一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2025/04/08 No.540内需拡大迫られる中国~実現には困難山積~

今村弘子
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
富山大学 名誉教授

2025年3月16日、中国共産党中央委員会辦公庁と国務院辦公庁は連名で「消費振興特別方針」の通達を出した(注1)。共産党と国務院の連名の通達は珍しく、また8分野・30項目にわたり、なんとしても消費の振興を図りたいという意気込みが感じられる。

これまで中国では供給サイドの改革が強調されていたが、需要サイドの振興にも本腰をいれるようになったわけである。消費の振興、すなわち内需拡大を図らなければならない背景としては、2期目のドナルド・トランプ大統領の下、米国との貿易摩擦が一層激しくなり、外需への依存が難しくなっていることが挙げられる。1980年代後半に日米貿易摩擦が激しかった時代に、日本が内需拡大を図ったのと同じ構図である。

消費を振興させるための8分野とは①都市部・農村部住民の所得向上促進、②消費能力の保障・支援、③サービス消費の向上・恩恵を人々に行き渡らせる、④消費品目のグレードアップ、⑤消費の質の向上、⑥消費環境の改善・高度化、⑦制限措置の解除・最適化、⑧支援政策の充実、である。

例えば①の所得向上では、賃上げの対象は重点業種だけではなく、中小企業にも波及するようにと述べ、さらに農民(注2)の収入増加にも言及している。地方では地方政府が責任を持って遅配・欠配がないようにとしている。②では年金額の引上げや生活困難者の生活補填費の増額、失業保険の額面通りの支給などが唱えられている。

目指す方向は正しいが、問題は財源である。財源については④のなかの「以旧換新(後述)」で超長期特別国債資金を充てることと、⑧で中央予算内での投資の強化や教育医療や技能訓練を行うことなどがいわれているが、ごく一部の分野にとどまり、ほとんどの項目は地方政府の財源によって担うことが求められている。中国では地方でのインフラ整備及び地方国有企業への投資、初等・中等教育、年金などの費用は地方政府が担ってきた。21年まで地方政府は土地の使用権をデベロッパーに販売し、予算にあてていた。そのようにして得た予算外資金が予算内資金より上回る地方もあった。ところが不動産規制によって不動産企業の債務は膨らみ、建設が止まってしまい、住宅を販売できない、住めないという不動産不況が起こった。このため地方政府は新たに土地の使用権を売ることができなくなり、財政難に陥る地方政府が続出している。つまり現状で困窮している地方政府が多いのに、これ以上新たな財政支出はできない。

前述の「以旧換新」とは家電や自動車の中古品を新品に買換えて消費を喚起しようという方針で2024年3月にだされた(注3)。ところが買換えのための補助金を出すのは当初地方政府とされたことや補助金額が少額であった(注4)ことから、買換えは思うように進まなかった。このため8月になると国務院発展改革委員会が超長期国債によって「以旧換新」の費用にあてることと、中央と地方で負担を分け合い、中央が東部地域では85%、中部地域では90%、西部地域では95%を負担するとした(注5)。中央政府が補助金の大部分を出すことによってようやく買換え需要が生まれてきたわけである。30項目中の1項目でさえ、中央政府が財政を投じなければならなかった。

さらに消費が伸び悩む要因としては、手取りの収入が、中間層を中心に伸び悩んでいることがあげられる。24年の収入は統計上では実質で前年比都市は4.4%、農村は6.3%増加している。また中間層の一人当たり可処分所得(注6)は3万4,707元(1元は約20.6円)であり名目で5.1%増加している(注7)。ただ、不動産不況で一番割をくったのはこの中間層である。貯蓄と住宅ローンで住宅を購入したものの、住宅建設が途中で止まってしまい、住むこともできず、しかしローンは返済しなくてはならい。とても消費にまわす余裕がない。

さらに若年層にも困窮の波が押し寄せている。中国では主に老人向けの公共食堂があり、一食10元ほどで食事を供しているのだが、困窮した若年層も公共食堂に食事に来るようになったという(注8)。若年層(16~24歳)の失業率は23年7月に21.3%になったために、大学等に在籍している者や求職活動を行っていない者を含めないとした新たな統計を発表しているが、それでもなお25年2月には16.9%と高止まりしている(全体の失業率は5.4%)(注9)。このため「消費促進方針」のなかでもわざわざ銀髪経済、すなわち高齢層の消費に期待している(8分野の③)。

実は中国で消費の振興に言及するのは今回が初めてではない。2021年に始まった第14次5か年計画(注10)(2021~25年)では米国との貿易摩擦を意識して「国内大循環を主体として、国内と国際の双循環を相互に促進させる」とされており、国際大循環も重視するが、より国内大循環、すなわち内需に重きをおいた経済発展がめざされていた。しかし23年に開催された中央経済工作会議では内需が目詰まりをおこしている(注11)、と認めざるを得なかった。

景気低迷の下では、賃金や年金が増えない、増えないどころか失業保険を満額支払えない地域もある。収入が増える見込みがなければ、消費のためにローンが組める(8分野の⑧)といってもおいそれとは借金できない。

財源として24年に1兆元の超長期国債を発行し、中央と地方で折半し、内需の拡大や供給構造の最適化に充てられたのに続き、25年も1.3兆元の超長期国債が発行される。また地方専項債として4.4兆元が発行され、建設投資や土地収用、商品房(分譲住宅)の買い上げや地方の給料欠配企業の資金にあてるとしている(注12)。しかし、冷え込んでしまった景気のなかで、消費が増えるための好循環は起こりそうにない。

注.

  1. http://paper.people.com.cn/rmrb/pc/content/202503/17/content_30062224.html
  2. 農業を営んでいる者だけではなく、農業戸籍で工業やサービス業に従事している者も含む。
  3. https://www.gov.cn/zhengce/content/202403/content_6939232.htm
  4. https://www.nytimes.com/2024/07/01/business/china-cash-for-clunkers.html
    この記事では価格の10%程度の補助金では壊れてもいないものに対する買換え需要は発生しないだろうと報じている。また自動車に対する1万元(1,380ドル相当)の補助金は少なすぎ、米国で2009年に出された同様の施策では補助金が4,500ドルであったことを指摘している。ただし後述のように超長期国債よって国が補助金を出すこととなった後、2万元に引き上げられた。
  5. https://www.gov.cn/zhengce/202408/content_6970562.htm
  6. 中国語では人均可支配収入(賃金の他に経営による収入、財産収入、移転収入を含み、税金や社会保険料を控除したもの)。
  7. https://www.stats.gov.cn/sj/xwfbh/fbhwd/202501/t20250117_1958332.html
  8. https://www.nytimes.com/2024/04/23/business/shanghai-tongxinhui-community-canteen.html
  9. https://data.stats.gov.cn/search.htm?s=%E5%A4%B1%E4%B8%9A%E7%8E%87
  10. https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/ghwb/202103/t20210323_1270124.html
  11. http://politics.people.com.cn/n1/2023/1212/c1024-40137394.html
    ここでは対外環境も複雑で厳しいとしており、内外需ともに不振であったとしている。
  12. http://paper.people.com.cn/rmrb/pc/content/202503/06/content_30060396.html
    25年の財政赤字は5.66兆元で、24年より1.6兆元の増加。
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