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2023/10/18 No.525EU、欧州半導体法採択、重要物資の自給体制強化を目指す-中露依存リスク念頭に、経済安全保障の保護を加速化―

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

初の経済安全保障戦略を策定、地政学的緊張が背景

EU(欧州連合)が経済安全保障政策の取り組みを強化している。2023年に入って、EUの行政執行機関・欧州委員会主導で、半導体やレアアース(希土類)などの重要物資の域内調達を増やす政策が矢継ぎ早に発表され、こうした動きを受け、EU域内では、欧米企業が半導体関連工場の新設や鉱床開発に動き出した。

欧州委員会は2023年6月20日、外務・安全保障政策上級代表と共同で、初のEUの経済安全保障戦略案(政策文書)を公表した。欧州委員会は特定の国をターゲットにしたものではないとしているが、中国やロシアを念頭に置いていることは明白である。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は経済安全保障戦略案の公表にあたって「欧州の経済には脆弱性がある。経済安全保障と経済回復力に関するリスクは増している」と強調した(注1)。

EUの経済安全保障戦略の基本理念は、フォン・デア・ライエン委員長が2023年3月30日に行った演説で言及した、「デカップリング(経済切り離し)ではなく、デリスキング(リスク低減)を図る」ものである。文書は「地政学的な緊張の高まりと技術革新の加速を背景に、経済の開放性とダイナミズムを最大限に維持しながら、特定の経済の流れから生じるリスクを最小限に抑えること」を目的としている。

表1のように、この戦略では、エネルギーを含むサプライチェーン(供給網)の強靭性に対するリスク、重要インフラの物理的及びサイバーセキュリティに対するリスク、技術セキュリティや技術流出に対するリスク、経済的依存・威圧に対するリスクの4領域のリスクを想定し、欧州委員会は今後、加盟国と共同でリスク評価を実施して、それを基にした対応策を検討する方針が示された。

リスク軽減策では、三つのアプローチ(Promoting, Protecting, Partnering)が示された。具体的には、①EUの競争力促進(promoting):単一市場の強化、技術への投資、EUの研究・技術・産業基盤の育成など、②経済安全保障の保護(protecting):既存の様々な政策や手段、想定される既存の方策の不備に対処するための新たな政策と手段の検討など、③幅広いパートナー国との連携強化(partnering):貿易協定、ルールに基づく国際経済秩序とWTO(世界貿易機関)などの多国間機関の強化、「グローバル・ゲートウェイ戦略」を通じた持続的開発投資などである。

表1. EUの経済安全保障戦略の概要

出所: 欧州委員会プレスリリース(2023/06/20)などを基に筆者作成

脱中露依存を目指し、相次いで重要物資関連法案を公表

EUが経済安全保障策の強化を急ぐのは、ロシアのウクライナ侵攻や中国の新型コロナウイルス感染症対策(ゼロコロナ政策)で、重要物資を特定の国に依存する危険性を痛感したからである。

ロシアのウクライナ侵攻前、2021年のロシア産化石燃料への依存状況をみると、EUが輸入する天然ガスの45%、原油の27%、無煙炭の46%を占めており、エネルギー資源の多くをロシアに依存していることは明白である。ロシアのウクライナ侵攻開始以降、ロシアは天然ガスや石油の供給をたびたび停止して、経済制裁を強める欧州各国に揺さぶりをかけるなど資源を「武器化」した。

EUはすでに、こうしたロシア産化石燃料への過度の依存解消などに向けた取り組みに着手している。欧州委員会は2022年3月、エネルギーの安全保障を強化するべく、2030年までにロシア産化石燃料からの依存の解消を目指す「リパワーEU(REPowerEU)」政策を発表した(注2)。

他方、中国は2022年3月下旬から約2か月間、ゼロコロナ政策で上海をロックダウン(都市封鎖)し、世界最大のコンテナ取扱量を誇る上海港の機能が大幅に低下した。欧州各国の工場はサプライチェーン(供給網)の混乱によって製造部品や原材料不足による生産停止に追い込まれた。

表2. 中国依存度の高い重要原材料リスト(2023年)

注.*印は戦略的重要原材料であることを示す。出所:European Commission「Study on the Critical Raw Materials for the EU 2023 – Final Report」、2023年3月16日発行、を基に著者作成

