一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2024/03/11 No.529コロナ禍後のラオスの経済特区(その1)~ラオスにおける中国の一帯一路とタイ+1~

藤村学
青山学院大学教授

ラオスには国家経済特区委員会が承認した経済特区(Special Economic Zone、以下SEZ)が12か所ある。2023年9月上旬、このうちビエンチャン郊外のタートルアンSEZ、サイセタSEZおよびビタパークSEZ、中部のタケーク近郊の工業団地およびサワン・セノSEZ、そして南部のパクセ-ジャパン中小企業専用SEZ、ワンタオSEZおよびシーパンドーンSEZ、の各特区を視察した。中国企業、日系企業の進出状況、タイ+1等について、藤村 学教授に伺った。今回はその1回目、聞き手は大木博巳ITI研究主幹。

SEZ国家委員会が承認した主な経済特区

Q.今回は、ビエンチャン近郊にある、タートルアンSEZ(That Luang SEZ、塔銮湖SEZ)、サイセタSEZ(Saysettha SEZ、老挝万象賽色塔総合開発区)およびビタパークSEZ(Vita Park SEZ)の3か所を視察しました。コロナ禍でSEZに入居している企業の活動は停滞していたようですが、活気を取り戻していたのでしょうか。

A.ビエンチャン市街から東方向約5kmに立地するタートルアンSEZは2016年、2019年に続いて3回目の訪問でした。上海万峰企業集団がラオス政府から365haの土地を長期の借り受けで開発してきた特区で、住宅ゾーンが主体の特区です。2009年にラオスがホスト国となった東南アジア競技大会(SEA Games)のメインスタジアムを中国が援助で建設・寄付した見返りとして、この湿地帯の開発権利をラオス政府が中国企業に引き渡したというストーリーが西側報道では定着しています。

同SEZの中央を走る「塔銮大道」の沿線には完成したばかりの大きなショールームがあります。中央にSEZ全体の模型があり、巨大な敷地にニュータウンが完成した未来図をアピールしています。

中国人潜在顧客と勘違いされたのか、玄関では歓迎役のラオス人女性スタッフ2人に笑顔で迎えられ、ラオス人男性販売員にコンドミニアムの各種の間取りタイプの説明をしてもらいました。

2019年の視察時と比べ、コンドミニアム棟は計画の9棟のうち、完成して入居可能なものが5棟という状況は変わっていませんでした。この5棟について様々な間取りの部屋タイプのパンフレットを用意してありました。広さは、タイプAが2LDK・110.18m2、タイプBが3LDK・152m2、タイプCが4LDK・220.36m2、タイプDがスタジオ41.5m2、タイプEがスタジオ41.77m2、タイプFが3LDK・129.2m2などとなっていました。スタジオ部屋以外のタイプは家族向けで、東京のマンションと比べて数倍の広さがあります。

中国人顧客を想定しているのでしょうが、コロナ禍もあって、売れ行きは悪い印象です。販売価格の相場を聞きましたが、販売員は教えてくれませんでした。おそらく供給過剰で、値崩れを恐れて価格情報については開示しないのだと思います。

ショールーム内のSEZ全体模型(左)とコンドミニアム群(右)
(藤村撮影2023年9月3日)

Q.サイセタSEZは、敷地が1,149haと広大で、日系企業も入居しています。

サイセタ特区のゲート
(藤村撮影2023年9月3日)

A.ビエンチャン市街から北東方向約15kmに立地するサイセタSEZは、敷地が1,149haと広大で、今のところ製造業を中心に誘致する工業団地の性格が強い特区と言えます。

開発業者はラオ中国総合投資有限会社(Lao-China Joint Investment Co., Ltd、老中联合投资有限公司)で、雲南省海外投資有限会社(Yunnan Provincial overseas Investment Co. Ltd. 、雲南省海外投資有限公司)が75%、ビエンチャン特別市政府が25%出資による合弁です。中国にとっては中国商務部と雲南省政府が重点を置く国家級の海外経済協力区でもあります。

