2021/11/09 No.87日本とカナダ・ニュージーランドとの貿易で強く機能するTPP11
~英国や中国の参加の動きと米国の対応~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
日本にとってカナダ・ニュージーランドとの最初のFTA
TPP11(正式には、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定:CPTPP) は、メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアの6か国においては2018年末、ベトナムでは2019年の1月に発効した。残りの加盟国のマレーシア、ブルネイ、ペルー、チリの4か国では議会の批准が遅れており、未だに発効していないためCPTPPの利用を進められない状況にある。
しかしながら、日本がTPP11のメンバーの中で既に他の2国・地域間EPA/FTAを締結しているのは、CPTPPの批准が遅れるこれら4か国とともに、メキシコ、シンガポール、オーストラリア、ベトナムの4か国を加えた計8か国に達する。すなわち、日本がCPTPPの発効によって全く新たにEPA/FTAを締結した国はカナダとニュージーランドの2か国のみということになる。日本はカナダとニュージーランド以外の8か国とは必ずしもCPTPPを利用しなくても、他のEPA/FTAを活用することでFTAの効果を得ることができる。
日本のカナダへの輸出入依存度(注1)は2019年には1.3%と1.6%であり、ニュージーランドへは0.3%と0.4%であった。一方、日本のオーストラリアへの輸出入依存度は2.1%と6.3%で、ベトナムへは2.3%と3.1%であり、両国ともカナダ・ニュージーランドへの依存度を上回った。また、日本のメキシコへの輸出依存度は1.5%であり、シンガポールへは2.9%、マレーシアへは1.9%であり、いずれもカナダ・ニュージーランドよりも高かった。
したがって、日本とカナダ・ニュージーランドとの貿易におけるCPTPPの効果は、他のCPTPPメンバー国との貿易と比べて大きい方ではないように思える。ところが、日本が既に2国・地域間EPA/FTAを締結しているCPTPP加盟国との貿易では、どちらかといえばCPTPPよりも既存のEPA/FTAを優先的に利用する傾向が強い。
ジェトロの2019年度のアンケート調査によれば(注2)、日本企業が輸出に際してCPTPPよりも既存のEPA/FTAを優先して利用する理由として、➀輸出先からの要請(複数回答、回答率34.5%)、②特恵減免の条件(関税率や原産地規則)が既存EPA/FTAの方が有利(26.6%)、③既存のEPA/FTAを使い慣れているため(21.3%)、④CPTPPの自己証明制度より既存のEPA/FTAの第三者証明制度の方が確実で安心であるため(8.7%)、などの回答があった。
すなわち、日本企業がCPTPPよりも既存のEPA/FTAを優先しがちであることを考慮すると、日本のCPTPPメンバー国との貿易において、CPTPP利用の成果を上げているのはむしろカナダとニュージーランドとの貿易だと言うこともできる。したがって、CPTPPは、発効から間もないため既存の2国間EPA/FTAからの利用の転換が進んでいないことに加え、未だに発効していない国を4か国も含んでいるため、当面は「相対的に日本とカナダ・ニュージーランドとの貿易で強く機能する」と見込まれる。
日本としては、CPTPPの批准が進まない国に対して引き続き早期の手続きの開始を要求するとともに、一層のCPTPPの利用促進や新規メンバーの加入支援を図っていくことが肝要と思われる。
欧州の英国がCPTPPに加入する意味
キャサリン・タイ米国通商代表部(USTR)代表は2021年5月中旬の議会証言において、米国のCPTPPへの加入は優先事項ではないとし消極的な見解を示した。優先しない理由として、広範な超党派での賛成を得られにくいことを挙げた。同代表は、米議会全体の支持を得るには時期尚早と考えているようだ。
CPTPPへの加入の動きに関しては、英国は既に2021年1月30日に正式な参加表明を行っており、6月2日にはTPP11か国が閣僚級会合で英国の加入手続きの開始を決定した。また、フィリピンや台湾はCPTPPメンバーと加入に関する非公式な協議を行っている。中国に関しては、CPTPPへの参加へのアクションを起こすとしても、米国同様に時間がかかるものと思われる。
