2022/11/17 No.515カンボジア出張報告(3)シハヌークビルからプノンペン、国道4号線の沿線風景
藤村学
青山学院大学教授
カンボジアの国道4号線は、シハヌークビルとプノンペンを結ぶ約250kmの基幹道路。沿線には数多くの工業団地が連なりカンボジアの産業ベルト地帯とも言える。4号線に並行する高速道路が去る10月1日に開通した。高速道路開通間近の様子と国道4号線の沿線風景について藤村教授に伺いました。聞き手は大木博巳ITI研究主幹。
Q. 現地訪問時(8月)には開通していなかったシハヌークビルとプノンペンを結ぶ高速道路が開通したというニュースが届きました。
A. 開通した高速道路は既存の4号線と比べて直線的ルートをとることで、シハヌークビルとプノンペンの間の距離が約190kmに縮まり、4号線で5時間前後かかる移動時間が半分ほどに短縮します。高速道路の総事業費は19億ドルで、2019年3月に起工し、予定工期の48か月より5か月前倒しで完工した格好です。
カンボジア政府は中国政府に当初「元借款」の申請をしていましたが、予定建設費が膨らんだことでBOT 方式(50年間)に切り替えました。建設・運営は中国銀行(中国四大商業銀行の1つ)の部分融資を受け、China Road and Bridge Corporation (CRBC; 中国路橋工程)が担っています。
Q.この高速道路の経済効果、採算性をどうみますか。
A. この高速道路建設の経済性については、インフラ公共投資で必ず推計されるはずの経済収益率などの情報が公表されておらず、確固たるコメントはできませんが、直感的には、プノンペン・シハヌークビル間の走行時間が半減されるプラスの経済効果に対し、巨額投資が割に合うものなのか、疑問です。既存の4号線を補修および拡幅することのほうが公共投資としては優れた経済性をもつのではないかという疑問が残ります。
財務採算性についても、通行料収入をベースに採算性を確保したうえで運営を安定させ、カンボジア政府に引き渡すというのがBOT方式の要件ですが、採算性を確保できるかどうかの情報も不明です。通行料金を高く設定すれば、物流・運輸業者は既存の4号線を利用し続けることになります。交通需要だけでこの高速道路の建設・維持費用を賄えないとすれば、カンボジア政府による暗黙の了解のもとに道路沿線での不動産開発などによる副収益を見込んだうえでの投資だと見る向きが多いようです。
Q. シハヌークビル市内における高速道路の出入り口はシハヌークビル港からかなり離れていました。
A. そうなんです。シハヌークビル市内の出入り口はシハヌークビル港から約10km離れている一方、中国資本が開発したシハヌークビルSEZ(経済特区)から4kmほどと、むしろ後者のほうが近く、同SEZ入居企業にとって利便性が高そうです。この立地は、この高速道路が中国による援助案件であることと無関係ではないでしょう。
われわれが視察した8月末時点までに一時試験稼働をしているあいだに事故が起こったらしく、入り口のゲートは閉鎖されていました。ところが中国人を乗せていると思われるセダンが何台か、ゲートの門番が携帯電話でどこかに連絡したうえで、通行させていました。好意的に解釈すれば工事関係者かと思いますが、車両のフロントガラスに通行証のようなものの掲示はありませんでした。コネと賄賂によるものだとすれば、不透明行政を目の前で見せられたことになり、釈然としませんでした。
Q, 中国の工業団地、シハヌークビルSEZ(中国名は西哈努克港経済特区)の構内を視察することができました。
A. シハヌークビルSEZは港から12kmと少し遠いですが、空港からは3kmの至近距離です。そして今回開通した高速道路の出入り口が4kmと近いため、空路に加えて陸路の連結性が増したことになります。
ゲートをくぐる車両の出入りが激しく、車から降りない条件で入場を許されました。管理棟も訪問したところ、ヒアリングはできませんでしたが、パンフレットをいただきました。
