一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2023/04/07 No.519米国シェールブームの終焉と揺らぐエネルギー安全保障

木村誠
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

米国の石油業界では、インフレによる労働・資本コストの上昇、シェール企業の株主への利益還元重視、バイデン政権による脱炭素化政策が重なり、経営環境が一変している。パンデミックが終息し、2023年世界の石油需要は回復が見込まれるなか、逆に米国では原油生産の伸びが鈍化している。世界の石油市場を席巻した米国のシェールブームは終焉を迎えているとの見方も出てきた。米国内のシェール油田は座礁資産化(市場環境や社会環境が変化することで、価値が大きく毀損される資産)も視野に入ってきており、原油のスイングプロデューサーの機能は再びOPEC(石油輸出機構)に戻りつつある。他方、バイデン政権は2022年の中間選挙前、高止まりするガソリン対策という政治的動機のため、災害や戦争など有事のための戦略石油備蓄(以下、SPR:Strategic Petroleum Reserve)の取り崩しを進めSPRの原油在庫は足元で3億7,200万バレルと史上最低の水準にある。トランプ政権時代に実現した「エネルギーの独立」やエネルギー安全保障は足元で大きく揺らぎはじめている。

1. 原油の世界需要拡大が見込まれるなか、米国の原油生産は伸び悩み

米国の原油生産は、2017年から2019年はパーミアン堆積盆地での軽質油原油の増産とそれを政策的に後押しする当時のトランプ政権の政策が功を奏し、3年間で45%増加し、2019年には過去最高の1,230万バレル/日(以下、B/D)を記録した。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で、米国内の原油生産は2020年には1,132万B/Dに、また2021年には1,125万B/Dと減少した。

米国エネルギー情報局(以下、EIA)は、2023年3月の短期エネルギー見通し(以下、STEO:Short-Term Energy Outlook)で、米国の原油生産量は2023年に過去最高の1,244万B/D、2024年に1,263万B/Dになるとして、2019年に記録した生産量を上回ると予測している。EIAはその理由として、海外からの需要が旺盛であること、シェールオイル産地の多くで原油価格がブレークイーブン(損益分岐)レベルを上回っていること、連邦政府がより多くの原油の採掘を望んでいることなどをあげている。しかし2023年は過去最高の生産量になるとの見通しにもかかわらず、EIAは2022年にその生産見通しを引き下げてきた。2022年9月時点のSTEOの予測は1,263万B/Dであったが、2023年3月のSTEOでは1,244万B/Dに引き下げている。

EIAが原油の生産見通しを徐々に下方修正している背景には、インフレによる労働・資本コストの上昇、シェール企業の株主への利益還元重視、バイデン政権による脱炭素化政策が重なり、石油業界をめぐる環境が一変しているためである。

原油価格は2022年に値動きの大きい展開となった。米国原油先物価格であるWTI(West Texas Intermediate)は、2022年年初にバレルあたり75.99ドルからスタートしたが、ロシアがウクライナに侵攻した数週間後、ロシア産エネルギー禁輸と供給途絶の懸念が広がり、原油価格は一時130ドル近くに上昇した。しかし、その後は落ち着きを取り戻し、年末には80.47ドルで取引を終了した。しかし2023年3月には一部金融機関の倒産をきっかけに始まった金融不安で、WTIは同年3月17日には66ドル台へと下落している。

ウクライナ戦争が長期化する兆しにあるにもかかわらず、原油価格が値下がりしてきた要因は、世界経済の減速懸念に加えて、世界2位の原油消費国である中国が2022年後半までゼロコロナ対策のため都市封鎖を続けたこと、またその中国が年末にゼロコロナ政策を放棄したものの、直後に感染者が爆発的に急増したためである。国際エネルギー機関(以下、IEA)は2023年3月公表の「Oil Market Report (OMR) 」で、2023年の世界の石油需要が、過去最高の1億200万B/Dになると予測している。22年の世界需要は9,985万B/Dだったが、ゼロコロナ政策を転換した中国で、今後は段階的に需要が回復するとIEAは見込んでいる。

2.原油安、ひっ迫する労働需給、インフレによる資材高騰、サプライチェーンの制約、シェール企業の株主重視志向

シェールオイル開発の中心地はテキサス州西部とニューメキシコ州の東南部にまたがるパーミアン堆積盆地で、米国の原油生産の4割を占めている。2023年3月29日発表のダラス連銀によるエネルギー調査最新版によると、コスト高により、米国では石油・ガス生産の伸びが鈍化し、先行きも悪化していることが、明らかになった。エネルギー企業147社(探査・開発企業95社、油田サービス企業52社)を対象にした同調査によると、2023年第1四半期(1~3月)の石油・ガス業界の事業活動指数は2.1となり、2022年第4四半期の30.3から大きく低下した。ゼロに近い数値は、事業活動が前四半期からほぼ横ばいであったことを示している。調査回答企業は、9四半期連続で続くコスト上昇を訴え、インフレは依然として大きな問題となっている。