英国のCPTPP加盟の動きは、それまではアジア太平洋地域のFTAとの印象が強かったCPTPPのイメージを変えるものである。英国のCPTPP参加は、同国のEU離脱(Brexit)に伴う自由貿易圏の穴を埋める動きである。英国はこの他に2021年1月から日本との間で日英EPAを発効させているし、EUとは通商・協力協定を暫定適用している。また、英国は米国、オーストラリア、ニュージーランドともFTAを交渉中である。
英国のCPTPPへの関心は、アジア市場の成長性を取り込みたいと考えているためでもある。そして、CPTPPの加盟国の中でカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、ブルネイが英連邦の一員であることも大きい。つまり、英国のCPTPP加入で、それまでのアジア色が濃かったFTAから英連邦色の色彩が強まることになり、地域的にも広がりを見せることになる。ただし、将来的にはフィリピンやインドネシア、タイ、韓国、台湾などがCPTPPに参加すれば、再びアジア色が濃くなることは否めない。
CPTPPのインパクトとは何か
CPTPPが発効したことにより、まず多くの品目で関税が削減され、締結国間の貿易の流れを促進する効果が生まれた。日本市場では、牛肉の関税率は発効前の38.5%から16年目には9%になる。豚肉の場合は、発効前に低価格品にかけていたキログラム当たり最大で482円の関税を10年目に50円に削減する。また、10%以上に達するトマト加工品、オレンジ、パイナップル、りんごなどの関税率は段階的に削減され、最終的には遅くても11年目には撤廃される。
日本のCPTPP発効から1年目(2019年)の輸出で金額が増加した品目を列挙すると、カナダ向けではスパナ・レンチ、ニッケル・水素電池、自動車部品、鉄道用車軸・車輪、ニュージーランド向けでは、軽質油、乗用車、貨物車(5トン以下)、などが挙げられる(注3)。これらの品目の輸出が増加したのは、CPTPP活用で関税が即時撤廃されたためであることは明らかである。
また、CPTPPの発効により海外での携帯使用時に適用される国際ローミングの使用料が軽減されるし、ベトナムへの小売り進出では、2店舗目以降に適用される経済需要テスト(外資企業による小売店舗の開設条件)が一定期間後には撤廃される。そして、日本や第3国に設置したサーバーから現地でのデータや通信販売が可能になる。つまり、データを保管するサーバーを必ずしも販売先の現地におかなくてもよくなり、域内の電子商取引が活発化する。
したがって、CPTPPの出現により、アジア太平洋地域にこれまで以上に自由化が進んだ自由貿易圏や新たなサプライチェーンが創出される。自由化の進展はモノの貿易だけでなく、サービスや直接投資の分野まで広がることになる。
さらに、CPTPPの一大特徴は、国有企業や電子商取引、及び環境・労働の章まで幅広く包括的な分野にまで自由化の対象が広げられていることである。米国の離脱により、バイオ医薬品のデータ保護期間を8年とする規定や著作権保護期間を死後70年とする規定等の22の項目が凍結されてはいるものの、高水準の自由化率を誇り、今後のFTA交渉のモデルとなる自由貿易協定と考えられる。
中国はCPTPPの高いハードルを乗り越えられるか
TPP11の交渉で達成した成果は、これまでの日本の「地域的な包括的経済連携(RCEP)」の交渉における駆け引きの材料になった。RCEPは既にインド抜きの15か国間で2020年11月に署名済ではあるが、これからも続く一層の自由化を目指した継続的な会合でもCPTPPの成果は参考になる。
しかしながら、今後の日中韓FTA交渉やRCEPの継続交渉において、中国がCPTPPのような高い自由化要求をそのまま受け入れることは難しい。例えば、中国はこれまでのRCEP交渉では完成車や一部の自動車部品の関税の自由化は認めておらず、同国にとってCPTPPの自動車関連分野で合意した自由化のハードルは現時点では高いと考えられる。すなわち、CPTPPの市場アクセス章や国有企業章、あるいは労働・環境章は、中国としてはそのままでは素直には歓迎できない分野である。
そうはいっても、トランプ前政権からバイデン政権に移行しても、米中対立は今後とも続くことは確実である(注4)。このため、習近平国家主席は、バイデン大統領の同盟国との協調による対中包囲網に対抗するため、あるいは今後の一帯一路などの運営を円滑に進めるために、CPTPPへの参加に関心があることを表明した。もしも、中国がCPTPPに参加することになれば、CPTPPが中国を包囲するメガFTAではなく、中国の市場に依存する経済連携協定に変質する可能性がある。同時に、中国はCPTPPへの加盟を通じて、自由で開かれた貿易体制を目指していることをアピールすることができる。
