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コラム

2025/12/11 No.160IEEPAの最高裁判決によりトランプ関税政策や米国製造業の復活戦略はどう変わるか~その1  違憲判決であれば他の根拠法への転換や80兆円の対米投資などはどうなるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

米国のIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税引き上げが違憲か否かを問う、最高裁の判決が早ければ年内にも下されようとしている。違憲判決が出たならば、ドナルド・トランプ大統領が議会に「大統領に新たな包括的関税権限を与える新法」を通過させるというシナリオも考えられる。しかし、現時点で最も現実的なシナリオは、1974年通商法122条などのような他の根拠法へのシフトを迅速に進め、違憲判決の影響を最小限に食い止めることである。

最高裁での判決は早ければ2025年内あるいは26年にずれ込むか

トランプ大統領は2025年1月に第二次政権を発足させ、2月から3月にかけてカナダ・メキシコ・中国に追加関税を賦課した。3月には鉄鋼・アルミ、4月から5月にかけて自動車・同部品にも追加関税措置を発動した。そして、4月にはベースライン関税10%を含む相互関税措置を打ち上げた。7月31日には、約70か国・地域に対し4月発表の相互関税率を修正する大統領令を公表、日本やEU及び韓国には8月7日から15%の相互関税率を適用した。

こうした一連のトランプ関税の中で、緊急時に大統領権限を行使できると定めたIEEPAを根拠法としているのは、「移民・麻薬の流入を阻止するために発動したメキシコ・カナダ・中国への追加関税措置」とともに、「外国が米国製品に高い関税を課す場合、米国も同等の関税を課すことができる相互関税(ベースライン関税10%を含む)措置」である。なお、鉄鋼・アルミ及び自動車・同部品への追加関税措置の根拠法は、国家安全保障上の観点から発動できる1962年通商拡大法232条であった。

このIEEPAを根拠として関税を引き上げることに関して、米国のカリフォルニアやニューヨークなどの州の司法長官やワイン輸入業者などが違憲として提訴した。これに対して、米国の国際貿易裁判所(以下、CIT)は25年5月28日、IEEPAに基づく追加関税措置は違法との判断を下した。その後、トランプ政権は直ちに連邦巡回区控訴裁判所に上訴。これを受け、同控訴裁はCITが下した判断を一時的に停止することを命じた。

そして、米国の連邦巡回区控訴裁判所は8月29日、CITと同様に、IEEPAに基づく追加関税措置を違憲と判断した。これにより、この案件は米国連邦最高裁判所で審議されることになった。最高裁判所は11月5日、トランプ政権によるIEEPAに基づく追加関税措置に対し、その合憲性を問う口頭弁論を行ったが、判事は保守派やリベラル派を問わず、IEEPAに基づく関税措置に厳しい姿勢を示したと伝えられる。現時点では、最高裁での判決は早ければ2025年内に下される可能性があるが、26年にずれ込む恐れもある。

なお、米国会員制量販店のコストコは25年11月28日、トランプ大統領が課したIEEPAに基づく関税引き上げに違憲判決が出た場合、確実に返金を受けられるようCITに提訴した。今後は、日本企業も含めて、こうした動きが活発化すると見込まれる。

IEEPAが無効になれば数兆ドルの損失か

IEEPAは、「大統領が国家安全保障や外交政策及び経済に重大な脅威があるとして緊急事態を宣言した場合、大統領権限を行使できる」と規定している。前身の対敵通商法(TWEA)は1971年8月のニクソンショック時の10%課徴金の課税に適用された。最高裁の判決で焦点となるのは、IEEPAに基づく大統領権限の中に、関税の引き上げが含まれるか否かである。

トランプ大統領は、IEEPAに基づく関税に関する法廷敗訴は国に「数兆ドル」の損失をもたらすと発言。そして、ジェミソン・グリア米国通商代表部(USTR)代表は、違憲判決の場合においては返金の準備があるとし、特定の原告が返金を受け取ることもありうることを示唆した。

もしも、最高裁でIEEPAの関税への適用で違憲判決が下されれば、当然のことながら、麻薬・移民流入での追加関税や相互関税措置が無効になる。これに対しては、トランプ大統領は幾つかのシナリオの中で、IEEPAの代わりに1962年通商拡大法232条、1974年通商法201条、1974年通商法301条、1974年通商法122条、1930年関税法338条などの他の根拠法で代替しようとする可能性が高い。

これ以外のシナリオとしては、議会に「大統領に新たな包括的関税権限を与える新法」を通過させることが挙げられる。さらに、IEEPAに基づく関税引き上げをあきらめる代わりに、相手国へ輸出自主規制を要求することや、輸入許可制度の厳格化や検査・認証の強化等の輸入制限措置を実行することなどが考えられる。

