一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

Menu

コラム

2022/12/14 No.107中国のドイツやRCEPを重視したサプライチェーン戦略の可能性と日本の対応~低くはない中国のRCEPによる関税削減メリット~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

米国主導によるIPEFやQUADなどを活用した中国包囲網の形成が進展しているが、そうした中で、ドイツのオラフ・ショルツ首相は共産党大会直後の微妙な時期に中国を訪問した。ショルツ首相は、諸外国の対中依存を進めようとする中国の思惑に懸念を示しながらも、アンゲラ・メルケル前首相と同様に安定的な対中経済路線を歩めるように、EUとの調整に先んじていち早く中国とのサプライチェーンの拡充に保険を掛けたものと思われる。一方、厳しくなる対中包囲網に対抗するために、中国は半導体やバッテリーなどの自前技術の醸成とともに、途上国だけでなくドイツや他のEU などの国とのさらなる経済貿易関係の強化を進める必要がある。

また、中国はIPEFに対抗する今後の通商戦略の一つとして、あるいは進展しないCPTPP加盟手続きやBRICs拡大戦略を考慮すると、RCEPにおけるさらなる自由化や利用率の引き上げを図るだけでなく、インドなどを対象にしたRCEP加盟国の拡大等によるサプライチェーンの強化を検討せざるを得ないと思われる。

着々と進展する中国への包囲網

中国は「一帯一路」を前面に掲げて、海と陸の両面において中国本土から欧州まで広がる経済協力の網を広げ、インフラ・プロジェクトを実行してきた。その中の幾つかはいわゆる債務問題を引き起こし、港湾の長期的な使用権を中国に与える債務国も現れるようになった。

こうした債務問題だけでなく、新型コロナ感染症の広がりもあり、一帯一路を活用したプロジェクトに逆風が吹き始めている。しかしながら、依然として途上国のインフラ整備プロジェクトへの巨大な需要があることは疑いなく、長期的には一帯一路などを活用した経済協力への潜在的なニーズが大きいことは確かである。

これに対して、日米豪印の首脳は既にQUAD(日米豪印による4か国対話)の枠組みを用いたインド太平洋地域でのインフラ整備計画に500億ドルを支出することを明らかにしており、さらにジョ―・バイデン大統領は2022年6月に開かれたG7(先進国首脳会議)において、一帯一路への対抗として、中・低所得国に5年間で6,000億ドルの資金を提供するよう参加国首脳に呼びかけた。この新たな枠組みは「グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGⅡ)」と呼ばれ、米国は総額2,000億ドルを提供し、日本は650億ドル以上、EUも3,000億ユーロの拠出を表明している。

米中デカップリングをきっかけに、中国を取り巻く通商環境は大きく変化した。米国はドナルド・トランプ大統領の時代には、対中追加関税を賦課し、中国に対し2020年から2年間で2,000億ドルもの米国からの輸入拡大の約束を呑ませた。ある米シンクタンクは、中国がこの米国との約束を実行していないとの調査結果を発表しており、米国は心の中ではかなりの苛立ちを覚えているものと推測される。

バイデン大統領に政権が移ってからは、米国は中国の産業補助金に対する米国通商法301条の調査開始を検討していたが、これは立ち消えになっており、その代わりにIPEF(インド太平洋経済枠組み)やQUADを提唱し中国に依存しないインド太平洋地域でのデジタル経済の枠組みやサプライチェーンの構築、あるいは経済安全保障の促進策を展開している。その一環として、バイデン大統領は中国向けの半導体や半導体の製造装置に対する輸出管理を強化し、米国製の製造装置やソフトウエアを用いて米国外で製造された製品の対中輸出にも米国政府の承認が必要になる仕組みを導入した。

この他にも、バイデン政権下で成立したインフレ削減法(IRA)に、米国で販売されるEV(電気自動車)が税額控除を得るための条件として、北米で生産されていることや米国やFTAを締結している国からの調達割合が高いこと、などを盛り込んだ(注1)。つまり、中国産のバッテリーの素材(リチウムなどの重要鉱物)や部品(正極材、陽極材等)を使用する割合が高い企業は、EVの税額控除を受けることができなくなる。

