2025/08/04 No.15715%の自動車関税・相互関税で製造業の負担はどのくらい減るか~その2 関税負担額は生産年齢人口当たり約3万円減、GDP比で0.3%減~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
鉄鋼・アルミへの追加関税額は自動車・同部品の15%の水準
米国輸入統計によれば、2024年における米国の日本からの鉄鋼・アルミの輸入額は31億ドルで、米国の鉄鋼・アルミの総輸入額(1,077億ドル)の2.9%にすぎなかった。また、24年における米国の鉄鋼・アルミの輸入額の上位3か国を見てみると、両品目ともカナダ、中国、メキシコの順番であり、鉄鋼・アルミの追加関税を50%に引き上げたのは、中国だけでなくカナダ・メキシコとの貿易交渉への牽制の意味もあると考えられる。
米国の関税率表を見てみると、鉄鋼・アルミの分野に属する品目のMFN税率は主に0~6.5%の範囲にあるが、無税の品目が非常に多いことに気づかされる。したがって、本稿の一つ前に掲載されたコラム「15%の自動車関税・相互関税で製造業の負担はどのくらい減るか~その1・・」における別表のように、米国の鉄鋼・アルミの日本からの輸入における追加関税を試算するに当たり、便宜的に同品目のMFN税率を0%と仮定した。
日本の財務省貿易統計によると、24年の日本から米国への鉄鋼の輸出額は3,027億円で対米総輸出額の1.4%を占めた。アルミニウム及びその製品の対米輸出額は246億円でシェアは0.1%であった。
一方、日本の鉄鋼輸出額の総輸出額に占める割合は4.1%であった。したがって、米国への鉄鋼輸出額が対米総輸出額に占めるシェア(1.4%)はそれよりも低いが、6月4日から引き上げられた鉄鋼への50%関税の賦課は、米国内に進出している日本の自動車企業などの調達に影響を与える可能性がある。
日本の24年の対米輸出にトランプ関税が賦課されたと仮定すると、本稿の一つ前のコラムに掲載された別表のように、日本から米国に輸出した鉄鋼の追加関税額は、1,514億円(c) (24年対米鉄鋼輸出額3,027億円×50.0%)である。同様に、日本のアルミニウムの対米輸出の追加関税額は、123億円(d)(24年対米アルミニウム輸出額246億円×50.0%)となる。
したがって、相互関税率が15%の場合、日本が米国税関に支払うトランプ関税総額(h)に占める鉄鋼の追加関税額の割合は3.6%(1,514億円/4兆1,923億円(c/h))、アルミニウムの割合は0.3%(123億円/4兆1,923億円(d/h))となる。
つまり、24年の鉄鋼・アルミの対米輸出額に50%の追加関税が賦課されたとすれば、日本企業が米国に支払う鉄鋼・アルミの追加関税額は1,637億円(c~d)となり、同年のトランプ関税総額の3.9%((c~d)/h)のシェアを占めた。また、15%の追加関税率の場合の自動車・同部品の追加関税額(1兆886億円(a~b))と比べると、その15%((c~d)/(a~b))の水準にとどまっている。
自動車に次ぐ追加関税額が見込まれる医薬品の追加関税額
ドナルド・トランプ大統領は25年3月1日に木材・木製品、4月3日に半導体・医薬品に国家安全保障の観点から1962年通商拡大法232条調査を指示した。4月15日には、重要鉱物の輸入に関する232条調査を命じた。
医薬品については4月16日から232条調査を開始したが、ジェトロによれば、その調査対象はジェネリック及び非ジェネリック医薬品、医療対策製品、医薬成分およびその派生品などであるが、調査対象の関税分類番号(HTSコード)は示されていないとのことである。トランプ大統領は7月8日、今後において医薬品の追加関税措置を発表次第、「1年から1年半の猶予期間を設けた後に200%」という高率の追加関税を課すことを表明した。
日本の貿易統計では、日本の24年の医薬品の対米輸出額は4,115億円で、対米総輸出額に占めるシェアは1.9%であった。今、24年の日本の医薬品の対米輸出額に200%の追加関税が賦課された場合を仮定すると、追加関税額は8,230億円となる。なお、医薬品のMFN税率は0~5%に分布しているが、多くの構成品目が無税であるため、便宜的に0%とした。
したがって、トランプ関税総額に占める医薬品の追加関税額の割合は19.6%(8,230億円/4兆1,923億円)の高率になると見込まれる。また、医薬品の追加関税額は、関税率が15%の場合の自動車・同部品の追加関税額(1兆886億円)の約4分の3の水準であるし、鉄鋼・アルミの追加関税額(1,637億円)の約5倍の規模になる。(なお、米EU合意では半導体と医薬品への追加関税は15%となっており、もしも日本に同じ割合が適用されるならば、医薬品の追加関税額(8,230億円→617億円)は大幅に減少することになる。)
