一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

フラッシュ

2013/04/15 No.167国際キヌア年が提起する食糧問題

内多允
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

国連は2013年を「国際キヌア年」(International Year of the Quinoa)と、昨年決定した。キヌアは南米アンデス地域原産の穀物である(なお、学名がChenopodium quinoaであることから、キノアと表記されることもある)。国際キヌア年に関わる国連の活動を、担当する専門機関は国際連合食糧農業機関(略称FAO)である。FAOは、国際キヌア年に関わる活動では、キヌアが具えている食料と栄養の供給に果たす役割に焦点を当てて、世界の食料安全保障や栄養状態の改善に貢献することを目指している。また、キヌアの普及がその生産地における農民の貧困対策に資することも期待している。

2013年2月20日、ニューヨークの国連本部で国際キヌア年の公式発表の式典が、開催された。

本稿では、小麦や米のように世界で大量に消費される穀物に比べて、遥かに消費量が少ないキヌアの重要性を、国連が世界に向かって発信する意義とその問題点を紹介する。

「南米に集中するキヌア生産規模」

キヌアはほうれん草と同じアカザ科の一年草で、アンデス地域で主に栽培されている。キヌアは多様な気候に耐える性質を有していることから、海抜ゼロメートルから約4,000メートルのアンデス高地でも生育できる。多様な気象条件にも、キヌアは対応できる。例えば湿度は40%から88%、また気温はマイナス8℃から38℃の間に耐えられる。

キヌアのアンデス地域の生産国は、世界最大の生産量を誇るボリビアに加えて、ペルー、チリ、エクアドル、アルゼンチン、コロンビアに及んでいる。

他のキヌア生産国(商業ベースの生産あるいは試験栽培)は米国やカナダ、フランス、オランダ、デンマーク、イタリア、インド、ケニア、モロッコ、中国等に広がっている。

しかし、キヌアの生産量をFAOが把握している国は、ペルー、ボリビア、エクアドルの3か国にすぎない(表1)。FAOによれば、表1に掲載した3か国の合計を、南米および世界合計としている。他の国については、集計対象としていないか、あるいは他の種類の穀物と合わせて、例えば雑穀として計上していると考えられる。

表1キヌア生産量(単位トン)

 

2010 年

2011 年

ペルー

41,079

41,168

ボリビア

36,106

38,257

エクアドル

897

816

合計

78,082

80,241

(出所)FAO

他の統計(表2)によれば、キヌアは南米以外の国でも生産されているが、その実態や収穫後の加工や流通の実態は、詳らかでないのが現状である。

表2キヌアの生産シェア(単位:パーセント)

ボリビア45.6
ペルー42.2
エクアドル2.5
米国6.3
カナダ2.9
その他0.4
(出所)参考文献(1)

FAOの統計ではキヌアの輸出データを記載している国はボリビアだけである。FAOによれば、ボリビアではインフォーマルな方式でキヌアが国境を越えて、取引されていることも指摘している。特にボリビア側のチチカカ湖でペルーと国境を接するデサグアデロ地域を、その対象地にあげている。

ボリビアのキヌア輸出実績(2010年)は1万5,363トン、4,653万4,000ドルであった。この輸出量は生産量(表1)に対して約43%を占めた。同年のボリビアにおける農産物輸出額上位20品目の統計によれば、キヌアは第5位を記録した。キヌアの輸出量1トン当たりの単価は3,029ドルで、これは20品目のなかでは2位となっている。農産物の中で最高の輸出額を計上した大豆ミール(約3億870万ドル)の1トン当たりの輸出単価は309ドル、2位の大豆油(約1億8,000万ドル)のそれは836ドルであった。キヌアがこのように、他の農産物に比べて輸出単価が高いことも、ボリビアが輸出拡大に取り組む動機となった。

ペルーの輸出については、ペルー輸出企業協会(略称ADEX)の報告(参考文献2)によれば、2011年の輸出額は、2,500万ドルである。同報告によれば、この輸出額は農産物輸出総額(45億1,300万ドル)の約0.6%に過ぎない。但し、2010年に対して149%の伸びを達成した。

キヌア国際年を最初に提案した最初の国もボリビアである。FAOは2012年に、キヌア2大生産国であるペルーとボリビアから、キヌア・キャンペーンに従事するFAO特別大使を任命した。就任した大使は、エボ・モラレス・ボリビア大統領とナディン・エレディア・アラルコン・ペルー大統領夫人である。

「栄養価の高いキヌア」

キヌアは一説によれば、アンデス地域では5,000年前から栽培されているとも伝えられ、重要な主食として、食べ継がれてきた。同地域ではキヌアはシリアルとして食べるとともに、スープに入れたり、その粉をクッキーの材料にしている。キヌアはニュートラルな味で、他の食材にも適合して調理しやすいことも、利用範囲を広げている。先進国でもキヌアの粉をパンやクッキーの材料に利用され、料理の材料に利用されている。日本でもキヌアが家庭用に小売り販売されている。

