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コラム

2024/05/15 No.131IPEFクリーン経済協定の狙いと日本の対応~その1 最初の協力作業プログラムにIPEF域内水素イニシアティブを認定~

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

日本企業は、「IPEFクリーン経済協定」のメリットを明確に把握しにくいと感じているように思われる。しかし、同協定はインド太平洋地域における水素などを中心とした高度なクリーン経済の実現に備え、次世代の産業基盤の強化やエネルギー安全保障の促進及びグリーン製品の取引の拡大に必要不可欠な枠組みになり得ると考えられる。

クリーン経済協定はサプライチェーン協定とどう違うか

IPEF加盟国は、これまでに4つの柱(貿易、サプライチェーン、クリーン経済、公正な経済)で協議を進め、貿易を除く3つの協定で合意に達し、IPEFサプライチェーン協定は発効するに至った。

また、2023年11月のIPEF閣僚会合において、当初は4つの柱には含まれなかったものの、IPEFの取り組みの効果的な実施を支援する枠組みとして、各協定の横断的な事項を取り扱う「IPEF協定」の交渉が妥結した。

IPEFの各協定の中で、第2の柱である「IPEFサプライチェーン協定」と第3の柱である「IPEFクリーン経済協定」を比較してみると、幾つかの特徴が浮かび上がる。

その第1は、両方とも効力の発生や脱退及び改正などの独自の最終規定を持ち、完結した貿易協定になっているということである。「効力の発生」や「機関の代表者の指名」などの最終規定の多くにおいて、両者には大きな相違点はない。

ところが、「脱退」については、サプライチェーン協定は発効から3年経てば通告により離脱できるとしているが、クリーン経済協定は書面による通告により脱退できると規定しており、両者には大きな違いが見られる(両協定とも、脱退は寄託者が脱退の通告を受け取った日から6か月後に効力が生じる)。なお、第4の柱である「IPEF公正な経済協定」においても、脱退の通告には発効から3年は待たなければならない。

第2には、IPEFサプライチェーン協定は、「IPEFサプライチェーン理事会」や「IPEFサプライチェーン危機対応ネットワーク」、「IPEF労働者権利諮問委員会」などの機関の設立を定めている。これに対して、IPEFクリーン経済協定は、大きなものとしては「IPEFクリーン経済委員会」の設置だけを定めており、今後は小委員会や関連する機関の立ち上げがあるかもしれないが、IPEFサプライチェーン協定に比べると、色々なプロジェクトや作業部会などを実施する機関の数が少ないのが特徴である。したがって、IPEFサプライチェーン協定はIPEFクリーン経済協定と比べて仕組みが多く複雑であり、より義務や労力の伴う内容となっている。

第3には、バイデン政権がIPEFサプライチェーン協定をIPEFの4本柱の1つに選んだ理由は、半導体・重要鉱物・バッテリーなどのサプライチェーンにおける米国の対中依存度が高く、米国経済の脆弱性に繋がっているため、経済安全保障という観点から中国抜きの供給調達網の形成が不可欠であったからである。さらには、IPEFのサプライチェーンの枠組みが創設されれば、加盟国間の安定的な供給調達網の形成や貿易投資の拡大に結び付くことになり、企業の危機対応メカニズムが強化されることになるためと考えられる。

これに対して、バイデン政権がIPEFクリーン経済協定を押し進める背景として、インド太平洋地域での脱炭素の動きを促進することで、米国のクリーンエネルギー革命を助長し、最終的には米国のエネルギー安全保障に繋げるとともに、水素などのクリーンエネルギーへの移行により米国産業の競争力の向上と輸出の拡大を目指していることが挙げられる。

すなわち、バイデン政権によるIPEFクリーン経済協定の促進は、温室効果ガス削減などのパリ条約の精神を実行するという面だけではなく、米国の国際競争力の強化を追求したクリーンエネルギー戦略に基づいていると考えられる。

また、「IPEFクリーン経済協定」は、米国だけでなく日本にとっても来るべき水素などを主体にしたクリーン経済への移行の実現に有効なフレームワークの1つであると思われる。そして、IPEFクリーン経済協定は14の加盟国を抱えており、日本は同協定の下で他の加盟国と互いに協力し合いながら、クリーンエネルギーへの転換やカーボンニュートラルな産業や社会の実現を推進することが可能である。

