一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2024/03/07 No.528中国とタイが競うラオスの鉄道インフラ整備~ラオスにおける中国の一帯一路~

藤村学
青山学院大学教授

ITI・ASEAN研究会(JKA補助事業)メンバー3名が、2023年9月1日~10日にかけて、ラオス中南部(ビエンチャンからパクセ、国道13号線沿線)及びカンボジア北部(ストウントウレン~プノンペン、国道7号線沿線)におけるインフラ整備状況と中国資本・企業の浸透ぶりを視察調査した。特に、①ビエンチャン近郊の鉄道、②経済特区や工業団地、③メコン川沿いの架橋と電源開発、などに焦点を当てた。

今回の現地調査のリーダーである藤村学青山学院大学教授に調査結果を総括していただいた。第1回はビエンチャンにおける鉄道インフラの整備状況。聞き手は大木博巳ITI研究主幹。

Q.今回の視察の最大の関心事の1つが、中国とタイの経済回廊が交錯するラオスでの鉄道インフラ整備です。ビエンチャン近郊には、中国ラオス鉄道とタイ国鉄の両方が乗り入れ、それらを利用した貨物を積み替えるドライポートが立地します。これらの関係はどうなっているのでしょうか?

A. ビエンチャン近郊の鉄道インフラの位置関係は下図に示す「ビエンチャン郊外の鉄道インフラ概略図」のとおりです。まず認識する必要があるのは、中国ラオス鉄道の線路幅は標準軌(1,435mm)なのに対し、既存のタイ国鉄の線路幅はメートル軌(1,000mm)という点です。ラオスは中国とタイからの鉄道の延長のはざまに位置し、両国のシステムのギャップを埋める必要があり、ビエンチャン近郊地帯がその実験場になっているといえます。21年に開業した中国ラオス鉄道のビエンチャン駅は近郊のかなり北のほうにあります。旅客列車はそこが終点ですが、貨物列車の線路はそこから延伸してビエンチャン南駅が終点で、これまでそこがタイと中国のコンテナ貨物の積み替え拠点でした。ところが、標準軌の線路がビエンチャン南駅から後述のドライポートまで2.8km延伸したことで、2022年夏からドライポートでコンテナ貨物の列車積み換えができるようになりました。

タイ国鉄については、以前はメコン川に近いタナレン駅が旅客列車の終点でしたが、タナレン駅から北方向にメートル軌が7.5km延伸し、その先に新ビエンチャン(カムサワート)駅が完成しています。延伸工事と新駅舎建設はタイの周辺諸国経済開発協力機構(NEDA)の9.9億バーツ(約41億円)の支援(30%無償、70%有償)で2019年10月に着工し、2022年6月に完工予定でした。コロナ禍のために工事が遅れていましたが、23年9月の視察時に丁度、完成したところでした。カムサワート駅の駅舎はワッタイ空港にも見劣りしないグレードです。23年12月に開業式が行われました。今後は国際旅客の出入国審査はこのカムサワート駅で行われます。

ビエンチャン郊外の鉄道インフラ概略図

出所:Open Street Map上に藤村作成
タイ国鉄カムサワート駅
(藤村撮影2023年9月2日)

Q. タイ国鉄のカムサワート駅と中国ラオス鉄道のビエンチャン駅は離れているようですが?

A. そうなのです。2つの駅は直線距離で10kmほど離れていて、タイと中国の間を列車で移動しようとする国際旅客にとってはかなり不便です。視察時に2つの駅の間を車で移動しましたが、途中に住宅密集地があり、線路で2駅を直線的につなげるためには土地収用や立ち退きのための費用がかさみそうな印象でした。

Q.一方、ビエンチャン南駅とタナレンドライポートはつながっています。旅客とは違って貨物の輸送はシームレスということでしょうか?

