一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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フラッシュ

2022/05/16 No.510対ロシア経済制裁の効果は限定的か

木村誠
(一財)国際貿易投資研究所 客員研究員

米国のエネルギー研究の第一人者ダニエル・ヤーギンは、「ロシア産原油・天然ガスの輸入禁止や買い控えで、西側各国は新たな調達先を求めて奔走している。1970年代の石油ショックに匹敵するエネルギー危機である」と述べている。その一方で、経済制裁の対象となったロシアは、エネルギー価格の高騰で今年約3,200億ドル(約40兆円)、前年比3割以上の輸出収入の増加を見込んでいるという報道もある。対ロシア経済制裁により、西側諸国ではインフレと多大なコスト負担が生じているが、それでもロシアによるウクライナ軍事侵攻を止めるには至っていない。ジョー・バイデン大統領は3月の一般教書演説で「制裁には痛みが伴う」と国民の理解を求めたが、対ロシア経済制裁の効果は限定的なのか?

1.過去数十年で最大のエネルギー危機

ニューヨーク原油先物価格は3月に約13年8か月ぶりに一時1バレル=130ドル台を付けた。その後はゼロ・コロナ政策により中国主要都市で広がるロックダウンを受け、原油価格はいったん下振れする局面もあるものの、足元では100ドル前後で推移している。背景にあるのは、経済制裁とロシア産原油の買い控えで、原油の供給がひっ迫していること、またウクライナへのロシアによる軍事侵攻が長期化する可能性が高いためである。国際エネルギー機関(以下、IEA)は、4月の「石油市場レポート」で、「5月以降は、消費国主導の自主的なロシア産原油禁輸の影響が本格化し、ロシアの石油供給が日量300万バレル(以下、B/D)近く減る可能性がある」(注1)とみている。

ロシアは世界有数の産油国である。2021年のBP 統計(注2)によると、2020年のロシアの原油と天然ガスコンデンセートの生産量は1,010万B/Dである。これは米国の1,130万B/Dに次ぎ世界第2位で、3位のサウジアラビア(930万B/D)を凌ぐ。

他方米国の場合、石油消費量は1,720万B/Dとロシアの320万B/Dやサウジアラビアの350万B/Dよりはるかに多い。つまり米国は原油の純輸入国であり、ロシアやサウジアラビアは原油の輸出国である。その意味で今回のエネルギー危機は、消費国である米国やEU諸国を直撃している。

米国エネルギー情報局(以下、EIA)によると、米国は2021年に全世界から846万8,000 B/Dの原油・石油製品を輸入している。国別の輸入先ではカナダがトップで434万B/D、2位はメキシコ71万1,000B/D、3位はロシア67万2,000 B/D、4位はサウジアラビア43万B/Dとなっている。

3月8日米国はロシア産エネルギーの輸入を全面的に禁止すると発表した。対象となったのは原油および石油製品、液化天然ガス、石炭および石炭製品である。このうち米国にとって重要なエネルギーは原油および石油製品である。米国はロシアの原油および石油製品を2021年時点で67万2,000B/D輸入している。うち原油は19万9,000B/D、石油製品は47万3,000B/Dである。

これまでは米国の原油輸入の8%がロシアからで、その原油が制裁や買い控えで途絶することで、原油価格にはさらなる上昇圧力がかかる。ロシアによるウクライナ侵攻後、ニューヨークの原油先物価格は一時1バレル130ドルにまで急騰したが、さらに全米のレギュラー・ガソリンの小売価格は5月9日の週には1ガロン4.351ドルと過去最高値を更新した。西側諸国は、仮にウクライナとロシアが停戦合意に達しても、対ロ制裁は解除しないと表明している。つまり、ロシアの石油は今後も手に入りにくく、エネルギー危機は長期化する可能性がある。