もしも、日本が水素関連の技術開発や供給網の整備などにおいて、米国やEUとの競争で先頭に立つようなことになれば、化石燃料などの資源では輸入に頼らざるを得なかったが、水素という新たな分野においては、資源大国に躍り出る可能性がある。そうなれば、水素関連の製品・製造装置・技術などの輸出が大きく拡大するものと思われる(詳細は、別途掲載の「IPEFクリーン経済協定の狙いと日本の対応~その3 日本はIPEFをテコにした水素社会への転換を実現できるか~」を参照)。

日本は、これまで優位にあった家電部門の競争力を低下させ、現在は自動車関連部門において比較優位を保っているが、将来的には世界の電気自動車(EV)市場での中韓や欧米とのシェア争いには厳しいものがある。この意味で、日本はAI(人口知能)やロボット関連技術の開発競争とともに、IPEFクリーン経済協定等を活用した水素などを中心とする高度な脱炭素社会の実現に向け、全力を尽くさざるを得ないと思われる。  

IPEFクリーン・公正な経済協定の発効に向けた動き

IPEFの3番目の柱である「IPEFクリーン経済協定」は、エネルギー安全保障の促進や温室効果ガスの排出削減、クリーン経済への移行に資する域内の協力・投資の促進などを謳っている(詳細は、別途掲載の「IPEFクリーン経済協定の狙いと日本の対応~その2 IPEFクリーン経済協定の概要と日本のメリット~」を参照)。

「IPEFクリーン経済協定」は、日本とシンガポールが提唱した「IPEF域内水素イニシアティブ」を、「協力作業プログラム(CWP:IPEFクリーン経済協定の加盟国が、同協定の範囲内で協力して行う行動・計画・活動から構成されている)」の第1号として明記している(IPEFクリーン経済協定の第23条第10項参照)。

すなわち、日本やシンガポールは、水素を対象とする協力作業プログラムが、他の加盟国を巻き込んだ域内のクリーン経済への移行の推進力の1つになるように、主導的な役割を果たすことを期待されている。

また、2023年11月のIPEF閣僚会合において、加盟国は「IPEFクリーン経済投資家フォーラム」を毎年開催し、気候変動関連の域内投資を促進することに合意した。その第1回目は、24年6月5~6日にシンガポールにおいて、各国の政府関係者、投資家、スタートアップ企業などを集めて開催の予定である。

このフォーラムの目的は、米国およびインド太平洋地域から多様な投資関連のビジネス関係者や政府機関等を招聘し、提案されたクリーン経済協定の目標を推進するための特定のプロジェクトへの資金提供を促すことにある。米国はIPEFクリーン経済投資家フォーラムに招待する個人やグループを推薦するが、最終的な招待者はシンガポールによって決定される。シンガポールは20~50人の米国の民間セクターの参加者を招待した、と伝えられる。

そして、この会合において、既に合意済みのIPEFクリーン経済協定やIPEF公正な経済協定及びIPEF協定が署名され、各国の批准・承認や発効までの道筋を後押しする可能性がある。

技術援助や能力開発を盛り込む

IPEFの4番目の柱である「公正な経済」では、腐敗防止対策や税制に関する透明性の向上と情報交換などの協力が謳われている。

例えば、IPEF加盟国は、国際条約に基づき、「マネーロンダリング(資金洗浄)への対策」や「腐敗行為の摘発・捜査・制裁の強化」に協力することで合意に達している。さらに、税務行政の改善と協力の推進、情報共有や能力開発の推進で透明性を高め、ビジネス・投資環境を改善するとしている。

事後的に追加された「IPEF協定」では、元々のIPEFの4つの協定の枠を超えて継続的に参加国間で経済協力関係を深化させ、新たな協定の交渉や新規参加国の提案を含め、協定や枠組み全体の運営に影響を与える事項を検討する「IPEF評議会」の設置が規定された。

さらに、IPEF協定においては、IPEFのサプライチェーン協定、クリーン経済協定、公正な経済協定の実施あるいは運用に関する問題を検討し、分野横断的な相乗効果を特定し、作業の重複を避けることを目的とする「合同委員会」の創設が盛り込まれた。IPEF評議会と合同委員会は、可能な限り同時に、かつ同じ場所で年次会合を開催するとしている。

また、IPEF協定は貿易の柱における「委員会」の設立も検討しており、IPEF評議会、合同委員会、そして場合によっては貿易委員会の初会合は、IPEF協定の発効から1年以内に同時に開かれる可能性がある。

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