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フラッシュ275 |
2016年4月19日
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米EU環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)交渉の行方(その3)
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田中 友義 (一財)国際貿易投資研究所 客員研究員 |
交渉の枠組みは、「市場アクセス」「規制協力」「ルール」の3分野TTIP交渉開始に至るまでの経緯については、本フラッシュ(No.183)ですでに論述しているので、参照願いたい(注1)。TTIP協定の構成と内容のベースとなっているのは、2013年2月に公表された米EUハイレベル作業部会(HLWG)の「米EU雇用と成長に関する最終報告書」の勧告である(注2)。 HLWGの提言する包括的な協定は、表1のように、大枠として3つの分野を含むものである。
HLWG最終報告書は、「協定がもたらす利益の大部分は、非関税障壁が貿易・投資に与える悪影響を軽減すべく、従前にない革新的なアプローチを取れるかどうかに依拠する」と述べているように、TTIPの最大の焦点は非関税障壁の取り扱いと位置付けている(注3)。 事実、部分的には高関税を課している分野もあるものの、全品目の実効関税率は平均でEU5.2%、米国3.5%といずれも比較的低い水準で、関税引き下げだけでは米EU双方にとってメリットは大きくない(注4)。 さらに、オバマ大統領はTTIPを「世界の貿易体制がその進展を見守る、高度かつ包括的な協定である」と強調しており、米EU間での合意で、基準の共通化が実現すれば、de fact(事実上)の国際基準となり、世界の貿易投資ルール形成への影響は頗る大きいといえよう。
表1 TTIP協定の構成と対象分野・主要な内容
(出所)HLWG(2013)などから作成。 交渉はどこまで進み、何が協議されたのか2013年の交渉開始以降、現在までの交渉の推移と協議内容を2つの時期に分けてみていくことにする(注5)。
<第1期:2013年~2014年> 第1期の交渉の推移と協議内容は、表2のとおりである。当期のEU側のTTIP交渉代表はデ・ヒュヒト通商担当委員(閣僚)、米国側はフロマン米通商代表部(USTR)代表が務めていて、合計7回の交渉が開催されている。 第1回交渉が2013年7月、ワシントンで開催されたが、約150人の交渉代表が24の交渉分野の作業部会に分かれて協議をスタートした。2013年10月に予定されていた第2回交渉は米国の2014年度暫定予算の不成立による一部の政府機関の閉鎖の影響で2013年11月に延期されたものの、第3回交渉は予定通り、2013年12月にワシントンで開催された。 2014年2月の交渉進捗を確認する会合(Stocktaking Meeting)で、2014年中に5回の交渉を行うという欧州委員会代表のデ・ヒュフト通商担当委員(当時)と米通商代表部(USTR)のフロマン代表が確認したにもかかわらず、結局、4回の交渉開催に止まった。 その一因は、欧州委員会執行部の任期満了にともなう交代人事案件がある。欧州委員会は2014年11月、ユンケル委員長の下で新たな体制でスタートした。その際、通商担当委員も前任のデ・ヒュフト委員から新任のマルムストロム委員に交代した。他方、米国側の方も2014年11月に、米議会の中間選挙があったことも交渉の進行を遅らせたと考えられる。なお、欧州委員会は2014年9月の第7回交渉から協議内容に関する報告書を公表している。
表2 TTIP交渉の協議概要(第1期:2013年~2014年)
(出所)ジェトロ(2014),(2015),(2016)、European Commission Press release、US Department of State IIP Digitaiなどから 作成。
<第2期:2015年~2016年> 第2期の交渉の推移と協議内容は、表3のとおりである。第2期のTTIP交渉代表は、EU側がマルムストロム通商担当委員(閣僚)、米国側は引き続いてフロマンUSTR代表が務めている。 前述したように、2014年11月に発足した欧州委員会ユンケル委員長が主導する新執行部の最重要課題の一つとして、米国とのTTIP協定の締結を挙げている。米EU首脳は、機会あるごとに、2015年中の合意を目指すことを確認しつつも、結果的には、2015年中の交渉開催は、年間4回のペースで行われ、交渉のスピードは上がらなかった。 それには、いくつかの要因が考えられる。まず、EU側は、TTIP交渉に先行するかたちで、TPP(環太平洋連携協定)交渉が進展することに懸念を示しながらも、シリア難民移民危機、ギリシャ危機、パリ・テロ事件などの喫緊の問題への対応に追われていたことである。
表3 TTIP交渉の協議概要(第2期:2015年~2016年)
(出所)表2と同じ。
他方、米国側はTPP交渉の合意に最大限の努力を傾注していた。2015年10月アトランタTPP閣僚会議で大筋合意、2016年2月に正式調印したものの、すでに2016年11月の大統領選挙に向けて予備選がヒートアップする中、オバマ大統領が望む2016年中の米議会承認の道筋は不透明である。直近の2016年2月の第12回交渉時に、交渉ペースを上げるために、2016年6月の夏季休暇入り前までに2回の交渉を開催することが確認されるにとどまっている(注6)。 大筋合意、来年に持ち越し濃厚以上のように、交渉協議が進展している分野もあれば、本格的な協議が始まったばかりの分野もあるなど跛行状態であるので、今後の展開を正確に予測することは困難である。これまでの交渉過程から、米EU間に横たわる溝が深く、そう簡単に大筋合意が見出せないような論争を呼ぶ課題も多く残されている。いくつかの代表例を取り上げておこう。 まず、市場アクセス分野では、関税撤廃協議が大きく進展している。