2.ロシア産エネルギーに代わる調達先さがしは難航

西側諸国は、エネルギー危機の原因となっているロシアからの石油・石油製品の途絶を、どのようにしのいでいくのか。

1)米国

まず米国では、上場企業が資本規律を強化しており、設備投資不足が原油市場のリバランスを妨げている。EIAの最新データによると、現在の米国の石油生産量は1,160万B/Dで、パンデミック前の生産量に比べるとまだ140万B/D不足している。この供給不足が、昨年来の原油・ガソリン価格の高騰を招いた主な要因といわれている。バイデン大統領は、原油価格・ガソリン価格の高騰は「プーチンの戦争」のためと繰り返し述べているが、ロシアによるウクライナ侵攻前にすでに原油価格・ガソリン価格は上昇し始めていた。

また、バイデン大統領は、連邦政府が出した連邦公有地での9,000件の採掘リース許可案件を石油業界は未着手であると批判している。しかしこの9,000件のリース許可案件は、連邦公有地リース禁止を選挙公約に掲げるバイデンが2020年の大統領選で優勢を伝えられていたため、石油業界が先を見越してトランプ政権時代に許可を得ていたもので、バイデン政権になってから許可されたリース案件ではない。しかも実際の油井掘削開始から初油生産の間には相当のタイムラグがある(注3)。

Deloitteの推計によると、原油価格高騰と資本規律の結果、米国の石油業界は2022年には合計1,720億ドルという巨額のキャッシュフローを生み出す勢いである(Bloomberg 5月5日付け)。しかし以前とは異なり、米国企業は記録的なキャッシュフローの大部分を、設備投資には充てず、配当金の引き上げや特別配当の実施、自社株買いなど株主還元に振り向けている。上場企業の資本規律に加えて、石油産業に対する連邦政府の不用意な政策(注4)、掘削クルー、掘削資材、輸送などサプライチェーンのボトルネックなどが原因で、米国は直ちに石油を増産するのは困難とみられている。

石油採掘会社は当面、DUC (drilled but uncompleted、掘削済み未完成抗井)を仕上げることに専念している。坑井仕上げは、掘削後、ケーシング、セメンチング、パーフォレーション、水圧破砕などの作業を経て、原油生産を開始することを示す。採掘企業がDUCの完成に注力したため、DUCの在庫は2022年3月に4,273に減少し、2014年5月以降で最も低い水準となった。

一方、新規抗井の掘削には、現在不足しているリグクルーやサービスプロバイダーを雇用し、設備投資を増やす必要がある。米国の石油生産量は昨年に比べて2022年は増加するとされているが、そのペースは数か月前の予測よりも遅くなる可能性がある。石油大手ConocoPhillipsのCEOのRyan Lanceは、「今日、石油を汲み上げることを決めたとしても、新しい石油の最初の一滴を手にするのは8~12か月先」とCNBC(Consumer News and Business Channel, 米国のニュース専門放送局)に語っている。

4月22日発表のEIAの「短期エネルギー見通し」によると、2022年の米国の石油生産量は前年比80万B/Dの増加と見込まれている。しかし、米国石油業界の予測は控えめで「今年の米国の石油生産量は50万~60万B/Dの増加にとどまる」(パイオニア・ナチュラル・リソーシズのCEOスコット・シェフィールド)とみている。米国では5月最終月曜日のメモリアルデーから本格的なドライビングシーズンが始まるが、ガソリン価格はバイデン政権が期待するほどには沈静化しない見込みである。