発動前の分野別品目の追加関税額のトランプ関税総額に対するシェアは約26%
25年7月23日の時点において、「発動前の分野別品目」として、銅、木材・木製品、医薬品、半導体,半導体製造装置、重要鉱物、中型・大型トラック、民間航空機・ジェットエンジン、などが挙げられる。
本稿における「発動前の分野別品目」の追加関税率は、前述のように、銅においては50%、医薬品では200%とした。一方、これ以外の木材・木製品、半導体,半導体製造装置、重要鉱物、中型・大型トラック、民間航空機・ジェットエンジンなどの品目の追加関税率は、便宜的にそれぞれ25%と仮定した。
また、「発動前の分野別品目」のMFN税率は、銅においては1.5%、木材・木製品では1.1%、医薬品・半導体・半導体製造装置・民間航空機・ジェットエンジンでは0%、重要鉱物では3.5%、中型・大型トラックでは25%とした。
「発動前の分野別品目」の追加関税額を計算してみると、銅191億円(対米銅輸出額370億円×(追加関税率50%+MFN税率1.5%))、木材・木製品14億円、医薬品8,230億円、半導体638億円,半導体製造装置765億円、重要鉱物50億円、中型・大型トラック359億円(対米中型・大型トラック輸出額717億円×(追加関税率25%+MFN税率25%))、民間航空機・ジェットエンジン611億円となり、合計で1兆858億円(e)となる。
したがって、日本のトランプ関税総額に対する「発動前の分野別品目」の追加関税額の割合を求めると、銅0.5%、木材・木製品0.03%、医薬品19.6%、半導体1.5%,半導体製造装置1.8%、重要鉱物0.1%、中型・大型トラック0.9%、民間航空機・ジェットエンジン1.5%となり、合計で25.9%であった。
日本のトランプ関税総額に対する「発動済みの分野別品目全体」の追加関税額の割合は29.9%であったので、「発動前の分野別品目全体」の追加関税額の割合はそれよりも4%少ないということになる。もちろん、これは「発動前の分野別品目」の追加関税率の多くを25%と仮定したことも影響しており、もしもそれらの実際の追加関税率が25%よりも高くなれば、その分だけ「発動前の分野別品目」の追加関税額の割合は増えることになる。
相互関税のトランプ関税総額に対する割合は5割以下
本稿の前段「その1」で述べたように、トランプ大統領は25年4月5日から日本に対してベースライン関税10%を賦課し、8月1日から15%上乗せし合計25%の相互関税を課税する予定であった。これが、7月23日の日米合意により、相互関税率は一転して15%に切り下げられた。
「発動済みと発動前」の分野別品目は、相互関税の対象から除外されることは、既に述べたとおりである。つまり、自動車追加関税率と相互関税率が15%の場合、本稿の前段「その1」で言及したように、相互関税額は1兆8,542億円(g)である。自動車追加関税率と相互関税率が25%の場合では、相互関税額は3兆904億円となる。
したがって、自動車追加関税率と相互関税率が15%の場合、日本のトランプ関税総額に占める「発動済みと発動前」の分野別品目を除いた品目の相互関税額の割合は、44.2%(相互関税額1兆8,542億円 (g)/トランプ関税総額4兆1,923億円 (h) である。自動車追加関税率と相互関税率が25%の場合は、48.8%(相互関税額3兆904億円 /トランプ関税総額6兆3,357億円)となる。
日本の相互関税額の割合がトランプ関税総額の5割以下にとどまったのは、やはり日本の自動車・同部品の対米輸出における追加関税額が大きいことが背景にある。
生産年齢人口一人当たり約3万円の関税負担が減少
本稿の前段「その1」で述べたように、自動車追加関税率と相互関税率が15%の場合、トランプ関税総額は、「発動済みと発動前」の分野別品目の追加関税額(2兆3,381億円)に「発動済みと発動前」の分野別品目を除いた品目の相互関税額(1兆8,542億円)、を加えた4兆1,923億円(h)になる。
24年の日本の対米輸出額にトランプ関税が賦課された場合、そのトランプ関税総額の24年の日本の対米輸出額(21.3兆円)に対する割合を求めてみると、19.7%(4兆1,923億円 (h) /21.3兆円)。同様に、トランプ関税総額の日本の24年名目GDP(609.5兆円)に対する割合は0.7%(4兆1,923億円 (h)/609.5兆円)であった。更に、日本の24年の生産年齢人口(15歳~64歳:7,361.2万人)一人当たりのトランプ関税総額を計算すると、5.7万円(4兆1,923億円 (h)/7,361.2万人)となった。