同SEZは後述のプノンペンSEZをしのぐ、カンボジア国内最大の工業団地で、江蘇太湖カンボジア国際経済協力投資社と地場企業の合弁会社による開発・運営です。総投資額は10億ドル近くで入居企業は150社を超えます。総面積11.13㎢のうち第1期5.28㎢を完成済みで第2期5.85㎢を造成中です。4号線の北側に面するゲートからHun Sen Avenueというメインストリートが北方向へ伸びており、奥の方は丘を切り崩して造成したと思われます。同SEZ沿革は以下の通りです。
- 2008年2月 工業団地設立。フン・セン首相が起工式に臨席
- 2010年1月 Hun Sen Avenue完成
- 2011年11月 管理棟開設
- 2012年6月 正式にSEZとして開業
- 2013年 シハヌークビル州の送電線網につながる
- 2016年6月 テナント 100 社到達
- 2019年5月 地熱発電所の建設開始
- 2020年6月 敷地内の社員寮建設の第1フェーズ完了
敷地内を一周したところでは、フローリング、木材加工、革製品、家具など、全般的に軽工業分野の中堅企業が集結しているという印象でした。地熱発電所(稼働済みかどうか不明)があるのには驚きました。
中国の習近平政権が2013年に「一帯一路」を宣言する前の「走出去」政策に依って、江蘇省無錫の開発企業が工業団地として開発したもので、当初からフン・セン首相の歓迎ぶりがうかがわれます。入居企業数が拡大したのちに、「後づけ一帯一路モデル」の典型例ではないでしょうか。
Q.シハヌークビルにはストウンハブSEZという経済特区が開発中でした。この経済特区も高速道路のルート近くに建設中でした。
A. 高速道路のシハヌークビル入り口から4号線を約40km走り、3号線との分岐点を過ぎて2kmほどの地点に、西方向へ走る146号線との分岐点があります。その146号線を約10km西へ進むと高速道路が頭上で交差する箇所に出ます。そこに「シハヌークビルまで47km、ストウンハブまで25km」という道路標識があります。
この近くにあるジャンクション(以下、JTC)を直接確認することはできませんでしたが、プノンペンからやってくる車両がシハヌークビル港に向かうとき、このストウンハブJTCで降りて湾岸を通る146号線を使ってシハヌークビル港にたどり着くバイパスルートが利用可能になります。4号線の最後の数キロメートルが渋滞するという問題があるので、それを避けられるこのバイパスルートは需要がかなりあると思われます。
そこで注目されるのが、146号線沿線に開発中のストウンハブSEZです。シハヌークビル市街から北へ約20kmに立地しています。この特区は地元出身の著名な女性実業家Lim Chhiv Ho(通称「マダム・リム」)が所有し、その敷地は沿岸地帯約200haにおよびます。同女史は最近まで後述のプノンペンSEZの主要出資者でもありました。女史はプノンペンSEZから手を引き、現在はこちらのSEZの開発に専念しているようです。同SEZの開発コンサルタントを務めているアメリカ人にヒアリングした結果、以下のような説明をいただきました。
- 200haに加え、政府から沖合の500ha分(海上)のコンセッションが与えられた。この区域は以前、米シェブロン社が開発コンセッションを取得し、油田開発を行っていたが、のちにシンガポールのエネルギー企業に権益を売却した。しかし、そのシンガポール企業が破綻し、500ha分の開発権が宙に浮いている。
- SEZ内の港は水深が5mと浅いため、現在は、他の大規模港から小型船に積み替えたローカル貨物を扱っている。2019年の「ブーム期」には月間50隻ほど貨物船が寄港していたが、現在は月間15隻ほどに減った。現在の港湾施設は敷地が1万m2、倉庫4棟。
- 今後、13.5mまでの深水港を開発したい。浚渫するか、沖合まで桟橋を延ばすかし、コンテナ船が寄港できるようにしたい。シハヌークビル港を補完する役割を担える。
- 広大な土地、地下水がある、淡水化も可能、石油供給基地と発電所が至近距離にある、高速道路へのアクセスが良い、鉄道線路が当SEZを通っているなど、当SEZは観光地・ビーチから離れていることもあり、重化学工業に向いている。
Q.国道4号線の沿道に、シハヌークビルSEZとは別の大きな中国系工業団地がありました。