また、最初のシナリオである他の根拠法へのシフトと3番目のシナリオである輸入制限措置の強化を一緒にした「複合的なシナリオ」の選択もありうる。トランプ大統領は2024年の大統領選挙キャンペーンにおいて、中国への高関税政策とは裏腹に中国からの対米投資を受け入れる発言を行っている(注1)。今後の米中貿易交渉において、「習近平国家主席が対米投資や米国産大豆等の輸入拡大及び確固たる重要鉱物の輸出保証などを容認する内容」で合意するならば、貿易赤字削減を狙った関税引き上げ競争中心の現在の米中通商関係は微妙に変化する。つまり、トランプ大統領は最高裁での違憲判決への対応として、最初のシナリオを時間がかかっても進める一方で、3番目のシナリオも同時並行的に状況に応じて採用する可能性もある。

一長一短があるIEEPAの代わりとなる根拠法

IEEPAの代わりに成りうる他の根拠法にはそれぞれ一長一短があり、通商法122条や1930年関税法338条は迅速な発動が可能であるが、その他は調査・報告などの手続きに時間がかかるのが難点である。

1962年通商拡大法232条は、「商務長官が輸入製品による国家安全保障上の脅威の有無を調査し、当該輸入製品が米国の国家安全保障に脅威を与えると判断した場合、大統領は輸入調整措置を取ることができる(調査期間270日以内)」と規定している。トランプ大統領は、既に通商法232条を鉄鋼・アルミ、自動車、銅などへの追加関税の賦課に適用している。

1974年通商法201条は、国内産業が輸入品によって深刻な損害を受けていると認定された場合、ITC(国際貿易委員会)が調査を行い、損害が認められた場合は大統領に措置を勧告。これを受けて、大統領は関税の賦課、関税割り当てなどを実施できる。ITCは、原則として180日以内に国内産業への重大な損害の有無につき結論を出し、報告書を作成する。原則として、発動された措置は 4年間 が基本期間で、最大で8年まで延長可能である。

1974年通商法301条は、トランプ第一次政権時に発動した対中追加関税の賦課に根拠法として適用された(調査期間12か月以内)。301条は、貿易相手国の不公正な貿易・通商慣行に対する措置の権限をUSTRに与え、大統領が制裁措置を発動する。原則として、発動された措置は 4年間 が基本期間だが、無制限に延長可能である。

1974年通商法122条は、「巨額かつ重大な国際収支赤字への対処を目的として、大統領がいつでも150日間を限度に(議会の承認で延長可能)、15%を超えない範囲の関税を賦課すること」を認めている。通商法122条は、全世界からの輸入に適用できる。

1930年関税法338条は、「特定国が米国に不利益をもたらす差別待遇を採用していると認定された場合、大統領は当該国からの輸入に最大50%の追加関税を賦課できる」と規定している。

IEEPAが無効になればサプライチェーンの再設計やその経済的影響の検討は不可欠

これまで見てきたように、IEEPAの関税適用に違憲判決が出た場合、根拠法をIEEPAから他に置換する選択がある。ところが、根拠法の中には迅速に発動できるものがあるものの、全体的には手続きが面倒で、根拠法によっては調査の実施などに時間が必要である。したがって、もしも根拠法の入れ替えに手間取ることになるならば、トランプ関税による貿易赤字削減や製造業の活性化への効果が弱まってしまう可能性がある。

日本企業は、IEEPAが無効になったならば、徴収された関税の返金の動きを注視するとともに、原産地規則の活用の見直し、あるいは関税の影響が大きい部材の地域分散などのサプライチェーンの再設計等に対処する必要がある。さらに、IEEPAに関する最高裁判決の米貿易赤字削減や対米投資促進及びUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)見直しなどへの経済的影響を検討し、今後の北米戦略を見つめ直すことが求められる。

トランプ大統領は日本企業に一層の対米投資促進を迫るか

IEEPAが無効になり、もしもトランプ大統領がIEEPA以外の根拠法へスムースにシフトできなければ、その影響で日本や韓国及びEUなどとの貿易協定や覚書に盛り込まれた巨額な対米投資資金の活用に悪影響が現れる可能性がある。

トランプ大統領は日韓EUの自動車関税や相互関税をそれぞれ15%に引き下げる代わりに、日本からは5,500億ドル(約80兆円)、韓国からは3,500億ドル、EUからは6,000億ドルの対米投資資金の拠出の約束を取り付けた。日本の対米投資資金の活用は、日米間の貿易協定や覚書で規定されているが、これがIEEPAの違憲判決で修正されるかどうかは、IEEPAに代わる根拠法の選択の動きとその内容に依存し、今後の日米間における話し合いで方向性が決まってくると思われる。

トランプ大統領は、IEEPAに違憲判決が下された場合のダメージを打ち消すために、むしろこれまで以上に80兆円の対米投資の実行や関連投資を迫ってくる可能性も考えられる。これに対して、日本側は約束の実行を受け入れながらも、状況を判断しながら対米投資を進めて行くことになると思われる。

一方、最高裁で違憲判決が下されたならば、韓国は日本以上に3,500億ドルの対米投資資金の活用で慎重になるかもしれない。韓国は2025年11月14日(韓国時間)、対米投資の覚書に署名した。その内容は、ジェトロによれば、投資委員会は事前に韓国の協議委員会と協議し、商業的に合理的な投資(投資資金の回収が十分に保証される投資)のみを米国大統領に推薦するとしている。韓国の米国への投資分野は、日本が交わした対米投資に関する覚書における戦略的分野と重なる部分が多い。

