一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2005/11/22 No.85連立協定に見るドイツ新政権の対外政策

田中信世
(財)国際貿易投資研究所 研究主幹

メルケル次期首相の下で「大連立」を目指し連立交渉を行っていたドイツの2大政党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)は、2005年11月11日、政権綱領に関する協議を終え、“GemeinsamfuerDeutchland-mitMutundMenschlichkeit(勇気と人間性をもってドイツのために共同で取り組もう)”と題する連立協定(KoalitionsvertragzwischenCDU,CSU,SPD)を発表し、11月18日調印した。

連立協定の中身は、付加価値税を2007年から現在の16%を19%に引き上げたり、年金支給開始年齢を2010〜13年に65歳から67歳に延長するなど、財政再建を優先した負担増政策が前面に出たものとなっている。すでに新聞等でその概要が報道されている財政赤字対策、社会制度の見直し、雇用成長・支援策、制度見直しなどについては繰り返しを避けることにして、ここでは、日本の新聞などでほとんど報じられていないドイツの対外政策、特にドイツの対EU政策に焦点を当て、連立協定ではどのようなことが盛り込まれているのかについて簡単に紹介しておきたい。

〔対外政策全般〕

まず、対外政策全般について連立協定は、欧州連合(EU)統合とアメリカとの連携(大西洋連携)が「ドイツの対外政策の最も重要な2本柱」と規定している。イラク戦争への対応を契機としてアメリカとの関係がぎくしゃくしたものになったことに対して、キリスト教民主同盟(CDU)は従来からシュレーダー政権の対外政策を厳しく批判し、アメリカとの関係改善を主張していたが、欧州連合(EU)と並んでアメリカとの連携強化を対外政策の2本柱に据えたことは、こうしたCDUの主張が反映されたものと見られる。

また、EUや欧州諸国との関係については、連立協定は「EU統合はドイツおよびEUの政治的安定・安全保障・福祉の保証となる」とし、特に、独仏の緊密な関係維持はEU統合の重要な推進力であり、他の加盟国の立場に配慮しつつ引き続き堅持していくとしている。また、EU憲法条約批准の失敗で統合の停滞が懸念されている現在の状況については、EUの危機との認識を示す一方で、EU統合をより時代に即したものにするためのチャンスとして捉えるべきとの考え方を示している。そのうえで、現段階で重要なことは、失われた国民(EU市民)の信頼を取り戻すことであるとし、国民、社会的パートナー(労働組合、雇用者団体等)、教会、その他の社会・市民グループとの議論を深めていきたいとしている。

〔EU憲法条約〕

EU憲法の成立に向けた今後の対応について連立協定は、まず「EU憲法は、(社会政策を重視した)欧州的な価値観に基づく欧州の建設、市民権の拡大、EUと加盟国との間の権限分担の明確化、EUによる過剰な規則の押し付けや官僚主義の排除、加盟国議会の意思決定への参加などの点で重要な進展を含んでいる」として、EU憲法条約の批准推進の継続は重要との認識を示している。そして、ドイツとしては、EU憲法条約を批准していない加盟国の批准手続きの進展に向けた努力を2006年以降も継続し、特に2007年上半期にEU議長国の順番がドイツに回ってくることを利用して批准推進に向けた新しいイニシアティブをとりたいとしている。

〔リスボン戦略〕

欧州経済の競争力の強化を通じて経済成長と雇用を高めることを目指した2005年3月の新リスボン戦略(注1)に関しては、連立協定は「支持」を表明している。ただ、外資系企業の誘致競争の過熱で、加盟国の間で法人税の引き下げ競争が行われ、ドイツが不利な状況に追い込まれているという現状に鑑み、ドイツとしては、加盟国間の不公正な法人税引き下げ競争を避けるため、法人課税の計算基準の共通化および最低法人税率の近接化に努力することを打ち出している。