ダラス連銀が前回2022年12月に実施した調査によると、調査対象企業の約32%が、労働や資材コスト上昇、サプライチェーンのボトルネックが石油・ガス生産の伸びを阻害する最大の要因であると回答している。また27%の企業は油井がすでに成熟期を迎え、一部は枯渇しつつある点を指摘している。

米国産原油の生産状況を陸上原油掘削リグ稼働数でみると、2023年3月時点で758基にとどまり、コロナ前の水準(2019年12月:1,054基)に大きく届いていない。他方、主要シェールオイル鉱床のDUC(採掘済みだが未仕上げの坑井)数は、2023年2月では4,773件と2020年の水準から半減しており、採掘企業が新規の油田開発を行わず、DUCの利用で原油生産を維持していることがわかる。
 
米国のシェールオイル開発を担う企業は大企業から独立系の中小企業まで数千社あるといわれているが、これまで積極的に上流開発や企業買収を行ってきた独立系企業が、油価の下落・低迷のなかで守勢に転じている。石油・ガスに特化したプライベート・エクイティ企業であるクオンタム・エナジーのウィル・ヴァンローグ最高経営責任者(以下、CEO)は、「米国のシェール産業が現在のペースで掘削を続けるには、原油価格が1バレルあたり少なくとも80ドルに、天然ガス価格が100万BTU(英熱量)あたり3ドル程度まで上昇する必要がある。仮に価格が下がれば、特に大手企業よりもバランスシートの弱い企業で掘削が縮小し始めるだろう」(ブルームバーグ2023年3月22日)と警告している。

こうした中で、存在感を増しているのがOPECである。BP統計によると、2021年の米国の原油生産量は1,658万B/Dと世界最大で2位のサウジアラビアの1,095万B/Dを引き離している。しかし米国の原油生産量は、ピーク時の2019年の1,711万B/Dより減少している。さらに2011年から2021年まで年平均7.7%で増加してきた米国の原油生産量は2021年には前年比1%の伸びにとどまっている。

1970年代以降OPECの盟主サウジアラビアは、自国の原油生産量を減らせば、現物市場がタイトになり価格が上昇し、期近物が期先物よりも割高な「バックワーデーション」を実現することで価格支配力を維持してきた。しかし、2000年代後半のシェール革命以降、サウジは減産しても米国の増産を促してしまうことで、原油減産による価格維持機能を果たすことができず、「石油のスイングプロデューサー」としての地位が失われていた。

米国の独立系石油開発企業コノコフィリップスの会長兼CEOのライアン・ランス氏は2023年ヒューストンで開催されたCERAWEEK(ダボス会議のエネルギー版)で、「OPECの市場シェアは現在の約30%から、米国のシェールオイル生産の成長が停滞する将来には50%近くまで跳ね上がる。何か軌道修正をしない限り、世界は70年代と80年代の状態に戻ってしまう」と述べている。また同じく独立系企業のパイオニア・ナチュラル・リソーシズのスコット・シェフィールドCEOは、「現在石油市場を仕切っているのはサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェートの3か国で、これら3か国は、この先10年で石油生産能力を引き上げる予定だ。そして、米国のシェールオイルが増産に応じられない今、石油市場においてこれらの国が占める割合がさらに高まることになる」と指摘している。バイデン政権の反化石燃料政策で中東産油国は息を吹き返しているといえよう。

3.バイデン政権の脱炭素化政策でも再生可能エネルギーは伸びず

ジョー・バイデン大統領は2023年2月連邦議会での一般教書演説で、エネルギー問題について、こう言及している。「皆さんはビッグオイル(大手石油会社)が記録的な利益を計上したことにお気づきでしょうか。世界的なエネルギー危機のさなか、2022年に2,000億ドルもの利益をあげた。とんでもないことだ。彼らは国内生産を増やしガソリン価格を下げるための投資などせず、株主還元や経営者の報酬アップに専念している」と。一時、資源価格高騰によりエネルギー企業の売上高営業利益率は2021 年以降急速に改善したのは確かである。しかし、パンデミックによる原油需要の大幅減を懸念して、2020年4月原油先物価格のWTIが1バレル=マイナス37.63ドルと史上初のマイナス価格をつけ、エネルギー企業の損失が大きく膨らんだ時期をバイデン大統領は見向きもしなかった。さらには、化石燃料の国内生産に様々な規制をかけ、割安なカナダからの原油を調達するパイプラインの建設を差し止めるなど、ビックオイルの国内生産拡大に横やりを入れてきたことを棚上げにしている。まさに反化石燃料派のバイデン大統領らしい演説だ。