EUはデジタル社会やグリーン経済への移行に不可欠な様々な政策に取り組んでいる。EUは風力発電や太陽光発電など再生可能エネルギーの利用拡大や電気自動車(EV)の普及を進めているが、これらの製品生産に使われるレアアースやマグネシウム、ガリウムなどの重要原材料の多くを中国に過度に依存している。EUが重要原材料に指定する34品目の物資のうち、重レアアース100%、マグネシウム97%、軽レアアース85%、ガリウム71%、スカンジウム67%、ビスマス65%、バナジウム62%、ゲルマニウム45%、重晶石45%、天然黒鉛40%、タングステン32%と、中国から最も多く調達している物資は11品目に上る(表2)。また、戦略的重要原材料に指定されている16品目の物資のうち、中国産の(スカンジウム、バナジウム、重晶石を除く)8品目の物資がリストに入っている(注3)。中国は対立する国・地域への貿易を制限する「経済的威圧」を繰り返してきた。仮に欧州が対象になれば、ロシア産化石燃料危機の二の舞となりかねない。重要物資を特定国に依存するリスクを痛感した欧州委員会は2023年2月以降、これまで原則として禁止していた加盟国による特定企業への補助金を認め、輸入に頼ってきた重要物資の域内調達率を高める政策を相次いで公表し、実施に向けた動きを加速している。2月1日付けの「グリーンディール産業計画」は、温室効果ガスの排出ネットゼロ実現に貢献する産業(ネットゼロ産業)に対する加盟国による国家補助規制を緩和するものである。2月8日付けの「欧州半導体法案」は次世代半導体生産の世界市場の占有率を現在の10%から2030年までに20%以上に引き上げることを目指すものであり、7月25日のEU理事会(閣僚)で承認された。また、3月16日付の「重要原材料法案」は重要原材料について域内での加工・採掘・リサイクルの目標値を設定するものである。その後、6月20日付けの「EU経済安全保障戦略」の発表と続く。

半導体法を採択、国家補助で企業を支援

EU(閣僚)理事会は2023年7月25日、欧州の半導体エコシステムを強化する「欧州半導体法案」を最終的に承認した。EU理事会によると、半導体法の目的は、「半導体分野における欧州の産業基盤の発展のための条件を整備し、(域内生産拠点)投資を誘致し、研究・技術革新を促進し、将来の半導体の供給危機に備えること」、「2030年までに世界の半導体市場におけるEUのシェアを現在の10%から20%以上に倍増させるために、公的・民間部門で430億ユーロの投資(EU予算から33億ユーロ)を動員する」としている(注4)。

欧州委員会は2022年2月15日に発表した重要技術の戦略的自立を高めるための安全保障及び防衛政策パッケージの中で、重要技術の域外依存の軽減を目指すことを明らかにしている。半導体の世界的な製造拠点である台湾(世界シェア66%)と韓国(同17%)には地政学的な緊張があるとして、東アジアからの輸入に過度に依存する半導体を、域内での開発・生産を支援すべき重要技術の筆頭に挙げている。

半導体法の柱の一つが、半導体の生産施設の誘致に向けた優遇措置である。具体的には、EU及び加盟国による半導体製造企業への財政支援の規制緩和と生産施設の新設などにおける許認可のプロセスの簡素化である。その背景として、半導体の生産拠点を自国で確保しようと米国などが巨額の国家資金を補助する動きが活発化していることがあげられ、欧州委員会は、域内への生産拠点の誘致には国家支援が不可欠だとの認識を強めている。そのため、欧州委員会は、EU国家補助金規制で原則禁止されている加盟国による企業への国家補助金を(注5)、半導体法が規定する「域内初(first-of-a-kind)」となる先端半導体の生産施設などを対象に承認する方針を明らかにしている(注6)。

欧州で進む半導体関連工場の新設、投資は独仏に集中

こうしたEU及び加盟国による支援の動きを受けて、域内では、工場建設などの新規投資案件が目白押しの状況である。半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)、米国半導体大手インテル、ドイツ半導体大手インフィニオン・テクノロジーズ、スイス半導体メーカーのSTマイクロエレクトロニクス、米国のウルフスピードといった半導体大手の工場建設の新設計画が相次ぐ。

前節で述べたように、半導体法は、公的・民間部門合わせて430億ユーロの投資を動員する計画であるが、EU予算からの拠出額は研究開発を中心に33億ユーロに過ぎない。したがって、財政支援は、加盟国による国家補助が中核となる。

主要な半導体関連工場新設プロジェクトは、表3のとおりである。ドイツによる国家補助は、台湾TSMCの半導体工場新設に対する50億ユーロ、インテルの半導体工場建設に対する99億ユーロ、インフィニオン・テクノロジーズの半導体工場建設に対する10億ユーロなど、フランスの国家補助は、 STマイクロエレクトロニクス・グローバルファウンドリーズの工場新設に対する最大29億ユーロなどとなっている。小規模の加盟国を含む複数国で共同実施する「欧州共通利益となる重要な計画(IPCEI)」(注7)においても、半導体を含むマイクロエレクトロニクス分野の国家支援規模は、14加盟国合計で最大81億ユーロに上るが、そのうちの40億ユーロはドイツによる国家補助となっている。このように、ドイツ、フランスなど大規模な国家補助が実施できる一部の加盟国への投資の集中が目立つ結果となっているという(注8)。

