一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2002/02/18 No.24テロとの戦いに批判は許さぬ
−日米首脳記者会見でのブッシュの表情は語る−

木内惠
国際貿易投資研究所 研究主幹

 「対テロ対策、ポストアフガンの復興計画における日米協力の重要性」、「日本経済が強靭であることが持つ世界経済にとっての重要性」— つい1時間ほど前に行われた日米首脳会談共同記者会見では、安全保障と経済の両分野における2つの重要性について再確認された。

 前回報告(フラッシュ23「ブッシュ作曲対日交響曲その2」)で、首脳会談で最も注目すべき観測ポイントとして指摘したのは日本経済回復に対する米側の言及の中身およびそのトーンであった。テレビで観た限りでは、この点についてのブッシュのスピーチは拍子抜けするほどに短い。「小泉首相のリーダーシップを信頼」、「日本の経済回復は世界とアジアにとって必要」という具合に、ごく手短に、しかもほとんど総論的コメントに終始した感がある。質疑応答のセッションで「日本経済についての具体的注文はなかったのか?」との質問が記者から寄せられたのは当然である。これについてブッシュの答えは次のようなものであった。

私は「助言」のためではなく「支援」のために日本にやってきた。

 この言葉が象徴するのはブッシュ政権の対日アプローチの基本路線である。換言すれば、クリントン前政権の第1期目に見られたような対日アプローチからの脱却だ。日本の経済運営に対し、米国がいわば小姑風にいろいろと指図したり、注文をつけたりする、という構図をできるだけ排するというのがブッシュ政権の対日姿勢の真骨頂である。

 もちろん、この種の言及は政治的デモンストレーション効果を念頭においてなされるものである。むしろ会談のトーンを表しているのは両首脳が口にした「率直な意見交換」あるいは小泉首相の冒頭の言葉に見られた「率直・友好・有意義な会談」とのフレーズであったかもしれない。外交分野では「率直」なる語はしばしば意見の齟齬を示唆する言葉だ。

 両首脳の会談の2大テーマは安全保障と日本経済にあったことは間違いないが、環境問題についてのコメントも目立った。環境問題についての会談の中身を伝えるくだりでも「率直」なる語が用いられていた。京都議定書を巡る日米間のこれまでの取り組み姿勢から察する限り、この点について小泉首相の「環境と経済は両立する」、「環境のための技術開発が重要」等のフレーズは京都議定書をめぐる日米間の齟齬調整の方向を示唆しているようにも思われる。

悪の枢軸論争

 ブッシュの真骨頂が現れていたのは、いわゆる「悪の枢軸」に対する米側の方針についての発言。スピーチの中ではあまり多くが語られなかったが、質疑応答の場でのやり取りからは、この問題に対するブッシュの確固たる姿勢が逆に炙り出された感がある。

 「北朝鮮は自国民を飢えに追いやって、ミサイルや大量破壊兵器の装備を進めている。イランも、自由を求める自国民に圧制を加える一方で、これらの兵器装備に積極的であり、テロを輸出している。イラクはアメリカへの敵意を誇示し、テロを支援している。こうした国々やテロの同盟諸国は悪の枢軸(an axis of evil)を形成し、世界の平和を危うくすることを企んでいるのだ」——ブッシュは、先の一般教書演説の中で、北朝鮮、イラン、イラクなどを名指しで弾劾した。

 これについて今回の会見では、Q&Aセッションの場で対イラク攻略の観点から質問がなされたが、ブッシュ大統領は「(軍事報復をも含む)あらゆる可能性」を示唆した。さらに「悪の枢軸」発言についてフランス外相からの批判があるとの指摘に対しては、「パウエル国務長官がこれに答える」と述べたが、その際、やや憮然とした表情が表れたようにも見えた。ちなみに、仏外相の批判に対しては、パウエル国務長官が在米仏大使を呼びつけて不快感を表した経緯がある由。

ベーカー大使講演会から

 私は数ヶ月前に、とある講演会に出席したときのことを思い出した。スピーカーは、本日の日米首脳記者会見にも同席していたベーカー駐日米大使であった。昨年11月26日に開催された講演である。「テロ後の日米関係」(US-Japan Relations after Sep.11th.)と題して行なわれたこのセミナー会場には時節柄、SPが多数配置されていた。講演中のベーカー駐日米国大使の両側にもSPが眼光鋭く聴衆を監視していたのを思い出す。

 ここでのスピーチの要旨は概略次のとおり。

  1. テロ後も忍耐が大事。タリバン政権が崩壊してもテロとの戦いは終わっていないからだ。アフガニスタン解放後の国家建設での日米協力に期待大。
  2. [安全]、「繁栄」、「民主主義」、「テロのない世界」の構築に向けて日米が共同歩調をとることが肝要。
  3. 将来のテロを回避するためにも、テロリストを懲罰せねばならぬ。大事なことは「テロは高くつく」ということをテロリスト達に思い知らせることだ。
  4. テロリスト懲罰は唯一の解決策ではない。だが、(テロ防止のために必要な)解決策の一部ではある。
  5. 今回の対タリバン攻撃では米国が主導権を発揮しているが、その正統性の根拠は以下の諸点。①攻撃された直接の当事国であること、②作戦展開の人員、装備の両面での能力保持、③NATOの集団安全保障にも合致。
  6. 今回のような事態に対処するには国連の能力には限界がある。国連に対して現実的な評価(報告者注:過度な期待への戒め)も重要。この種の事態に対処するには多くの国々のコンセンサスを必要とする国連のシステムは限界があるからだ。

(上記中、5、6は「今回は米国主導で作戦を展開しているが、国連のリーダーシップを発揮させる考えはないのか?」との問いに対してのコメント)

批判に気色ばむ

 私が特に印象深かったのは質疑応答でのベーカー大使の表情とコメントであった。温厚で知られるベーカー大使が一瞬気色ばんだ(ようにみえた)瞬間があったのだ。それは「米国の外交政策の何があれほどの憎悪(hatred)を駆り立てていると思うか」との問いが聴衆の一人から寄せられた時だ。これに対するベーカー大使の次の答えは感情の高ぶりが込められているように私には見えた。それだけに外交官的言辞を逸脱した本音が表れているように思えたのだった。

 「そのような質問の趣旨自体、理解できない。テロを正当化するいかなる理由もありえない。東京タワーに攻撃されたとしたら、これを正当化する理由があり得ぬと同じだ。いかなる国の外交政策といえども完全な外交政策というようなものはない。イスラエル、パレスチナに対する米国の政策がテロを招来したのでは断じてない。今回のテロ攻撃はどんな国でも(米国以外の国でも)対象になりえたはずだ」

 今回のブッシュ会見でも、3ヶ月前のベーカー講演でも、米国のテロ対策への批判に対する過敏とも思える反応は共通するように思われる。

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