韓国の2,000億ドルの対米投資は、外国為替市場の負担軽減のため、年間200億ドルを上限に支出することになった。外国為替市場の不安などが懸念される場合には、投資の時期や規模の調整を要求することが可能である。

投資収益の分配に関しては、元利金返済までは韓国と米国にそれぞれ5対5の比率で分配され、元利金返済以降は韓国と米国にそれぞれ1対9の比率で分配することになっており、日米で合意した対米投資に関する覚書の中身と同様と思われる。ただし、20年などの一定期間内に全額の元利金返済が困難と見込まれる場合、収益分配比率の調整も可能なようだ。

韓国の1,500億ドルの造船関連分野への対米投資に関しては、米国投資委員会が承認した事業について、韓国政府は支援することになっているが、2,000億ドル投資のような収益分配方式は適用せず、発生する全ての収益が韓国企業に帰属するとのことであった。

したがって、日本と韓国の対米投資に関する覚書の内容を比べると(注2)、韓国の覚書の方が「自由裁量の度合い」が大きいと見込まれる。このように相対的に自由裁量の度合いが大きな韓国の対米投資スキームであるが、IEEPAの関税適用に違憲判決が下され、その後の韓国の対米投資への対応に消極的な姿勢が見られるようであれば、トランプ大統領は特定分野における関税の引き上げや削減などを匂わせた硬軟合わせた戦略でもって、米韓で合意した対米投資資金の確実な実行を迫る可能性がある。

また、EUが合意した総額6,000億ドルの対米投資は、日韓のように政府主導ではなく、欧州企業が主体となって実行する性格が強いようである。EUと同様に、スイスは巨額な対米貿易黒字を計上しているが、米国との貿易交渉の末、米国が課している相互関税を15%まで引き下げる代わりに、米国の工業製品などの関税を削減することに合意した。さらに、スイス企業は2028年末までに2,000億ドル相当の米国への直接投資を計画しているとのことである。

したがって、トランプ大統領はIEEPAの関税適用に違憲判決が出た場合、EUやスイスに対して医薬品や産業機械及び新たな産業分野などへの高率な関税賦課などをちらつかせながら、約束した対米投資の実行を要求する可能性がある。さらに、トランプ大統領は2026年のUSMCAの見直しにおいて、関税減免の条件として、北米原産基準の厳格化とともに、一定以上の米国製部材の割合などを求めることもありうる。

手っ取り早いのは1930年関税法338条や1974年通商法122条の活用

イエール大学の予算研究所(以下、YBL)が2025年9月に発表した報告書によれば、米国の平均実効関税率(関税分類品目別の輸入に応じて加重平均された関税率) は、25年8月には1935年以来最高の17.4%に上昇する。

YBLは、2025年の米国の関税収入の中で、IEEPAに基づいて徴収された関税額の全体に占める割合は71%の高率に達すると見込んでいる。また、25年以降に課したトランプ関税により、26年から35年の間に2.4兆ドルの増収を見積もっている(IEEPAによる徴収分を含む)。IEEPAの関税適用が違憲になり、他の根拠法に基づいた関税で徴収が行われなかった場合においては、同じ期間で7,040億ドルの増収にとどまるので、いかにトランプ関税に占めるIEEPAの比重が大きいかがよく理解できる。

したがって、YBLの試算結果を前提とすれば、IEEPAが無効になった場合、トランプ大統領が素早く他の根拠法にシフトしなければ、米国の関税収入は大きく減少し、その分だけ財政赤字が拡大することになる。同時に、IEEPAに基づく関税引き上げの中断により、輸入の抑制効果が弱まると見込まれる。

このような事態を避けるため、IEEPA以外の根拠法へのシフトを迅速に進めるとするならば、最も手っ取り早い方法として、詳細な調査プロセスを必要としない1930年関税法338条、あるいは迅速な発動が可能な1974年通商法122条を活用にして、IEEPA関税の一部または全部を即時復活させることが考えられる。ただし、通商法122条は全世界からの輸入に適用できるが、議会が延長しない限り150日間が限度で、関税の上限は15%に制限される。

さらに、トランプ大統領は1962年通商拡大法232条を最大で270日の調査の末、IEEPAの全てや一部の代わりに関税を引き上げる根拠法として活用することができる。同時に、通商法232条の代替または補足として、1974年通商法301条を援用することも可能である。通商法301条はトランプ第一次政権時に最大で25%の対中追加関税の賦課に用いられたが、発動するまでに時間がかかった。しかし、トランプ第二次政権においては、通商法301条がIEEPAの代わりとなる根拠法に選ばれたならば、より素早く実行されると思われる。

注.

  1. トランプ次期大統領は海外ビジネスの促進等の経済外交の呪縛から逃れられるか~どの米通商法を使って10%や25%及び60%の関税を引き上げるか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNo.145、2025年1月15日、参照。
  2. 日本の80兆円の対米投資スキームについては、「トランプ関税はビルトインされ制度化されるか~その2 米戦略産業への80兆円投資スキームはこれまでとは何が違うか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNo.159、2025年10月20日、参照。
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