2025/10/08 No.543ベトナムの対ベトナム輸入~輸出と内需のリンケージ~
大木博巳
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
円安のデメリット
ダナン市には、高度ハイテク産業の誘致に特化したダナンハイテクパークを加えて7か所の工業団地がある。人口規模が100万人程度のダナン市では、多数の労働者を必要とする大工場の設立には不向きだが、中小規模の工場を運営する中堅企業にとっては心地良い立地環境のようである。面談した日系企業もそうした中堅企業の一つであったが、円安が頭痛の種になっているという。在ダナン日系中堅企業のビジネスモデルは、日本から部材を調達して、ダナン工場で製品に仕立て日本に輸出する持ち帰りが一般的である。ドルベースで輸出入の決済を行う現地日系企業にとっては、原材料を輸入する際には、円安はその調達コストを低下させるというメリットがある一方で、日本に輸出する際には、円安がドルベースの受取額を減少させるデメリットもある。現地生産の採算性を悪化させて、想定した利益を出しづらくする。
長期に円安が続けば、日本からの部材調達、現地生産、対日輸出という持ち帰りビジネスが採算面で難しくなることも予想される。また、日本国内での生産が難しくなった場合を想定すると、ダナン工場の重要性が増し、日本国内からダナンに生産を切り替えることもあり得る。ベトナム国内販売の本格的な開拓を視野に入れる時期に来ているのかもしれない。
円安によって、日本に持ち帰るビジネスの採算性が悪化して、現地市場開拓が急務になりつつある中で、ベトナムの内需は期待できる。高成長が持続しているベトナム経済は、輸出依存度が高いが、内需も拡大している。長い目で見れば、ビジネスチャンスは、対日輸出よりベトナムの内需にあるかもしれない。輸出加工区で操業している外資系企業の中には、ベトナム国内市場向けに出荷している企業も多くある。輸出加工区からの輸入は、対ベトナム輸入となるが、これは国内のユーザーが輸入する形となり、輸入元はVATや輸入税を支払うことになる。
ベトナムの対ベトナム輸入は対中輸入に次いで第2位
ベトナムの貿易統計(船荷証券BOLをベースとした貿易統計)では、輸出加工区で生産された製品がベトナム国内向けに出荷された販売額(以下、対ベトナム輸入額)を見ることができる。輸出加工区で生産された製品は、すべて国外に輸出されるわけではなく、引き合いがあれば国内にも出荷される。
図1は、2019~24年のベトナムの対ベトナム輸入額、前年比伸び率及びベトナムの輸入額に占める対ベトナム輸入額のシェアの推移を見たものである。対ベトナム輸入額は2019年の352.4億ドル、24年は616.2億ドルと約1.74倍となっている。前年比伸び率は、コロナ禍後の22,23年に鈍化したものの、24年には回復している。なお、鈍化の要因は、コロナ禍による工業団地の操業停止などの影響と思われる。ベトナムの輸入額に占める比率は、2019年の11.0%から23年の11.1%から24年は12.8%と高まっている。
ベトナムの輸入額に占める対ベトナム輸入額の比率は、2019年には韓国(16.1%)に次いで第3位であったが、24年に韓国の12.0%を抜いて、中国に次いで第2位となった(図1)。
図1. 対ベトナム輸入額、伸び率及びベトナムの輸入に占めるシェアの推移

表1. ベトナムの国別輸入額(上位10か国)