A. シハヌークビルから約50kmの地点に、11年前には見なかった浙江SEZがありました。敷地内に入れませんでしたが、立派なゲートの奥に、広いまっすぐのメインストリートがあり、左右には大き目の建屋が見られます。シハヌークビルSEZの入居企業の規模と比べて建屋が大きそうでした。都市部から離れた立地なので、雇用競争がないため、周辺から安い労賃で労働者を集めやすいのではないでしょうか。ただし、港から離れる分、輸送コストとのトレードオフがあるかもしれません。
Q.4号線の中間地点で高速道路の全景が見ることができました。
A. 4号線と高速道路が全部で何度交差しているか確認できませんでしたが、中間地点までに2度、4号線の頭上を高速道路が交差する箇所を過ぎました。付設している階段を登ってみると、片側2車線の道路を確認できました。
サドル状の地形になっている中間地点が、飲食店が並ぶ休憩所となっています。そこから完成したばかりの高速道路がよく見えました。
Q.4号線と高速道路への入り口が直結していた地点がコンポンスプー(プノンペン首都圏の西側に隣接する州)でした。
A. 4号線から最も近い高速道路への入り口は、プノンペン市街から30~40kmの地点にあるコンポンスプーJTC(ジャンクション)でした(下写真)。このゲートにはETCレーンがあることを確認できたので、他のすべての出入り口のゲートにもETCレーンがあるものと思います。
プノンペンからシハヌークビルまでの貨物輸送において、プノンペン近郊の渋滞を避けつつ通行料金を節約しようとする場合、このコンポンスプーJTCで降りて残りは4号線を使うということも考えられます。
プノンペンの始点は、環状3号線(こちらは整備中)とつながる地点に、8月末の視察時点ではJTCを工事中でした(下写真)が、9月中に完成し、10月1日の開通に間に合ったようです。
Q. プノンペンに近づくにつれて沿線に多数の工場が集積している様子が確認できました。
A. プノンペンから60kmほどになると、4号線沿線に数多くの工場があります。大半は縫製企業で、その多くは中国系と考えてよいでしょう。中国系縫製企業は経済特区内だけでなくこのようにプノンペンに近い4号線沿線にも集積しています。11年前、すでに4号線沿線は産業道路化が始まり、工場用途地の広告も見られました。今回、縫製業のほか、サイアムセメントやCPフーズなどタイ企業の工場も4号線沿線に進出していることが確認できました。
このように工場が集積する一方で、プノンペンに近づくほど重量車両の交通量が多く、そのために4号線の路面の痛みが目立ちます。そのため走行スピードが落ちます。とくにプノンペンSEZにさしかかるあたりから、交通量が増えます。
以前は4号線の補修原資を得るためにこの道路の通行は有料でしたが、フン・セン首相が2018年の選挙前に無料にしたため、修復が進まなくなったという事情もあるようです。道路インフラの維持状態はポピュリズム政治次第ということでしょうか。
Q. プノンペンSEZでも中国企業の進出が着実に増えているとのことでした。
A. プノンペンSEZはプノンペン市街から西に18km、プノンペン国際空港から西に8kmに立地している。4号線に面して北口のゲートがあり、そこから敷地が南へ伸びる形状になっています。同SEZの概略は以下の通りです。
- 2008年に操業開始。社員は現在100人超。
- 主要株主およびその持ち株比率は、地場のRoyalグループが約45%、タイ系物流会社約15%、日本企業約14%、シンガポール人個人約9%など。
- 取締役:日本人2名、マレーシア人2名、カンボジア人1名、タイ人1名、アイルランド人1名と多国籍。
- SEZ内雇用従業員数:右肩上がりで増加、2022年4月時点で計3万7,390人。
- 敷地:既存の360haに加えて南側に100ha拡張中。
- 2016~17年から日本企業の新規入居は増えていない。既存の日系入居企業の3分の1ほどが拡張投資を行った。一方、中国企業の入居は増えている。
今回の調査対象の位置関係図
(本調査は令和4年度JKA補助事業で実施)
筆者は、2022年度JKAコロナ禍のASEANにおける強靭なサプライチェーン構築に係る日系企業支援調査研究補助事業研究会委員