2)カナダ

隣国カナダでは、 産油地域アルバータ州のジェイソン・ケニー首相が3月ヒューストンで開催されたエネルギ―版ダボス会議といわれるCERAWeekに出席し、「アメリカの最も親しい友人であり同盟国であるカナダから、100万B/D近く出荷する用意がある」と発言している。しかしこのため必要なのは、米国が「キーストーンXL」を承認することだと付け加えている。米国とカナダを結ぶ石油パイプライン「キーストーンXL」は、カナダの重質油と米国ノース・ダコタ州及びモンタナ州で生産されたシェール・オイルを、ネブラスカ州、さらには米国ガルフコーストの製油所へと送油するもの。環境への懸念からオバマ政権時代に建設着工が認められず、トランプ政権になってから承認されたが、バイデン大統領は就任初日に再び承認を取り消した。バイデン政権は、カナダからの原油輸入に期待しつつ、その輸送については鉄道の利用に言及している。米国は過去何度も原油の鉄道輸送で沿線火災を起こしており、石油業界はパイプラインによる輸送が最も安全であることをバイデン政権が学んでいないと批判している。

3)OPECプラス

一方、ロシアを含むOPECプラスは5月5日、閣僚級会合を開き、6月も日量43万バレルの小幅増産にとどめることで一致した。前日、欧州連合(EU)は第6次制裁措置の一環として6か月後にロシア産石油を輸入禁止するとの方針を打ち出している。EUはロシアから約350万B/Dの原油と石油製品を輸入している。これはロシアの原油と石油製品の総輸出量の半分以上に相当する。この6か月間は、EU加盟国が代替調達先を見つけるまでの猶予期間となるが、OPECプラスは大幅増産を見送った。OPECのモハメド・バルキンド事務局長は、原油と石油製品で約650万B/Dに達するロシアの石油輸出が仮に全面禁輸となった場合、それを補う余力はOPECにはない、と警告している。IEAも、実質的な生産余力を持つサウジアラビアとUAEは、今のところその増産の意志を示していないと報告している。

4)ベネズエラ

ベネズエラはサウジアラビアに次いで3,040億バレルと、世界第2位の原油埋蔵量を誇っている。トランプ前大統領がマドゥロ政権打倒を目指して2019年に追加制裁を行う前は、ベネズエラは世界有数の石油輸出国であった。バイデン政権はそのベネズエラへの制裁の緩和により対米輸入の再開を企図していると伝えられているが、マドゥロ政権の圧政は今なお続いており、米議会や世論は制裁解除には納得しない。また長期化する制裁のため、ベネズエラ国内の石油インフラは老朽化しており、仮に制裁が緩和されても、以前の200万B/Dの水準まで石油生産量を戻すには10年の年月と1,100億~2,000億ドルの投資が必要と推定されている。

3.ロシア産原油輸入をめぐる動き

米国でロシア産エネルギーの輸入が実際に禁止となったのは3月8日の大統領令の1か月以上あと、45日間の経過措置期間を経た4月22日からである。この間米国ではロシアからの石油輸入は継続していた。黒海のタマン港でロシアの燃料油を積み込んだタンカーが4月中旬、ルイジアナ州セントチャールズのバレロ・エナジー の製油所に荷揚げされたが、これが最後のタンカーとなった9隻のひとつと言われている。

またドイツではトタルがロシア産原油輸入を今なお継続している。フランスの大手トタルエナジーがドイツ北東部ザクセン・アンハルト州ロイナに所有する製油所では、少なくとも5月末まではドゥルジバ・パイプラインを通じてロシア産原油の輸入を続ける見込みであると報じられている(ロイター5月2日付け)。同社は、2022年12月末までロシア産原油の定期購入契約を結んでいる。

最近まで、ロシアは約650万B/Dの石油と石油製品を輸出しており、その内訳は、欧米向けが430万B/D、アジアとベラルーシ向けが220万B/Dである。ロシア産原油価格のベンチマークであるウラル原油(ミディアムサワー)は、ブレント価格に対して過去最大のバレル当たり20~30ドルのディスカウントで提示されている。ロシア産原油が30ドルのディスカウントで取引されたとしても、ロシアはバレル当たり70ドル前後と、ウクライナ侵攻前の水準で販売できる。

