一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2022/11/04 No.106米クリーンエネルギー革命はどのようなイノベーションを引き起こすか~その3 米国は半導体関連分野で覇権を取り戻せるか~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

ジョー・バイデン大統領は、競争促進策に関する選挙公約において、半導体や大容量バッテリー及びEVなどの技術・研究開発に4年間で3,000億ドルの新規投資を行い、世界をリードすることを表明した。この公約は、当初は議会において「競争法案」として審議されたが、最終的には半導体設備への補助金対策を盛り込んだ「CHIPS及び科学法案」として可決された。同法が成立したことにより、米国が再び半導体の分野において世界のリーダーシップを回復できるかが注目される。

米国はなぜグローバル競争力を高めているのか

米国産業の特徴として、IT産業や金融システムの発達、労働市場の柔軟性、ベンチャー企業の高い成長力、技術開発・イノベーション能力の高さ、などを挙げることができる。最近では、権限の委譲の度合いやリスクのあるアイデアへの企業の許容性とともに、産業クラスターの集積や産官学連携などの分野での競争力においても米国の優位性が高まっており、世界のグローバル競争力のランキングで首位争いを演じている。

また、日本などと比較して、スタッフや大学卒業生の訓練度、熟練従業員の採用の容易さ、等の職場や教育の現場に関わる分野でも米国の競争力が高まっている。さらに、米国はデジタル競争力のランキングでは、世界のトップに位置付けられている。その背景として、積極的なロボットの導入やデジタル関連法の整備に加え、ビッグデータの分析・応用やベンチャーキャピタルの利用の進展、などが考えられる。

米国の強みは製造業でのモノ作りを促進する技術開発力だけでなく、既存の情報通信技術や物流を応用して社会の変革を促したGAFAM(グーグルやアマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトの名前の頭文字)を生んだことである。これらの会社は、著しく改善されたモノやサービスの導入を示す「プロダクト・イノベーション」や販売・配送方法のプロセスの改良である「プロセス・イノベーション」をもたらした。

米中対立の激化やウクライナ侵攻に伴う資源価格の上昇、あるいは世界的な景気後退などが顕著になっており、今後の米国の経済成長やインフレの高進に懸念は残るものの、こうした米国の産業競争力は維持拡大し続けると思われる。

今なぜ米国に競争政策が必要か

近年、米国の産業競争力のランキングが高まっているにも拘わらず、バイデン政権はイノベーション促進策を前面に打ち出している。なぜ、バイデン大統領は米国産業のサプライチェーンでの調達力や技術・生産能力の拡大に注力するのであろうか。

その答えは、2021年6月に発表された「サプライチェーンの回復力(レジリエンス)などに関するホワイトハウスのレポート」(注1)の中に見出すことができる。同レポートは、米国のサプライチェーンの脆弱性を調査し、その回復を図ることを目的として作成されており、半導体、大容量バッテリー、レアメタル、医薬品の4分野に焦点を当てて分析している。

同レポートは、新型コロナ感染症の拡大を契機として、米国の医療用マスクや医薬品の中国への依存度が高いことが明らかになったことを指摘した。同時に、新型コロナ感染症の拡大を起因とする工場の閉鎖によりサプライチェーンが寸断され、そのために半導体不足が発生しパソコンや自動車などの生産に大きな影響を与えたとした。

そして、現在、自動車の新車に組み込まれる半導体ユニット数は100にも増加しているが、米国製の半導体シェアは1990年の37%から今日では12%に低下している。また、中国は大容量バッテリー向けに世界のリチウムの6割、コバルトの7割強を精製しており、こうしたレアメタルの中国依存の高さが米国の将来の自動車産業の脆弱性に繋がる可能性を指摘している。さらに、米国は電気自動車(EV)にとって必要不可欠なリチウムイオン電池の生産においても、米国は中国や日本及び韓国に対して相対的に劣位にあるとしている。

このような半導体、大容量バッテリーなどの製造における米国の相対的なシェアの低さと中国に対する依存度の高まりが、バイデン大統領をして半導体の分野を中心とした競争政策を推進する動機になっている。実際に、IPEF(インド太平洋経済枠組み)などにおいて、中国に依存しない友好国間での相互調達・融通のシステムを構築する動きが進められている。

対中技術競争に備える半導体補助金法案

米上院は2021年8月、インフラ整備に焦点を当てた「インフラ投資雇用法案、以下IIJA」(注2)を可決したが、その2か月前の6月には、中国を念頭に置いた「米国イノベーション・競争法案:the U.S. Innovation and Competition Act、以下、USICA」を可決した(約2,500億ドル規模) 。IIJAはインフラ拡充への支援策を盛り込んだが、USICAは米国の半導体および通信システムの開発・生産・研究に予算を計上するもので、中国との技術競争に本腰を入れるものであった。