対中輸入依存から対ベトナム輸入依存
輸出加工区からの国内市場向け販売は、輸出で工場の採算性を確保した上で、旺盛な内需に対応したプラスαの動きであろう。
表2は対ベトナム輸入額の業種別内訳である。2024年で機械機器が295.5億ドルと48%を占めて最大、機械機器の中では電気機器が251.7億ドルと大半を占めている。電気機器の内訳を見ると、通信機器部分品、フラットパネル、集積回路などの輸入額が大きい。次に、化学品の98.8億ドル(構成比16.0%)、繊維の57.3億ドル(9.3%)、製紙・板紙等28.4億ドル(4.6%)、履物26.2億ドル(4.3%)と続いている。
ベトナムの輸入額に占める対ベトナム輸入額の比率(輸入依存度)を業種別にみると、最も依存度が高い品目は、2024年で履物(62.1%)、次に通信機器部分品(51.9%)、紙・板紙等(45%)、電気絶縁線(31.4%)、衣類ニット(31.2%)、マイクロフォン(29.3%)等となっている。
表2. ベトナムの業種別対ベトナム輸入額、構成比、当該業種の輸入に占めるベトナムの比率及び平均伸び率 (2019、24)(BOLデータより算出)
履物、衣類はベトナムの主力輸出産業であるが、海外市場のみならず国内市場販売を視野に置いた生産体制(規模の利益)を整えているものと推測される。通信機器部分品は、輸出先を見ると韓国、インドが主な輸出先(輸出の約45%を占める)、輸入先ではベトナム(51.9%)が中国(39.0%)を上回っている。ベトナムはサムスン電子などの韓国企業がスマートフォンの輸出拠点としており、関連部品産業が集積している。
綿・綿織物は、中国系企業等がベトナムでの現地生産を進めたことが影響していると思われる。2024年に、対ベトナム輸入が対中輸入を初めて逆転した。2022年では、綿・綿織物輸入に占めるベトナムの比率は18.3%、対中が20.3%であったが、24年には、ベトナムの比率が24.6%、対中が19.8%となった。
ベトナムの包装市場は、東南アジア地域で最も急成長している。輸出の急増や電子商取引の活発化等で梱包材などの需要が高まっており、外資系企業のベトナム進出が活発な分野である。ベトナムの紙・板紙貿易は、24年で輸出が21億4,057万ドル、このうち対米が29.7%、対中が16.4%、対カンボジア7.5%、対インドネシア6.5%、対タイ6.3%と周辺諸国向けに輸出を伸ばしている。輸入は63億2,805万ドル、このうち対ベトナム輸入が46.0%、対中輸入が23.7%を占めている。
トランプ2.0の影響
ベトナムの輸入を財別に分類して対ベトナムと対中を比較したものが表3である。2024年の財別輸入構成比は、対ベトナム輸入の4割強(42.8%)が加工品、次に部品が30.3%、資本財が14.4%、消費財12.9%である。対中も加工品(40.6%)、部品(29.3%)、資本財(21.4%)、消費財(9.3%)と同じ順である。対ベトナム輸入、対中輸入ともに加工品の比率が大きい。内訳は、加工品では、ともに化学品(プラスチック)、繊維が占める比率が大きい。部品もともに電気機器が大宗を占めている。資本財は、対ベトナム輸入が電気機器、対中輸入が一般機器と電気機器、消費財は対ベトナムがアパレル、履物等の労働集約財、対中は化学品や機械機器となっている。
他方、ベトナムの加工品、部品、資本財の輸入額に占める対中、対ベトナム輸入額の比率(輸入依存度)は、2024年で対中が加工品で35.5%、部品が34.5%、資本財が46.4%、対ベトナムが同じく14.8%、14.1%、12.4%を占め、対中と対ベトナムを合わせるとそれぞれ約5割を占める。19年と比べて対中輸入依存度が上昇しており、特に、部品、資本財は10%ポイントの拡大を見ている。トランプ1.0の対中追加関税措置でベトナムは漁夫の利を得て、対米輸出を大きく拡大させたが、これに伴い中国から対米輸出に必要な部品、資本財、加工品の輸入が拡大したことで対中輸入依存度が高まったものと思われる。
対中輸入依存度が高い(5割超)業種は、加工品では鉄鋼、繊維、部品では電子部品、リチウムイオン蓄電地、フラットパネルディスプレイ、資本財ではPC、入力装置、エレベーター、通信機器、変成器等、消費財ではプラスチック、電気機器、玩具、家具などである。
トランプ2.0の影響については、対中輸入依存度が低下すると見込まれている品目がPC及び同関連部品である。米ブランド企業が輸出拠点を中国からベトナムにシフトさせている。今後、北部ベトナムを中心にして、PCに係る裾野産業の集積度が高まっている。PC関連の裾野産業の整備は、国内販売及び輸出の拡大をもたらすことになろう。
表3. ベトナムの財別対ベトナム・中国輸入額、構成比、依存度

構成比(%)

依存度(%)

また、米国はベトナムとの貿易協定(2025年7月)で、ベトナムの対米輸出品には20%の関税、ベトナムを経由した迂回輸出と見なされる製品には40%の関税を適用するとした。米関税当局は、現行では東南アジア諸国など米国と自由貿易協定(FTA)を結んでいない国から輸出された製品は、たとえその部品が全て中国など他国から来たものであっても、「実質的な変換」が行われた国で製造されたものと表示することが認められている(注1)。迂回輸出の認定基準は不明だが、中国で生産された原材料・部品が多く使用されている製品が対象となる可能性も出てくる。この場合、対米輸出のうち中国で生み出された付加価値の割合が大きい製品に対して、追加関税が課されることになる。鉄鋼などの加工品が対象となる可能性が高い。こうした動きは中国からベトナムへの生産移転を誘発して、ベトナムの裾野産業の基盤を強化させることになろう。
ベトナム政府は、2025年のGDP成長率として8%以上を目指している。ベトナムが高成長を持続させるには、輸出に加えて内需の両輪を必要としており、ベトナムの対ベトナム輸入は、まだ、拡大の余地がありそうである
表4. ベトナムの対ベトナム、対中輸入依存度(財・業種別、2019、24年)
注
- ロイター「迂回輸出への米国の罰則、当面強化ないと関係筋 東南アジア安堵」、2025年8月8日
本報告は令和7年度JKA補助事業として実施

競輪の補助事業 このレポートは、競輪の補助により作成しました。
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