割安となったロシア産原油をインドや中国などが新規に購入する動きがみられる。サハリン産ソコール原油の5月出荷分はアジアのバイヤーによって完売となったと伝えられている。ロシアは従来、インドへの原油供給量がさほど多くないが、西側諸国による制裁でそれが変わってきた。世界第3位の石油輸入国インドはかねてより消費する原油の80%以上を輸入しているが、最近では調達先の多角化を目指している。20~30ドルのディスカウントは、インドにとってロシア産原油をより魅力的なものにしている。コモディティ情報企業Kplerのデータを引用してFinancial Times(3月18日付け)が報じたところによると、ロシアのインド向け原油輸出は3月初めから急増し、インドのロシア産原油の1日平均購入量は36万B/Dと昨年の4倍に達している。インド最大の国有石油製油所は3月23日に5月積みで300万バレルのウラル産原油を購入した。この原油はオランダのエネルギー企業Vitolから割引価格で購入したものといわれている。

Bloombergの報道によると、インドはロシアに対し、原油を引き渡しベースで1バレル70ドル以下に値引きするよう求めている。もしインドとロシアがこのような大幅な値引きに合意すれば、インドの国有石油製油所は5月に1,500万バレルものロシア産原油を輸入する可能性があると、Bloombergは伝えている。

欧米の制裁により、ロシアの米ドル建て貿易は停止しているが、報道によると、インドとロシアは自国通貨を使った決済方法について協議しているという。バルト海や黒海の港から輸出されるロシア産原油の多くは、トレーダーが購入し、欧州の商業用施設に保管され、そこから金融制裁を回避して転売されるといわれている。石油を購入して保管することは、現在の制裁措置では禁止されていないものの、米国は「インドがロシアの石油を購入すれば、歴史的に間違った側に立つことになる」(ホワイトハウスのジェン・サキ報道官)と警告している。

これに対して、インドのニルマラ・シタラマン財務相は、「ロシアのウラル原油はBrentベンチマークに対してバレルあたり約30米ドルのディスカウントで取引されている。燃料が割安で入手できるのであれば、我々は国民のために購入するだけだ」と述べている。

インドはかねてよりロシアとの政治経済関係を強化してきたが、インド石油省は4月下旬、BPやエクソンが撤退したあとの極東・ロシアサハリン1の株式や権益を、石油天然ガス公社(ONGC)、インド石油公社、GAILインディアなどに取得・拡大を検討するよう指示しており、欧米がロシアから撤退する一方で、事実上そのあとの受け皿になりつつある。

G7の首脳は5月8日に開いたオンライン会議で、対ロシア追加制裁措置として、ロシア産原油輸入を段階的に禁止する方針を決定した。米国、英国、カナダは既にロシア産原油の輸入禁止を決めているが、今回EUと日本も足並みを揃えた。欧州でロシア産原油輸入の禁止が実行に移されれば、ロシア産原油の欧州ルートは遮断されることになる。

ウクライナ侵攻と西側諸国による禁輸や買い控えが続く中、最近ロシアは石油の70%近くで売り先を見つけるのに苦労しはじめているとも伝えられている。英国のエネルギー調査機関WoodMackenzieによれば、中国の石油精製業者は、あまり多くのロシア産原油を引き取ることができないという。具体的には、制裁措置の影響でロシア産貨物の運賃が割高となっていること、ウラル原油の航行日数が中国向け中東産原油に比べ2倍の時間がかかること、中国の精製業者が中東の石油輸出業者と長期契約を結んでいることなどが影響している。

ロシアは現在、原油・ガス価格の高騰で短期的には高収益をあげているとはいえ、その石油産業はやがては衰退を迎え、2021年と比較して2030年には200万B/Dの生産量を失う可能性があると、ノルウェーのエネルギー調査機関Rystad Energyはみている。Rystad Energyは、「アジアへの輸出の軸足変更には時間がかかり、大規模なインフラ投資が必要となるため、中期的にはロシアの生産と収益は急激に低下する」と述べている。

