一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2019/03/22 No.421タイ、ターク県メーソット郡のSEZ(特別経済開発区)と進出企業事例〜ITIミャンマー研究会現地出張報告(14)〜

KriengkraiTechakanont
タマサート大学 経済学部

1.タイの特別経済開発区(SEZ)

タイ政府は経済社会開発局(Office of the National Economic)と国家経済社会開発局(NESDB)に対し、2013年以降、カンボジア、ラオス、マレーシア、ミャンマーの近隣4か国の国境沿いに特別経済開発区(SEZ)を設立し政策を導入するよう指示した。これはタイ政府によるSEZの国境貿易と投資を促進する政策であり、新規投資、雇用創出、(とくに国境貿易の)貿易統合の活性化がねらいである。また、バリューチェーンの中に中小企業を組み込む機会を与えることも期待されている。

2014年6月に設立された経済特別区開発全国委員会(NC-SEZ)は、国境沿いに最初の国境SEZ、5か所を設立すると発表した。創設されたタイSEZは次の通り。

  • ミャンマーと国境を接する北部のターク県SEZ :ターク県の、メーソット郡、ポップラ郡、メーラマート郡内の14のタムボン。
  • ラオスと国境を接する北東部のムクダハーン県SEZ:ムクダハーン郡、ワーンヤイ郡、ドーンターン郡の11のタムボン。
  • カンボジアと国境を接する東部のサケーオ県SEZ: アランヤプラテート郡およびワッタナータコーン郡の4のタムボン。
  • カンボジアと国境を接する東部のトラート県SEZ: クロンヤイ郡内の3つのタムボン。
  • マレーシアと国境を接する南部のソンクラー県SEZ:ソンクラー県サダオ郡のサダオ検問所とパダンベサール検問所を含む4つのタムボン。

またそれ以外に次のようなSEZがある。

  • ミャンマー、ラオスと国境を接する北部のチェンライ県SEZ: チェンコーン郡、チェンセーン郡、メーサイ郡の21のタムボン。
  • ラオスと国境を接する北東部のノーンカーイ県SEZ:ムアン郡とサクライ郡の13のタムボン。
  • ラオスと国境を接する北東部のナコーンパノム県SEZ:ムアン郡とターウテーン郡の13のタムボン。ミャンマーと国境を接する西部のカンチャナブリー県SEZ:ムアン郡の2つのタムボン。
  • マレーシアと国境を接する南端のナラティワート県SEZ:ムアン郡、スガイコーロック郡、タークバイ郡、ウェーン郡、イゴー郡の5つのタムボン。

(NESCB、2016年)(注1)

これらの地域がSEZとして選ばれた理由は、国境貿易が重要であったからだ。道路網、関税検問所、(タイ・ミャンマーおよびタイ・ラオス)友好橋などインフラ整備がすでに準備済の状況にあったと見られる。図1に示されたとおり、投資が最大のSEZはターク県で、サケーオ県とムクダハーン県がこれに続く。これら3か所のSEZはいずれもタイ〜ミャンマーかタイ〜ラオスとの国境に隣接する地域である。

図 1 SEZに対する投資

2.ターク県SEZの特徴

タイ投資委員会(BOI)の資料に基づくと、ターク県SEZは国際的なクロスドッキング・センター、労働集約型の産業クラスタ(特定産業の集積)となることが期待されている。ターク県SEZの基本情報は次の通りである。

– 国境地帯メーソット郡、ポップラ郡、メーラマート郡内の14のタンボン。総面積1,419平方km(88万6,875イライ)

– 国道1号線とアジアハイウェイ32号線経由(アジアルート)でバンコクの北西426キロに立地

– メーソット国際検問所はミャンマー連邦共和国ミャワディと接続のある常設検問所。タイとミャンマー間の国境貿易の取引額で1位。

ターク県は、東西経済回廊(EWEC)上に立地し、ヤンゴン、インド、中国南部につながるのでいくつかの強みと機会があると考えられる。また、ミャンマー国境地帯には、メーソット郡の経済活動を支えることができる労働力があり、(ミャンマーの)ミャワディ工業団地との共同生産も行われている。タイ政府はいくつかの基礎的インフラ開発プロジェクトを推進しており、ターク県における複数の大規模基礎インフラのプロジェクトはほとんど全部完了している。例えば、タナウシー(タニンダーリ) ・ ゴーカレック道路、国道12号線第2〜3期、第2タイ・ミャンマー友好橋、バーンリムムーイ国境検問所、メーソット地区、国道12号線第4期、メーソット空港(2019年に開港予定)の開発と拡張などである。今後はこの二都市間の経済活動を結ぶミャンマー国内の道路網整備が国境貿易の活性化とサプライチェーンをつなぐ物流の充実につながると見込まれている。

