2015/05/13 No.230FTAを利用できる品目が少ない日本(1/7)~低いミャンマー・カンボジアのFTA利用率~
高橋俊樹
(一財)国際貿易投資研究所 研究主幹
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はじめに
本稿の狙いは、TPPやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)などのメガFTA の交渉が進む中、日本企業のグローバル戦略としてのFTA活用に資するため、そもそもFTAを利用できる品目の数と割合はどれくらいなのかを明らかにすることにある。そのためには、まずFTAの利用率とは何かということをあらためて考え、ASEAN中国FTA(ACFTA)やAFTA(ASEAN自由貿易地域)及び日本のEPA/GSPにおいて、実際にどのくらいの品目でFTAを利用できるのかを試算した。同時に、FTA活用のメリットがない品目の割合はどのくらいなのかをEPA/FTA別に求めた。
ACFTA/AFTAと日本のEPAと比較すると、ACFTA/AFTA の方がFTAを利用できる品目の割合が高かった。これは日本のEPAにおいては、通常のMFN税率とFTA税率がともに0%のケースのように、FTAのメリットが生じない品目の割合が高く、FTAを利用できる品目が相対的に少ないためである。
また、FTA税率の方が通常のMFN税率よりも高いという逆転現象は、タイの中国からの輸入では760品目にも達しており、FTAの活用において両関税率の確認が必要であることを示している。
目次 |
1.FTAの利用率とは何かを考察する
FTAを利用する時、まず確認しなければならないことは、FTAを活用するとどういうメリットがあるのか、FTAを活用するためにはどのような条件を満たさなければならないのか、実際にどのくらいFTAが利用されているか、ということである。
まず、FTAを活用する時のメリットであるが、それはFTAを利用することにより、輸入を行う際に支払う関税額を削減できるということである。どのくらい関税を削減できるかというと、FTAを使わない時に支払う通常の関税額(MFN税額)からFTAを利用した時の関税額(FTA税額)を差し引いた分がそれに相当する。
つまり、FTAを利用することにより、関税を支払わなくてもよくなった分だけコストを削減することができる。例えば、1,000万円分の機械を輸入する時、通常の関税率が20%であれば、FTAを利用することにより最大で関税率を0%まで減らすことができるので、その時は200万円の関税額を削減することが可能だ。
また、FTAを活用するためには、輸入国の税関に輸出国の製品が実質的に輸出国で生産されたものであることを証明する必要がある。輸出国が製品の原産国であることを証明する原産地証明書は、幾つかの方法でもって入手しなければならない。原産地証明書の入手(作成)方法には、輸出国の商工会議所等が認定する第3者証明制度があるし、輸出企業が自ら作成する自己証明制度などがある。
さらに、実際にFTAがどれくらいの割合で利用されているかであるが、実はこれを正確に把握することは非常に難しい。一般的には、企業にアンケートを行い、輸出や輸入においてその企業がFTAを活用しているかどうかを質問し、その結果をまとめてFTAの利用率を求めている。
FTAの利用率の計算で、貿易を行っている企業数と貿易を行っていない企業数の合計を分母にし、FTAを利用している企業数を分子にした場合は、利用率は分母に貿易を行っていない企業を含む分だけ低めに出ることになる。そこで、通常は貿易を行っている企業だけを分母にし、FTAを活用している企業を分子にした時のFTAの利用率を計算している。
このようなアンケートを使ったFTAの利用率を求める方法の他に、FTAを利用した輸出入額からFTA利用率を得ることも可能である。この場合のFTAを利用した輸出入額とは、原産地証明書を活用した品目の輸出入額ということである。
マレーシア、タイ、ベトナムは、FTAを利用した輸出(入)額を公表しており、それを総輸出(入)額で割ることにより、FTAの利用率を計算することができる。これら3カ国のFTAの利用率は、対象企業が限られるアンケート結果よりも実際の輸出入でFTAを活用した全ケースが含まれているので、対象範囲が広い分だけ情報の漏れが少なくなる。
ただし、これら3カ国のFTA利用率も、実際に貿易を行っている企業だけを対象にしていることは、通常のアンケートによるFTAの利用率と変わりはない。もしも、FTAの利用率を、貿易を行っていない企業を含めた割合と考えるならば、3カ国のFTA利用率もその要求を満たしてはいない。
また、マレーシア、タイ、ベトナム3カ国のFTA利用率は、輸出の場合、一般的には「当該国の総輸出額」を分母にして計算しているが、より正確なFTA利用率を計算するには、分母を「FTAを利用できる品目」の輸出額にすることが望ましい。
この場合の、「FTAを利用できる品目」とは、FTAを利用することにより、メリットを得られる品目のことを指す。FTAのメリットがない品目では、FTAを活用しても利益を得ることができないため、そもそもFTAを使う必要がないのだ。
FTAの活用でメリットを得るためには、FTAを使わない時に課せられる関税率(MFN税率)とFTAを利用した時に適用される関税率(FTA税率)との間に差がなければならない。もしも、MFN税率が5%でFTA税率も5%と同率で差が無ければ、FTAを利用しても全く関税を削減することができないので、メリットは発生しない。したがって、MFN税率とFTA税率との差である「関税率差」が大きければ大きいほど、FTAを利用した時のメリット(関税削減額)は大きくなる。
このマレーシア、タイ、ベトナムの3カ国において、関税率差のある品目の輸出額かあるいは総輸出額を分母にし、FTAを利用した輸出額を分子にしたFTAの利用率は、「貿易を行っている企業のFTA利用率」であるし、あるいは「狭義のFTA利用率」と見なすこともできる。
また、通常のアンケート調査のように、FTAを利用している企業数を分子にして、貿易を行っている企業数を分母にした場合も「貿易を行っている企業のFTA利用率」であり、「狭義のFTA利用率」でもあると考えられる。
これに対して、アンケート調査において、分子はFTAを利用している企業数と同じであるが、分母が貿易を行っている企業数と行っていない企業数の合計である場合は、「貿易を行っていない企業も含むFTAの利用率」であり、「広義のFTA利用率」と考えることができる。
アンケート調査では広義のFTA利用率を求めることができるが、マレーシア、タイ、ベトナム3カ国の輸出入のFTA利用率においては、残念ながら輸出入を実施していない企業を考慮することができないので、「貿易を行っていない企業も含むFTAの利用率(広義のFTA利用率)」を計算できない。これを解決するには、例えば、貿易を行っていない企業の潜在的な輸出額や貿易を行っていない企業のFTAを利用する輸出額などを推計することが必要になる。
「貿易を行っている企業も行っていない企業も含むFTAの利用率(広義のFTA利用率)」は、将来のFTAの利用拡大の可能性を議論する時に有効である。「貿易を行っている企業のFTA利用率(狭義のFTA利用率)」は、貿易に関心のある企業におけるFTAの利用状況を示しているので、現時点のFTAの現状や問題点を議論する時に有効なFTA利用の実態を表している。
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