一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2025/02/04 No.148USMCAが終了し新たに米加間の貿易協定が誕生する可能性はあるか~その2  USMCA見直しの日本企業への影響と対応~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

トランプ大統領の強い要望でUSMCAは交渉開始から約3年後に発効

NAFTA(北米自由貿易協定)は米国・カナダ・メキシコ間において1992年12月に調印を終え、1994年1月1日に誕生した。ドナルド・トランプ大統領は2016年大統領選において、20年以上も経ったNAFTAの見直しを強く主張した(Buy American, Hire American)。その理由として、NAFTAによりメキシコに生産と雇用が流出するとともに、メキシコに生産移管した工場から米国への輸入が増えていることが挙げられる。

米国の自動車関連企業はコスト競争力を高めるためにメキシコでの生産を増強したわけであるが、トランプ大統領はそれが逆に米国の生産と投資の減少に結び付き経済成長を低下させていると主張した。そして、トランプ大統領の要請に基づき、北米3か国は2017年8月16日にNAFTAの再交渉を開始した。

NAFTA再交渉から約1年後、米メキシコ間では2018年8月27日に暫定合意に達し、米加間でも9月30日に合意に至った。この結果、新NAFTAは2020年7月、新たに名称をUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定:United States–Mexico–Canada Agreement)として発効した。

自動車の75%の域内原産比率の一層の引き上げを目指すか

トランプ大統領は第一次政権時のUSMCAの交渉において、自動車の域内原産比率を高めて原産地規則を厳格化することにより、米国からメキシコへの投資を抑制し、メキシコで生産した自動車や自動車部品の対米輸出を削減しようとした。

USMCAの「完成車」における原産地規則の一つとして、エンジン、トランスミッション、車体・シャーシ、駆動軸・非駆動軸、サスペンション、ステアリング、先端バッテリー等の7つの部品においては、最も厳しい計算方式である純費用方式で、それぞれ75%を超える域内原産比率を満たすことが挙げられる。

ただし、先端バッテリーのみ、原産地規則を満たす基準として、関税分類変更基準(輸入時の品目の関税番号が加工後には別な関税番号に変更されていること)を適用することができる。なお、この原産地規則を満たさなくても、救済条件として7つの部品を1つのスーパーコア部品として域内原産比率を計算することも可能である(個々の部品が75%を満たさなくても、7つの部品が全体として満たしていれば良いという規定)。

また、「自動車部品」そのものの原産地規則として、ガソリンエンジンやリチウムイオン電池及び車体等の「重要部品」においては75%、ポンプ、エアコン、ベアリング、スターター等の「主要部品」においては70%、ホース、ドアロック、モーター、照明機器、ハーネス等の「補完部品」においては65%の域内原産比率の達成が求められる。

一方、1994年発効のNAFTAにおいては、エンジンを構成する部品の中に域外品が含まれていても、エンジン全体として75%以上の域内原産比率を達成していれば、そのエンジンは完成車の域内原産比率を計算する際に100%域内原産と計上できる原産地規則(ロールアップ方式)を採用していた。

USMCA発効後、このロールアップ方式の採用を巡って、米国とカナダ・メキシコは論争を繰り返した。メキシコとカナダは、USMCAの交渉において、ロールアップ方式の採用で北米3か国は合意したとの見解を示したが、米国はそれを否定した。米国の主張は、ロールアップ方式を採用することで、域内原産比率が高めに出ることを避けたいとの思惑に基づいている。

こうしたロールアップ方式の解釈を巡る激しい議論に合意が見られないため、メキシコは2022年1月にUSMCAの規定に基づきパネル設置を要請した。その後、USMCAの紛争解決パネルは2023年1月11日、米国の主張が協定と整合的でないとの最終報告を発表した。

USMCAのパネルはロールアップ方式の解釈において、米国に不利な判断を示したが、トランプ大統領はUSMCAの見直しの機会に、ロールアップ方式の取り扱いについて再交渉を求める可能性がある。また、ロールアップ方式だけでなく、USMCAの原産地規則をさらに厳格化することを要求するかもしれない。

中国の対メキシコ投資や重要鉱物の開発等の様々な見直し案件を協議か

トランプ第二次政権はUSMCAの見直しにおいて、カナダに対して、原産地規則の厳格化とともに、供給管理政策(乳製品、卵、家禽製品の供給管理を実施)、デジタルサービス税(ユーザーのデータやコンテンツ提供等に依拠する特定のデジタルサービス等への3%の課税:米国はUSMCAに基づく紛争解決協議を申請済み)、長年のカナダ産針葉樹材の問題(市場価格より低く設定されているとしてカナダの公有地からの伐採料を問題視)、等の交渉を求めると見込まれる。

トランプ大統領は、メキシコに対しては、中国の自動車・同部品企業等のメキシコへの投資の増加、中国企業によるメキシコで生産されたEV(電気自動車)や自動車部品及びメキシコを経由した中国車の対米輸出の拡大、メキシコによる米国の遺伝子組み換えトウモロコシの輸入禁止等の動きを懸念しており、これらをUSMCAの見直しで協議の対象にしようとしていると考えられる。また、IRA(インフレ削減法)に設けられた総額7,500ドルのEV税額控除に類似したルールをUSMCAの原産地規則に盛り込むことも、USMCAの見直しの一環として行われる可能性がある。