さらに、米国のCHIPS及び科学法は、半導体の生産拠点を米国に設置する際に支援する補助金の予算を組み込んでいるが、補助金を受け取る条件として、受給企業は補助金の受給日から中国に10年間にわたり半導体製造工場の増設や新設を行うことができないことを規定しており、中国への半導体投資を強く抑制する内容になっている。

ショルツ独首相の訪中が意味するのは

中国の第20回共産党大会が2022年10月16日に北京市で開幕し、習近平総書記(国家主席)は長期政権を確実なものにした。それから日が間もない11月14日、ドイツのショルツ首相は中国を訪問し、習近平国家主席と会談を行った。ショルツ首相には、BMW、フォルクスワーゲン、シーメンス、BASFなどの12のドイツ主要企業から成る代表団も同行した。

ショルツ首相の共産党大会直後の微妙な時期での中国訪問に対し、EUの中には今回の訪問には事前に十分な調整がなかったとして懸念する声もある。また、ドイツ国内においても、社会民主党(SPD)を基盤とするショルツ政権は一枚岩ではなく、連立パートナーである緑の党出身のアナレーナ・ベアボック外務大臣は中国への経済依存を縮小する方針を打ち出すなど、異論を唱える動きがある。

今回のショルツ首相の中国訪問の成果は、ロシアへの牽制のメッセージを送ることができたことと、ドイツと中国との間の経済関係の強化を再確認できたことである。ショルツ首相も他のEU諸国の首脳と同様に、中国への依存度の高まりや新疆ウイグル自治区での人権問題について懸念を抱いているし、相互主義に基づき、中国に市場アクセスの改善、知的財産権の保護、補助金支出の抑制などを要求する考えのようだ。

一方では、ショルツ首相は中独間の貿易における多くの製品は、レアメタルや半導体・バッテリーなどのように独占や特定の先端技術上などの問題を抱えるリスキーなものではないとし、これらの製品のサプライチェーンの強化は中国、ドイツ、EUに等しく利益をもたらすとの見解を示した。

いち早く保険を掛けたショルツ首相

今日では米国は中国との間で政治経済において覇権を争うようになっており、地政学的にもインド太平洋地域において中国と対峙している。こうしたことから、米国はIPEFやQUADなどによる対中包囲網の形成を目指しており、人権問題や中国の不公正貿易慣行の是正を強く求めている。その一方で、脱炭素などの環境問題においては、中国との協調は不可欠としている。EUもひしひしと感じるライバルとしての中国への対応として、特に人権問題や知的財産保護などの分野においては米国に同調する姿勢を示している。

覇権主義と地政学的条件では「米国とEU(ドイツ)」の間にはやや隔たりがあるものの、中国との間における「ライバル・競争・協調」の関係に関しては、両者はその濃淡の差はあるものの同じ方向を向いている。ただし、米国はIPEFやQUADを通じたサプライチェーンなどでの対中封じ込めを主導的に行っており、日・韓・EUなどの同盟国の積極的なサポートを求めている。

その一方で、米国はインフレ削減法のEV税額控除においてEUや日韓英の自動車関連メーカーに不利な条件を突き付けている。このように、当然のことながら、米中だけでなく米EU間にも通商摩擦が生じており、EUには中国などに対する独自の産業政策を策定する必要性が生まれている。言い換えれば、EUは単に米国へ同調するのではなく、自ら作り上げた対中経済戦略を打ち出し、長期的な利益に沿った中EU関係を樹立しなければならない。

EU全体としてこれまでとは違う新たなスキームで中国と対峙することが求められる中で、今回のショルツ首相の訪中は、経済を重視せざるを得ないドイツの国内事情を背景に、ライバルとしての中国を意識しながらも、とりあえずはメルケル前首相と同様に安定的な対中経済路線を走れるように、いち早く保険を掛けたということではないかと考えられる。

中国のRCEP活用による関税削減額は日本・韓国よりも大きい

RCEPはCPTPPなどの他のFTAと比べて自由化率が低く、労働・環境や国有企業の分野を取り扱っていない。しかも、関税の削減のスピードが遅く、関税自由化のメリットを得るには時間がかかるという側面を持っている。

したがって、そうしたことを勘案すれば、中国がRCEPを利用した際の関税削減の効果は、日本や韓国と比べてもそれほど高くはないとのイメージを抱くのが自然である。ところが、実際に中国のRCEPの関税効果を計算してみると、中国の輸出規模の大きさを反映し、「中国」のRCEPを利用した輸出での関税削減額が相対的に「日本」や「韓国」の輸出よりも大きいということが判明した。

