2025/03/17 No.151トランプ大統領が仕掛けた関税の網から日本はいかにして逃れるか~その3 積極的な非関税障壁の撤廃や米国での現地生産拡大等が期待される日本~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
カナダ・メキシコからの輸入自動車への25%関税猶予は相互関税等の賦課までの救済措置か
ドナルド・トランプ大統領は2025年3月4日、移民や麻薬(フェンタニル)の流入を阻止するため、カナダ・メキシコに25%の追加関税を賦課した。ところが、その翌日の3月5日、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)で日本車も含めて北米産と認定された自動車に対する25%の追加関税を1か月間猶予することを発表し、6日には自動車以外の製品についてもUSMCA基準を満たしていれば同様な措置を受けられることを公表した。
このカナダ・メキシコからの輸入自動車に対する25%関税賦課の1か月の猶予は、自国から直接米国に輸出する外国自動車メーカーよりも、北米3か国の国境を越えた取引の割合が高いGMやフォード及びステランティスなどの米国自動車企業に不利となるとの意見を踏まえ、4月以降に明らかにされる相互関税や輸入自動車への関税の賦課までの救済措置の色彩が強いと考えられる。
相互関税については、本稿の前編である「トランプ大統領が仕掛けた関税の網から日本はいかにして逃れるか~その2 国別の個別対応や実際に適用する関税率等で実務的な課題を抱える相互関税~」で取り上げているように、トランプ大統領は25年2月13日、外国が米国製品にかけている関税と同水準まで米国の税率を引き上げることを可能にする同関税の導入に関する覚書に署名した。例えば、カナダが米国から輸入する自動車に25%の追加関税を賦課すれば、米国も同様にカナダから輸入する自動車に25%の追加関税を賦課することができる。
トランプ大統領は相互関税に関する覚書において、商務省と米国通商代表部(以下、USTR)などに、米国の全貿易相手国との「非相互的な貿易関係」や米国が被る損害状況を調査し、救済措置の勧告を含む報告書を大統領に提出することを指示した。すなわち、付加価値税を含む外国の関税障壁や非関税障壁を調査し、相互関税に繋がる可能性がある勧告を行うよう命令を下した。相互関税は、カナダ・メキシコからの輸入自動車などに対する25%関税賦課の1か月猶予が切れる4月以降に発動の可能性がある。
自動車だけでなく半導体や医薬品及び農産品などへも追加関税を検討
また、トランプ大統領は25年2月14日、輸入自動車に対する25%前後の関税賦課を4月2日にも公表することを明らかにした。同時に、鉄鋼・アルミや自動車以外にも、半導体や医薬品、及び農産品や木材などに対する追加関税も検討している。
これらの措置が、米国の貿易相手国を対象にした相互関税とどのような関係にあるのかは明らかにされておらず、依然として不透明である。いずれにしても、輸入自動車に対する関税が実行されたならば、その影響は大きく、北米間の自動車関連の取引とともに、日本や韓国及びEUから輸入される自動車やその部品の動きに大きな変化が現れることは確実である。
もしもこのような措置が実行され長期化するならば、米国の自動車メーカーであるGMやフォードはメキシコなどの生産拠点から米国への移管を検討せざるを得ないと考えられる。この対応は、日韓やEUの自動車関連企業も同様で、輸入車への追加関税の適用除外措置が受けられない場合は、自動車関連のサプライチェーンは急速に変化すると思われる。
トランプ大統領は、カナダ・メキシコへの25%関税や鉄鋼・アルミ及び自動車、さらには相互関税などの適用を取引材料として、貿易相手国に対して様々な譲歩を迫ると思われる。カナダ・メキシコには移民・麻薬問題での実行性のある国境対策、またメキシコには中国からの輸入品に対する関税引き上げなどの規制の強化、EUには米国の自動車や農産物の輸入拡大やデジタル政策の変更、中国には麻薬(フェンタニル)の流入対策だけでなく、トランプ第一次政権時に約束した2,000億ドルの輸入拡大の実行や追加購入の約束及び不公正貿易慣行の改善などを迫ると見込まれる。
