一般財団法人 国際貿易投資研究所(ITI)

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コラム

2023/03/31 No.111RCEPとIPEFの狭間でCPTPPは前進できるか

高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹

中国や台湾は2021年にCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への加盟申請を行ったが、英国の場合は申請から4か月で加盟手続を開始したものの、今のところ中台の手続開始への動きに進展は見られない。そして、RCEP(地域的な包括的経済連携協定)が2022年から発効し、さらに米国は市場アクセス分野を含まない新たな経済的フレームワークであるIPEF(インド太平洋経済枠組み)を推進しているため、その分だけ日本はCPTPPを利用した通商戦略におけるリーダーシップや影響力を発揮しにくくなっている。中台などのCPTPP加盟が進まなければ、将来におけるFTA利用によるメリットを享受する機会を失うし、RCEPやIPEFの狭間でCPTPPが膠着したままであれば、発効を主導した歴史的な貢献により、CPTPPで築き上げた日本の指導力を生かせなくなる可能性がある。したがって、 CPTPPを進展させるには、日本としてどのような手段やシナリオが考えられるのかを探ってみたい。

広域化でCPTPPが進展するか

米中対立が激化する中、必然的に米国の外交の重心が環太平洋地域へ移り、一段と経済安全保障への関心が強まっている。そして、米国のインフレ削減法(IRA)に盛り込まれたEV(電気自動車)の税額控除の問題をきっかけとする米EU間の軋轢の高まりもあり、米国は今後とも日本との政治経済関係を強化せざるを得なくなっている。

米国とEUとの政治経済関係は、ドナルド・トランプ前政権の時にはかなりギクシャクしたものの、ジョー・バイデン政権になってからは良好な同盟関係を再び取り戻すようになった。ところが、EV税額控除の問題をきっかけに米欧の経済関係に緊張が走り、その分だけ日本とEUはトランプ大統領の時代と同様に連携を強化するチャンスが生まれている。

一方、中国は米国を中心とする対中包囲網への対抗策として、できるだけ日本企業のチャイナプラスワンの動きを阻止し、引き続き日本が対中依存を維持拡大するように図っていくものと思われる。中国は既にRCEPにおいて日本との間でFTAを発効させているが、CPTPPへも加盟することで日本との間においても一層のサプライチェーンの強化を図ることが可能になる。ただし、まだ課題は残っているものの、日本はRCEPの利用により対中貿易で関税を削減できることから、その分だけ中国のCPTPP加盟によるメリットを感じにくくなっている。

CPTPPにおいては、日本は英国の加入を実現させるとともに(3月末にも加盟を承認されると見込まれている)、この他に中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイの加盟申請にも対応しなければならない。また、フィリピンや韓国もCPTPP加盟への関心を表明しているが、膠着するCPTPPの進展を図るには、EUなどの新規加盟によるCPTPPの広域化が考えられる。つまり、CPTPPの広域化や多様化で締約国の政治経済的なメリットを高め、CPTPP参加を説得する際のハードルを下げることで、少なくとも現段階よりも米国などのCPTPP加盟の可能性が高まると見込まれる。そして、中台などのCPTPPへの加入のチャンスが広がることもあり得る。

日本はEUとの間では、米EUに先行して日EU・FTAを2019年2月に発効させており、既に自由貿易を進める枠組みを確立している。米国の同盟国の主要プレーヤーとして日EUは双璧にあり、中国への経済依存の深さでも共通する面を持っており、共通の価値観や経済観に基づくフレンド・ショアリング(注1)を推進することが可能である。EUから離脱した英国はCPTPPへの加入を確実なものとしており、EUも高い成長が期待されるアジア太平洋地域への関与を強めざるを得ないことから、ドイツやフランスなどを中心にCPTPPへの参加を検討することが期待される。日EU・EPAを締結している日本は、EUのCPTPP加盟に何ら問題はないと思われる。

また、アジア太平洋諸国の中でCPTPPに加入しているのは、日本以外ではシンガポール、ベトナム、マレーシア、ブルネイらのASEAN4か国とオーストラリア、ニュージーランドの2か国を加えた6か国である。アジアでは、中国と台湾が加盟申請し、フィリピンと韓国が関心を示している。インドネシアやタイなどの他のアジア諸国のCPTPPへの参加が望まれる。また、CPTPPに加盟している南米の国はペルーとチリの2か国だけであるが(メキシコは北米としてカウント)、既にエクアドル、コスタリカ、ウルグアイは加盟申請を行っており、他の中南米諸国の追随が期待される。