これに対して、メキシコ政府はジョー・バイデン政権による中国等の情報通信技術を盛り込んだコネクテッドカーの輸入規制は、USMCAとWTOの違反であるとし、USMCAの見直しにおいて議論を求めるかもしれない。

この他に、USMCAの見直しで取り上げられると見込まれる分野としては、サプライチェーンの途絶に対する新たな協力メカニズム、強制労働による製品の輸入防止規定、炭素国境調整措置等の導入、重要鉱物の開発、中南米の国のUSMCAへの加盟メカニズム、等を挙げることができる。

輸入規制は中国企業が外国で生産した製品や外国を迂回した製品に焦点が移るか

メキシコからの中国製EVの輸入を阻止するため、USMCAの見直しに注目が集まる中で、トランプ大統領は2024年11月25日、移民や麻薬問題が解決するまでカナダ・メキシコに25%の関税、中国に10%の関税を賦課することを表明した。その後、25年1月20日の大統領就任式の直後において、同年2月1日にカナダ・メキシコ・中国への関税賦課を検討していると発言。さらに、2月4日の発動に修正されたが、関税引き上げの直前の電話会談により、カナダ・メキシコへの25%関税賦課は1か月延期されることになった。その間に政府間の協議を進め、移民や麻薬問題の解決を図るものと思われる。

カナダのジャスティン・トルドー首相とメキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、25%の関税が発動されるならば報復関税で対抗することを示唆しており、移民・麻薬の問題を巡る今後の3か国間での協議は激しさを増すものと思われる。

もしも、カナダ・メキシコへの25%の関税賦課が実施されれば、トランプ第一次政権時の最大で25%の対中追加関税よりも広範な分野が対象となると見込まれるため、その分だけ影響は大きいと考えられる。

1,700万人以上の雇用が北米全体の「貿易」に依存しているが、そのうち450万人は米国の雇用である。USMCAを活用した貿易取引は何度も国境を越えるため、メキシコ・カナダからの部材が米国に入るたびに25%の関税が適用されることになり、長期化すれば北米のサプライチェーンは深刻な打撃を受けることが予想される。

メキシコやカナダが、トランプ大統領による移民・麻薬問題に絡む25%の関税賦課に対して報復関税で対抗するならば、米国からメキシコやカナダへの輸出にも関税がかかることになり、特に自動車、医療機器、エネルギー、農産物等の分野における北米間の流通は滞る可能性がある。

本稿の前編である「USMCAが終了し新たに米加間の貿易協定が誕生する可能性はあるか~その1  覚書での不公正貿易慣行の調査要求等前回より用意周到なトランプ大統領~」においても触れたように、トルドー首相は2025年1月初めにカナダの政局の煽りを受けて辞任を表明した。これを受けて、トルドー首相の後継者を選ぶ自由党の党首選挙は同年3月9日に実施することになった。

このため、カナダにおいては、当面はトルドー首相が移民・麻薬問題に絡む25%の関税賦課の協議に対応することになるが、党首選挙後は同首相の後継者が引き継ぐことになる。

トランプ第一次政権においては、対中追加関税の影響から、米国の中国からの輸入の幾分かはメキシコやカナダからの輸入に代替する動きが見られる等、メキシコとカナダに貿易利益を生む効果が働いた。その結果、米国の両国との貿易赤字は拡大傾向にある。こうしたこと等を反映し、トランプ第二次政権においては、輸入規制の重点が米国の中国からの直接的な輸入から、中国企業が外国で生産した製品や外国を迂回した製品、あるいは米国との貿易赤字を拡大しているカナダ・メキシコやアジア・EU 等の国へ、少しずつ移って行くと考えられる。

トランプ大統領によるメキシコとカナダへの移民・麻薬問題に端を発する25%の関税賦課の表明は、メキシコで生産あるいは積み替えた中国車の輸入への規制の動きに直接的な関係はないものの、輸入規制の重点のシフトを暗示する前哨戦のようにも思える。

ユニバーサル・ベースライン関税と移民・麻薬関連の25%関税をどう棲み分けるか

 トランプ大統領は、選挙キャンペーンにおいて、世界一律で10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を賦課すると表明した。これがカナダやメキシコにも適用されるとすれば、移民・麻薬対策での25%の関税と重なる可能性がある。あるいは、両国との間で、移民・麻薬関連の25%の関税を解決した後に、10~20%のユニバーサル・ベースライン関税を導入することもあり得る。

 カナダに関しては、トランプ第一次政権時に商務長官であったウイルバー・ロス氏は2024年11月10日、カナダ放送協会とのインタビューで、カナダのエネルギー分野や鉄鋼・アルミ等の重要分野はユニバーサル・ベースライン関税の対象とはならない可能性があると答えた。

その理由として、米国はカナダから大量のエネルギーを輸入しているが、これに課税しても米国の利益にはならないし、実際に、トランプ第一次政権はカナダに対して鉄鋼・アルミへの課税を回避するという優遇措置を取ったことを挙げている。