日本には貿易赤字の削減や米国車の対日輸出の拡大を要求
トランプ大統領は日本に対して、対日貿易赤字の削減や米国製自動車などの日本市場への参入拡大等を要求すると予想される。そのためには、トランプ第二次政権は、関税削減を伴う第一段階の日米貿易協定のような包括的な分野での交渉を求めるのではなく、日本に対して幾つかの分野別の交渉を要求すると見込まれる。なぜならば、第二段階の日米貿易協定交渉を進めるならば、関税削減交渉を伴う可能性があり、議会の承認が必要になるからだ。第一段階の日米貿易交渉では、関税削減の対象品目は関税率が5%以下のものに特定したため、米国議会の承認を受ける必要がなかった。
具体的には、米国は対日貿易赤字削減のため、一層の日本製自動車の対米輸出から米国での現地生産への転換、そしてLNG(液化天然ガス)・石油の日米共同開発や日本の米国産資源エネルギー輸入の拡大、防衛関連費の負担増、さらには米国製の自動車や航空機及びジャガイモなどの農産物の輸入拡大を求めるものと思われる。
そして、米国製の自動車や半導体、医薬品、通信機器、及び農産物等の日本市場でのシェア拡大のために、日本の非関税障壁の改廃を強く要求する可能性がある。これに対して、日本が最終的に自動車や相互関税の適用除外を受けるためには、米国製品の購入や対米投資の拡大等を推進するだけでなく、自ら非関税障壁の改廃に積極的に取り組みことが肝要と思われる。
米国が指摘する日本の非関税障壁にはどのようなものがあるか
USTRは2024年3月29日、2024年版外国貿易障壁報告書を公表した。その中で、各国と並んで日本の非関税障壁も列挙されている。
同報告書によると、22年の日本の平均最恵国待遇関税率は、農産物が13.4%、非農産品が2.4%であった。関税率が高い日本の品目として、コメ、乳製品、フルーツジュース、加工食品、冷凍ブルーベリー、チョコレートなどを挙げている。
非関税障壁としては、日本の高度に規制された不透明なコメの輸入と流通のシステムが、米国の輸出業者の日本の消費者へのアクセスを制限していると指摘している。また、豚肉の非関税障壁として、低価格の輸入品が日本の豚肉と競合するのを防ぐため、輸入品が低価格であればあるほど高い関税を課すメカニズム(Gate Price System、差額関税制度)を採用していることを挙げている。牛肉については、日本の牛海綿状脳症(BSE)リスクのある危険部位の除去基準が米国を含む世界的な基準と比べて厳しいこと、を指摘している。
一方では、2024年版外国貿易障壁報告書は日本のバイオエタノール燃料政策の変更が米国のバイオエタノールの対日輸出の可能性を高めたことを取り上げた。同報告書は、23年4月に日本は年間オンロードバイオ燃料目標である原油換算50万キロリットルの最大100%を米国が提供できるようにする改訂バイオ燃料基準を施行したことに言及している(年間50万キロリットルのバイオエタノール導入義務を2027年まで延長)。この政策変更による成果は、23年3月31日付のUSTRのホームページで「日本の新しいバイオ燃料政策により米国産バイオエタノールの輸出が増加」という記事で紹介されている。
それによると、米国のバイオエタノールの輸出は年間8,000万ガロン(約30万キロリトル)以上増加する可能性があり、毎年1億5,000万ドルから2億ドルの輸出が追加で発生するとのことである。この日本の政策変更は、USTRや米国農務省及び在日米国大使館の働きによって実現したようであり、今後の日本と米国とのパートナーシップを強化するための成功事例として参考になると思われる。ただし、同報告書は日本の年間バイオ燃料目標量が17年から変わっていないので、今後はその増加を求めるとしている。
