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2023/07/21 No.524EU、中国を念頭に地政学的視点から経済安全保障を多様化・保護-経済的依存の武器化・威圧には戦略的リスク回避で対応―

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

対中政策で新方針を決定

欧州理事会(EU首脳会議)は2023年6月30日、ベルギー・ブリュッセルで2日間の討議を終えて、中国との関係について新たな戦略方針を盛り込んだ総括文書を採択した(注1)。文書は中国との経済関係を維持しつつ、依存リスクを低減させるとしている。理事会は、中国が海洋進出を強める東・南シナ海について「世界の繁栄および安全保障にとって戦略的に重要である」と指摘し、台湾海峡における緊張の高まりに懸念を表明した。

文書は、中国について「パートナーであると同時に競争相手であり、体制上のライバルでもある」と位置付けて、2019年3月に採択した方針を再確認した。パートナーとライバルのどの面を重視するかは、「中国の行動によって決まる」として、国際秩序への挑戦的な行動や経済的威圧を自制するよう求めている。

その上で、中国は重要な貿易と経済的パートナーだとして、米中対立のような「デカップリング」(経済切り離し)は現実的ではなく、サプライチェーン(供給網)などの依存低減の必要性を強調し、「必要かつ適切な場合に、リスクの軽減と多様化を図る」として「ディリスキング」(リスク回避)を目指すとしている。経済・貿易における中国の重要性を認めつつ、中国に軍事転用されかねない貿易や投資、再生可能エネルギーやデジタル分野での過度の対中依存度を下げるディリスキングが望ましいとの考えを明確にした。こうした考え方は、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が2023年3月30日に行った演説の中で表明されている(注2)。

ディリスキングという認識は、EUの経済大国ドイツでも強まっている。ドイツ政府は、再生可能エネルギー分野で太陽光パネルに必要な素材の世界生産の80%を占める中国に過度に依存していることに危機感を強める一方、ドイツの自動車産業が中国市場に大きく依存していることにジレンマを抱える。そして、メルケル前政権の融和的だった対中政策の見直しを図っている。

他方、フランスはこうしたリスクを理解しながらも分野によっては中国との経済関係を深めたいと考えている。23年4月5~7日、エマニュエル・マクロン仏大統領が中国公式訪問時に、50社超のフランス企業のCEO(最高経営責任者)が同行し、エアバスの大型商談などを成功させている。

マクロン氏が中国訪問時の欧米メディアとのインタビューで、台湾を巡り「欧州にとって最悪なのは、米国のペースや中国の過剰反応に追随しなければならないと考えることだ。欧州の優先事項は他国(米中)の予定に合わせることではない」との考えを示し、物議を醸した。同氏が米中対立と距離を置き、「第三極」、「戦略的自立」を目指すべきだと主張したことに対して、ドイツなど他のEU加盟国から同氏は中国に対して融和的過ぎて欧米の結束を乱すとの批判が相次いだ。

特に、ロシアや露領カリーニングラードと国境を接するリトアニアなどバルト三国やロシアの脅威が身近に迫るポーランドなど中・東欧諸国は、ウクライナ侵攻を続けるロシアへの中国の軍事支援を強く警戒しており、中国に融和的な立場をとる独仏には極めて批判的だ。

イタリア政府は2024年3月に期限を迎える中国との「一帯一路」構想に係る協定について、更新する可能性は非常に低いとの認識を示している。イタリアはG7(主要7か国)で唯一の一帯一路構想に参加しているが、期待した効果が出ていないとして失望感が強い。ただ、ジョルジャ・メローニ伊首相は「協定への参加継続か離脱かの決定の検討は極めてデリケートな問題で、多くの利害に関係する」と慎重な立場を表明している。イタリア政府は、更新を取り止めた場合、中国が何らかの経済的威圧行動に出るのではないか警戒している。

EU諸国間に温度差が見られるが、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、「欧州の強力な対中政策は、加盟する国や関係する機関の強固な協調や、中国の戦略に打ち勝とうとする意志にかかっている」として欧州の結束を呼び掛けている。

表1. EUの対中戦略の新方針の概要

出所: 欧州委員会; フォン・デア・ライエン委員長演説から抜粋

初のEU経済安全保障戦略を公表

欧州委員会は2023年6月20日、外務・安全保障政策上級代表が共同で、初のEUの経済安全保障戦略(政策文書)を公表した(注3)。欧州委員会は特定の国をターゲットにしたものではないとしているが、中国やロシアを念頭に置いていることは明白である。

経済安全保障については、23年5月19~21日の主要7か国首脳会議(G7広島サミット)で「ディリスキング(リスク回避)」を目指す方針で合意し、6月末の欧州理事会でも協議された。

EUの経済安全保障戦略の基本理念は、前述したフォン・デア・ライエン委員長が3月の演説で表明した、デカップリング(経済切り離し)ではなく、ディリスキング実現を目指すものである。文書は「地政学的な緊張の高まりと技術革新の加速を背景に、経済の開放性とダイナミズムを最大限に維持しながら、特定の経済の流れから生じるリスクを最小限に抑える」と明記している。