4.天然ガスをめぐる米欧の思惑

欧州、とりわけドイツは今、ロシア産に代わる天然ガスを大量に確保したい意向である。ドイツは一次エネルギーの自給率は35%(2020年)であるが、G7のなかで、ロシアへのエネルギー依存度が最も大きく、石油で34%、天然ガスで43%、石炭で48%をロシアからの輸入に頼っている。このため米国やカタールなどからのLNG調達に向け、ドイツのロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣が積極的に動いている。しかし、米国では既存のLNG輸出プラントがフル稼働しており、出荷量を増やす余地はほとんどない。米国産LNGをより多く確保するため、欧州各国はアジアからリダイレクトされるスポット・カーゴに頼っているのが現状である。

米国には約1億トンのLNG輸出能力があり、さらに2,000万トンの輸出ターミナルが建設中で、これらは2025年までに稼働を予定している。また、エネルギー省から輸出承認を受け、連邦エネルギー規制委員会(FERC)から建設許可を受けたプロジェクトが10数件ある。これらのプロジェクトは、建設開始のため事業者、投資家、金融機関による最終投資決定(FID)を待っている。これらのプロジェクトを合計すると、米国のLNG輸出能力は1億8,700万トンに拡大する。

つまり、米国にはロシア産天然ガス依存から脱却しようとする欧州にこたえるだけの大きな潜在供給力がある。しかし欧州は2050年の温室効果ガス・ネットゼロ目標もあり、この先長期にわたる天然ガスへの依存は望んでいない。LNGプロジェクトは20年を投資期間とし、15年から20年の固定価格販売契約と10年から15年の資金調達で建設される。また、新規プロジェクトの建設には4〜5年かかる。2050年までに温室効果ガスを抑制するという欧州の目標に沿うためには、こうした時間軸が問題となる。

米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のエネルギー研究者Nikos Tsafos(注5)は、「欧州の顧客は、2025年や2030年には天然ガスを欲しがるかもしれないが、2040年には欲しがらないだろう。このミスマッチが、米国の対欧州向けLNGプロジェクトを前進させる妨げになっている」とみる。欧州は、2050年までに気候変動に影響を与えないという長期目標に合致しない限り、天然ガス生産の拡大を公的資金で支援することはない。Tsafosはこの問題を解決するために、米欧が、現在石炭火力に頼るアジアを巻き込み、公的資金を投入してLNG輸出ターミナルを建設し、その仕向け先として、2030年代半ばまでは欧州、その後はアジアへLNGを振り分けていく国際協力を提案している。ここで投入される公的資金は欧州にエネルギー安全保障を提供し、後にアジアの脱炭素化にも貢献することになる。また、欧州の顧客と10年間、その後はアジアの顧客とさらに10年間、より安い価格で契約することが可能となり、現在は石炭に比べてLNGが高すぎると感じているアジアの需要家をも満足させることになる。Tsafosは、「世界は、気候変動に関する長期的な目標を危険にさらすことなく、化石燃料の供給を増やすことができる。米国、欧州、アジアのエネルギー供給、そして気候変動対策にとって、Win-Winの関係が構築され、唯一の敗者はロシアになる」と結んでいる。

5.経済制裁の効果と限界

米国のピーターソン国際経済研究所のGary Clyde Hufbauer(注6) は、経済制裁について、刑事司法と同じように、違法な行動を抑止するだけでなく、それを執行できるか、その処罰は効果的か、対象国の行動を変えることにつながるか、という4点から分析している。今回のロシアによるウクライナ侵攻については、違法な行動の抑止ができなかった点で失敗であったとみる。2021年12月バイデン大統領はロシアがウクライナに軍事侵攻すれば米国は「ハイインパクトな制裁に踏み切る」と警告したが、その具体的な内容を開示しなかった。大規模な制裁が事前に予知できていれば、ロシアは軍事介入に踏み切らなかった可能性もあるとHufbauerはみる。