表3. 主要な半導体関連工場新設プロジェクト(2023年8月末現在)

出所:ジェトロ・ビジネス短信(EU,ドイツ、米国、フランス、スイス、ポーランド)などを基に筆者作成

今後のいくつかの課題

今後、加盟国の合意が得られれば、2023年末を目途に経済安全保障戦略案に沿った法律や規則を順次強化していくことになる。ただ、課題も多い。

第一に、対中露政策に関するEU27か国の合意形成がどこまで進むかである。対露経済制裁について、対露経済制裁に反対するハンガリーやウクライナへの軍事支援に反対するスロバキアなど加盟国間で足並みが揃っていない。また、経済・貿易面での対中依存度には差異がある。ドイツやフランスなどは自動車など一部の産業で対中依存度が高いが、中国の経済的威圧に直面したリトアニアなどのバルト3国や、イタリアなどは対中依存度が低い。EUの新戦略に対する中国の反発も予想される。独仏などのように、中国との関係に配慮して慎重姿勢を示す加盟国も少なくない。具体的なリスク対策の検討段階では、加盟国間の調整が難航することは大いに考えられる。

第二に、EUと同様の経済安全保障強化策を打ち出す米国など他国との支援策に格差がある。例えば、米国は半導体生産を加速させる「CHIPS・科学法(CHIPSプラス法)」では5年間で527億ドル(約500億ユーロ)という規模の補助を打ち出した。中国や韓国など他国も半導体産業への巨額の支援を続けている。

これに対して、EUが打ち出した半導体支援策は既存の予算や民間投資分も含めて2030年までに430億ユーロ(約6.7兆円)で、米国と比べて見劣りするため、ドイツなどの半導体関連企業の投資が米国優先になりかねないとの懸念が強い。また、大規模な国家補助ができるドイツ、フランスなどに大型の半導体工場新設プロジェクトが集中化することも問題である。

  1. 経済安全保障に向けたEUのアプローチ(2023/06/20)
    https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_3358
  2. ジェトロ・ビジネス短信(EU、ロシア)(2022/03/11)
    「欧州委、ロシア産化石燃料への依存からの脱出目指すエネルギー政策発表」
    https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/c992cb4aeab9dea2.html
  3. 欧州委員会が2023年3月16日に公表した「欧州重要原材料法案」(https://single-market-economy.ec.europa.eu/publications/study-critical-raw-materials-eu-2023-final-report_en)では、重要原材料として、34品目の物資が指定されている。そのうち、戦略的重要性・将来需要の増加・生産量増加の困難性が認められる物資として、16品目の物資が戦略的原材料として指定されている。今後は4年ごとに更新される。
  4. EU理事会プレスリリース(2023/07/25)
    「EU理事会、「欧州半導体法」を最終承認」
    https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2023/07/25/chips-act-council-gives-its-final-approval/)
  5. EU基本条約(リスボン条約)・EU機能条約第107条(1)「国による援助で、特定の企業・生産に便宜を与えることによって、競争を歪める(その恐れのある)ものは、加盟国間の貿易に及ぼす限り、域内市場と両立しない」と規定、禁止している。ただし同条(3)b
    で「欧州の共通の利益となる重要な計画の達成を促進するための、もしくは加盟国経済の深刻な混乱を救済するための援助」は域内市場と両立するとして、特例措置を認めている。
  6. 半導体法では、現時点でEU域内に存在しない、あるいは建設が予定されていない「域内初」となる半導体生産施設の基準が定められており、今後施設の新設を予定している事業者は欧州委員会の審査を経て認定を受けることができる。認定を受けた施設は半導体の安定供給の観点から公益性を有するとして、迅速な審査などの優遇措置を受けることができる。場合によっては、加盟国からの国家援助を受けることもできる。
  7. IPCEI(Important Project of Common European Interest)は、EU基本条約・EU機能条約第107条(3)bの規定により国家補助規制の特例措置として承認される。
  8. ジェトロ・ビジネス短信(EU)(2023/08/02)「EU,域内生産拠点誘致に向けた半導体案採択、ドイツなど一部の加盟国に投資集中」
    https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/08/ae364e4130d998f1.html
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