想定される今後のシナリオ

中国のCPTPPへの加盟申請は、副産物として米国の同協定への復帰の機会を妨げる効果をもたらした。これに対して、米国は原産地規則などの現行の規定を変更しない限りCPTPPには加入しないとの考えを表明しているし、CPTPPの代わりにIPEFやQUAD(日米豪印による戦略対話)などを活用することで対中包囲網の形成を進めている。IPEFは市場アクセス(関税削減ルール等)を含んでおらず、米国はデジタル経済やサプライチェーン及びクリーンエコノミーなどの通商課題に対して、これまでのFTAとは異なる新たなフレームワークを構築しようとしている。

米国のTPP離脱後、日本はCPTPPの発効に主導的な役割を演じ、歴史に残る成果を挙げた。ところが、中国の意表を突いたCPTPP加盟申請や米国のIPEFの提唱などの攻勢に押され、さらにはRCEPが発効したことから、これまでCPTPPで築き上げた日本のリーダーシップを十分に発揮できない恐れがある。RCEPやIPEFに挟まれたCPTPPに対して、日本が米国とのフレンド・ショアリングやCPTPPの役割を重視した通商戦略を展開しようとするならば、アジアやEUなどから新規のメンバーを取り込むことでCPTPPの広域化・多様化を図るとともに、並行して米国の意向を反映したCPTPPルールの変更に努力するなど、米国のCPTPP復帰を容易にする土台作りを進めることが必要になる。

したがって、CPTPPを進展させるため、今後において想定される日本のCPTPP対応のシナリオの1つとして、EUを始めとして少しでも多くの国のCPTPP加入の実現に努め、合意のために凍結した22項目の復活や原産地規則の再検討で米国のCPTPP加盟のハードルを下げ、中国の加盟よりも先に米国の復帰を図ることが考えられる。中国が米国よりも先に加盟すると、ルールを修正でもしない限り、米国の加入手続きが進まない可能性がある。なお、米国の大統領貿易促進権限(TPA:政権が交渉・合意した通商協定について、議会は協定内容を修正せず実施法案の賛否のみを審議することを規定)が2021年7月に失効していることもあり、米国の復帰が叶うとしても時間がかかると見込まれる。

2つ目のシナリオとして、米国にはCPTPPへの復帰を求めながらも、中国のCPTPP加入手続きの開始を支持する代わりに、中国から国有企業や補助金の問題あるいは自動車の輸入関税の撤廃等において大幅な譲歩を引き出すことが考えられる。また、CPTPPに選択的離脱(加盟に反対する既加盟国と新規加盟国との間で貿易協定を発効させないことで新規加盟を実現)のルールを導入し、中国の加盟を実現し易くすることもあり得る(注2)。ただし、選択的離脱がルール化されない場合、CPTPPメンバー国の1つでも中国の加入手続きの開始を支持しないならば、中国の加入は実現できない。

また、1つ目のシナリオを展開しある程度の広域化が進んでも米国の復帰を実現することができなければ、セカンドベストとして2つ目のシナリオを検討するという選択肢も考えられるし、あるいは、2つ目を選ばず米中のCPTPP加盟を当面は静観するというシナリオもあり得る。

後者については、たとえ米中台のCPTPP加入手続きを開始できなくても、CPTPPへ参加する国を少しでも多く増やすことで広域化に見通しがつき、それによりCPTPPの存在感が高まるならば、それはそれでシナリオの1つになり得るのではないかと考えられる。

チリのCPTPP発効で残るはブルネイのみ

CPTPPは2018年12月30日、加盟11か国の中で、メキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアの6か国において発効した。ベトナムは少し遅れた2019年1月14日、CPTPPを発効させた。ペルーでは議会の批准が大幅に遅れCPTPPはベトナムから2年半以上も過ぎた2021年9月19日、マレーシアではペルーからさらに1年以上も経過した2022年11月29日に発効した。そして、チリでは同年12月22日に批准され、2023年2月21日に発効した(加盟国中で10番目)。最後に残されたブルネイでは、CPTPPはまだ議会において批准されておらず、依然として発効していない。

CPTPPへの新たな加入の動きとしては、英国は2021年2月1日に加盟申請した。そして、中国が突如として2021年の9月16日にCPTPPへの加盟申請を行ったことを発表し、その数日後の9月22日に台湾も加盟申請した。この中台の矢継ぎ早の加盟申請は、一つの中国やCPTPPを活用したサプライチェーンなどを巡る駆け引きの攻防が激しいことを実感させる動きであった。しかしながら、中国のCPTPP加盟の手続き開始は、全ての加盟国の支持が求められるだけでなく、一つの中国を巡る攻防への懸念もあり、当面は台湾の加入手続きと抱き合わせで慎重に検討せざるを得なく、先送りされる可能性がある。