図2 ターク県SEZ

3.タークSEZ進出企業事例:衣料品会社(タイ地場資本)A社

A社の取り扱う製品は食品、衣料品、消費財など幅広い。創業時の同社は衣料品(子供服、カジュアルウェア、ジャケットなど)のメーカーだった。本事例研究では、A社の衣料品(下着)事業に焦点を当てた。同社の下着事業は国内向け自社ブランド(タイのブランド)製品の生産から始まった。その後同社は日本の下着メーカーとの合弁契約を締結。生産ラインの組立て、機械の設置、業務マニュアル作成、品質管理、新入社員研修まで、さまざまな形の技術移転が行われた。A社は日本の合弁企業にとって、自社の生産能力を上回る需要があった際のバッファー企業としての役割を果たしていた。

現在、A社はタイ国内に5か所の工場を展開している。本部がバンコクにあるほか、シーラーチャー郡(1985年操業開始)、カビンブリ郡(同1989年)、ランプーン郡(同1989年)、メーソット郡(同2010年)にサテライト工場がある。A社が製造するのは(高価格・少量生産の)高級ファッション下着と(低価格・大量生産の)一般向け下着の二種類(以下、「高級下着」、「一般下着」)。バランス良いサプライチェーンを実現するには工場間の分業が重要である。高級下着は(1) バンコクの工場には下着製造の長い経験がある。バンコク工場の労働者は熟練しており高級下着の込み入った縫製をこなす能力がある。(2)高級下着の販売量は少量なのでマーケティング部門、購買部門との密接な連携が重要、という主に2つの理由によりバンコク工場で製造されている。ちなみにA社は製品のマーケティングは行わず製造のみを担っている。本部がマーケティング・チャネルを管理し、毎週、コンピューターで購買注文を入れて同社に在庫の補充を依頼する。このプログラムはクイックレスポンスシステム(QRS)と呼ばれる。

5工場の分業は次の通りである–バンコク工場は高級下着製造のほか他工場との全般的な生産調整を担う。自社ブランド・モデルの一部はバンコク工場でも製造されるが、大半はランプーン工場とメーソット工場で製造される。ランプーン工場の設立時期はメーソット工場より古く、操業経験は長い。

ランプーン工場のマネージャーへの聴き取り調査によれば、同工場は約400人の労働者を雇用しており、生産能力は月産約10万枚。ランプーンにはA社の他製品の工場もあり物流設備は他の工場と共有できる。これらの工場で使われる原材料はすべて本部が調達し、週2回トラックで配送される。バンコクからランプーンのトラック輸送の所要時間は10時間以内で、原材料は翌日の生産で使えるように用意されている。最終製品は全部バンコクの物流センターに送られる。

過去10年間にバンコクとランプーンで賃金が上昇し労働力不足になったため、A社は近隣諸国への生産移転という選択肢をあらためて検討することになった。A社も労働力が豊富なメーソット郡を労働集約型産業の生産拠点となる戦略的立地だと捉えている。現在、生地や付属品などの原材料はランプーン工場で調達され、週に1度、メーソット工場に納入される。一方、メーソット工場で製造された最終製品はランプーン工場に送られ、その後、ランプーンからバンコクに送られる。ちなみに、メーソット工場の機械はすべてランプーン工場かバンコクのA社から移管された中古機械である。メーソット工場に古くなった機械を移管することで、ランプーンやバンコクの工場ではより効率的な機械への更新が可能となる。

次に生産ネットワークだが、全員がタイ人以外の作業担当者となる工場はA社にとってメーソット工場が初めてだった。メーソット工場では研修が必要だったが、そこには言語と文化の壁があった。研修には通訳が雇われ、作業指示の翻訳書が作成された。ランプーン工場出身の経験豊かなスタッフがミャンマー人労働者を訓練し、生産ラインを立ち上げ、全研修コースを支援した。

