一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2015/05/01 No.229汚職糾弾に揺れるブラジル人脈重視の経営環境に変化迫る可能性も

堀坂浩太郎
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員
上智大学 名誉教授

新興国ブラジルが再び汚職スキャンダルに揺れている。与党・労働者党(PT)の元党首を含む政治家など25人が有罪とされた疑獄事件「メンサロン」が決着したのも束の間、今度は同国最大の企業、国営石油会社ペトロブラスを舞台とする汚職事件「ペトロロン」が政治経済を直撃、2期目に入ったルセフ政権のかじ取りを困難にしている。「汚職大国」の印象を抜き難いものにする一件だが、政治腐敗、企業犯罪に対する取り締まり強化や国民の目が一段と厳しくなっていることの反映でもある。「有力ルートさえ押さえておけば」といったところにブラジル経営の“奥義”を求めているとすれば、コンプライアンス(法令遵守)に徹した経営へと修正する重要局面に進出企業経営者は立たされている。

ペトロブラスは、石油販売子会社を加えると、売り上げ規模(2013年)が次点の鉱山会社ヴァーレの5倍となる同国ダントツの企業である。その同社が4月下旬、ようやく2014年12月期決算の発表に漕ぎつけた。本来は昨年12月にも発表されるはずであった同年第3四半期の決算が、汚職に伴う影響の深度が不明との理由で国際会計監査法人の審査結果が得られず、年度決算も延び延びとなっていた。同社社長をルセフ大統領腹心の前社長から国営ブラジル銀行の頭取アルデミル・ベンディネに入れ替えた上で損益を計算し直し発表となった。それによると、2014年は215億8700万レアル(約8600億円)の赤字が発生、うち61億9400万レアルは汚職事件ペトロロンに伴う損失であった。

ペトロロンの末尾につく2語「ロン」は、ポルトガル語で名詞につけられる増大辞のひとつで、巨大なことを表し、その言い回しには多分に批判的なニュアンスが込められている。2005年に新聞報道で発覚し、06年に検察庁が告発したメンサロンは、議会で政府案支持を確実にするため、当時の官房長官や与党PT党首らが仕組んだ公金を使った議員買収事件で月極の手当て(メンサリダージ)にひっかけて作られた用語であった。それまで逮捕されることはあっても実刑に処せられることがほとんど無かった大物政治家が、贈収賄、公金横領、資金洗浄、不正操作等で問われ有罪となった(2012年12月)。政治浄化の第一歩として国民の喝采を受けた。

その記憶がまだ生々しく残っていた昨年3月連邦警察が摘発を開始したのが、ペトロブラスを舞台としたペトロロンである。摘発のきっかけがガソリンスタンドであったことからラバジャット(車洗浄機)のコードネームで捜査が続けられ、世界の耳目を集めた昨年6~7月のサッカーW杯(ワールドカップ)ブラジル大会や、大統領選を含む10月の統一選挙戦の間も摘発の手が緩められることはなかった。国を代表する大手企業の経営トップが次々と収監される姿に国民は息を呑んだのである。メンサロンまでは大物政治家がそうであったように、経済界の大物もそれまでは拘禁されるケースが皆無に近かったからだ。

本年3月には、最高裁によって取り調べ着手を認める与野党の政治家50人のロングリストが発表された。国会議員を聴取する上で不可欠な法的措置の一段階を踏んだことになる。4月28日には、同月中旬の逮捕時まで労働者党の金庫番を務めていたバカリ・ネット党財務担当が資金洗浄の嫌疑で告発された。

事件の実相は、捜査の進展に伴って日々刻々変化している。しかし凡そのところは、深海油田の開発に成功するなど、内外で事業を急拡大させてきたペトロブラスを“ダシ”に、大手ゼネコンがカルテルを結成し、談合で捻出した資金を海外の秘密口座を経由して洗浄し与党連合の政治家に選挙資金として流したという構図である。政党側は「法に則った政治献金」との弁明一点張りだが、このスキームに味をしめた関連企業の役員クラスや闇ドル業者、与野党の政治家たちによる個人流用も加わり、腐敗の構造は複雑を極めている。