この戦略では、エネルギーを含むサプライチェーンの強靭性に対するリスク、重要インフラの物理的およびサイバーセキュリティに対するリスク、技術セキュリティや技術流出に対するリスク、経済的依存・威圧に対するリスクの4領域のリスクを想定し、欧州委員会は今後、加盟国と共同でリスク評価を実施して、それを基にした対応策を検討する方針が示された。

リスク軽減策では、3つのアプローチ(Promoting, Protecting, Partnering)が示された。具体的には、①EUの競争力促進(promoting):単一市場の強化、技術への投資、EUの研究・技術・産業基盤の育成など、②経済安全保障の保護(protecting):既存の様々な政策や手段、想定される既存の方策の不備に対処するための新たな政策と手段の検討など、③広いパートナー国との連携強化(partnering):貿易協定、ルールに基づく国際経済秩序とWTO(世界貿易機関)などの多国間機関の強化、「グローバル・ゲートウェイ戦略」を通じた持続的開発投資などである。

文書では、今後のリスク対策が明記されている。具体策として、①EUの技術主権とバリューチェーンの強靭性を強化する。欧州戦略的技術プラットフォーム(STEP)を通じた重要技術の開発を行う、②対内直接投資審査規則を見直す、③EUのデュアルユース(民生・軍事二重用途)品目に対する輸出管理規制を完全実施する、④加盟国と協力して、EU企業による対外投資からどのような安全保障上のリスクが生じるのか調査する、⑤経済安全保障問題に関する第三国との協力を強化するなどとなっている。

今後、加盟国の合意が得られれば、23年末を目途に戦略案に沿った法律や規則を順次強化していくことになる。ただ、今後の課題としては、対中政策に関するEU27か国の合意形成がどこまで進むかである。

加盟国間で経済・貿易面での対中依存度には差異がある。ドイツやフランスなどは高いが、イタリアやバルト3国などは低い。EUの新戦略に対する中国の反発も予想される。フランスなどのように、中国との関係に配慮して慎重姿勢を示す加盟国も少なくない。具体的なリスク対策の検討段階では、加盟国間の調整が難航することは大いに考えられる。

表2. EUの経済安全保障戦略の概要

出所: 欧州委員会; プレスリリース(2023/06/20)

EU, 安保・経済で日本との連携強化

EUは覇権主義的な動きを強める中国への危機対応として、日本との外交安全保障や経済の連携強化を加速させている。最近のいくつかの事例を見てみる。

EUと日本が2023年7月4日、「半導体に関する協力覚書」に署名した(注4)。関連物資の不足によるサプライチェーンの混乱の解決に向け、迅速に情報共有する「早期警戒メカニズム」の構築が中心となる。中国との先端技術競争でカギを握る半導体分野でのネットワークを拡大し、経済安保の強化を図る狙いがある(注5)。覚書には、次世代半導体の研究開発や人材育成での協力も明記されている(表3)。

表3. 半導体に関する協力覚書の要点

出所: 経済産業省; プレスリリース(2023/07/04)

次に、EUと日本は23年7月6日、レアメタル(希少金属)などの重要物資の安定供給を補完するための覚書に署名した。EU側は欧州委員会域内市場・産業・起業家精神・中小企業総局、日本側は独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)である。

覚書では「戦略的な重要鉱物を中心とした重要物資のサプライチェーンの持続性を強化するため、技術協力と情報共有を進める」と明記されている。経済安全保障を強化するため、電気自動車(EV)などの生産に必要なレアメタルの在庫や需要予測、不足に備えた危機管理対策などの情報を共有し、再利用や新技術開発で協力する。主要な供給先である中国への依存軽減を図るためである(注6)。

直近の事例として、日EU間の安全保障分野で閣僚級が定期的に協議する「日EU戦略対話」の創設に合意した。23年7月13日にブリュッセルで開催された日EU定期首脳協議の共同声明は「日EUの戦略的安全保障パートナーシップを促進させる」として、「外相など閣僚級での戦略対話を立ち上げる」と明記した。そのうえで、海洋安全保障、サイバー、ハイブリッド脅威などの分野で協力を拡大する方針を示している。

また、声明は、経済的強靭性・経済安全保障分野で、半導体に関する協力覚書(サプライチェーンに関する「早期警戒メカニズム」など)を歓迎、レアメタルなど重要物資のサプライチェーン構築の協力や中国に対する戦略的依存の低減での連携、欧州と日本を結ぶ海底ケーブルの敷設計画の支持などを謳っている。さらに、覇権主義的な動き強める中国については、同国の政治、経済、防衛分野に関する情報を共有する方針を明記している(注7)。

注.

  1. 欧州理事会:中国に関する欧州理事会結論(2023/06/30)
    https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/06/30/european-council-conclusions-on-china-30-june-2023/
  2. 欧州委員会:EU・中国関係に関する欧州委員長演説(2023/03/30)
    https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/speech_23_2063
  3. 欧州委員会:経済安全保障に向けたEUのアプローチ(2023/06/20)
    https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_3358
  4. 経済産業省プレスリリース(2023/07/04)
    https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230704002/20230704002.html
  5. 読売新聞(2023/07/03)
  6. 読売新聞(2023/07/06)
  7. 欧州連合:日EU定期首脳協議(2023/07/13)
    (https://www.eeas.europa.eu/delegations/japan/eu-japan-summit-13-july-2023_en?s=169)
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