また、2021年12月にはエクアドル、2022年8月にはコスタリカ、同年12月にはウルグアイが加入申請を行った。この他に、フィリピンはCPTPPメンバーと加入に関する非公式な協議を行っているし、韓国もCPTPPへの加入に関心を示しているなど、CPTPPの広域化への流れが見え始めている。

英国の加盟申請の後、TPP委員会は2021年6月2日に加入手続きの開始を決定し、その第1回作業部会が同年9月28日に設置され2022年2月18日に終了した。これに伴い、英国は市場アクセスのオファーなどを作業部会に提出し、次の段階である市場アクセス交渉に移った。その後、英国の加盟交渉は進展し、CPTPP11か国から承認を得る段階にまで達している。

CPTPP加入による経済的メリット

下表は2022年12月の時点において、中国、台湾、米国がCPTPP加盟国との間で締結しているCPTPP以外のFTAをリストアップしたものである。

中国はCPTPP加盟国との間で7つのFTAを発効させており、その対象となるCPTPP加盟国の国数の合計は9か国となる。すなわち、中国がCPTPP加盟国の中でFTAを発効させていない国はカナダ、メキシコの2か国だけであり、11か国から成るCPTPPに無理をして加入する経済的な意味合いはそれほど大きくはない。2022年1月からRCEPが発効したので、中国は日本との間でもFTAの利用を進めることが可能になった。したがって、中国のCPTPP加盟申請の動機は経済的な側面というよりも、むしろ政治的な要因によるところが大きい。

表. 中国、台湾、米国のCPTPP加盟国とのFTA (2022年12月現在)

注. 2022年12月末現在のCPTPP加盟国は、日本、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポ
ール、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、ペルー、チリの11か国。( )内の数字は発効年月。
資料:ジェトロ;「世界のFTAデータベース」などから筆者作成。

これに対して、台湾の場合は、上表のように、CPTPP加盟国との間でFTAを締結しているのはニュージーランドとシンガポールの2か国だけである。したがって、台湾はCPTPPに参加する経済的な意味合いが強く、CPTPPを利用した貿易投資の拡大に期待するところが大きい。

米国は7か国のCPTPP加盟国との間でFTAを発効させており、中国ほどではないものの、CPTPPに直ちに加入しなければならない強い経済的な理由はない。また、表には掲載されていないが、韓国はCPTPPの加盟11か国の全てとCPTPP以外のFTAを発効させており、米中以上にCPTPPを締結する経済的な意味合いは大きくはない。

英国は、2021年1月にCPTPPメンバー国を含む多くの国との間でFTAを発効させているので、一見するとCPTPPに加盟する意味は大きくないように思われる。しかしながら、同国のEUからの離脱による自由貿易圏の穴を埋めるという意味では、CPTPPへの加入は経済的にも政治的にも一定のインプリケーションがあるように思われる。

なお、参考までに、EUがCPTPP加盟国とFTAを締結している国数は日本やベトナム及びカナダを含む7か国であり、未締結の国はオーストラリア、ニュージーランド、ブルネイ、マレーシアの4か国であった。EUは少なからぬ数のCPTPP加盟国とFTAを締結しているものの、今後の新規加盟国の増加が見込まれるCPTPPに加入すれば、アジア太平洋地域との深いつながりを得るための橋頭堡を築くことになる。そして、EUの加盟によりCPTPPの広域化に弾みがつくことになれば、締約国がCPTPPを利用した貿易投資拡大効果やサプライチェーン強化のメリットは確実に高まると見込まれる。

一方、日本がCPTPP加盟国の中でCPTPP以外の他のFTAを締結しているのは、2022年12月時点ではブルネイ(CPTPP未発効)、チリ、シンガポール、メキシコ、ペルー、オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム、マレーシアの9か国である。つまり、日本はブルネイのCPTPP発効が遅れても、同国とはCPTPP以外のFTAを活用することができるが、カナダとの貿易では、利用できるFTAはCPTPPしかないということになる。

全ての加盟国からの支持が必要な中国の加入手続き

もしも、CPTPPに加盟申請済みの英国、中国、台湾、エクアドル、コスタリカ、ウルグアイに加え、関心を示すフィリピン、韓国などの加入が進むならば、CPTPPはその高水準の自由化率を誇るだけでなく、一段と規模を拡大したFTAに生まれ変わることになる。さらには、CPTPPは協定文の中にRCEPには盛り込まれていない国有企業章や労働・環境章を備えていることから、より包括的で質の高いFTAとしての役割を広げていくものと思われる。この意味において、発効から間もないRCEPが自由化率の低さなどの課題を抱えていることもあり、アジア・EUなどから新規加盟国を増やすことでCPTPPのさらなる広域化を達成できるならば、RCEPを補う形でのCPTPPの進展が可能になると思われる。