同報告書によると、米国産ジャガイモの日本への輸出は現在、チップ用ジャガイモに限定されているとのことである。このため、米国はテーブルストック用(家庭や飲食店で直接消費される)ジャガイモの日本市場へのアクセスを求めるとしている。
また、同報告書は米国の民間速達便業者(DHL、FedEx等)は、全ての貨物を税関申告し、コストに基づいて関税と消費税を計算する必要があるが、日本郵便の場合は、関税の査定は国際スピード郵便サービス(EMS)の出荷規則に基づいているため、異なる手続きが適用されると指摘する。そして、日本郵便は総務省によって規制されているが、米国の民間速達便業者は財務省、厚生労働省、農林水産省、国土交通省などの各省の規制の対象となっているとしている。
日本の教育サービスに関する非関税障壁としては、外国の大学の日本キャンパスを、税制、奨学金、研究助成の面で国内の高等教育機関と同等に扱っていないことを挙げている。この結果、同報告書は米国の大学が完全な4年制の学位プログラムを開始するのを妨げていると指摘する。
色々な非関税障壁を指摘される自動車
米国はこれまで日本に対して、様々な非関税障壁が日本の自動車市場へのアクセスを妨げており、米国製自動車及び自動車部品の販売が全体的に低水準にとどまる要因になっていると主張してきた。
2024年版外国貿易障壁報告書は自動車における非関税障壁として、日本が米国の自動車安全基準を日本と同等レベルであるとみなしていないことを指摘する。次に、日本が独自の基準と試験プロトコルを設けていること、そして短距離車両通信システムに独自の周波数を割り当てていること、さらには規制策定プロセスにおいて関係者からの意見を反映する機会が欠如していることを挙げている。
同報告書は、日本が独自の基準と試験プロトコルを設けているため、日本の市場に参入しようとする外国メーカーは追加の試験や基準への適応が必要になり、コストや時間の面で負担になると主張する。その試験や基準の例として、衝突安全テストや特定の排出ガス基準などを挙げている。
また、短距離車両通信システムに対する独自の周波数割り当てに関しては、日本では短距離車両通信システムに使用される周波数帯域が他の国と異なっており、外国メーカーは日本市場向けに独自の通信システムを開発する必要が生じると共に、追加の技術開発や調整が求められる可能性があるとしている。
さらに、同報告書は、日本の燃料電池自動車(FCV)に対する補助金が最大255万円(約1万7,000ドル)とバッテリー電気自動車(BEV)よりもはるかに高額であることや、この補助金が実質的に外国の企業に向けられていないことを指摘している。さらには、停電時に蓄えた電力を家庭に送り返すことができる給電技術を搭載した自動車に対して、最高25万円(約1,700ドル)の補助金を支給しているが、この特別な技術を搭載した自動車を生産している外国企業はほとんど存在しないことから、日本の自動車メーカーに競争上の優位性を与えていると主張している。
日本は自動車充電ステーションに補助金を支給しているが、CHAdeMO (電気自動車の急速充電方式の一つ)への準拠を義務付けている。CHAdeMOは、もともと日本で開発され、日本の業界団体が支援している充電規格である。同報告書は、日本の自動車メーカーが他の外国の企画を承認する中で、この充電方式への準拠を義務付けることは、日本市場で展開しようとする外国の充電サプライヤーへの障壁になると指摘している。
こうした米国側の対日要求に対して、日本側としては、自らの利益に繋がるような非関税障壁の改善はもちろんのこと、国際的な基準から見て改善すべきところは積極的に取り組んでいくことが肝要であると思われる。
ただし、米国の外国貿易障壁報告書で取り上げられた日本の非関税障壁は、FCVへの補助金のようにあくまでも米国の視点に立って選ばれているので、日本としてはその内容を厳しく精査し、反論できるものは反論することも必要と考えられる。
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