一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2012/07/09 No.156イタリアの年金制度改革〜年金天国から年金煉獄へ〜

長手喜典
(一財)国際貿易投資研究所 欧州研究会委員
釧路公立大学 非常勤講師

はじめに

かつてイタリアには「ベビー年金生活者」という言葉があった。女性公務員の場合は特に優遇され、事実、40才前から受給者が続出した時代があった。それは「暑い秋」と言われた1969年の労働運動が吹き荒れた後にやって来た「労働者天国」の申し子だったのかも知れない。

しかし、それから40年、イタリアの年金制度は様変りしており、改革に次ぐ改革は、2011年末のフォルネーロ(注:イタリア切っての年金専門家。現「福祉・機会均等相」)改革で一段落した。

以下はイタリアの公的年制度の概容である。

1.公的年金制度の日伊比較

(1)被保険者

日本は全国民が制度の対象となっているのに対し、イタリアの対象者は、あくまで「就労者」だけである。「就労者」とは、すべての被雇用者と大部分の自営業者からなる。

自営業者には、商人、職人、自営農林水産業者と「準従属労働者」が含まれ、この「準従属労働者」とは、企業の取締役、監査役などが該当し、通常、経済的な従属関係が残る企業内の役職者を指す。

なお、企業は社会保険料の負担をまぬがれるため、経営陣を自営業者に繰り入れる弊害を避けるべく、1995年のディーニ年金改革で年金加入が義務づけられた。

(2)就業者の現行保険料率

(表)各種就労者の保険料率

上表の通り、一般の被雇用者については、イタリアの保険料率は企業側も本人負担分も日本より高い。いわゆる自営業者については日伊で単純な比較はできない。

2.イタリアの年金固有の問題

(1)年金算定の仕方の推移

イタリアでは1995年までは「報酬方式」が採用されており、年金計算に際し、年金受給前に受け取っていた報酬額に比例させる仕方で、次の計算式がとられていた。

現役時代の年収額(税控除前)の平均×保険料納付年数(最高40年)×支給率(原則2%)=年金額(平均年収の80%に相当)

しかし、その後、段階的に報酬方式から拠出方式へと転換(下表参照)が進み、本年1月以降はすべて拠出方式に変った。

(出所)亜細亜大学・中益陽子准教授の「イタリア研究会」発表資料

拠出方式とは、年金額支給の積算に当たり、本人が納付した保険料総額をもとにするやり方であるが、この場合も保険料が報酬に比例して納付されるから、年金額は間接的には報酬に比例することになる。いずれにしても、年金額の計算は以下のようになる。

{拠出総額(年収((税控除前))×算定率((≒保険料率)))}×転換指数(注)
(注)転換指数は57才の4.720から65才の6.136まで、年齢とともに増える。

このように、最近のイタリア年金改革の目玉の一つが、年金額算定基準を「報酬型」から「拠出型」へ変えたことで、一般に年金の受給額が減ったことは確かである。もう一つ年金の減少の要因に、従来存在した「年功年金」が2011年12月のフォルネーロ改革によって廃止されたことがあげられる。

この年金は一種の退職金のようなもので、原則として、保険料納付・年金加入期間が35年に達した場合に、年功として支給されていたもので、特に女性公務員の場合は、その期間が20年に短縮実施されていたため、20才前に仕事につき、40才にならぬうちに年金生活というケースが起こっていたのだ。

(2)受給年齢の変遷

イタリアでは、従来、業種により受給年齢にばらつきがあり、特に女性被雇用者や自営業者は、年齢が低く設定されていた。もとより受給年齢の引き上げは、イタリアでも度々実施されてきたが、遂に、昨年末のフォルネーロ改革で、一律に次のように確定された。

すなわち、受給年齢を2018年までに66才に統一し、さらに、2021年までに、これを67才以上に引き上げるというもの。

現在、わが国では男性が2025年度までに、女性は2030年までに65才に引き上げるとされているから、この面ではイタリアの方が、受給年齢の制限からも、新制度開始年からみても厳しい扱いとなっている。また、イタリアの老令年金の開始は、平均寿命の延びに応じ、今後も変動するとされているので、これで確定されたわけではない。日本の年金制度もまた、イタリアを対岸の火事視する余裕など全くないことは言うまでもない。

おわりに

従来のイタリアが、およそ退職時の収入の80%を年金として取得できたのは事実であり、しかも、年金額を勘案して、退職年齢を早める傾向すらあった。もし、これを「年金天国」と言うなら、最早、そのような時代は終わったと考えるべきだろう。天国どころか「煉獄」ともいうべき、きびしい老年が待っており、ユーロ危機化、財政破綻が連日のように言われる今日、現在の年金水準がいつまで維持できるか確たる見通しが立っているわけではない。

来たるべき次の改革まで、やっと一息ついたというのが、イタリアの為政者の現在の気持ちではなかろうか。

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