バイデン大統領は、石油業界が不当に巨額の利益を上げているとして、1980年代にジミー・カーター大統領時代に一時導入された「超過利潤税」(windfall tax)の導入を提案している。これは現行の21%の連邦法人税に加えて石油企業の利益にさらに課税するものだ。カーター政権時代は「超過利潤課税」導入により米国内の原油生産量が落ち込み、逆に外国産原油への依存が高まったため、1988年に廃止されている。今回の超過利潤税導入構想は、「バイデン大統領がガソリン価格上昇の責任を、政府以外に押し付けようとする新たな政治的策略」(WSJ紙)との見方が一般的である。

当初ホワイトハウスが用意していた一般教書演説の原稿にはなかったが、バイデン大統領は、当日アドリブで、「石油はあと10年程度必要だ」としたうえで、石油業界に増産を呼び掛けた。石油開発事業は新たな探査から生産決定まで少なくとも数年を要する。にもかかわらず、石油の賞味期限はあと10年足らずとしながら、その業界に対して新規の長期投資を呼び掛けるバイデン大統領の発言に、議場にいる共和党議員からは失笑が漏れた。

一方、バイデン政権が力を入れる再生可能エネルギーであるが、米国のエネルギー供給に占める割合は2021年で12%に過ぎず、バイデン大統領が敵視する化石燃料(石油、ガス、石炭)の比率は79%と依然圧倒的である。あと10年でエネルギー転換が可能とみているバイデン大統領の思考回路はどうなっているのか?

しかし、こうしたなか、エネルギー省のジェニファー・グランホルム長官は、2023年3月月CERAWEEKで化石燃料業界に歩み寄る発言をして注目された。グランホルム長官は、気候変動対策への政権のコミットメントは、化石燃料の生産を抑制することを意味するものではないと断言し、「石油・ガスが今後何年にもわたってエネルギーミックスの一部であり続けることは分かっている。伝統的なエネルギーと新しいエネルギーがともに求められている。エネルギーの転換は、ひとつの扉を閉めることではなく、新しい機会の窓を開くことだ」と述べた。

4.戦略石油備蓄の取り崩しで揺らぐエネルギー安全保障

米国には、災害や戦争などによる原油供給の途絶に備えるため、1975 年エネルギー政策・保存法(以下、EPCA:Energy Policy and Conservation Act)に基づくSPR制度がある。SPRは1973~1974 年アラブ諸国による原油禁輸措置を受けて、ジェラルド・フォード(共和党)政権時代に設けられた。

SPRの貯蔵施設は、テキサス州フリーポート南西のブライアン・マウンドと同州ボーモント近郊のビックヒル、ルイジアナ州レイクチャールズ南西のウェストハックベリーと同州バトンルージュ近郊のバイユー・チョクトーの4か所にあり、エネルギー省の発表によると貯蔵能力は7億1,400万バレルで、世界最大の国家備蓄である。

EPCAに基づくSPR からの原油の放出には(1)完全売却、(2)限定売却、(3)試験売却(test sale)、(4)交換の4つのパターンがある。このうち完全売却と限定売却は、米国における石油供給の途絶や国際エネルギープログラムに基づき大統領権限で行うもので、一方、試験売却はSPRの売却手順を確認するためエネルギー長官が行い、交換はSPR の原油取得権限を通じた交換(原油貸与)で、エネルギー長官が行う。完全売却と交換には放出の上限は定められていない。

米国は2022年3月から10月にかけて、SPRから1億8,000万バレルを放出したが、さらに2023年2月13日、2023年会計年度(2022年10月~2023年9月)にSPRから新たに2,600万バレルを売却すると発表し、同月28日に売却入札が実施され、4月1日から6月30日までに受け渡される。こうした追加売却により、SPRの在庫量は現在約3億7,200万バレルと1983年以降で最低水準にまで減少している。

ホワイトハウスは2022年10月、原油価格が1バレル当たり67~72ドルの価格水準になったところで石油の買戻しを行うと発表していた。米国の原油先物価格(WTI)は2023年3月下旬時点に70ドル前後で推移しているが、グランホルム米エネルギー長官は2023年3月24日、SPRの補充には数年かかる可能性があると表明し、SPRの在庫を実際に積み増しする可能性が遠のいた。