少し間をおいて、米下院は2022年2月、上院案の予算を上回る「競争法案:America COMPETES Act of 2022」を可決した(3,500億ドル規模)。下院の競争法案は、半導体産業向け補助金の予算を含むものであった。

上下両院の競争法案の違いの修正を経て、上院は2022年7月27日、下院は7月28日、半導体産業向け補助金を含む競争法案である「CHIPS及び科学法案(CHIPS and Science Act)」を賛成多数で可決した。これを受けて、バイデン大統領は同年8月9日、同法案に署名した。

CHIPS及び科学法(以下、CHIPS法)(注3)の総額は、5年で約2,800億ドルであり、その多くはエネルギー省や商務省、国立科学財団(NSF)、国立標準技術研究所(NIST)といった連邦政府機関の半導体関連の研究開発プログラムなどの予算となる。また、CHIPS法は産業界への資金援助を伴う半導体インセンティブ制度向けの予算として5年間で527億ドルを盛り込んだ。この他に、国内半導体工場向け投資を促進するための240億ドル程度の税額控除を含む。

半導体施設の誘致や拡張が狙い

半導体インセンティブ制度の予算(527億ドル)には、半導体の設計・組み立てや半導体工場を誘致するための補助金として390億ドルが用意されている。また、商務省管轄の半導体関連の研究開発予算として110億ドル、国際的な半導体サプライチェーン強化費として27億ドルを活用することができる。

米インテル、台湾TSMCA、韓国サムソン電子、米半導体受託生産大手グローバルファウンドリーズ、米半導体製造スカイウオーター・テクノロジーなどの企業は、390億ドルを利用した米国内での新工場の建設を計画している。

半導体でリーダーシップを取り戻せるか

世界の半導体の生産や競争力を巡る攻防において、各国の特徴を見てみると、先端半導体の生産能力では今や押しも押されもせぬ地位にあるのは台湾であり、性能を左右する回路線幅が細い半導体のシェアがトップである。

これに続くのが韓国であり、先端半導体の生産能力を高めている。日本は半導体製造装置に強いのが特徴であり、中国は国家戦略として半導体の研究開発と製造に取り組んでおり、急速に競争力を身に付けつつある。これに対して、米国は半導体の設計や研究開発能力において一日の長がある。

今や、この先端半導体の生産能力がある意味では世界の地政学的な動きを左右するようになっている。かつては、米国が半導体の生産能力においてリーダーシップを握っており、1990年における米国の半導体のシェアは今日の3倍の40%弱を占めていた。

しかし、今日ではアジアが世界の半導体生産量の多くを占めるようになった。特に、先端半導体の生産能力はそのほとんどが台湾に集中しており、米国としては、そのリーダーシップの失地回復のためにCHIPS法を成立させ、米国内に半導体工場を誘致するのはある意味では当然の帰結であった。

ファイナンシャル・タイムズ紙によれば(注4)、半導体工場の立ち上げには少なくとも2年はかかり、米国での人材獲得は台湾よりも困難で、しかも生産コストの面では米国工場は台湾よりも5割高である。また、CHIPS法は補助金の上限を工場当たり30億ドルとしているが、平均で100億ドルの投資が必要な半導体工場の建設において、他の国では最大5割を補助するとのことである。中国の半導体への補助金は、CHIPS法での527億ドルの予算を3倍も上回るとも見込まれているようだ。

このため、CHIPS法の成立を受けて、今後の半導体分野における各国の補助金支出競争は激しさを増すものと思われる。したがって、CHIPS法が米国の半導体の生産能力を引き上げることは間違いないものの、必ずしも米国が一気に短期間でかつてのような半導体の生産能力のリーダーシップを取り戻すことにはならない可能性がある。

なお、CHIPS法は半導体の補助金を受け取る条件として、受給企業は補助金の受給日から中国に10年間にわたり半導体製造工場の増設や新設を行うことができないことを規定しており、中国への半導体投資を強く抑制する内容になっている。

(注1) “BUILDING RESILIENT SUPPLY CHAINS, REVITALIZING AMERICAN MANUFACTURING, AND FOSTERING BROAD-BASED GROWTH”, 100-Day Reviews under Executive Order 14017 June 2021, A Report by The White House, Including Reviews by Department of Commerce, Department of Energy, Department of Defense, Department of Health and Human Service.

(注2) 本稿の「米クリーンエネルギー革命はどのようなイノベーションを引き起こすか ~その2 倍増の約60万台に達した米EV販売はインフレ削減法案で加速するか~」を参照。

(注3)CHIPS:Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors

(注4) 「米、半導体で巻き返せるか 補助金テコに中国と競争」、日経電子版2022年8月3日記事

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