こうした高い自由化率と包括的な枠組みから成るCPTPPへの中国の加盟申請に対する各国の対応であるが、カナダとメキシコは明らかに中国の人権問題、産業補助金、不公正貿易慣行などの面で懸念を抱いており、もろ手を挙げて歓迎してはいない。しかも、カナダにおけるファーウェイ問題は副会長の拘束が解除されたことで一旦は解決に向かうと思われたが、カナダ政府は2022年5月、次世代通信規格「5G」からファーウェイとZT E(中国通信大手)を排除すると発表するなど、同分野での2社の製品の新規の利用を禁止する方針であり、依然として中国・台湾のCPTPP加盟申請への支持を見送る姿勢には変わりはないようだ。

また、オーストラリアは、カナダやメキシコと違い既に中国との間でFTAを発効させており、同国の中国のCPTPP加盟から得られる経済的なメリットはそれほど大きいわけではない。CPTPPが発効した2018年末の約1年後、新型コロナウイルスの感染が中国で確認された。その後に新型コロナが世界中に広がる中で、オーストラリアはウイルスの発生源や感染の背景を調べるため独立した調査が必要だという考えを示した。これに対する経済制裁として、中国は2020年5月にオーストラリア産の大麦とワイン等に追加関税を課す決定を下した。これを契機に、オーストラリアと中国の確執は続いている。

中国のCPTPP加盟申請に対して、マレーシアやシンガポール、ベトナムは歓迎の意向を表明した。これは、中国の積極的なCPTPP加入に関するロビー活動が功を奏したためと思われる。中国はオーストラリアにもCPTPPへの加盟申請の前からロビー活動を行い、中国のCPTPP加入への支持を求めたと伝えられる。しかしながら、オーストラリアは中国のCPTPP加盟から得られる経済的なメリットは大きくはない上に、中国の対豪追加関税が足かせとなっているため、中国のCPTPP加盟への支持を打ち出し難くなっている。

TPP委員会が中国の加盟申請に基づき作業部会を発足させようとしても、オーストラリアやカナダ及び日本が支持を表明しなければ同部会は設置されない。いずれにしても、CPTPP加盟国の中で1か国だけでも中国加盟への不支持の姿勢を保ち続けるならば、中国のCPTPP加盟の手続きは進展しない。

中国はオーストラリアやカナダとの確執に加えて、USMCAの「非市場経済国(中国)とのFTA交渉の開始に関する条項」を用いた米国からの圧力を受けることもあり得る。すなわち、米国は同条項に基づきカナダとメキシコから少なくとも3か月前に中国とのFTA交渉開始の意向を入手できるだけでなく、USMCAから離脱する可能性を示唆することで、両国に中国のCPTPP加盟への承認に関して一定の影響を与えることが可能である。

米国はこれまで中国のCPTPPの加盟申請に対して懸念を示す一方で、CPTPPへの復帰は現段階では優先順位が高い案件ではないことを表明している。バイデン政権がCPTPPへの復帰を検討するとすれば、CPTPPのルールを米国の求めるような方向に修正できる場合か、あるいはCPTPP復帰に関して米国議会を説得する材料を用意できる場合、などが想定される。

したがって、米中などを巻き込んだCPTPPを巡る込み入った現状を考慮すると、日本はカナダやオーストラリア、シンガポール、ベトナムなどの既存のCPTPP加盟国とともに、英国とも綿密なすり合わせを行い、共に米国の復帰や中国・台湾の加盟の可能性を探らざるを得ないと考えられる。同時に、EUなどの加盟によるCPTPPの広域化を進展させながら、米中台のCPTPP加盟の実現という難解な連立方程式を解いていくことが肝要と思われる。

  1. 米国は、新型コロナや米中対立の激化を背景に、経済安全保障を目的として価値観を共有する友好国などに限定したサプライチェーンの形成を目指すようになった。この考え方は、「フレンド・ショアリング(friend-shoring)」と呼ばれ、バイデン大統領はその一環としてIPEFを立ちあげるに至った。詳細は、「見えてきたIPEFの全容~その2 米国の包囲網に中国はどう対抗するか~」 国際貿易投資研究所(ITI) コラムNo.102 2022年10月3日、を参照。
  2. CPTPPは選択的離脱(加盟に反対する既加盟国と新規加盟国との間で貿易協定を発効させないことで新規加盟を実現)の採用を認めていないため、中国の加入を少しでも懸念する既加盟国が新規加盟の審議を拒否しがちである。もしも、CPTPPがこの選択的離脱のルールの導入を検討するならば、中国の加盟手続開始の動きに影響を与える可能性がある。

参考文献

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