RCEPを利用した段階的な関税削減の最終年目において、「日中韓の間で行われる輸出」の中で、「日本の中国向け輸出」の関税削減額は最も大きく36億7,000万ドルで、次に、「中国の韓国向け輸出」の31億8,000万ドルが続く。そして、「韓国の中国向け輸出」の26億3,000万ドル、「中国の日本向け輸出」の24億1,000万ドル、「日本の韓国向け輸出」の10億6,000万ドル、の順となる。最後に、「韓国の日本向け輸出」の1億7,000万ドルとなるが、これは日本の韓国などからの輸入における関税率が工業製品を中心に低くなっているためと考えられる。

すなわち、関税の段階的削減の最終年目のRCEPを利用した「中国の日本・韓国への輸出」での関税削減額は合計で約56億ドル(24億1,000万ドル+31億8,000万ドル)、「日本の中国・韓国向け輸出」では約47億ドル、「韓国の日本・中国向け輸出」では28億ドルとなり、「中国」の輸出での関税削減額が「日本」と「韓国」の輸出での削減額を上回る。

中国はRCEP活用でサプライチェーンを強化できるか

「中国」のRCEP利用による輸出での関税削減額は「日本」や「韓国」の輸出の場合よりも大きく、RCEPの品目別の自由化率や関税削減率はCPTPPと比べると低いものの、中国は日韓への輸出の多くでRCEPを活用することにより少なからぬメリットを享受することができる。

こうしたことから、中国はIPEFに対抗する今後の通商戦略の一つとして、あるいは進展しない中国のCPTPP加盟手続きやBRICs拡大戦略を考慮すると、RCEPにおけるさらなる自由化や利用率の引き上げに加えて、インドや太平洋島嶼国などを対象にした加盟国の拡大によるサプライチェーンの強化を検討せざるを得ないと考えられる。

中国は米国の包囲網への対応策の一つとして、BRICsなどの新興国との連携強化を進める動きを見せている。つまり、中国は米国の「フレンド・ショアリング」(注2)の逆バージョンである「BRICsプラス」(注3)の構築により、IPEFに対抗しようとしている。しかしながら、BRICsプラスの創設は中国の思惑通りには進展していないし、米国の意表を突いたCPTPPへの加盟申請もオーストラリアなどとの関係悪化もあり、順風満帆ではないのが実態である。

このため、中国としては、日韓やASEAN・EUなどとの経済貿易関係を強化し、対中包囲網に対抗するサプライチェーンの構築を図る必要がある。CPTPPが英国の加盟手続きを進めているように、RCEPはASEAN中心性(注4)という面が強いものの、より広域になる可能性が無いとは言えない。

したがって、中国の出方によっては、日本はCPTPPやIPEF及びQUADなどを用いた対中包囲網の強化か、あるいはRCEPの自由化や利用率等を促進しながら中国とのサプライチェーンを拡充する協調路線か、いずれかの選択を迫られる可能性があるが、両方のバランスを取りながら同時に進めるというしたたかな戦略もありうる。

補完的な経済関係の強化やIPEFでは成し得ない関税自由化を促進するか

中国の設計・製造技術の発展により、ドイツはもはや中国との補完的な経済関係を維持するのが難しくなくなりつつある。それでも、ドイツにとって、半導体やバッテリーなどの基幹技術を伴う製品や製造装置以外のサプライチェーンの形成は検討に値すると思われる。

一方、中国も一帯一路やBRICsプラスの拡大が思うようにいかない現状を考慮すると、こうした途上国を巻き込む戦略だけでなく、ドイツのようなこれまで補完的な経済貿易関係にあった国を引き続き取り込むことは、サプライチェーンの拡充に有効と考えられる。この意味において、中国からすれば、ドイツだけでなく日本・韓国及び他のEUや英国などもその範疇に入ることは十分にありうる。

また、中国がRCEPによるサプライチェーンの強化を進めるには、RCEPの自由化率・関税削減率の低さや関税の段階的削減のスピードの遅さなどを改善するとともに、加盟国の拡大による広域化が効果的である。

