一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2008/05/21 No.112リスボン条約の批准状況

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

2007年10月にポルトガルのリスボンで採択された欧州連合(EU)の新基本条約、リスボン条約(注1)は同年12月のEU加盟27カ国による調印を経て、09年1月の発効を目指して、現在、加盟各国での批准手続きに入っている。各国が批准手続きに入ってからほぼ半年が経った現時点で、リスボン条約の批准状況はどのようになっているのかについて以下に見てみよう。

批准手続きは、加盟各国の憲法の規定に従い、議会での議決で批准する方式と国民投票で国民に賛否を問う方式の2通りがある。前回批准に失敗した「EU憲法条約」の場合は、フランス、オランダ、スペイン等で国民投票が行われ、フランスとオランダの国民投票で批准が否決されたという経緯があるが、今回のリスボン条約の場合は、「憲法」という文字を条文から削除したり、条約を簡素化するなどにより、議会での批准方式を採りやすくした。その結果、今回は、ほとんどの国が議会での批准方式を採用しており、批准のために国民投票を実施する国は、アイルランドだけにとどまっている。

現在までの批准状況をみると、2008年1月にスロベニアで批准されたのを皮切りに、2月にはルーマニア、ハンガリー、フランスの3カ国が、3月にはブルガリアが早々と批准を終わっている。さらに、4月にはスロバキア、ポルトガル、オーストリア、デンマークの4カ国が、5月にはラトビア、リトアニアが批准をすませ、現時点(2008年5月15日現在)で批准をすませた国は合計で11カ国となっている。

批准をすませた国を見ると、EU15では、前回批准に失敗したフランスやバローゾ欧州委員長のお膝元のポルトガルをはじめ、オーストリア、デンマークで批准が終わったが、そのほかの批准国は2004年5月以降EUに加盟した中・東欧の新規加盟国となっており、中・東欧諸国におけるEU統合深化に対する期待の大きさを反映した結果となっている。

 リスボン条約批准状況(2008年5月15日現在)

国名批准日
  1)スロベニア2008.01.29
  2)ルーマニア2008.02.04
  3)ハンガリー2008.02.06
  4)フランス2008.02.14
  5)ブルガリア2008.03.21
  6)スロバキア2008.04.10
  7)ポルトガル2008.04.23
  8)オーストリア2008.04.24
  9)デンマーク2008.04.24
  10)ラトビア2008.05.08
  11)リトアニア2008.05.08
(出所)EUホームページ“Treaty of Lisbon-In your country”より作成

上記以外の加盟国はいずれも批准手続き中であるが、各国の抱える国内事情、政治状況によって批准手続きの難易度は異なるようだ。

例えば、ドイツの状況を見ると、ドイツでは4月に連邦議会において、579議席中514票の大差でリスボン条約の批准を可決した。反対票を投じたのは緑の党など左翼系政党に所属する議員のほか、連立与党のキリスト教民主同盟(CDU)の7議員、無所属の2議員であったとされている(2008年4月25-27日付ハンデルスブラット紙)。議案はその後連邦参議院(上院)(注2)にまわされ、5月23日に議決されることになっている。

ただ、ドイツでは一部の議員がリスボン条約を基本法(憲法に相当)に違反するとして、憲法裁判所に提訴する意向を表明していることから、違憲提訴が行われた場合は、連邦参議院で法案が可決されても、憲法裁判所の判断が出るまでは最終的な決着は持ち越されることになる。しかし政府筋では、たとえ違憲提訴が行われた場合でも、憲法裁判所の合憲判決が見込まれるとして深刻な事態に陥ることはないだろうとの見方をしている(注3)(同上紙)。