つまり、24年の米国への輸出に自動車追加関税率と相互関税率が15%などのトランプ関税が賦課されたと仮定した場合、日本はその対米輸出額の19.7%を関税として米国に支払わなければならない。この19.7%は、米国への輸出に賦課されるMFN税率を含めた実際のトランプ関税率でもある。また、24年のトランプ関税総額は同年の日本の名目GDPの0.7%に相当し、その分だけ日本から米国へ所得が移転する。更に、日本は生産年齢人口一人当あたり約6万円もの関税額を米国に徴収されることになる。
一方、自動車追加関税率や相互関税率を25%とした場合、日本のトランプ関税総額の対米輸出額比は29.8%、GDP比は1.0%、生産年齢人口一人当たりトランプ関税総額は8.6万円であった。
したがって、自動車追加関税率と相互関税率を15%まで切り下げた日米合意により、日本の関税負担額は生産年齢人口一人当たり約3万円減少することになる。また、GDP比では0.3%ほど減ることになり、その分だけトランプ関税の日本の名目GDPを押し下げる直接的な効果を抑制したことになる。
地産地消のビジネスモデルへの転換を促すトランプ関税
2025年に発動されたトランプ関税は、1970年代初頭の当時のリチャード・ニクソン大統領によるドルと金の交換停止や10%の輸入課徴金の導入、あるいは1985年のプラザ合意を契機とするドル高の是正と同様に、世界経済に大きなインパクトをもたらしている。トランプ大統領は、米国の貿易赤字や財政赤字の拡大という窮地に対して同盟国を巻き込んで解決を図ろうとしている。
日本企業は、プラザ合意以降、円高の進展もあり米国に進出し現地での生産と販売を試みていった。この日本企業の80年代における対米直接投資の急拡大は、ものすごいエネルギーを伴って実行された。
80年代後半から90年代前半にかけて米国の各州を訪問し、日本企業の進出状況を見て回ったが、空港から遠く離れた場所にでも、日本企業が進出していることに感慨深い思いをしたことが思い出される。この煮えたぎったマグマのような対米進出の活力は、その後、日本企業のアジアを中心とするサプライチェーン拡大のエネルギーに徐々にシフトしていった。
つまり、米国で生産し販売するだけでなく、アジアのサプライチェーンから部品や製品を北米に輸出し、組立て後に米国などで販売するというビジネスモデルを展開するようになった。こうした委託加工などを中心とするビジネスモデルは、貿易障壁を取り除き自由貿易を標榜するグローバリズムによって促進された。
しかしながら、こうした貿易と投資のグローバリズムは、トランプ関税の発動により、米国での生産・販売を中心とするビジネスモデルに引き戻されようとしている。日本企業は、この一過性かもしれないトランプ関税に対して、米国での生産・販売に全面的にシフトしていいのかどうか戸惑っており、まだ決断できていない企業も多い。
さはさりながら、トランプ大統領が任期を終了しても、米国の製造業の苦境や巨額な貿易赤字が続く限り、トランプ関税は維持され、更に第2、第3のトランプ関税が賦課される可能性もある。
日本のトランプ関税への対応
日本企業は7月23日の日米合意において、自動車・同部品の追加関税や相互関税が切り下げられたこともあり、安堵と不確実性の入り混じった思いを抱いているものと思われる。急転直下の日米合意の背景には、色々な要素が混在していると思われるが、各国との貿易交渉が思うように進展しない中で、日本との合意をテコに、EUや韓国などとの交渉を有利に展開しようとのトランプ大統領の思惑も1つの要因であったと思われる。
トランプ大統領は、今回の合意に基づき、日本に対して15%の自動車・同部品の追加関税率と15%の相互関税率などを課すことになる。トランプ関税の発動による日本の比較優位への影響を考えるならば、日本はできるだけ関税水準を引き下げることに全力を傾けざるを得なかったが、最終的にはEUや中国・韓国、あるいはカナダ・メキシコなどに賦課する追加関税率や相互関税率と同等かそれを上回らないことが非常に重要になる。
なぜならば、日本がEUや中国及び韓国などと少なくとも同等の自動車・同部品の追加関税率や相互関税率を賦課されるのであれば、対米輸出におけるこれらの国との競争上の条件には変化が生じないからである。この意味で、日米合意後のトランプ関税への対応で重要な第1のポイントとして、米EU合意や米韓合意はもちろんのこと、今後において他の競合国が日本以上に有利な条件で貿易交渉に合意したならば、直ちに日本も同等以上の合意を求めることが不可欠と考えられる。