RCEP域内で完成車や自動車部品についてサプライチェーンを推進するには、中韓は全ての完成車の関税もRCEPにおける削減対象とすることが不可欠であるし、自動車部品においては輸入取引額の大きい品目の関税の削減を進めなければならない。特に、EV関連の部材や製品における関税の削減を導入することが望まれる。

RCEPを利用した「日本の中国・韓国への輸出」で関税削減効果が高い品目は、どちらかと言えば機械類・部品、電気機器・ 部品、輸送機器・部品などの業種以外のものであることが多い。例えば、中国や韓国のマシニングセンター、カラーテレビ、乗用車、貨物自動車、自動車部品などの輸入における通常の関税率(MFN税率)は、RCEPを利用してもあまり低下しないため、関税削減効果は相対的に他のEPA/FTAと比べて低くなる。

米国が進めるIPEFは市場アクセス分野を含んでいないため、こうした関税削減の効果を発揮することが出来ない。もしも、中国がサプライチェーンの強化のためにRCEPの関税削減などの市場アクセスの改善を進めるならば、IPEFでは成し得ない関税自由化の恩恵を幅広く浸透させることが可能になる。

また、「市場アクセス」以外の分野に目を転じると、RCEPはCPTPPの条文で定められた「環境、労働、国有企業」などの規定を盛り込んでいない。アジアにおいて、人権、環境対策、国有企業への補助金、不公正貿易慣行などの問題が顕在化する中、RCEPの今後の継続交渉において、加盟国はこうした課題に対応するルールを検討することが望ましい。中国が、RCEPなどの枠組みを活用したサプライチェーンの拡充を求めるならば、そうした流れを後押しすることが欠かせないと思われる。

(注1) EUや英国の自動車メーカーは、現在米国市場へのEVの供給を輸出や現地生産で行っているが、インフレ削減法の下で税額控除のメリットを得るには、2023年以降はバッテリー生産や自動車の組み立てを北米で行わなければ不利になることは明らかである。EUはインフレ削減法によるEVへの税額控除は域内の企業を差別しているとし、2022年10月に創設されたインフレ削減法に関する米EU間のハイレベル・タスクフォース(作業部会)が、同年12月5日開催の米EU貿易技術評議会(以下、TTC)の場において、この案件の解決策を発表するよう求めた。TTC会合後の共同声明では、EV税額控除の議論の詳細は明らかにされていない。しかしながら、バイデン米大統領はTTC会合の直前の12月1日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領との首脳会談後に開いた共同記者会見において、「インフレ削減法における米国がFTAを結んでいる国からの調達は例外とする条文」は単にFTA締結国というよりも同盟国を意味したことを認めている米国議会のメンバーによって追加されたことを引用しながら、北米で生産したEVを優遇する措置について調整可能であることを匂わせた。マクロン大統領は、2023年の3月までにEV税額控除の問題を解決したいとの意向を示した。

(注2) バイデン政権は米国の半導体や大容量バッテリーなどのサプライチェーンの脆弱性を補うため、日韓などとの連携を模索している。すなわち、米国は、新型コロナや米中対立の激化を背景に、経済安全保障を目的として価値観を共有する友好国などに限定したサプライチェーンの形成を目指すようになった。この考え方は、「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」と呼ばれ、バイデン大統領はその一環としてIPEFを立ちあげるに至っている。詳細は、「見えてきたIPEFの全容~その2 米国の包囲網に中国はどう対抗するか~」、国際貿易投資研究所(ITI)、コラムNo.102、2022年10月3日、を参照。

(注3) 既存のブラジル、ロシア、中国、インド、南アのBRICs5か国に他の新興国を加えたBRICsの拡大版。中国は2022年6月23日、オンラインによるBRICs首脳会議を主催し、新興国・途上国の連帯を訴えた。同会議にはインドなどのBRICs5か国以外に、「BRICsプラス」の候補国と考えられる13の新興国が参加した。この会議に、IPEFメンバーであるインドネシア、マレーシア、タイも参加していることは注目される。なお、イランは同会議直後の27日にBRICsへの加盟を申請した(アルゼンチンも加盟申請を行ったとの報道もある)。

(注4) ASEAN中心性(ASEAN Centrality)は、東アジアの地域協力や経済連携などでよく使われる考え方であり,同地域における枠組みの形成でASEANが中心的な役割を果たすことを意味している。

コラム一覧に戻る