ロス氏の指摘が正しいとするならば、トランプ政権によって実行が見込まれるユニバーサル・ベースライン関税は、単に企業からの申請を参考に適用除外品目が設けられるだけでなく、国別に例外となる分野・品目が定められる可能性がある。

ロス氏のカナダの放送協会への回答とは別に、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税は、鉄鋼・アルミ・銅等の防衛産業に関わる品目、医療用品、バッテリー、レアアース、太陽光パネル等の品目に対象を絞って適用される計画があることが報じられた。

このニュースはトランプ政権移行チームを含むトランプ第二次政権の中において、25年1月20日の大統領就任式の直前においても、ユニバーサル・ベースライン関税や60%の対中関税等の方向性に関する議論が定まっていなかったことを示すものと考えられる。

もしも、ユニバーサル・ベースライン関税の対象品目が戦略的に重要なものにスリム化されることになれば、メキシコやカナダにとって好都合な動きとなり、ユニバーサル・ベースライン関税絡みの対米要求はもう少し的を絞ったものになると考えられる。

USMCA見直しの日本企業への影響と対応

USMCAの原産地規則は、特に自動車に対しては厳しい基準を設けた。それが、2026年の見直しにおいて、さらに厳格化されるならば、メキシコで製造する自動車関連メーカーは対米輸出の際に原産地規則を満たすことができず、関税を支払う車種や自動車部品の割合が増えると予想される。現時点において、原産地規則をクリアできず、メキシコで生産された乗用車が無税で米国へ輸出できない割合は2割以下であるが、USMCAの見直し後は、その割合が拡大する可能性がある。

この対応として、日本の自動車関連メーカーはメキシコから無税での米国への輸出が困難になった車種や部品等を、日本やアジア及び中南米等から米国に供給する体制に切り替えることが考えられるが、トランプ大統領が世界全体にユニバーサル・ベースライン関税を賦課すれば、それほど大きな効果はない可能性がある。

また、自動車・同部品等の生産をメキシコから米国に生産移管することもあり得るが、トランプ大統領がメキシコからの輸入に25%以上の高関税を賦課しても、結局はやや高い関税を支払ってでも製造コストが低いメキシコで生産するという選択をする可能性もある。

なお、メキシコ政府が中国からの投資や中国車のメキシコでの生産及びメキシコを経由した中国車等の米国への迂回輸出に強い規制を打ち出すならば、トランプ大統領はメキシコへのユニバーサル・ベースライン関税の賦課に際し、何らかの適用除外措置等を講じることもあり得る。また、100%か200%の中国車への関税賦課も、変更される可能性がある。

さらに、上述のように、世界一律10~20%のユニバーサル・ベースライン関税が、防衛産業に関わる品目や医療用品及び太陽光パネル等に対象を絞って適用されるならば、カナダやメキシコはそれ以外の品目への同関税の賦課を回避できるかもしれない。

しかしながら、メキシコが中国からの投資やメキシコでの中国車の生産等において、米国・カナダからの要求に同意しないならば、USMCAの見直しにおいて米国やカナダが継続する意思を示さず、USMCAは終了し新たに米国とカナダとの間で貿易協定が誕生することもあり得る。

そして、トランプ大統領とメキシコのシェインバウム大統領との間において、メキシコからの移民・麻薬の流入を規制する交渉がうまくいかなかったならば、メキシコへの25%の関税は賦課され続けることになる。

現時点では、USMCAが終了する可能性は低く、カナダ・メキシコへの25%の関税賦課の交渉は、それが長期化する前に合意に達する可能性は高いと見込まれる。

それにも拘わらず、USMCAが終了したり、メキシコへの25%の関税賦課の交渉が長期化したならば、自動車部門に限らずメキシコを活用した対米輸出のメリットは低下し、日本企業の北米戦略は変更を余儀なくされる。したがって、日本企業はこれらの動きを注意深く見守る必要がある。

万が一、USMCAが終了した場合の日本企業の対抗策としては、これまでのメキシコを生産拠点とする北米戦略を修正し、米国やカナダでの現地生産を高めることや、ペルーやコロンビア等の米国との二国間FTAを締結している国と共に、コスタリカやウルグアイ等の将来のUSMCA加入を見据えた中南米の国での生産や調達の拡大の可能性を探ることが考えられる。

一方、2026年のUSMCA見直しの協議において、日本企業にとってネガティブな材料だけが取り上げられるわけではない。例えば、域内のサプライチェーンの途絶に対する新たな協力メカニズム、重要鉱物の開発、中南米の国の加盟メカニズム、等が話し合われる可能性がある。こうした分野は、いずれも日本企業のUSMCAを活用した北米展開において、事業の拡大に繋がると見込まれる。

また、USMCAの見直しにおいて、中国製EVやその部品に対する原産地規則を厳格化するルールが導入されれば、メキシコを経由した中国製EVや部品の対米輸出の道が細くなり、日本の自動車メーカーの北米でのEV展開は、その分だけ時間的な余裕をもって対応することが可能になる。

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