また、トランプ関税の影響とその対応を考える上で、円の動きは重要である。米国は2022年3月からそれまでのゼロ金利政策を解除し、金融引き締めを開始したが、この結果、円安が進展することになった。連邦準備制度理事会(以下、FRB)は、22年には7回、23年には4回、都合11回の金利引き上げを行った。FRBのパウエル議長は米国の景気後退を避けるため、24年9月に金利引き下げを行い、それまでの金融政策の転換を図った。その後、11月と12月に相次いで引き下げを行ったが、25年の7月末まではインフレ懸念もあり更なる金融緩和を見送っている。
FRBが金融引き締め策に転じる前の21年における円の対ドルレートは109.8円であったが、25年7月25日においては147円台をつけており、この間に円は約25%下落している。したがって、トランプ関税への対応における第2のポイントとしては、日本は21年と比べると大幅な円安水準にあり、対米輸出時における関税引き上げにより日本企業の輸出価格は上昇圧力を受けているが、円安を上手く活用することで苦境を乗り切ることが望まれる。
今回の日米合意における関税率切り下げの内容を盛り込んだトランプ関税総額の対米輸出額に対する割合は、本稿の前段のコラムに掲載した別表のように、19.7%であった。これは、日本の24年の対米輸出にトランプ関税を当てはめた試算において、対米輸出額の約2割を関税として徴収されるということで、MFN税率を含む関税率が平均で約2割上昇することに等しい。現時点の日本は21年と比べて25%の円安水準にあり、トランプ関税への対策において有利な環境にあることは間違いない。
第3番目のトランプ関税への対応として、日本企業は自動車を中心に対米輸出価格の引き上げを進めようとしているが、円安の活用と共に、改めてイノベーションや技術革新及び生産性の向上を図って行く必要がある。日本は近年において、中韓からの激しい追い上げを受け、幾つかの製品では追い越される局面が現れ始めている。これにトランプ関税の影響が加われば、日本の競争力は更に低下する可能性がある。もしも、日本が今後数年間においてAIなどを活用することで2~3割の生産性の上昇を達成し、技術進歩や品質の向上に成功すれば、トランプ関税による価格上昇圧力を抑えることが可能になると思われる。
一方、トランプ関税の影響から輸出が減少し、日本国内の生産と雇用が減退する可能性がある。したがって、日本の第4の対応としては、米国以外の国に対して、一層のFTAの活用や新たなFTAの締結を進めることで、輸出を大幅に拡大することが望まれる。
また、日本企業は日米合意を受けて、今後の自動車・同部品などの北米を中心とするサプライチェーンの再編を検討すると思われる。それには、これまで通りに日本からの対米輸出を維持するのか、それとも日本から米国に生産を移転するのか、あるいはメキシコからの対米輸出を拡大するか、などのシナリオが考えられる。
企業が製造する製品の特質によってその答えは違うと思われるが、今回の自動車・同部品や相互関税の15%の関税率や最大で5,500億ドルの対米投資支援策は、日本で作って米国へ輸出しても価格面での不利を克服できる可能性を残すものであると同時に、主要分野を中心とする対米投資支援策などを活用することで米国での生産・販売を拡大し、将来のさらなる不確実性を乗り切るという決断を後押しするものでもある。
換言すれば、今回の関税率などの日米合意は、日米のどちらで生産するかという判断に迷う水準であると考えられる。また、メキシコで生産し対米輸出をするかどうかは、今後のUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直しおいて、原産地規則を満たすことがさらに難しくなるかどうかがポイントになる。
もしも、日本企業が米国への進出を検討するならば、日本はプラザ合意後において対米投資を果敢に進めたことを思い起こし、再び米国での生産や販売に積極的に取り組むことが期待される。プラザ合意以降においては、日本企業は家電や自動車などを中心に中国やASEANに進出を加速していった。米国やメキシコへの直接投資は、これまでも着実に進展してきたが、今回の日米合意はその流れをさらに強める可能性を秘めている。
この意味において、トランプ関税への第5番目の対応策として、日本企業は日米合意における対米投資に関する5.500億ドルの出資・融資拡大の内容とインパクトなどについて、社内において米EU合意等と比較しながら十分に検討することが求められる。
ただし、対米投資の拡大は国内の空洞化を進める可能性もあり、外資の日本への誘致拡大や、ASEANや中南米及び中東などの新たな輸出市場の開拓などで補うことが期待される。
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