次に2007年10月の総選挙で政権が交代したポーランドの状況を見てみよう。ポーランドでは、10月の総選挙で、中道右派の「市民プラットフォーム(PO)」が第1党となり、カチンスキ大統領率いる保守政党「法と正義(PiS)」に代わって、「市民プラットフォーム(PO)」と「農民党(PSL)」の連立による新政権が発足した。国益重視を前面に打ち出し、EUの統合政策と対立する局面の多かった前政権と比べ、新政権はEUとの統合を重視する姿勢を明確にしている。新首相に就任したトゥスク首相は、前政権党の「法と正義(PiS)」が抵抗する中、リスボン条約の議会での批准に向けて努力をしている。ただ、リスボン条約を批准するためには、議会で3分の2以上の賛成が必要であり、「市民プラットフォーム(PO)」と「農民党(PSL)」の議席だけでは、3分の2に満たないため(注4)、野党の切り崩しによって野党からも賛成票を獲得することが必要不可欠になっている。

前政権党の「法と正義(PiS)」がリスボン条約の批准に強硬に反対している背景には、EU統合の深化に対する警戒感に加え、リスボン条約に盛り込まれた人権憲章の同性愛、妊娠中絶、安楽死に対する考え方が、同党の支持基盤であるカトリックの中低所得層に受け入れられないということが大きな要因になっているとされている(2008年3月19日付ハンデルスブラット紙)。

新政権はリスボン条約を早期批准するためには、(1)国民投票で決着をつけることも辞さない、(2)場合によっては解散総選挙もありうる、といったこともちらつかせつつ、野党議員の切り崩しを図っているとされる。新政権がこのように強気の姿勢で臨んでいる背景には、(1)昨年10月の総選挙以来、「法と正義(PiS)」に対する支持率が20%以下に急落しているのに対して「市民プラットフォーム(PO)」の支持率は60%に迫る高い支持率を示している、(2)最近の世論調査によれば国民の少なくとも70%はリスボン条約に賛成している、といった世論の支持があると見られる(同上紙)。

一方、唯一国民投票でリスボン条約の批准を決めるアイルランドでは、国民投票は6月12日に実施される予定である。バローゾ欧州委員長は、アイルランドでの国民投票の重要性に鑑み、今年4月にアイルランドを訪問、ダブリン城で「開かれた欧州の中心−アイルランドとリスボン条約」というタイトルでアイルランド国民に向けた演説を行った。同委員長は演説の中で、欧州が何故リスボン条約を必要としているのかについての理由を、EUの効率性の向上などの観点から述べるとともに、6月12日の国民投票では、自分自身でよく判断して投票するよう呼びかけている。また、同委員長は演説の中で、アイルランドでは、EUの課税システムがセンシティブな問題になっていることは承知しているとしたうえで、リスボン条約においては、課税における匿名性は引き続き担保され、課税規則の変更は全会一致で決められる(すなわち加盟各国が拒否権を有する)など、EUの課税規則には変更がないことを強調している(在アイルランドEU代表部ホームページ)。

リスボン条約の批准を完了していない加盟国はまだ16カ国を残しており、前述のように加盟各国はさまざまな政治状況の中で批准手続きを進めていくことになるため、予定通り2008年中に27の加盟国すべてで批准手続きが終了するのかどうかは、まだまだ不透明である。しかし、EU統合に対して批判的な立場をとっていることで知られるチェコのクラウス大統領ですら「“残念ながら”すべての加盟国で予定どおり批准が完了すると思う」(2008年4月25-27日付、ハンデルスブラット紙)と述べていることに象徴されるように、現時点で、欧州の政治指導者の間では大きな悲観論は見られない。

(注1)リスボン条約(新基本条約)の概要については、拙稿「EU新基本条約採択~統合深化の停滞から抜け出せるか」(フラッシュ100、2007年10月29日付)を参照。

(注2)ドイツの16の州政府の議員により構成され、各州は州の規模に応じて最低3、最高6の議席数(投票権)を持つ。

(注3)過去においても、1993年のマーストリヒト条約批准に際して、ドイツでは憲法裁判所に違憲提訴が行われ、憲法裁判所が合憲の判断を下した経緯がある。

(注4)「市民プラットフォーム(PO)」の議席数は209、農民党(PSL)の議席数は31で、両党合わせた議席数は全体(460議席)の52%。

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