A社からの聴き取りによれば、同社はミャンマーのカレン州パアンに工場を設立することを決めたミャンマー人事業家とともに別個の外注ビジネスを立ち上げることになった。それはミャンマー投資を検討していたA社にとって事業機会を模索する良い機会となった。メーソット工場のスタッフは、業務立ち上げ、生産ラインの設計、機械の設置、製造マニュアルの作成、現地労働者向け研修などの分野でパアンの工場の管理チームを技術支援している。また研修担当者の多くはメーソット工場から派遣された。

物流については、ミャンマー国境からパアンまでの道路が完成したことで輸送所要時間が大幅に短縮された。原材料はすべてメーソット工場で調達され、週に一度トラックでパアンに運ばれる。そこでは一週間分の生産に必要な生地と付属品が納品され、帰りの便では最終製品がメーソット工場に配送される。その後、メーソット工場の受注品全部と合わせて、バンコクとランプーンの流通センターに生産計画に応じた配送が行われる。

2017年、A社は日系下着メーカーとヤンゴンに合弁工場を設立した。タイの競争力が徐々に失われるなか、これは同社がミャンマー市場に参入し、労働集約型事業の拡大を図っていくための最初のステップである。

4.まとめ

ミャンマー人労働者の雇用では長年経験のあるメーソット郡では、企業の研修プロセスを支援する熟達した通訳者や翻訳者が見つけることができる。また現地地場企業は(ミャンマー人に対する)労務管理の経験を積んでおり、工場での良好な労務関係の維持が可能である。その結果、これらの工場は競争力のある価格で、高品質の製品を作り、オンタイムで本部に配送することができる。タイの賃金上昇傾向が続くなか、製造業の近隣諸国への移転は今後も続くと予想される。そうしたなかでは道路交通ネットワークにアクセス可能な国境地帯への選好が高まっていくだろう。タイ国内の効率的な道路網は、全原材料を24時間以内に生産現場へ配送し、また最終製品を市場へ配送するのを可能にしている。

★本調査は公益財団法人JKAの補助を受けて実施した。

1. https://www.nesdb.go.th/ewt_dl_link.php?nid=5194 を参照

参考文献

ASEAN Secretariat (2008), “Statement by the Secretary-General of ASEAN welcoming the Kingdom of Cambodia as the tenth member state of ASEAN: 30 April 1999”. Available at: www.asean.org/resources/2012-02-10-08-47-56/speeches-statements-of-the-former-secretaries-general-of-asean/8 [28 Aug. 2009].

—. (2009), Roadmap for an ASEAN Community 2009–2015 (Jakarta).

Asian Development Bank Institute (2012), ASEAN 2030: Toward a borderless economic community (Tokyo).

Association of Southeast Asian Nations (2009), Roadmap for an ASEAN community 2009–2015(Jakarta, ASEAN Secretariat).Available at:www.aseansec.org/wp-content/uploads/2013/07/RoadmapASEANCommunity.pdf[15 Nov. 2013].

Kohpaiboon, A; Kulthanavit, P. (2010), Structural adjustment and international migration: Firm survey analysis of Thai clothing industry, Discussion Paper No. 24 (Bangkok, Faculty of economic Thammasat University).

Techakanont, K. (2014), Managing integration for better jobs and shared prosperity in the ASEAN Economic Community: the case of Thailand’s automotive sector. ILO Regional Office for Asia and the Pacific. – Bangkok: ILO, 2014

Thailand Development Research Institute (2012), Designing manufacturing and Labour force development strategies for industrial sector demand in 2015(Bangkok, Office of Industrial Economics, Ministry of Industry), unpublished.

Vasuprasat, P. (2010), Agenda for labour migration policy in Thailand: Towards long-term competitiveness (Bangkok, International Labour Organization).

Vernon, Raymond (1966), ‘International Investment and International Trade in the Product Cycle’, Quarterly Journal of Economics, 80(2), pp.190-207.

Tak SEZ Office. (2017). Tak Potential and Readiness as SEZ, Retrieved June 17, 2017, from http://www.taksez.com/th/page/takpotential.html

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