〔EU財政〕

加盟国間で意見の差が埋まらず交渉が長引いているEUの中期財政計画(注2)については、連立協定は「交渉の早期決着に努力する」と表明しているが、その際、EUの財政計画はドイツの負担能力を考慮に入れ、ドイツの財政再建努力に配慮したものにする必要があると主張している。また、連立協定は「ドイツはEU財政におけるドイツの負担軽減に努め、国民総所得(GNI)の1%以上は負担しない」という従来からの主張を明確に打ち出している。さらにEUに対して支出の削減努力を求めているのも従来の主張と同じである。

〔EU構造政策〕

構造政策関連では「EUの地域政策の核となっている構造政策(注3)は共同体内部の連帯を強める上で重要」との認識を示しているが、EUの地域政策への支出と個々の加盟国の負担の間には適切なバランスが必要との考え方を示している。また、構造政策においては、?今後、新規加盟国が欧州構造基金の資金の主要な受け取り手となるが、「新規加盟国と国境を接するドイツの国境地域も中・東欧諸国のEU加盟に伴う変化への特別な適応過程にさらされているので、構造基金が支払われる必要がある」とするとともに、?構造基金の目標2(注3)への支援においてドイツが他の加盟国と比べて不利な扱いを受けるようなことがあってはならないと主張している。

〔ドイツの財政赤字とEU安定・成長協定〕

財政赤字をGDPの3%以内にするというEUの安定・成長協定の財政基準をドイツが過去3年間にわたって上回っている問題(注4)については、連立協定は「2007年中に3%以内の基準を達成したい」と述べている。連立協定に謳われた以上、ドイツ新政権は財政赤字の削減に向けて真剣に取り組むことになるとみられるが、財政赤字の削減はあくまで、従来より高い経済成長、雇用の改善、技術革新の進展などといった経済事情の好転を前提としたものであり、今後の経済動向次第では、財政赤字の削減が思うように進まないといった事態に陥ることも考えられる。こうした事情が、連立協定の中で「基準を達成する」という明確な表現ではなく、「基準を達成したい」という微妙な表現の差となって現れているような気がする。

〔EU拡大問題〕

EUの拡大問題については、連立協定はまず、「慎重な拡大政策は欧州大陸の平和と安定をもたらすうえで重要な寄与をする」と述べて、EUに対して拡大政策を慎重に進めることを求めている。そのうえで、EU加盟条約に調印したブルガリアとルーマニアの加盟時期については、両国が加盟条件を満たすかどうかにかかっており、両国の加盟条約をドイツが批准するかどうかは、欧州委員会の加盟準備進捗報告と欧州委員会の推薦を見たうえで、決定するとしている。また、クロアチアのEU加盟交渉が今年10月に始まったことに関しては「歓迎する」とし、さらに、2003年6月のギリシャ・テッサロニキのEU首脳会議で打ち出されたクロアチア以外の西バルカン諸国へのEUの拡大方針についても支持を表明している。

ブルガリア、ルーマニアおよびクロアチアのEU加盟問題についての上記の態度表明は、CDUの政策綱領(選挙綱領)に盛り込まれた内容と同じであり、この点でも、CDUの主張がほぼそのまま採用されたものと見られる。

一方、トルコのEU加盟問題についてはCDUの政策綱領(選挙綱領)は、トルコのEUへの完全な形での加盟を拒否する立場をとり、トルコに対しては「加盟国」としてではなく、民主主義、法治国家、経済などの面で力に応じた発展を求めていく「特別パートナー」としての地位を与えるべきであると主張していた。しかし、SPDとの政策調整を経た今回の連立協定では次のような表現になっている。

  1. 2005年10月3日に開始されたトルコとの交渉は、交渉の完了が事前に保証されていない(また交渉が自動的にEU加盟につながるということもない)、すなわち、最終的な姿が完全にオープンなプロセスである。
  2. トルコのEU加盟は経済面、人口動態面、さらには文化面でEUに特別な課題を突きつけている。その意味で、トルコが進めている改革努力を歓迎し、トルコが民主的な法治国家として発展し、経済的な発展を遂げることを希望する。
  3. EUがトルコの加盟を認めることが出来ない場合、あるいは、トルコ側の事情でEUに加盟できない場合は、EUとの特権的な関係(注5)をさらに発展するような形で、トルコを欧州の構造に出来るだけ緊密に組み込む必要がある。