しかし、Hufbauerは今回の制裁は侵略の抑止には失敗したが、将来の抑止には役立つかもしれないとみる。例えば、「プーチン大統領はより大きなロシア帝国を目指して、北大西洋条約機構(NATO)に加盟していないモルドバ、フィンランド、スウェーデンを脅そうと企図していたかもしれないが、西側諸国による大規模制裁で、これを思いとどまるのではないか。また、中国はロシアに対する世界の非難を教訓に、台湾との統一を目指した軍事計画を見直すかもしれない」と分析している。

一方、制裁の効果をあげていくための執行(エンフォースメント)で厄介な点としてHufbauerは、第3国による制裁破りをあげている。2022年3月2日の国連総会でのロシア非難の投票では、ロシアを支持したのは4か国(ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、シリア)で、中国、インド、パキスタンなど35か国は棄権に回った。これら親ロシア国や中立国は、ロシアからガスや石油を大幅に値引きして輸入し、また消費財や工業製品をロシアに高値で輸出する可能性がある。米国務省と財務省は現在、これら第3国があからさまな制裁破りをしないよう監視しており、場合により二次的制裁発動を示唆する可能性があるとしている。

プーチン大統領がウクライナ領土からすべての軍隊と兵器を撤去し、2つの新しい共和国の承認を撤回することが制裁の最終目標となる。しかしHufbauerは、プーチン大統領はウクライナ併合に自分の政治的将来と、場合によっては人生を賭けており、プーチン政権が続く限り完全な原状回復は不可能だとみている。過去100年以上にわたって米国は100件以上の制裁を発動してきたが、そのうちの3分の1以上が成功しているが、成功した例は、国内の治安が悪く、混乱状態にある小国が対象であったことがほとんどである、とHufbauerは分析している。そして強力で毅然とした敵に対しては、あらゆるリスクを伴うものの軍事力の行使が、更生を達成する唯一の手段かもしれないとみている。

米国外交評議会会長のRichard N. Haass(注7)によると、「グローバル経済においては、一方的な制裁は、通常、制裁対象国が代替の供給源や資金源を見つけることができるため、逆に制裁する側に大きなコストを課すことになりがち」と指摘する。さらに「制裁に参加しない第3国に対して二次的制裁を行う場合、外交政策上の利益に深刻な損害を与えることになる。さらに制裁の直接的なコストは見落とされたり過小評価されたりする傾向がある」と分析している。そして、Haassは、1990年に起きたイラクによるクウェート侵攻に対する制裁は、包括的でほぼ全世界の支持を得ていたものの、サダム・フセインをクウェートから撤退させることはできず、結局、多国籍軍による軍事介入「砂漠の嵐作戦」が必要だったと結論づけている。

HufbauerやHaassなど米国の専門家は、いずれも経済制裁の限界に触れ、現状を変えるため最終的には軍事力の行使が求められるとしている点は注目したい。

(注)

1.IEA Oil Market Report (April 2020)

2.BP Statistical Review of World Energy (2021)

3.連邦公有地リース契約には一定期間内に開発を行わないとライセンスを放棄しなければならない「use it or lose it」条項がある。

4.木村誠 「米国バイデン政権の気候変動対策に課題山積」(https://iti.or.jp/flash/505) なお、原油市況緩和を目的に昨年来から戦略的石油備蓄(SPR)放出を行ってきたが、エネルギー省は備蓄増強のため、6,000万バレルの原油買戻しを今秋行うと発表している。

5.Nikos Tsafos  “How U.S. LNG Could Help Europe and Climate” Center for Strategic and International Studies (March 4, 2022)

6.Gary Clyde Hufbauer and Megan Hogan “How effective are sanctions against Russia?”
Peterson Institute for International Economics (PIIE) (March 16, 2022)

7.Richard N. Haass “Economic Sanctions: Too Much of a Bad Thing” Brookings Institute (June 1998)

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