2012~15年に基礎インフラを整備。2019年8月時点のジェトロ資料によれば、入居企業の国籍別内訳は中国51社、ラオス6社、タイ4社、日本3社、マレーシア3社、香港3社、アメリカ1社でした。

最新報道によれば、2023年9月現在で同区には131社が進出し、累計15億ドルが投資され、6,000人の雇用を創出したということです。同区内には通関手続きのできる拠点が設けられており、同区で生産された製品は中国向けに輸出の手続きが簡素化されているようです。

日系企業では、HOYAが入居しています。300億円規模を投資し、2020年前後に操業を開始しています。生産品目はIT大手が運営するデータセンターなど向けのハードディスクドライブ用ガラス基板という情報です。4年前の報道によると、タイ・チェンマイにある自社工場との連携が容易であることが進出の判断材料になったようです。従業員2,000人規模で生産開始したところ、コロナ禍に見舞われて1,000人規模に縮小したという情報もあります。

HOYAの工場
(藤村撮影2023年9月3日)

Q.中国企業の進出状況はいかがでしたか。

A. HOYAの奥に中国国営企業の石油精製所(社名:Laos Petro-chemical Co. Ltd.)があり、2019年の視察時は建設中でしたが、現在は完成しており、多数の石油タンクが並んでいます。28haの敷地に約15億ドルを投じ、年間200万トンのガソリンとディーゼル油の生産を見込む(2019年のSEZプレゼン資料より)というものです。ただし、今回の視察時点では、石油精製・販売のライセンスがラオス政府からまだ降りておらず、交渉中だということでした。既存の業界企業との利害調整が絡んでいるものと推測します。

中国国営企業の石油精製所
(藤村撮影2023年9月3日)

その他、進出済みの中国系企業には以下の例があります。

  • ラオス寮中紅塔好運タバコ有限会社:本社は雲南省のタバコ大手・紅塔グループ。新型タバコ製造の研究開発センターの設立を予定。
  • New Hope Lao Co., Ltd:大手農産企業の新希望グループの子会社。年間20万トンの飼料生産見込み。投資総額約1,600万ドル。
  • 老中鉄路有限公司(LCR):中国ラオス鉄道の本社ビル(8階建てか)とその近くに社員住宅がある。特区の敷地のなかで最も高層の建物だと思われる。
  • Best Garment: 2021年に進出。本社は江蘇省。従業員約2,000人。工場敷地周辺には寮や食堂がある。これらのアメニティに加え、賃金は月あたり100~200米ドル。製品は日米欧へ出荷。
  • 中潤光能科技(老挝)独資有限公司(Solar Space Technology (Laos) Sole Co., Ltd.) : 本社は江蘇省徐州市。500億円規模投資のメガプロジェクトで太陽電池セルおよび同モジュール(太陽光パネル)を生産予定。報道では2023年末までに生産第1フェーズを開始した模様。同社はカンボジアにも拠点を持つ。
中潤光能科技の工場を建設中
(藤村撮影2023年9月3日)

Q.サイセタSEZの北東に位置するVITA Parkには、日系企業が以前から進出しています。

A. VITA Parkは2014年に開業し、台湾の南偉開発有限公司が70%、ラオス商工省が30%出資しています。敷地は110ha(第1フェーズ分、第2フェーズは142ha)と、上述のサイセタSEZの10分の1の規模ですが、サイセタより先発でもあり、比較的インフラが整備されています。敷地内に職業専門学校もあります。2019年8月時点の登録企業は62社、日系で操業しているのは6社です(ジェトロ資料)。