これは、トルコの加盟問題については当面、トルコの加盟交渉の推移やトルコにおける改革の進展を見極めるという姿勢を示したようにも見える。しかし、前述のCDUの主張とも考え合わせると、この問題に対する「本音」は3.であり、2.はそれをオブラートで包んだもののようにも見えるのだが、このように見るのはあまりにも穿った見方ということになるのであろうか。

<注>

(1)2000年3月の欧州理事会(EU首脳会議)で、2010年までに米国に比肩する「世界で最もダイナミックで競争力のある知識基盤社会の構築」を目指した「EUリスボン戦略」が採択された。しかし「リスボン戦略」導入後5年経過した時点でも、成長率の遅れや失業率の高止まりの状態が改善されなかったことから、EUではリスボン戦略の見直しに乗り出し、2005年2月、欧州委員会はリスボン戦略活性化のための報告書「成長と雇用のために働こう−リスボン戦略のための新たな出発」(通称「新リスボン戦略」)を発表した(2005年3月のルクセンブルク欧州理事会で採択)。「新リスボン戦略」ではEUの競争力強化を通じて2010年までに600万人の雇用増加を目指している。

(2)2007年から7年間のEU中期財政計画。イギリスが特権として認められている払い戻し制度(リベート制度)の縮小に対して拒否権を行使したり、EU予算の規模を巡って、分担金の拠出を減らしたいドイツなど主要国と予算の拡充を求める中・東欧諸国などの意見が対立するなどして、交渉が決着せず長引いている。

(3)EUの地域政策は主として「構造基金」(欧州地域開発基金、欧州社会基金、農業指導保証基金の3つ基金で構成)を通じたEU財政からの資金移転によって実施されている。「地域開発基金」は、投資、インフラストラクチャー建設と近代化、国境地域の開発などに対する支援、「社会基金」は職業教育に対する支援、「農業基金」は農業構造改善と農村開発に対する支援、をそれぞれ行うための基金。支援対象となるプロジェクトは5つの目標(目標1;低開発地域の開発と構造改善、目標2;衰退産業地域の構造改善と産業再建、目標3;長期失業との闘い、目標4;若者の雇用促進、目標5;農業構造改善と農村地域開発)に分類され、それぞれの目標にふさわしい基金から支援金が支払われる。ドイツが支援金の受け取りを主張している目標2の「衰退産業地域」は「石炭、鉄鋼、繊維、造船など衰退産業への地域経済の依存度が高く、地域失業率がEU平均以上でその雇用が衰退している地域」と定義されている。インフラの転換と労働者の職業訓練が主な援助領域である。

(4)ドイツの財政収支は2002年以降連続して、EUの安定・成長協定の財政基準(GDP比3%以内)を上回る赤字を続けており、2005年も3.7%、2006年も3.4%と財政基準を上回る赤字水準が続くものと予測されている。EUの安定・成長協定においては、加盟国が財政基準を上回る赤字を計上した場合、是正勧告が発動され、それでも赤字水準が3%以下に改善しない場合は、GDPの0.5%に相当する制裁金を課す制裁措置が発動されることになる。規定どおり運用されれば、ドイツは制裁金を課されるところであるが、EUは2005年3月の臨時の財務相会合で安定・成長協定の見直しで合意、東西ドイツの統一などの欧州統合コストなどを赤字の計上からはずすなど弾力的な運用を取り決めたため、ドイツは辛うじて制裁措置を免れたという経緯がある。

(5)トルコとEUの間では、1963年に将来的なトルコのEU加盟を前提とした連合協定が発効、また1995年には関税同盟が創設されている。

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