A. ドライポートには3本線路が入っています。1本はタイからの旅客列車がここを経由してカムサワート駅まで通るメートル軌、1本はタイからの貨物列車がドライポートまで到達するメートル軌道、そしてもう1本は中国からの貨物列車が通る標準軌です。貨物輸送については上述の通り、このドライポートで積み替えをすればシームレスのはずですが、2023年9月2日午後に視察した限りでは、タナレンドライポートでの貨物の積み替えは一切見られませんでした。現状では、まとまった貨物がチャーター便で国境に到着するタイミングでのみ、コンテナ積み替え作業がドライポートで行われているのかもしれません。

ビエンチャン・ロジスティクス・パークの模型:右半分がドライポート施設で稼働済み
(藤村撮影2023年9月2日)

Q. ビエンチャン南駅では空のコンテナーが多かったとのことですが

A. ビエンチャン南駅ではタイ方面から来たと思われる(ドリアンなど果実を運ぶ?)冷蔵コンテナや、中国から来たと思われる漢字表記の空のコンテナが山積みになっていました。推測ですが、ここで両方から来るコンテナの中身がいったんバラ積みのトラックに積み替えられ、道路輸送に転換されるといった貨物が多いのかもしれません。

以前、タイとマレーシアの陸路国境で、すさまじい量のコンテナ貨物が双方向に往来しているのを見ましたが、それと比較すると、ビエンチャン経由の物流はまだわずかなものです。いずれにしても、依然としてビエンチャン南駅の役割は大きい印象でした。

ビエンチャン南駅に積み上がる空コンテナ
(藤村撮影2023年9月2日)

Q. タナレンドライポートとビエンチャン南駅の活用を巡る政治的な綱引きがあるのでしょうか。

A. そうかもしれません。ラオス政府はタナレンドライポートの活用促進を優先して、ドライポートに通関機能を集約したいという立場のはずです。一方、中国ラオス鉄道側はビエンチャン南駅の利用が物流業者や貿易業者にとってロジスティクス上、手間と時間がかからないのであれば、ビエンチャン南駅を引き続き鉄道輸送の拠点としたい、という立場だと思います。

Q. 荷主や輸送企業からはドライポートの評判は?

A. タイからくる貨物関しては、以前はタイから入って来る輸入資材はタナレン国境からビエンチャン近郊立地の工場に直接乗り入れることができましたが、現在はすべての貨物がドライポートでラオスのトラックに積み替えて目的地に輸送しなければならなくなりました。この変更により、荷主や輸送企業にとっては「無駄な動き」が増えて時間と輸送コストが上昇した場合が多いようです。

ラオスにとっては地元企業に輸送サービスの利益の一部を移転するという所得分配効果があるでしょうが、荷主や輸送企業がこの国境は不便だから別ルートにしよう、ということになれば、この国境を経由する貨物輸送のパイそのものが細ってしまうというトレードオフが生じるかもしれません。

Q.ビエンチャンまで到達している中国ラオス鉄道は、さらにバンコクまで延伸できそうですか?

A. そこが、メコン地域における中国の一帯一路鉄道戦略の成否のカギだと思います。中国、ラオス、タイの3か国で旅客一貫輸送の覚書(MOU)が結ばれているといわれるものの、バンコクの新しい鉄道網ハブであるバンスー駅まで標準軌の一貫旅客輸送が実現するのはいつになるのか、見通せません。アジアの鉄道に詳しい横浜市立大学の柿崎一郎教授の公表情報によれば、タイ側の高速鉄道工事はバンコク~ナコンラチャシマ間の進捗が2023年1月時点で18%ということです。メコン川を渡して標準軌を延伸する新鉄橋建設も2027年の同時開業を目指す予定ですが、予定通りには進まないと同教授は見ています。さらに、タイ区間は当初中国ラオス鉄道と同じ「中速」(最高速度160 km/h程度)鉄道を想定していましたが、その後最高速度250km/hの高速鉄道に変更され、旅客輸送のみを行う計画だとされます。つまり、中国からやってくる旅客は歓迎するが、貨物は歓迎しないというというタイ側の意図なのかもしれません。

(本調査は令和5年度JKA補助事業で実施)

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