当初から「交渉し易い分野」と見做されていたからである。米EU相互に2回の関税率オファーを交換し(2015年10月)、対象項目の97%が一定期間を経て撤廃が見込まれることとなった。残り3%は農産品、繊維、自動車などは米EUともにセンシティブ品目に該当する。EUにとって農産物は最もセンシティブな分野であり、平均関税率では米国以上に高関税率品目が並んでいるので、関税全廃はそう簡単なことではないといえる(注7)。 サービス・投資協議では、きわめて論争的な分野の代表例が「映像・音楽サービスの保護」であろうか。今回の交渉開始にあたって、EU理事会は、文化の多様性が失われることを懸念するフランスなどの強い反対によって、とりあえず交渉の対象外とするとして、欧州委員会に交渉のマンデートを加盟国に認めさせた経緯がある。もし、米国が交渉対象に含めるように強力に要求してきた場合、EU側は加盟国に議論を差し戻して、全28カ国の全会一致の合意を求めなければならない。フランスは「文化は例外」という主張を1980年~90年代のガット・ウルグアイ・ラウンド(多角的貿易交渉)でも押し通してきただけに、徹底抗戦の構えを崩さない(注8)。 次に、規制協力分野では、米EU双方で重要分野と位置付けている農業問題でも大きな対立点がある。トウモロコシ、大豆など遺伝子組み換え作物(GMO;Genetically Modified Organism)や成長ホルモン剤使用牛肉など食の安全規制についても、EU側の厳しい衛生検疫規制(SPS ;Sanitary and Phytosanitary measures)を米国側が問題視している。これらの問題は米EU間のみならず、WTO(世界貿易機関;World Trade Organization)紛争解決機関でもたびたび争ってきた分野である。食の安全性については、米EUの消費者にも関心が高い問題であるため、交渉の行方いかんでは、政治問題化、社会問題化しかねず、合意の達成は容易ではない(注9)。 最後に、ルール分野では、投資保護と投資家対国家紛争解決(ISDS)について米EU間での大きな論点となっている。EU側は協定に含めることに消極的であり、2014年3月から7月にかけて、一部のEU加盟国や欧州議会、市民団体などの懸念が強いため、パブリック・コンサルテーションを実施するなど、当初は交渉議題から棚上げしていた。ISDSの条項により米国企業が投資先のEU加盟国の法規制の改正によって打撃を受けたとして、賠償を求めて国際仲裁機関に提訴する事例が増えるなどの懸念が出ていることに対応したものである。漸く、欧州委員会は2015年11月、ISDSに代わる新システムの最終案をまとめ、2016年2月の第12回交渉で初めて正式に米国に提示した。新システムのポイントは、ISDSのシステムに代わる公選の独立仲裁人による透明性の高い制度の導入を目指すものである(注10)。 それでは、今後の交渉の展開へ話題を戻そう。結論から先に言うと、2016年中の大筋合意は無理で、2017年に持ち越される可能性が高いということである。前述したように、2016年11月の米大統領選挙に向けた民主党・共和党が2016年2月のアイオワ州予備選に突入、今や、米国は内政の時期である。先行するTPP協定の米議会承認ですら、2017年1月に就任する新大領領の下で手続きが取られる見通しがきわめて強い状況から、TTIP交渉をスピードアップするインセンティブが今は強く働かない。TTIP交渉は米国の政治動向に大きく左右されることは間違いない。
注・参考資料:
1) ITIフラッシュ183「 米EU環大西洋貿易投資経済連携(TTIP)交渉の行方(その2)」(2014/4/21)。
2)HLWG(2013),Final report of the High-Lebel working Group on Jobs and Growth(February11,2013)(米EU「雇用と成長に関するハイレベル作業部会」最終報告書)。
3)TTIPの経済効果に関しては、ITIフラッシュ179「 米EU環大西洋貿易投資経済連携(TTIP)交渉の行方(その1)」(2014/3/5)を参照のこと。
4)WTO協定税率(MFN税率)は、平均でEU5.2% ,米国3.5%となっている。
5) ,European Commission(Directorate-General for Trade) Press release, Memorandum, News archives、Public Report of the TTIP Round of Negotiationsなどの資料の他に、ジェトロ(2016)「EU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)に関わる交渉進捗状況と欧米産業界の見方」(2016年3月)、ジェトロ(2015)「EU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)交渉の進捗状況(2014年3月~2015年3月)」(2015年4月)、ジェトロ(2014)「EU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)の交渉の進捗状況」(2014年4月)(以上いずれも、編集はジェトロ・ブリュッセル事務所、海外調査部欧州ロシアCIS課)に多くを負っている。
6) European Commission(2016),The Twelfth Round of Negotiations for the TTIP, Public Report-March2016(23/03/2016)
7) 安田啓(2015)「TTIP(米EU・FTA)交渉の現状と展望」石川幸一・馬田啓一・国際貿易投資研究会編著『FTA戦略の潮流』文真堂、55~56ページ。
8)安田啓(2015)、56ページ。
9)安田啓(2015)、60~61ページ。
10)ジェトロ(2016)。
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