それでは、中国はどのようにすれば、CPTPP加盟に求められる高いハードルを乗り越えられるのであろうか。マレーシアやベトナムはTPP交渉において、国有企業や政府調達などの分野で米国などと激しい議論を重ねて最終的に合意に至っている。中国がその内容を詳細に分析し加入交渉に適用することができるならば、CPTPPの高い自由化要求をクリアする可能性が生まれる。さらに、CPTPPは米国の離脱に伴い幾つかの合意事項を凍結しており、その分だけ中国にとってみれば加入し易いことは事実である。
マレーシアは、ブミプトラ政策(マレー人やその他の先住民への優遇策)で知られている。米国を含む12か国で合意したTPP協定は、多くの交渉分野におけるマレーシアの自由化の約束を盛り込む一方、ブミプトラ政策を投資・サービス、政府調達、国有企業などの分野で継続する権利を認めた(注5)。
例えば、TPPは多くの政府系企業を抱えるマレーシアの国情を考慮して、国有企業の財・サービスの調達額の最大4割までをブミプトラ企業などに割り当てる優遇措置を承認している。さらに、ハイパーマーケットやスーパーマーケット、コンビニ、百貨店の株式資本の少なくとも3割をブミプトラ企業が保有できることを容認した。
米国は中国のCPTPPへの加入の動きにどう対応するか
中国がCPTPP加入の手続きを始めようとすれば、米国はそれまでは参加に消極的であったとしても急に目を覚ます可能性がある。既に、米国は新NAFTAである米国・カナダ・メキシコ協定(USMCA)の中に、もしもメンバー国であるカナダやメキシコが非市場経済国である中国と自由貿易協定の交渉を開始する場合は少なくとも3か月前にその意向を他のメンバー国へ通知しなければならないという条項を盛り込んだ(条項32.10) (注6)。同時に、USMCA加盟国は中国との貿易協定に署名する30日前に他のメンバー国に協定の全文を提供しなければならない。こうした情報や手続きなどを基に、米国は中国のCPTPP加盟に影響を及ぼす可能性がある。それに、CPTPPに加盟するには全てのメンバーの賛成が必要であり、中国の加入のためのハードルは高い(TPP協定: 第30・4条 加入)。
このような米国の深謀遠慮にもかかわらず、中国の加入手続きが表面化した場合は、米国は並行して加入交渉に加わり、原産地規則、国有企業、政府調達、及びデジタル貿易等の分野でCPTPPより高い自由化、あるいはバイデン政権の目玉である環境分野で新たに厳格な規定を設けることを要求する可能性がないとは限らない。
もしも、中国や米国がCPTPPの加入手続きの開始を決断すれば、日本はニュージーランド、カナダ、オーストラリアなどとともに、その重要な調整役としての役割を期待されることは確実である。米中のCPTPP加入のアクションの前に英国やフィリピンなどが加盟手続きを終えていれば、調整がさらに複雑になることは疑いない。
英国の加盟が実現すれば、CPTPP内の英連邦の国の影響力が強まり、中国の参加にも微妙な影響を及ぼすことが考えられる。この意味で、中国のCPTPP加入の動きにおいて英国の重みが増す可能性もある。したがって、日本にとってCPTPPメンバー国との日頃の意思疎通や連携の重要性は、今後とも増々高まるものと思われる。
(注1) 輸出入依存度=日本の当該国向け(からの)輸出(入)額÷日本の世界向け(からの)輸出(入)額
注2) (「2019年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」、日本貿易振興機構、2020年2月
(注3) 「2020年度ジェトロ世界貿易投資報告」、日本貿易振興機構、2020年8月
(注4) 「大統領選後の米欧・米中関係の変化にどう対応するか~避けられない日本企業の事業部門間のリスク管理体制の強化~」、国際貿易投資研究所、 ITIコラムNo.83、2020年11月16日
(注5)小野沢純、「TPP協定におけるマレーシアのブミプトラ政策」、国際貿易投資研究所、季刊国際貿易と投資、2017/No.107
(注6)「中国と米国はTPP11への参加を決断できるか」、国際貿易投資研究所、ITIコラムNo.81、2020年7月8日
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