一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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2011/06/02 No.141_3通商戦略の潮流と日本の選択(3/4)

馬田啓一
(財)国際貿易投資研究所 客員研究員
杏林大学総合政策学部/大学院国際協力研究科 教授

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Ⅲ.アジア太平洋の新たな通商秩序

1.アジア太平洋の広域FTA
環太平洋連携協定(TPP)の浮上により、アジア太平洋地域における広域FTAの誕生が現実味を帯びてきた。広域FTA構想としてはこれまで、ASEANと日中韓で構成される「ASEANプラス3」による東アジアFTA(EAFTA)、これに印豪NZが加わった「ASEANプラス6」による東アジア包括的経済連携協定(CEPEA)、さらにアジア太平洋経済協力会議(APEC)に加盟する21カ国・地域によるアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の3つが議論されている。

ASEANプラス3の枠組みを支持する中国に対し、日本はASEANプラス6を主張している。経済統合の効果が大きいほか、印豪などの参加で中国の影響力を弱めたいとの思惑もある。ASEANプラス3とASEANプラス6のどちらをとるか、日中の確執が続くなかで「踏み絵」を踏まされることを嫌ったASEANは政府間協議の開始を先延ばししてきた。周辺6カ国との間ですでに「ASEANプラス1」のFTAネットワークを完成させ、その経済利益を享受できるASEANにとって、東アジア広域FTAの実現はとくに急がねばならない話ではなかった(注6)。

ASEANは2015年にASEAN経済共同体の創設を目指している。かつてのEC(欧州共同体)に比べれば見劣りはするが、この経済共同体に日中韓さらには印豪NZが参加するような形で広域FTAが実現に向かうとすれば、「運転席」に座って操縦桿を握るのは、ASEANということになる。

ASEANプラス3もプラス6も、米国抜きの広域FTAであることに変わりはない。しかし、2010年に東アジアサミットに米国とロシアが加わったことで、「ASEANプラス8」の枠組みが出現し、東アジア共同体の実現に向けた道筋は一層複雑になっている。

一方、米国は「APECのFTA化」とも言えるFTAAP構想の実現に向けた動きを加速させている。米国を締め出す東アジア共同体構想に対する警戒心は強く、これを牽制する狙いがある。FTAAPを推進することで、「アジア太平洋国家」として東アジアに積極的に関与していく考えである。しかし、APECは加盟国数も多く、FTAAPの実現に向けた合意を短期間で形成できるとは考えにくい。このため、米国は2009年にTPPへの参加を表明した。これをFTAAPの核として活用していく方針である。表4  アジア太平洋地域の広域FTA構想の位置付け (単位:%)

 

FTAAP

ASEAN+3

ASEAN+6

TPP

世界人口に占める構成比

40.4

31.2

49.2

7.4

世界経済に占める構成比

55.1

21.4

25.6

27.7

日本の貿易総額

70.8

38.9

45.9

25.2

日本の対外直接投資残高

59.8

19.4

25.3

40.6

(注) 2009年時点。
 (資料) ジェトロ

 昨年11月に横浜で開催されたAPECの首脳宣言では、FTAAP実現への道筋として、ASEANプラス3とASEANプラス6、TPPの発展を通じた3つのルートが示された。このうち最初の2つはまだ研究段階であるのに対して、TPPはすでに9カ国によって具体的な交渉に入っており、実現可能性の点から最も有力視されている。今後、APEC加盟国が相次いでTPPへ参加する「ドミノ現象」が起きる可能性もある。

2.APECの新たな目標
21カ国・地域が経済連携を目的に参加しているアジア太平洋経済協力会議(APEC)が再び注目を集めている。APECはこれまで、先進国は2010年までに、途上国は2020年までに域内自由化を実現するという、1994年に採択した「ボゴール目標」の達成に向けて貿易・投資の自由化や円滑化に取り組んできた。昨年11月に横浜で開催されたAPECの会議では、そのボゴール目標の達成に対して一定の評価が下され、ポスト・ボゴールの新たな課題が本格的に取り上げられた。これによりAPECは新たな段階に入った。

APECの首脳宣言「横浜ビジョン」では、APECの将来として、「緊密な」「強い」「安全な」の3要素をもった「APEC共同体」の実現を目指すことが表明された。このうち、「緊密な」共同体とは、より強固で深化した地域経済統合を指す。具体的には、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現を意味し、ボゴール目標の延長線上に位置する。

しかし、APECからFTAAPへの移行は拘束ベースの導入を意味する。APECはこれまで緩やかな協議体として非拘束の原則を貫いてきた。東アジアの中には中国など拘束を嫌ってFTAAPに慎重な国もある。全会一致が原則のAPECでの協議は、FTAAPを骨抜きにしてしまいかねない。このため、米国はTPPへの参加を決めた。

APECには、2001年に採択された「パスファインダー・アプローチ」という方式がある。加盟国の全部が参加しなくても一部だけでプロジェクトを先行実施し、他国は後から参加するやり方だ。TPPにはこの方式が使われている。米国はTPPの拡大を通じてFTAAPの実現を図る考えである。今年11月に米ハワイで開かれるAPECまでにTPPの枠組み交渉を妥結させたいとしている。(次ページにつづく

(注6)TPP交渉に刺激されて、今年インドネシアが議長となるASEANプラス3首脳会議や東アジアサミットで、懸案だった広域FTAへの取り組みが政府間協議に昇格される動きが出始めている。ASEANはTPP参加組と非参加組とに分かれてしまった。ASEANの一体化を維持しようとする動機がその背景にあると考えられる。

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