インターネットのサイトで、キヌアを使った料理のレシピが発表されている。市販されているパンやクッキー、せんべいの材料にも利用されている。

先進国でキヌアが販売されるようになった背景には、消費者が健康に良いとされる食品を求めるようになっていることも、影響している。

キヌアは栄養バランスが優れた穀物であることは、関係機関の分析結果でも実証済みである(表3)。キヌアの栄養価に関する数値については、その品種や生産地によって異なっている。共通して言えることは、その栄養価については高い評価を得ていることである。その栄養成分でも必須アミノ酸(メチオニン、イソロイシン、メチオニン等)を全て含み、タンパク質や食物繊維、ミネラル類(カルシウム、鉄分、マグネシウム、カリウム、ナトリウム)に富んでいる。キヌアは小麦アレルギーの原因物質であるグルテンを含んでいないことも、高い栄養価と並んで注目される。

表3キヌアと白米の栄養成分比較(100グラム中)

(注)(財)日本食品分析センターによる数値(第203021044-002号)。キヌア熱量は大日本明治製糖による計算値。白米は『五訂日本食品標準成分表』の数値
(出所)大日本明治製糖(株)のwebsite(http://www.dmsugar.co.jp/products/p_quinua/

世界の宇宙開発をリードしている米国航空宇宙局(NASA)もキヌアに注目して1993年、キヌアを評価する報告書を発表した(参考文献3)。

同報告書では、キヌアが他の穀物と比較して多様な栄養成分を豊富に含有していることを評価している。NASAがキヌアを評価するために研究対象に選んだ理由は、CELSS(ControlledEcologicalLifeSupportSystem)に適した食料を確保するためである。CELSS(日本の生態工学会による訳語では制御型生態系生命維持システム)は、生物が生存できない宇宙空間で、外界と遮断された空間で生物に好ましい環境を作ることを目指している。CELSSによる農作物栽培によって、人間の宇宙滞在を長期化させる効果をねらっている。NASAはキヌアがCELSSに適した穀物であると言う評価を下した。

宇宙開発の関連産業は、素材から多種多様な最終製品に及んでいるが、食品産業も関係している。現在、世界各国の食品メーカーが宇宙飛行士が宇宙船で長期間にわたって活動する間に食べる加工食品を開発している。それは味覚と並んで栄養価も重視される。NASAがキヌアを宇宙食として評価したことは、アンデス地域のローカルな食品を、世界の食品産業関係者から注目される契機となったと言えよう。

「キヌアに期待される役割」

グラジアノ・ダ・シルバ・FAO事務局長は2012年12月10日、スペインのコルドバで開催された国際セミナーで、次のような主旨を発言した。

先ず「我々は、農業と食のルーツ、そして我々の祖先の伝承と知恵の痕跡を失ってはならない」と述べ、現在のグローバル化が「一定の食品の均質性を作り出したが、様々な料理の伝統と農業の生物多様性が失われた」ことを指摘した。そして「少数の作物に依存することは、生態系や食料の多様性、そして我々の健康に悪影響をもたらす。食料が単調になると微量栄養素が不足するリスクが高まる」と警告した。

同事務局長の発言によれば、人類の歴史を通じて約7,000種の植物が食料として栽培され、消費されてきたとFAOは推定しているという。そして、現在これらの多くの品種が消滅していると指摘して「我々がこれらの固有且つかけがえのない資源を失うと、気候変動への適応或いは、健康的で多様な栄養確保が困難になるだろう」と述べた。FAOによると、地球上の大部分の人々が4作物(米、とうもろこし、小麦、じゃがいも)からカロリーを摂取している。シルバ事務局長は「顧みられず十分利用されていない品種が飢餓との戦いで重要な役割を果たし、農業と農村発展において重要な資源となる」ことを強調して、「十分に活用されていない作物の研究強化を求めた。

以上のようなことを踏まえて、同事務局長はキヌアについて、「人間が必要としている全てのアミノ酸を有している穀物はキヌアだけであり」そして「キヌアは海抜ゼロメートルからアンデス山脈の高さに至るあらゆる標高の地で栽培可能である」ことを強調した。

「キヌアブームの光と影」

国際キヌア年の始まりを記念する行事が2013年2月20日、ニューヨークの国連本部で開催された。この行事に参加した国連事務総長を始め、FAO事務総長やボリビア、ペルー両国の政府首脳が、キヌアが今後、世界の食糧問題に貢献できる穀物であることを強調した。一方、エボ・モラレス・ボリビアは同記念行事中に開催された国連総会における演説で、キヌアの市場拡大を、西側諸国の多国籍企業が妨害していると非難した。同演説でモラレス大統領は西側諸国のファースト・フードはがんなどの病気の原因になる人類への脅威であると述べ、米国に率いられた多国籍企業は2013年をキヌア年にすることを、阻止しようとしたことを、非難した。同大統領によれば、国際キヌア年を契機に、販売が増加すれば価格が上昇してキヌア確保が難しくなるからだと指摘した。