バイデン政権がSPR放出で企図したのは、国内で高騰するガソリン価格の沈静化である。しかし実は放出された原油は国内で精製、消費されずに海外に転売され、またその一部が中国へ輸出されていたことはあまり知られていない。中国の石油大手シノペック上海石油化学の取引部門であるユニペックは、2022年7月にSPRから放出された95万バレルの原油を購入している。これは2022年SPRから放出された米国産原油の外国人購入量のほぼ2割に相当する。中国はトランプ政権時代に米中間の第1段階合意で、米国産原油や天然ガスなどエネルギー製品の購入を増やすと約束していて、SPRから放出された石油の買い付け自体は合法的だ。米国から中国向け石油・石油製品の輸出は、2022年1月には、1,242万バレルだったが、同年10月には2,825万バレルへと急増し、2023年1月も2,397万バレルを記録した。

米国議会はこうした矛盾に気が付き、下院は2023年1月、SPRから放出された石油の中国への輸出を禁止する法案を賛成331、反対97で可決した。反対票を投じたのは全て民主党議員だった。一方、これとは別に上院では、「2023年中国石油輸出禁止法(China Oil Export Prohibition Act of 2023)」が審議されようとしている。これは、中国への米国産の原油、精製油、特定の石油製品の輸出を禁止するもので、すでに上院に提出されているが3月末時点では採決には至っていない。

歴史的にSPRの備蓄量は、共和党政権では増加し、民主党政権では減少する傾向があった。このパターンは1980年以来続いている。バイデン大統領のねらいは高止まりするガソリン価格対策という政治的な理由だが、SPR備蓄量の減少で災害や有事の際に国内市場に十分な石油が供給されない恐れもでてきている。シェールブームの終焉とSPR取り崩しで、米国のエネルギー安全保障は揺らぎつつある。

5. 「エネルギーのトリレンマ」にどう向き合っていくか

エネルギー業界には3つの課題がある。第1はエネルギーの安全保障(security)の確保、すなわち必要となるエネルギーへいつでもアクセスでき、自然災害や戦争など有事にも備えること。第2はエネルギーのAffordability、すなわち手頃で安価なエネルギーを確保すること。第3はエネルギーのサステナビリティ(sustainability)、すなわち持続可能な地球環境を実現できるエネルギーであることだ。BP Plcの米国チーフエコノミストのマイケル・コーエン氏は、「石油業界では2022年、脱炭素の課題に集中しすぎた結果、需要と供給のミスマッチが生じた。ひとつの課題に集中し過ぎると、他の課題とのバランスを崩してしまう」(2023年3月15日付けブルームバーグ)と語っている。

ウクライナ戦争を契機に、欧米諸国によるロシア経済制裁が続き、またロシア側も原油天然ガスの輸出を停止するなどで、それまでロシアの化石燃料に大きく依存してきた欧州各国が、エネルギー危機に直面している。欧州連合(以下、EU)では、ロシアからのエネルギー供給削減で計画停電も懸念されたが、2022年秋以降暖冬が続いたこと、またパンデミックによるロックダウンで中国のエネルギー需要が一時的に抑制され、中東からアジア向けのLNGタンカーがEU圏に向かうことができた。

しかし2023年後半には、パンデミックからの回復により中国の原油需要は徐々に増加していくとみるアナリストは多い。IEAは、2022年12月、「2023年にロシアからEUへのパイプライン輸入がゼロになり、中国のLNG需要が2021年の水準に回復した場合、EUは2023年に深刻な需給ギャップの発生に直面する」と報告書で述べている。

こうしたなかで、欧州の救世主となったのが米国からの石油天然ガスの輸出だ。バイデン大統領は化石燃料を敵視しているが、米国のシェール革命がなければ、欧州の同盟国を救えなかった。また米国自身が中東産油国・産ガス国への依存が続いていれば、ロシアに対して強気の外交姿勢も取れなかったはずである。エネルギー供給に占める化石燃料の比率は依然8割に達しており、わずか1割の再生可能エネルギーでは当面のエネルギー危機も乗り越えられない。エネルギー問題の第一人者ダニエル・ヤーギンは近著『新しい世界の資源地図−エネルギー・気候変動・国家の衝突』の中で、水平掘削に、水圧破砕法を組み合わせたイノベーションが引き起こしたシェール革命が、米国のエネルギー戦略を変え、地政学的に大きなインパクトを与えた「ゲームチェンジャー」であったと評価している。化石燃料を否定するバイデン大統領は、エネルギー大国である米国を自らゲームエンドに追い込もうとしているのかもしれない。

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