一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2020/11/02 No.474ジョンソン英政権とEU離脱交渉(その4)-交渉期限切れ、英首相打ち切り明言せず、移行期間終了へ準備加速-

田中友義
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

新型コロナウイルス感染症再拡大、首脳・閣僚らも相次ぎ感染、交渉を翻弄

10月に入って、新型コロナウイルス感染症拡大の第2波が欧州を急襲、EU各国や英国は再び外出や経済活動の制限に踏み出した。感染拡大防止と経済活動の両立を図りたい欧州委員会や加盟国政府およびジョンソン英政権は、今年3~5月の第1波の時のような全国的なロックダウン(都市封鎖)は回避し、感染拡大の深刻な地域を特定して、市外への移動制限や夜間外出禁止、商店や飲食店の営業時間の短縮・停止など、制限を強化している。重症患者の急増で医療崩壊のリスクが、感染者数が100万人を超えたスペイン、フランス、英国などで再び高まっている。

新型コロナ感染症拡大が抑制できず、経済再生との両立にはまったく明るい兆しが見えない現在、各国政府とも新型コロナウイルス感染症の第2次パンデミックへの対応を最優先せざるを得ない。そのため、離脱後の英EU 将来関係を巡る交渉は大きく進展せず、ボリス・ジョンソン首相が交渉期限としていた10月15日のEU首脳会議直前になっても合意するに至らなかった。

「合意なしのブレグジット(EU離脱)」が、とりわけ英国にとって政治的・経済的ダメージがどれ程深刻なのか、これまでも様々な調査結果が公表されているが、いまや英国民は離脱派、残留派ともにパンデミックの所為で、ブレグジットのことをあまり気に留めなくなっているという(注1)。

交渉の進捗に影響を与えているもう一つの原因が、各国首脳や閣僚、あるいは主席交渉官らが相次いで新型コロナウイルスに感染してしまったことである。英国が本年1月末にEU離脱後、3月2日から将来関係を巡る第1回交渉は始まった。交渉は6月末までを期限とするもので、非常に差し迫っていた中、ミシェル・バルニエEU主席交渉官が新型コロナウイルスに感染したことが明らかになった。WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長が「欧州が今パンデミックの震源地となった」と宣言した時期と重なる。欧州各地で移動の制限や外出禁止、営業禁止など全国的なロックダウンが次々と実施された。その影響もあって、第2回交渉は4月20日まで延期された。

さらに予期せざる出来事が起きた。不幸にしてジョンソン氏自ら、新型コロナウイルスに感染し、長期の隔離・入院治療を強いられたことで、国家の非常事態時に同氏が強いリーダーシップを発揮できないまま、感染症拡大防止への対応の遅れが大きくなり、EU との交渉の主導権が取れずじまいであった。ジョンソン氏が職務に復帰したのは4月27日であった。

10月15日にブリュッセルで開催されたEU首脳会議でも3人の首脳が、対面形式の会議を欠席した。感染者との濃厚接触を理由に自主隔離中のポーランドのマテウシュ・モラビエツキ首相、側近スタッフのPCR検査陽性が判明して自主隔離したウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長、ブリュッセルへの出発直前に対話した国会議員の感染が分かり、首脳会議を離脱したフィンランドのサンナ・マリン首相である。対面形式の首脳会議は加盟27か国の合意形成にきわめて重要であるかを印象付けたのは、7月17日から延べ5日間に及ぶ「マラソンEU首脳会議」で新型コロナ禍で疲弊しているEU経済の回復を目指す復興基金創設で合意したことである。パンデミック第2波の異常事態を受けて、今後オンライン形式の首脳会議への逆戻りも検討せざるを得なくなっているため、EUの意思決定の停滞を招く恐れもある(注2)。

英EU首脳「移行期間延長なし」を確認、EU離脱協定修正巡り対立

英国とEUは3月2日、ブリュッセルで第1交渉に入った。交渉は5月中旬まで5ラウンドの日程でブリュッセルとロンドンで交互に行うことが合意されていたが、前述したように、新型コロナ禍の影響によって、その後の交渉日程が大幅に変更され、交渉に遅れが出ることになった。競争条件や漁業問題などで鋭く対立し、6月末までに合意できない場合、移行期間の延長の是非が焦点となった。

フォン・デア・ライエン欧州委員長、ミシェル欧州理事会議長、ダビッド・サッソ-リ欧州議会議長は6月15日、ジョンソン首相とテレビ会議形式で会談し、膠着する交渉の打開策を協議した。会談後の共同声明で、「新たな勢いが求められる」との認識で一致、6月29日の週から集中協議を始めて、交渉を加速させることで合意、「英EUは、英国が移行期間を延長しないとの英国の決定を留意、移行期間は離脱協定の規定に沿って2020年12月31日に終了する」と記した(注3)。