キヌアの価格は国際キヌア年のスタートを待つまでもなく、近年は値上がり傾向を見せている。キヌアの価格上昇は、生産農家の所得増加にも貢献している反面、今後のキヌア生産拡大には、解決すべき課題を表面化させている。

次にこれに関する動向を、2013年1月から3月にかけての報道から、紹介する。

キヌアの価格は5年前に比べて3倍に跳ね上がって、1トン当たり3,200ドル(2013年2月20日付ボリビア発AP電)に達している。先進国でキヌアの需要が拡大していることが、生産拡大の動機となっている。世界最大の輸出国であるボリビアでは、キヌアの耕作地面積は2009年の6万3,000ヘクタールから、2012年には10万4,000ヘクタールに拡大した。同国のビクトル・ウゴ・バスケス地域開発大臣によれば、同年の生産量5万8,000トンは、2000年に比べて40倍以上の増産を達成したと言う。キヌアが有望な収入源となる農作物に成長したことによって、耕作農民も増加している。また、同大臣によれば、キヌアを耕作している農民7万人の30%が、離農した家庭の出身者であると指摘した。キヌアの価格上昇が、就農者を増加させる効果をもたらした。

その反面、キヌア価格上昇は生産国で別の問題を生んでいる。ボリビアやペルー等のアンデス地域では、キヌアは比較的貧しい人たちの重要な食料である。キヌアが正に地産地消の商品である時代は、低所得層の人々にとって容易に買うことができた。しかし、先進国ではマイナーな商品であるキヌアの国外需要増が、生産国における小売り価格の高騰を招いている。人類の有望な食糧資源であると注目されるキヌアが、生産国の低所得層の食糧難を招くという皮肉な状況も懸念される。

キヌアを生産国の低所得への供給を保証しつつ、輸出を拡大するために、生産性の向上が求められている。キヌアの1ヘクタール当たりの収穫量は、伝統的な農耕技術では600キログラムと言われている。FAOはこれを1トンに引き上げることを目指している。

キヌア農業では、機械化が遅れていることも生産性向上を阻んでいる。

米国でキヌア生産が衰退した原因も、機械化を実現できなかったことであるという指摘がある。これを指摘した米国の農業専門家DuaneJohnson氏によれば(参考文献4)、1980年代においては、米国のキヌア生産量は世界の37%を占めていた。しかし、現在は2%に過ぎないという。

ボリビア政府はキヌアの収獲機を開発するために、韓国から技術者を招へいした。現在、キヌアの収獲は手作業に頼っており、これを機械化することによって、生産効率を高めようとしている。キヌア生産については、中国も関心を持っている。ボリビア政府は中国からのキヌア生産への投資について、在ボリビア中国大使と協議を行っていると報道された(2013年2月27日付新華社の英語版報道)。その協議の具体的な内容は報道されなかったが、これらの韓国、中国によるキヌア生産の関与が今後、キヌアの世界市場にどのような影響を与えるか注目される。

<参考文献>

(1)“Caracterizaci on y analisis de la competitividad de la quinoa en Bolivia”,La Paz,Bolivia ,2001 同報告書はアンデス開発公社(略称CAF、本部カラカス)及びハーバード大学その他の研究機関による共同研究報告書

(2)ペルー輸出企業協会(ADEX),“Peru Great opportunity for your food business”

(3) National Aeronautics and Space Administration(NASA),“Quinoa: An Emerging New Crop with Potencial for CELSS”,1993

(4)‘ Quinoa Boom Puts Stress On Bolivian Economics,enviroment’ By Paola Flores, Feb.20,2013(http://www.huffingtonpost.com/)

<参考 写真等を紹介するサイト 例>

(1) キヌア畑の風景(FAO英語)  http://www.fao.org/quinoa-2013/en/

(2) キヌアを使った料理紹介、キヌアの効能その他関連情報(日本語)http://quinua.jp/

(3) キヌア料理のレシピ集(日本語)  http://cookpad.com/

(4) キヌアの栄養成分、効能、食べ方解説 Vivas Latin Web Shop南米食品キヌアキノア www.vivas.jp

(5) [PDF] キヌアは栽培植物か? – 国立民族学博物館 http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4021/1/SER84_012.pdf

(6) キヌアがアンデス地方に富をもたらす | Ourworld 2.0 日本語 http://ourworld.unu.edu/jp/quinoa-brings-riches-to-the-andes/ -(国連大学)

フラッシュ一覧に戻る