今回視察した限りでは入居状況はコロナ前とあまり変わらず、以下のような企業が立地しています。

  • 第一電子産業 Daiichi Denshi Co., Ltd.(日本) :電子・ワイヤーハーネス製品組み立て。従業員600人(コロナ禍によって400~500人に減少か)
  • 三菱マテリアル MMC Electronics Co., Ltd.(日本):電子デバイス、温度センサー生産。従業員450人(コロナ禍によって減少か)
  • エポック Epoch Toys(日本):「シルバニアファミリー」人形製造。従業員約650人。月給250万キープ(125ドル)、正門に福利厚生をアピールする募集広告あり。
  • 角田TTC Lao Tool Co., Ltd.(日本):手工具製造
  • Sisiku Lao Co., Ltd.(日本、本社石川県金沢市):車輪、キャスターなど製造
  • TSB Vientiane Co., Ltd. (日本、本社東京都調布市):ケーブル・電子部品組み立て
  • Mascot International (Lao) Sole Co., Ltd. Garment Factory(デンマーク):工業用作業服生産。従業員650人)
  • Pri-Med Medical Products(カナダ):白衣製造。従業員650人。
  • 鴻鑫文科有限公司 Hongxin Wenke Co., Ltd.:(中国)Lifanブランドのバイク組み立て
  • Green Feed(ベトナム):飼料生産。従業員約30人(聞き取り)
  • Chiem Patana(タイ):布製造。
  • Chuacity Foods (Laos) Co., Ltd.(タイ):醤油、魚醤その他製造
  • Charoen Pokphand Produce Co., Ltd.(タイ):トウモロコシ脱穀
エポック社の工場
(藤村撮影2023年9月3日)

Q.ビエンチャンから車で国道13号を約240㎞南下して、約6時間でタケークに到着した。

タケーク市内から、さらに南に車で40分程度の所に中国資本が開発する新しい工業団地を見つけました。まだ開発開始から1年以内で活気にあふれていました。

A.タケーク市街から南方向へ、メコン川沿いのローカル道路を約20km走ると、中国資本が開発する新しい工業団地が忽然と現れます(下図参照)。敷地は1,000ha超のようです。詳細は現地メディアでも公表されておらず、中国企業が2022年に開発権を得たようです。経済特区にはまだ指定されていません。「亜[金甲]国際投資(広州)股份有限公司甘蒙省智慧型循環工業園区」という「広州」の文字が入った赤い門構えを見たので、広州系企業による開発かもしれません。

通訳ガイドの推測では、2~3,000人規模の中国人作業員がこの辺りの地下を掘って鉱物資源を採掘しているとのことです。採掘物を堆積した醜いボタ山が連なっているのを見ました。その近くのため池の色がよどんでおり、付近で聞き取りしたところでは、池の水を飲んだ牛が死んだことがあるといいます。事前に環境社会影響評価などを行っていないものと推測します。

工業団地内のメインストリートを東へ進もうとしたところ、「保安」ブースの箇所で制止され、その先(国道13号線方向)へ通してくれませんでした。中国人の工場関係者しか通さないようでした。ラオスの土地なのに、中国企業が出入りを仕切っているという状況は、ボーテンSEZでも以前経験しました。ただし、車を降りて歩いて視察することは許されました。

歩いて見られる範囲には、火鍋などの中華料理屋、散髪屋、カラオケ、スロットマシーン屋など、中国人向けのさまざまな生活サービス店舗が出現しています。ラオス人の物売り長屋と化している一角もありました。車で入れなかった東方向の奥には、何らかの採掘物の加工工場の建屋が見えました。そこで働く中国人従業員用と思われる中層住宅もいくつか並んでいます。ここに流入する中国人たちはラオス政府から特別なビザを取得しているようです。

ラオス北部の様子については2019年度の視察で報告した通り、既に中国経済に飲み込まれていますが、ラオス中南部のこの地にも中国の「拓殖地」が出現したということです。

タケーク近郊図

出所:Open Street Map上に藤村作成
採掘物のボタ山(左)と工業団地内の中華料理屋(右)
(藤村撮影2023年9月3日)

Q.日本が援助した第2メコン友好橋(2006年開通)を経由してラオス中部を横断してベトナムに抜ける国道9号線沿いに立地しているサワン・セノSEZは、「タイ+1」の製造業拠点として一時期話題になり、日系企業も進出しています。

A.サワン・セノSEZの立地は下図の通りです。タイのムクダハンからラオスのサワナケートに渡り、9号線と13号線の交差点までの区間に立地しています。ゾーンAはショッピングモールや展示場など、ゾーンBはドライポートのある物流基地、ゾーンCは工業団地機能、ゾーンDは住宅機能と、棲み分けています。バンコクからラオス中部を経由し、ベトナム中部のフエやダナンへ至る「東西経済回廊」の要衝に位置しています。

