2023/04/18 No.521英国、CPTPP加盟で合意、7月署名・年内発効目指す― EU離脱後最大の貿易協定、アジア太平洋地域との関係強化へ-
田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
英政府、EU離脱の成果誇示、アジアの成長力に期待
英国のリシ・スナク首相は本年(2023年)3月31日、英国はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定、いわゆるTPP11)への加盟についてCPTPP加盟国との間で合意したと発表した(注1)。本年7月中旬頃の正式署名に向けて、英国とCPTPP加盟11か国との間で、最終的な法的および行政的手続きが行われ、年内の発効を目指す(注2)。
英国の正式加盟が実現すれば、CPTPPは2018年12月の発足後、初の新規加盟国を迎え入れることとなる。また、欧州からの加盟は英国が初めてであり、スナク首相はCPTPPへの加盟によって「英国は活動的で成長するアジア太平洋圏の中心に置かれる」と指摘し、「英国のEU離脱後の貿易の自由がもたらす真の経済的利益が示される」として、EU離脱がなければCPTPP加盟は実現できなかったことをアピールした。
英国は、以前から日本、オーストラリア、ニュージーランドなどとのFTA(自由貿易協定)交渉を足掛かりにしたCPTPPへの加盟に強い関心を示していた。2020年12月末のEU離脱後の移行期間終了を控え、英国は2020年9月に加盟11か国との初の事前協議に入り、2021年2月に英国は正式に加盟申請を行った。CPTPP加盟11か国は2021年6月、英国の加盟手続きを開始することを決定し、正式に交渉が開始された。その後約21か月にわたる厳しい交渉を経て今回の合意に至った。
CPTPPは、世界第6位の国内総生産(GDP)(3.1兆ドル)の英国の加盟によって、CPTPPのGDPシェアは、世界全体の12.1%(11.7 兆ドル)から15.4%(14.8兆ドル)に高まり、EUの17.8%(17.2兆ドル)に迫る巨大経済圏となる。また、総人口は5.1億人から5.8億人になる (以上の数値は、世界銀行、2021年)。貿易総額は6.6兆ドルから7.7兆ドルに増大する(ジェトロ統計、2021年)。
表1. CPTPP・EU・RCEPの人口・経済・貿易の規模・シェア
追加的な経済効果よりも、長期的関与を重視
CPTPP閣僚会合後に発出されたCPTPPへの英国加入プロセスに関する共同声明の中で、「英国が物品、サービス、投資、金融サービス、政府調達、国有企業およびビジネス関係者の一時的な入国について、商業的に有意義で、最高水準の市場アクセスのオファーを提供したことを確認した。CPTTP締約国は、英国に対する自国の市場アクセスの約束をそれぞれ確認した」と明記している(注3)。
CPTPPと英国との加盟交渉は、前述したように、2021年2月の正式の加盟申請から実質的な合意まで21か月かかった。当初は1年程度で合意するとの見方もあった。農業市場開放に慎重な英国が農産品と工業品の関税撤廃率を当初の交渉段階では90%程度の低い水準にとどめていたためである。
CPTPPは、関税撤廃率をほぼ100%に高めることや、国有企業の優遇制限などを求める厳格なルールを定めるなど最高水準の市場アクセスを求めている。CPTPP加盟国は、この後加盟申請している国・地域への対応を念頭に、発足11か国以外で初の新規加入国となる英国に厳しい姿勢で臨んだ結果、英国の撤廃率は90%台後半に引き上げられ、加入への道が開けた(注4)。
英国政府は、自国経済を長期的に18億ポンド(約2,970億円、1ポンド=約165円)成長し、2019年と比較して8億ポンドの賃金上昇を実現すると予測している。英国からのCPTPP加盟国への輸出については、英国の主要輸出産品であるチーズや乗用車、チョコレート、機械機器、ジンウイスキーを含む99%が関税撤廃される見込みである。
スナク政権はEU離脱後で最大の貿易協定だと成果を誇示するものの、英国はすでにブルネイ、マレーシアを除くCPTPP加盟9か国と二国間のFTAを締結しているため(その一部はEU加盟時のFTAを引き継いでいる)、直接の経済効果は限定的とみられる。英国際貿易省の試算によると、英国経済のCPTPP加盟による押し上げ効果は、今後10年間でわずか0.08%にしかならないとみられる。ただ、他のアジア・中南米諸国が新規に加盟してくれば、さらに経済的利益が拡大するとの思惑もある(注5)。
EU離脱後、「グローバル・ブリテン」の展開を掲げてEU域外との経済関係の強化・拡大を目指してきた英国が期待するのは、長期的な恩恵である。スナク首相は、成長するインド太平洋地域の中心に位置して、長期にわたり英国企業がアジアの成長を享受できると強調している。
今後の展望
CPTPP閣僚共同声明は「CPTTPは、これまでに締結された貿易協定のうち、最も包括的かつ野心的な貿易協定の一つである。CPTTP参加国および英国は、域内およびそれを越えて、自由貿易、開かれた競争的市場、ルールに基づく貿易システムおよび経済統合をさらに促進していくことにコミットしている」と明記している。
英国の加入によって、これまでインド太平洋を囲むアジア中心だった枠組みが欧州にも広がる。貿易や投資、サービスなどでCPTPPの高水準のルールを特徴とする自由貿易圏の拡大に弾みがつく。
世界で自国優先・保護主義的傾向が強まる中、世界貿易機関(WTO)が十分な機能を果たしているとはいえない状況で、CPTTP加盟国と基本的価値を共有する英国が自由で公正な「21世紀型のルール」に基づく貿易・投資の拡大に積極的に取り組めば、加盟に関心を持つ国・地域が地理的に拡大し、結果的に、長い目で見た英国の国益に合致することになる。
表2. CPTPP・21世紀型ルールの主要例
注
- 英国首相官邸プレスリリース(2023/03/31)
(https://www.gov.uk/government/news/uk-strikes-biggest-trade-deal-since-brexit-to-join-major-free-trade-bloc-in-indo-pacific) - CPTPP加盟11か国は以下の通り。
オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム - 内閣官房ホームページ(2023/03/31)
(https://www.cas.go.jp/jp/tpp/tppinfo/2023/index.html#awg20230331) - 2023年3月末現在、中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイが正式に加盟申請している。
- 日本経済新聞(電子版)(2023/03/31)