことが改めて明らかとなっている。自然エネルギーが一夜にして化石燃料にとって代わることはできず、またエネルギー転換とネットゼロの実現はまだ数十年後になることを想起すれば、エネルギーの安全保障確保に向けて、現在の入手できるあらゆるエネルギー源を総動員していくことが求められているといえよう。経済成長と環境保護は決して二者択一ではない。規制ではなくイノベーションを取り入れることで、両方に利益をもたらすことを目指すべきであろう。大統領就任後、矢継ぎ早に反化石燃料に舵をとったバイデン政権の1年の結果が、現在米国が直面する不都合な真実を生んでいる。化石燃料から再生エネルギーへのスムースな転換を経済や社会に負荷をかけずにどう進めていくのか、バイデン大統領の政策運営能力が問われている。

1. 木村誠「米国の環境・エネルギー政策と変化する原油・天然ガス市場」( 『転換点に立つ資源・エネルギー問題』 ITI調査研究シリーズ No.94 2019年12月所収)

2. American Petroleum Institute (July 2021) Impacts of the Oil and Natural Gas Industry on the US Economy in 2019

3. American Petroleum Institute (2020) AMERICA’S PROGRESS AT RISK: An Economic Analysis of a Ban on Fracking and Federal Leasing for Natural Gas and Oil Development

4. ホワイトハウスのブリーフィングや財務省の「Made in America Tax Plan」で言及のあった「暗黙の補助金」の根拠となった論文では、石炭、天然ガス、ガソリン、ディーゼルの4部門で外部化された環境被害、公衆衛生による補助金効果、および輸送関連のコストは年間620億ドルと推定されている。Matthew J. Kotchen(April 2021) The Producer Benefits of Implicit Fossil Fuel Subsidies in the United States

5. US Energy Information Agency(February 2021)Levelized Costs of New Generation Resources in the Annual Energy Outlook 2021

6. 2021年12月8日付けロイター記事

7. OPECプラスへの増産要請は、2021年8月国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が「人間が地球の気候を温暖化させてきたことに疑う余地がない」とする第6次評価報告書を公表した直後に行われたことで、バイデン政権の姿勢には環境保護団体からも批判の声が上がった。

8. US Energy Information Agency(February 2022)Short-Term Energy Outlook

9. Haynes&Boone(January 31, 2022)Oil Patch Bankruptcy Monitor

10. Gabriel Collins and Michelle Foss(January 27, 2022)The Global Energy Transition’s Looming Valley of Death (Rice University ,James A. Baker III Institute for Public Policy )

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