今回はゾーンBのドライポートを駆け足で視察した程度で、ゾーンC(2008年に開業、敷地243ha)に入る余裕がありませんでしたが、2019年8月時点のジェトロ資料によれば、登録企業68社のうち進出日系企業は7社でした。現地情報によれば、現在、日系企業のうちトヨタ紡織(自動車用シートカバーなど内装部品)は撤退し、アデランス(かつら製造)はビエンチャン圏に生産拠点を移転している模様です。

通訳ガイドの話では、コロナ前のこの特区への進出がピークの頃は工場労働者がサワナケート県外から流入し、同県の人口はビエンチャン特別市より多かった時期があるが、コロナ禍の影響でタイへ出稼ぎに行く人が多く、同県の人口は減少しているといいます。

サワナケート近郊図

出所:Open Street Map上に藤村作成

Q. タイ政府は物流利便性の向上と近隣諸国との接続性を確立するために、道路網への投資を進めています。2023年中に道路網の整備に約310億バーツを投資する計画が公表されました。この計画には、東北部ブンカーン県における第5タイ・ラオス友好橋(タイ側:ブンカーン、ラオス側:ボリカムサイ)や、東北部ナコンパノム県の航空機修理場と第3タイ・ラオス友好橋をつなぐ新しい道路など、タイと近隣諸国を結ぶ新しいルートも含まれています。

A.今回はビエンチャンから南下する国道13号線沿いにある第5および第3メコン友好橋の周辺を視察することができました。

第5メコン友好橋は、ビエンチャンからメコン川沿いに国道13号「南線」を約150km下った、車で約2時間半のボリカムサイ県パクサン郡に立地します(下図参照)。パクサンの中心地から西方向約7km地点にアクセス道路があり、友好橋と国境施設をあわせて総工費は約1.3億ドルで、うち35%がラオス政府の負担、残りはタイのNEDA(周辺国経済開発協力機構)による融資で賄っています。

第5メコン友好橋周辺図

出所:Open Street Map上に藤村作成

視察時、ラオス側の国境ゲート施設はほぼ完成していました(下写真左)が、周囲の駐車場などは未整備でした(同右)。また、ゲートから橋までが整備中なのに加え、橋自体も中間部分が橋桁のみが完成している状況でした。現地報道では2023年6月時点で工事進捗は7割で、24年初旬に開通見込みということでしたが、予定通り進むのか不確かな印象でした。

第5メコン友好橋国境ゲート
(藤村撮影2023年9月3日)

パクサンからメコン川沿いをさらに191km下り、3時間強でタケーク市に着きます。市街の北14km地点に架かる第3メコン友好橋は、タイ政府の援助によって2011年11月に開通しました(下図参照)。

第3メコン友好橋周辺図

出所:Open Street Map上に藤村作成

 国境ゲート(下写真左)は中央に歩行者用の出入国ゲート、右外側に車両用出国ゲート、左外側に車両用入国ゲートがあります。車両ゲートは内側から乗用車、バス、トラックの3レーンがあります。

国境ゲートに至るアクセス道路の左右がタケーク(第3友好橋)SEZに指定されているはずですが、2013年視察時とさほど変わっておらず、運動場規模の赤土の駐車スペースに空コンテナが多数放置されていました(同右)。

第3メコン友好橋国境ゲート
(藤村撮影2023年9月3日)

これとは別に、タケーク県にはプーキアオSEZを開発中です。視察はできませんでしたが、現地報道によれば、2023年7月時点で、タケークSEZ管理委員会に、合計35社(国内17社、外国10社、合弁8社)が1,000ha超の土地を対象に、総額27.4億ドルの投資申請をしているという情報です。その中の1社で地場のパッタナーパランガカーン社がラオス投資計画省(MPI)から、23haの土地に30年間の開発権を得て、外資との合弁で石油備蓄倉庫を建設しているようです。

(本調査は令和5年度JKA補助事業で実施)

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