EU側は移行期間延長に前向きだったが、早期の「完全離脱」を求めるジョンソン氏は延長を望まず、予定通り本年末に移行期間を終了することを確認することで落ち着いた。「合意した」とか「了承した」という文言は避けているが、表面的には両者が年末で交渉を打ち切る姿勢を共有したことになる。ただ、移行期間延長の可能性が完全に消えたかどうかはわからない。

ジョンソン氏は、6月中に進展がなければ交渉決裂も辞さないと強硬な姿勢を示していたが、前述したように、自ら新型コロナウイルスに感染し、本格的な職務復帰が大幅に遅れた。ともかくも、ジョンソン氏は、首脳会談では交渉決裂を回避し、交渉継続を最優先させた。

英EUの交渉は「英国が税制などのEUルールを順守するかどうか」や「英海域でのEU加盟国の漁業権を認めるかどうか」などの点で溝が埋まっていない。バルニエEU主席交渉官は本年末の移行期間内に将来関係を巡る合意をEU加盟27か国が批准するためには10月15日のEU首脳会議前までに草案をまとめる必要があるとし、その時期が「正念場」になるとの見方を示した(注4)。7月から始まった集中交渉で交渉妥協につながる着地点を見出せるかどうかが焦点になった(表1参照)。

ジョンソン氏は9月6日、今後の交渉が10月15日まで膠着が続けば、年内のFTAの合意を断念すると明言した。英政権は、交渉が決裂した場合、離脱協定の最大の懸案であった英領北アイルランドとEU加盟国のアイルランドの間に物理的な国境を設けず、離脱後も北アイランド領と英本土間に関税手続き上の国境を設けるとの合意を事実上無効にしようとする「国内市場法案」を議会に提出、英下院は9月29日可決した。法案は北アイルランド領の物流の権限が英政府にあるとして、英国が税関手続きを独自になくすることができるとしている。上下両院で可決されたが、国際法違反につながる可能性がある(注5)。EUは離脱協定の修正を試みれば、FTAは実現しないと警告、法案を見直すよう強く求め、欧州委員会は10月1日、英国へ法的手続きを開始、10月末までに回答するよう要請したが、10月末現在、英側はこの要請に応じていない。ジョンソン政権は「瀬戸際戦術」でEUを揺さぶり、交渉を優位に進める思惑があるとみられるが、交渉はさらに難航しそうである。

表1 英・EU交渉の主要な争点・一致点

(出所)ジェトロ「英国のEU離脱後の英EU将来協定交渉の争点と
進捗状況」(2020/10/13)などから作成

EU、一方的譲歩を求め、交渉継続を要請、英は対応示さず

英国はEU首脳会議がある10月15日を事実上の交渉期限としていた。EUは同日、ブリュッセルで開いた首脳会議後のプレスリリースで「英・EUの将来関係に関する交渉でEUの重要関心事項での進展がなお合意には不十分であることを懸念する。EUの主席交渉官に対し、今後数週間交渉を継続するよう要請し、英国に対して合意が可能になるよう、必要な行動をとることを求める」と英国に一方的に譲歩を迫った。ただ、「加盟国、EU機関、利害関係者に対して、合意なしを含めたあらゆる結果への準備を加速することと、欧州委員会に対して、特にEUの利害となる一方的かつ時限的な緊急時対応の準備を進めるよう」求めた(注6)。

一方、ジョンソン氏は16日の声明で、「英国が望んだ形での貿易協定をEUが拒否している」と主張し、「EUは我々の立法の自由、漁業の自由を引き続き操ることを望んでおり、独立国として受け入れられない。今こそ企業、運送業者、旅行業者は(合意なしに向けて)準備をする時だ」と強硬な姿勢を変えていない(注7)。ただ、交渉打ち切りを明言はせず、EUとの実務的な対応を協議したいとの考えも示している。

英国とEUが10月22日から再開したる交渉は28日まで延長された。英EU双方は週末も含め連日協議することや法的文書について議論することで一致している。現時点で妥結の目途はたっていない。「公正な競争条件」「漁業」「ガバナンス」の3分野で双方がどこまで歩み寄れるのか、英国、EUともに「待ったなし」の決断を迫られている。

表2  英・EUの「移行期間」中の交渉の流れ

(出所)筆者作成

注・参考資料:

1. Financial Times, What Leavers and Remainers really think now (2020/10/15)

2. 時事通信(2020/10/19)

3. European Commission, EU-UK statement following the High Level Meeting on 15 June (Press releases,Brussels, 15/06/2020)

4. Reuters (2020/06/25)

5. Reuters (2020/09/10)

6. European Council conclusions on EU-UK Relations,15 October2020 (675/20,15/10/2020)

7. 読売新聞(2020/10/17)

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