2005/09/05 No.83中国は米国にとって魔王ジニーか—米国対中戦略の基本理念とは—
佐々木高成
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹
米国は中国がアジアに対して影響、求心力を増大させていることに関心を向けつつある。最近の中国海洋石油によるユノカル社買収案は中国の石油戦略や資源戦略が米国の権益を侵すことになりはしないか、中国の真の狙いは何か、等という議論に米国一般人の目を向けさせるきっかけになった。
明時代に鄭和の大艦隊が蘇州から出発してから今年はちょうど600年である。600年前のように今の中国は自らの国益に基づいた対外関係を確立しようとする強い意志とそれに見合う経済力をつけつつある。タイム誌は「東南アジアは歴史的には中国支配下の地域(domain)であったが、中国は再び東南アジアを勢力圏(sphereofinfluence)にしたいと思っているのではないか」という米国内の懸念について特集を組んでいる(“DealsandDiplomacy”,May30,2005)。
中国の台頭、経済力の巨大化を喩えるとすれば何がふさわしいだろうか。米国の論調をみると、「中国に対して経済的封じ込め政策をとるのは愚かな考えで、(『千一夜物語』に出てくる)ジニーをランプに閉じ込める試みに等しい」という記事があった。ここでは中国はジニーに喩えられている。一旦解き放されたグローバル化の流れと貿易経済関係のネットワークは元には戻らないという意味である。
中国に対する勢力均衡とリベラル戦略の二大戦略
ブッシュ政権で第1期は通商代表を務め現在は国務副長官であるゼーリックは引き続き現政権の中で対中政策の要の一人であるが、中国が東南アジアに対する影響力を強めていることについて今年の5月次のように語っている。
「私が思うに、中国は東南アジアに対して多角的な関心があることをFTA交渉を通じて示そうと試みた。それは一方では中国以外の国も中国の成長から得るものがあるということを示したが、また同時にこの地域における中国の影響力が増大していることも示した。米国の観点からは、米国自身が東南アジアに対して積極的に関与するべきであり、中国を制限したり、制約を課したりすることはばかげていると同時に効果が無い、というのが重要なメッセージである」。
これは一言で言えば「中国が経済的に台頭することを米国は邪魔するつもりはない」ということだが、実は対中政策のもう一つの柱は「市場経済化、グローバリゼーション、政治的民主化を促す」という戦略であり、これはクリントン時代のアジア政策を転換させたナイ報告の戦略と根っこでは同じ考え方である。ナイ教授は最近の論説の中で同報告の戦略を「東アジア国家間の勢力均衡と統合を狙ったもの。東アジア地域の勢力均衡は中国、日本、米国のトライアングルにあり、日米関係の強化を通じて地域全体のバランスをとると同時に、中国に対してはWTOその他の国際機関への加盟を通じて中国が国際ルールに従うようにした」と述べている。
「市場経済化—民主化」戦略はいわゆる「リベラル大戦略」と呼ばれている。保守的な政治哲学をもつブッシュ政権が取る戦略がリベラル戦略に基づいているというのは奇異な感じを与えるが、ライス国務長官も前のリチャード・ハース国務省政策企画局長も、またゼーリック前通商代表も皆ほとんど同じ趣旨の発言を行っていることからも、閣僚の個人的な傾向ではなく政権のコンセンサスであることは恐らく間違いない(季刊「国際貿易と投資」No.61掲載の拙稿参照)。
地政学的には伝統的な勢力均衡論で対処し、経済的には中国が世界経済に統合していくことを促す関与政策というリベラル戦略で対処する、というように整理すると米国対中政策の全体像が分かりやすい。ブッシュ政権においてもナイ戦略が描いた基本的な構図は変っていない。しかし、リベラル戦略は中国が米国と同じ価値観の社会に収斂していく、あるいは収斂に向かうよう米国が変革圧力をかけることが効果を持つという前提に立つが、市場経済化が進んでも米国とは違う価値観に向かう可能性もある。その場合米国の対応はどうなるのか。既にそうした「中国異質論」的な仮説に立つ論調も散見される。
ところで、先のジニーの喩えはよく考えてみると秀逸ではないだろうか。ジニーは上手くいけば様々な恩恵をもたらす。しかし望むことを全て叶えてくれる単に便利な道具ではない。下手をすると何も残らないどころか、我が身も危うくしてしまう。上手く成果を出すには明確な戦略と理想、これを伝える言葉が必要である。米国はこの点で自己の社会制度や理念がベストであり中国もいずれ同じ道をめざすだろうという自信を持っている。その自信が時に傲慢に転じ反発を招く瑕疵もあるが長期的に中国内部に改革を促す層や勢力を増やしていこうという理念をもっているところが強い。
関連資料
- 「中国の環境問題をみる米国の視線と戦略」(佐々木高成、フラッシュNo.82、2005年8月)
- 「米国の中国脅威論と中国企業の「米国流ビジネス論理」」(佐々木高成、フラッシュNo.80、2005年7月)
- 「中国経済台頭への米国の期待と警戒」(佐々木高成、ITI「季刊国際貿易と投資」No.51、2003年2月)(pdf-file)
- 「米国は対中通商政策で圧力を強めるか」(佐々木高成、ITI「季刊国際貿易と投資」No.55、2004年2月)(pdf-file)