事件の巨大さもさることながら、捜査手法に使われた「司法取引」も注目を集めた。闇ドル業者の摘発をきっかけに、ペトロブラスの精製・供給、サービス、国際事業の3部門で実権を握っていた元役員や入札談合に加わったゼネコン大手の社長など幹部クラスをつぎつぎと逮捕し、刑罰軽減を誘い水に自供を得て、捜査の幅を一気に広げてきた。ペトロロンとほぼ同時期に発生したサンパウロ州立の地下鉄公社(CPTM)の入札談合の解明でも「司法取引」が使われ、この場合は独シーメンス社が取り引きに応じてカルテルの存在が明らかになった。

捜査の最前線に立つ捜査官は今や軍政終焉(1985年3月)後の民主化世代、しかも欧米の高等教育機関や捜査機関でみっちりと研修を受けてきた海外留学組が多いというのがマスメディアの報じるところだ。州境を越え、全国レベルの事件に当たる連邦警察の捜査官はこの20年間で3倍に拡充され今や1万2000人に上るという。新たな手法を駆使しての警察・検察による摘発競争の様相さえ見せている。

事件報道の増加は、汚職構造が根深いことを示す一方で、表面化する度合いが高まっていることを物語っている。そもそも民主化後、警察、司法、会計検査院、独立型規制機関など統治のためのチェック機関が整備され、関連法制の制定や情報公開が進んだ点は、進出企業にとっても十分に留意しておくべきことであろう。1988年制定の民主憲法で警察や検察の役割が明記され、しかも検察の場合は、犯罪事案の公訴に加え,「民主主義制度および社会的・個人的利益の擁護」が新職務として付加され捜査領域が格段に広がった。

それを嫌った一部の政治家が検察の権限縮小を意図して憲法修正案を提起したものの、サッカーW杯の前年(2013年)、公共運賃の引き上げ反対をきっかけに全国規模となった民衆による抗議行動のなかで、修正案も批判の対象となり撤回するハメとなった。抗議行動の直後には、内容を強化された新汚職防止法が国会を通過し、2014年1月から施行されている。

汚職をなんとか防ぎたいとの姿勢は、米州機構の汎米汚職防止条約や、OECD(経済協力開発機構)の「外国公務員への贈賄防止条約」、国連の汚職防止条約の批准にも現れている。この点については、森下忠著の「ブラジルの汚職防止法制」(『諸外国の汚職防止法制』成文堂、2013年)でも取り上げられているところだが、犯罪と防止制度の構築がいわばイタチごっこで、ガバナンス(統治)の間隙をついて発生したのがペトロロンだった。

経済もまた揺れに揺れている。ブラジルは南米における新興国の雄として21世紀に入り急速に力をつけてきた。サッカーW杯や来年に予定されているリオデジャネイロ五輪の誘致成功もその表れといえるが、リーマンショック後の2010年をピーク(年率7.6%)に経済は下降線をたどり昨年はゼロ成長(+0.1%)に陥った。その一方で物価は、インフレ目標(4.5%±2%)の上限で何とか持ちこたえてきたが、今年に入って上限を突破する勢いだ。対外経済面でも、ゼロ年代半ばには400億ドルを突破していた貿易収支が14年度には40億ドルのマイナスとなり、経常収支は913億ドルの赤字を記録した。金融市場の信用を維持する上で重視される基礎的財政収支(プライマリーバランス)もマイナスに転じた恐れが強い。

与党・労働者党の金庫番が告発された翌29日には、ブラジル中銀の政策委員会が、同国の基礎金利であるSELICを一気に0.50%アップの年率13.25%に引き上げた。リーマンショック直後の2009年1月以来の高い水準である。

本年1月に2期目の就任となったジルマ・ルセフ大統領は、まさにペトロロンと経済の挟み撃ちに会い、リーダーシップを発揮し得ないレイムダックの状況になりつつある。昨年10月の選挙では、前ルーラ大統領の2期8年と合わせると2018年までの計16年間政権を担う華々しい成果を労働者党にもたらしたが、勝利の実態は3.28%の僅差で国家を二分しかねないものであった(詳細は本研究所発刊の『国際貿易と投資』2014年冬号の拙著「ブラジル大統領選に勝利、ルセフ政権2期計8年へ―リオ五輪を控え、インフレ抑制・成長路線回帰を問われる」を参照)。八方塞がりの中で、経済政策では、財務相(ジョアキン・レビー)・企画予算行政管理相(ネルソン・バルボーザ)・中銀総裁(アレシャンドレ・トンビニ)の3者による采配に任せ、政治面では、上下両院議長のポストを握る与党連合のブラジル民主運動党(PMDB)と同じ党出身のミシェル・テメル副大統領に、国会との調整に当たらせる布陣をとっている。

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